雨の向こうに青空を   作:世嗣

7 / 10
しばらく『翼と奏』編。
長さは奏編よりもちっとばかし長いかな?くらいデス




片翼のウイング

 

 

 

「いやだからさ、ここのところのエネルギー循環効率を上げるためにはここのパーツが必要だと思うんだよ」

 

「でもそれじゃあ少しサイズが大きくなりすぎるんじゃないの?」

 

「いやまあ、そう言われればそうなんだけどさ」

 

「それよりこっちの強度を落として敢えてこっちの方を……こんな感じ?」

 

「うーん、かなりいいと思うんだけどなるべく妥協したくないんだよね」

 

 二課の廊下で、了子と戦兎がタブレットを片手に研究についての意見交換をしながら歩く。

 二人とも互いを見ているため前を見ておらず大変危なっかしいが、1日の大半を過ごす了子たちにとっては二課の構造は完璧に頭に入っている。今更壁にぶつかったりはしない。

 

 けれど、現実はなにが起こるかわからないわけで。

 

「あいた」

「もぶ」

 

「お二人とも、前を見て歩かないと危ないですよ」

 

 どす、と二人の体が何か障害物にぶつかって止まる。顔を上げた先には、茶髪の整った顔立ちの男性。話しているときは何とも思わないのに、しばらくして思い出そうとしても特徴をうまく思い出せないような、そんな不思議な雰囲気を纏っている。

 

「慎次さんっ、久しぶりっ!」

 

「ええお久しぶりです、戦兎君。お元気でしたか?」

 

「もちろん。相変わらず弦さんと翼にしごかれてるお陰でね」

 

「それは何よりです」

 

 にこり、と柔らかな笑みを浮かべた男性──緒川慎次は今度は了子の方に向き直る。

 

「櫻井女史、頼まれていた件調査してきました。データはいつものようにしてあります」

 

「ん、ありがとね〜。手間かけさせて悪かったわね」

 

「いえいえ、ついででしたし、これも仕事の範疇です」

 

 そう言って緒川はまたにこりと笑う。

 

「ところでお二人は何を? そちらには確かシミュレータルームがあるだけですが」

 

「いやね、今の時間翼ちゃんと奏ちゃんが戦闘訓練してるのよ。戦兎君と息抜きも兼ねて様子見に行こうかなあ、と」

 

「へえ、それはいいですね。僕もご一緒して構わないでしょうか?」

 

 緒川が合流して、今度は三人でシミュレータルームへの道を進む。その間、戦兎は緒川がいなかった間に起こった出来事を嬉しそうに報告して、緒川の方もそれを楽しそうに聞いていた。

 

(まるで兄弟ね、二人とも)

 

 了子の目から見て、髪の色も近い二人はどこか血の繋がった兄弟のようにも見えた。緒川には弟がいるそうなので、昔のことを思い出しているのかもしれなかった。

 

 緒川慎次。

 

 二課所属のエージェントで主に情報操作などの裏方周りを担当する。

 その正体は風鳴家に仕える飛騨の隠忍の末裔「緒川家」が次男。

 緒川家は豊臣秀吉が木下藤吉郎と呼ばれていた頃より彼に遣え、関ヶ原の戦い以降は姿を消すが、明治維新以降は国家転覆を企む国内外の様々な敵を退けてきた影の一族。

 

 因みに、緒川家の現当主は彼の兄『緒川総司』であり、『緒川捨犬』というどんな気持ちで名付けたか聞きたくなる名前の弟は遺産を含む一切の奥義伝承を行わない事を条件に家を出て歌舞伎町でホストとして生活を送っている。

 

 つまるところ、正真正銘の『忍者』であり、もちろん『忍法』も使う超人に片足突っ込んだ人間である。

 

「やっほー、訓練やってるー?」

 

「む、了子君に戦兎、それに……慎次か、よく帰ったな」

 

「司令データは後ほどお渡しします。それと、鎌倉から言伝を預かっています」

 

「後でまとめて受け取ろう」

 

 三人がシミュレータルームに入ると、そこにはデータを取っている藤堯とあおい、その他数人の二課職員、そして弦十郎が訓練の様子を見守っていた。

 

「藤堯さん、どんな感じ?」

 

「どうこうもないよ、見たとおり、かな」

 

 藤堯が苦笑いを浮かべて、強化ガラスの向こうに見える、仮想ノイズと二人の奏者の方へ顎をしゃくってみせる。

 

「───ッ!」

 

「────」

 

 橙と青。二色のシンフォギアは自分の歌を響かせながら、シミュレーターに投影された仮想ノイズ相手にそれぞれのアームドギアを振るう。

 

「これはあんまし良くないわねー」

 

「もうずっとこんな調子ですよ。司令が注意しても変わらないですし」

 

 了子が腕を組みながら漏らした言葉に、あおいもキーボードを叩きながら答える。

 

 二人とも充分に戦えている。小型ノイズばかりの現状では、特に危険に陥るような場面はない。

 

 だが、致命的な問題が一つ。

 

 緒川が流石にいつものにこやかな笑顔に、微妙な色を混じらせて呟いた。

 

「全然噛み合ってないですね、翼さんも奏さんも」

 

 全員が、だよなぁ、と頷いた。

 

 そう、二人とも戦闘方法が互いのことを全く考えられていないのだ。

 

 いや、正確には奏の大きな動きに翼が萎縮してうまく動けていない、というのが正しい。

 

 ガングニールのアームドギアは二メートル近い大きさを持つ槍だ。未だ中学生ほどの奏からすれば大きすぎるそれに、半ば振り回されるようにして彼女は戦う。

 しかし、だからと言って奏がアームドギアを扱えていないかというとそういうわけでもなく、奏は振り回されることを利用しながら、槍先に最高にスピードを乗せて一撃の破壊力を増加させる。

 また技についても、槍を分裂させての広範囲攻撃、穂先を回転させてのエネルギー波の生成など豪快なものが多い。

 既存の型に囚われない天性の戦闘センスがある奏だからこそできる技だ。

 

 対して、天羽々斬は剣が主なアームドギアとなる。翼は主に80センチほどの刀型を好んで使うが、割とサイズの自由はきき、大剣から脇差サイズまで思いのままだ。

 幼い頃から戦闘訓練を積んできた翼は、明確な『型』があり、それに沿って戦う。

 技に関しても彼女が幼い頃から学んだ技の延長線上にある事が多い。

 

 ここまで言えばもうわかるだろうが、翼と奏はバトルスタイルが対照的でなのだ。

 

 翼はセオリーに則って「奏はこう動くかな?」と考えるのだが、奏はその予想を超えた動きをするため混乱してしまう。しかも、奏の邪魔にならないように動こうとするせいで、太刀筋にいつものような勢いがない。

 奏も奏で、ざっくり「そっちらへんはアイツが相手するだろ」とか適当に考えていても、何となく良いアイデアが浮かぶと本能に従って動いてしまう。

 さらには技の広すぎる攻撃範囲のせいで、翼を巻き込みそうになって何度か中断してしまうこともあった。

 

 結果として、互いに互いの足を引っ張って、翼はオロオロ、奏はイライラ、歌はごちゃごちゃ、動きはぐだぐだということになってしまっていた。

 

「この分だと仲良く喧嘩する猫と鼠の方が息が合ってるまでありそうねー。ねー、戦兎くん」

 

「え? なにそれ」

 

「え、知らない? ◯ムとジェ◯ー」

 

「え?」

 

「え?」

 

「……はぁ、あおい君今データはどのくらい取れている?」

 

「はい、一応は今日欲しかった分は取れてるみたいです」

 

「そうかなら、藤堯、シミュレータ止めて二人をこっちによんでくれ」

 

「いいんですか? まだ時間残ってますけど」

 

「余った時間は体力づくりにでも当てさせる。今日はこれ以上訓練させても意味はあるまいよ」

 

「ですね。翼ちゃん、奏ちゃん訓練は終わりだよ、ギアを解除してこっちに顔だして」

 

 ふう、と難しい顔をして弦十郎が額に寄った皺を揉んだ。

 

「なあ、女子ってのはみんなああいうめんどくさい感じなのか、慎次」

 

「僕に訊かれても困りますが、みんながみんなああではないとは思いますよ。あの二人がちょっと特殊なだけかと」

 

「まー、奏ちゃんは結構頑固で、翼ちゃんはちょっと人見知り入っちゃってるからねー。仕方ないのかもねぇ」

 

「全く女ってのは難解だな」

 

「だから女にモテないのよ、弦十郎くん。なんかよくわからない拳法の映画じゃなくて、ラブロマンスとか見て見たら? ねえ、緒川くん?」

 

「あはは、僕からはなんとも言えませんね」

 

「……なあ、二人と仲良い戦兎から見るとどう思う?」

 

「えぇー、今のタイミングで俺にふるぅ?」

 

 戦兎がジト目で弦十郎を睨んだ。

 

「俺的には、奏さんがもうちょい丸くなりゃなぁって感じなんだが。そしたらぼちぼち仲良くなるかなー、と。その間は俺がとりもつしかなさそうだけど」

 

「……ふーん、私は案外ころっと仲良くなっちゃうんじゃないかと思うけど」

 

「へ?」

 

「べっつにー。ただの乙女の勘よーん」

 

「乙女……」

 

「なんかいったかしら?」

 

「いえ、別になんでもありません」

 

 きゃるんっと舌を出しておどけてみせる了子(3X歳)に、男衆は曖昧に笑っておく。下手に突っ込んで痛い目見るのは目に見えていた。

 

 そこで、シミュレータルームの扉が軽い音を立て開く。

 そして現れたのは二課の二人のシンフォギア奏者たち。

 

 途中で戦闘訓練を中止させられたからなのか奏は口をへの字に曲げていて、その後ろをとぼとぼと翼が付いてくる形だ。

 

「あの、叔父様何の御用でしょうか」」

 

「来たか、まあ取り敢えずこっちに来い」

 

「……なあ旦那、何で早く切り上げたんだよ。LiNKERの時間まだ残ってただろ」

 

「二人の息があっていなかったからだ。これ以上しても意味はないと感じた」

 

 淡々と二人に言う弦十郎に、翼はしゅんとした態度で見つめ返す。奏はあいも変わらずむすっとした様子。

 そんな二人に弦十郎が頭をかきながら、小さく息をついた。

 

「なあ二人とも、今回の訓練の内容何か覚えてるか?」

 

「ノイズとの戦闘訓練」

 

「何を想定した訓練だ?」

 

「奏者二人による、共闘訓練、です」

 

「そうだよな。だが、二人とも満足にも共闘しているとは言い難い。互いにもっとわかりあわなきゃな」

 

「はい、叔父様」

 

「…………る」

 

 こくりと頷く翼の隣で、奏が何かを呟いた。それは弦十郎や戦兎たちには聞こえなかったが、翼にはちゃんと聞こえたらしく、体が動揺するように揺れた。

 

 ぎっ、と奏が睨みつけるように弦十郎を見上げた。

 

「あたしは一人でもやれる。共闘なんてする必要ない」

 

「翼にはお前にないものを持っている。二人が協力すれば、きっともっと強くなれる」

 

「この前だって一人でバッチリやって見せたろ! もう一人が一人でバタバタやってたのもしっかり助けて!」

 

「君はLiNKERの力に頼る面が大きい。きっと第一種適合者の翼の力は……」

 

「…………弦十郎の旦那よぉ、自分の姪だからってこの子のこと贔屓してるんじゃねぇの? この前はコイツ緊張して戦いになってなかったじゃねえかよ」

 

「奏ッ!」

 

 思わず外から戦兎が奏の名前を呼んだ。すると、頭に血が上っていた奏も言いすぎたことに気づいたらしく、頰を強張らせた。

 しかし、弦十郎は奏の物言いに特に感情を見せることはなく、静かに口を開く。

 

「俺は、自分の姪だからと言って翼を贔屓するつもりはない。奏君も、翼も、どちらも同じ守るべき子どもたちだ」

 

 そして、目を優しくして奏を見つめた。奏がばつが悪そうに目をそらす。

 

「悪い、あたしが悪かった。ちょっと頭冷やしにシャワーでも浴びてくる」

 

 そう言って踵を返してシュミレータルームを出て行こうとする。

 

「あ、あのっ、奏さん」

 

 その背中に向けて今まで静かだった翼が意を決したように声をかけた。ぎゅっと手を胸元で強く握りしめられており、勇気を振り絞って話しかけたと言うことがありありと伝わってくる。

 

「なに」

 

 奏の体が止まり、顔だけが翼の方へと向けられる。

 

「私、あなたの足引っ張っちゃってるけど、が、頑張るから。今度はちゃんとあなたの力になれるようにするから!」

 

「ーーーー」

 

「私も、今度は邪魔にならないように頑張って──」

 

「アンタさぁ」

 

 奏の目が冷たさを宿して、翼を見つめる。その視線に思わず翼が言葉を噤んで、きゅっと拳をさらに強く握りしめた。

 

「アンタ、良い子ちゃんな優等生タイプだろ? 今だって、あたしとぶつからないことばっか考えてる」

 

「そ、そんなこと」

 

「あるよ。見たらわかる。アンタはずっとそうやって距離測ってるんだよ、あたしと」

 

「そ、れは……」

 

「残念だけど、あたしとは致命的に相性が悪いよ、アンタ」

 

 そう言って今度こそシュミレータルームから出て行ってしまう。そして残されたのはすっかり俯いてしまった翼と、頭を抱える戦兎と、微妙な空気が漂ってる大人陣。

 

「あー、友里さん、ちょっとデータまとめて来ません? 後にするとめんどくさいですし」

 

「まあ、確かにこの場はそうしたほうがいいかしらね」

 

 そんな空気に耐えきれなくなったのかスタコラと逃げ出す藤堯。彼も良い大人だが、こういう女のことは関わらないことに決めていた。それに、いつまでもこの場に自分がいては翼や戦兎は話しにくいとも察していた。

 あおいはそんな藤堯に溜息を吐きながら同行した。データをまとめなければならないのもまた事実だった。

 

 二人が数人の職員を伴ってシュミレータルームを出ると、翼はあからさまに落ち込んだ様子で弦十郎の方に向き直った。

 

「あの、叔父様こめんなさい。次はもっとがんばります」

 

 そして、翼もとぼとぼとシュミレータルームを出て行く。うぃーん、と扉が閉まった瞬間、戦兎と了子と弦十郎の間で瞬時に意思を交換する。

 

「奏さんの方は先生と弦さんに任せる」

 

「ああ、そこは任せておけ。翼は任せたぞ」

 

「おう、任せといてくれ。そのかわり、ちょっと翼のこの後の予定借りてもいいかな?」

 

「問題ない。いい感じにフォローしてやってくれ」

 

「先生、この後のフルボトルの話は……」

 

「もう仕方ないわねぇ。今日の18時あたりでいいかしら?」

 

「ごめん、助かる! おーい、翼ちょっと待ってくれよ!」

 

 戦兎は了子に頭を下げると翼を追いかけてシュミレータルームの扉を勢いよく開けて走り出す。

 そんな背中を弦十郎は柔らかな微笑みとともに見つめている。

 

「弦十郎くん最近そういう顔よくするようになったわね」

 

「そうか?」

 

「ええ。なんだかまるで戦兎くんの父親みたい」

 

 その変化はただの同僚というだけではわからない。

 ある程度長い付き合いで、信頼関係のある了子だからわかる変化だった。

 

 いまいちピンとこないのか弦十郎は頭をかきながら低く唸った。それをみて、了子は小さく笑う。

 

「ねえ、弦十郎くんは奏ちゃんと翼ちゃんが打ち解けられない理由ってわかってる?」

 

「なんとなく、だがな」

 

 強化ガラスの向こう、先ほどまで翼と奏が訓練をしていた場所に目を向けて弦十郎が口を開く。

 

「奏君は翼の顔色を伺う態度が気に入らんのだろう? あいつはちょっと、内気気味だからな」

 

「ありゃ、結構ちゃんとわかってたのね」

 

「まあ俺も一端の大人だからな。戦兎の奴はわかってなかったみたいだが」

 

「あの子は仕方ないわよ。あんまり聡い子じゃないし、人生経験だってほとんどないようなものだし」

 

「奴のアレは、記憶喪失とは別件だと思うがなぁ」

 

「ま、とにかく翼ちゃんは一度正直に奏ちゃんと気持ちを伝えれば好転しそうな気もするのだけれど」

 

「そこに行き着くまでに翼の緊張をほぐすための合同訓練なんだが、このままじゃ逆効果にしかならんか」

 

「そうねぇ、翼ちゃんにはもーちょっと頑張って欲しいけれど……あら?」

 

 了子がぎしり、と近くにあった椅子に腰を下ろしてシュミレータルームに自分と、近くで腕を組む弦十郎しかいないことに気がつく。

 

「ねえ、緒川くんは? 私と一緒に入ってきたわよね」

 

「慎次なら奏が出て言った後に追いかけていったぞ。忍の隠形使って存在薄くしてたから誰も気づいてなかったが」

 

「え」

 

「大方奏を見張っててくれるつもりだろう。かなり荒れてたしな」

 

「さ、流石日本のNINJYA……」

 

 私にも感知させないとかどうなってんのよ、と了子は引きつった笑みを浮かべる。

 

 取り敢えずお風呂に入るときはしっかり鍵を占めるようにしめようと心に決めておくウルトラ失礼なことを考える了子だった。

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

「ちょっと戦兎! 私この後も訓練が……」

 

「だいじょーぶ! ちゃーんと弦さんから許可は貰ってきた!」

 

「で、でも戦兎は奏の方は……」

 

「そっちも弦さんたちに任せてきた!」

 

 ぐっと戦兎が翼にサムズアップしてみせて、また翼の手を引っ張っていく。翼はその楽しげな横顔に、胸があったかくなるのを感じて思わず笑みを漏らしそうになる。

 しかし、すぐに奏との戦闘訓練の不甲斐なさを思い出す。

 

「駄目だよ、戦兎、私は帰って訓練しなきゃ。もう、あんなに不甲斐ない真似する訳には──」

 

「とりゃ」

 

「いたっ! 何するのよ、戦兎!」

 

「なーに言ってんのよ、翼」

 

 戦兎はデコピンした手を引っ込めて、呆れたようにやれやれとアメリカンに手をあげる。

 

「お前はよく頑張ってるよ。俺も弦さんも先生もそれはよくわかってる。二課にお前がサボってるなんて言う人はいないよ」

 

「で、でも……」

 

「そ、れ、に、だ! 約束だったじゃねえか、俺と翼の」

 

「やく、そく?」

 

 戦兎はにこやかに笑うと、首をかしげる翼の手を引いてある店の前で二人で並んで足を止めた。

 

「これでこの前の朝飯の件ちゃんと許してくれよな?」

 

「ここって……、駅前のケーキ」

 

 翼がそのカラフルな看板を見て驚いたようにポツリと呟いた。

 

 

 

 

 ─────

 

 

 

「ケーキ、駅前の」

 

「は?」

 

「駅前のケーキ、今度連れて行って。それで許してあげる」

 

「そんくらいでいいならいくらでも」

 

「約束だよ」

 

「おう、指切りでもしておくか?」

 

「うん」

 

 翼が小指を出し、それに戦兎が応じて、二人の小指が結ばれる。

 

「ゆーびきーりげーんまーん嘘ついたら、次の模擬戦で足腰立たなくなるまでボコボコにするから」

 

「いきなりリアルな奴持ってくるのやめよう」

 

 敢えて針千本などの非現実的なものじゃなくて、やたらと現実的なものを出してくるあたりに翼の本気を感じた。

 

「ゆーびきった」

 

 翼と戦兎の間で約束が交わされる。

 

「絶対、守ってよね」

 

「任せとけ」

 

 戦兎が翼の頭を軽く撫でて、安心させるためかいつものように不敵に笑ってみせた。翼もその笑みに、優しく笑い返した。

 そして、自分の頭の上の戦兎の指を握った。

 

「絶対、約束。何があっても、私も約束守るから」

 

 

 

 

 ─────

 

 

 

 

「いや、ちょっと間空いちまってごめんな? ホントはもっと早くきたかったんだけど、翼も俺も忙しかったしさ」

 

 ごめんな、と戦兎がまた翼に謝る。

 

「覚えてて、くれたんだ」

 

「当たり前だ。俺が翼との約束を忘れるわけねえだろ?」

 

 そう言って戦兎は胸を張って、いつものように翼から見ると頼り甲斐のある、そんな笑顔を浮かべた。

 

「ほらほら、いつまでもここにいちゃ迷惑だ。さっさと中入ろうぜ」

 

「う、うん」

 

 小さな翼の手を戦兎の手が包む。そこから戦兎の暖かさが自然と伝わってきて、今度こそ翼は自然に柔らかな笑顔を浮かべていた。

 

 そして、ケーキを二課の職員分買うと翼と戦兎は近くの公園まで足を運んだ。少し多めに買ったので、先に二人で食ってもバレはしないだろうという考えである。

 

「ほいよ、シュークリーム。服にこぼしたりすんなよ」

 

「そ、そんなことしないもん。子供扱いしないでよ」

 

 翼が目をキラキラと輝かせながらシュークリームを受け取る。

 

 外で、しかも大人に内緒でお菓子を食べるという経験にちょっとばかり胸が高鳴ってたりもする。

 

 戦兎も自分の分のシュークリームを取り出して、ケーキの入った箱を自分の隣に置いた。

 

 そしてほとんど間をおかずに豪快に一口齧り付く。さくっとしたシュー生地の中のクリームは甘さ控えめでくどくちょうどいい塩梅だった。

 

「んー、うまいな、これ。ほら、翼も早く食えよ。保冷剤入ってるけどあんまり長居はできねえぞ?」

 

「わかってる、それくらい」

 

 食べてしまうのがもったいなくてシュークリームを見つめていた翼は、唇を尖らせると小さくいただきますという。

 こういう小さなところで翼は育ちの良さをうかがわせる。

 

「はむっ」

 

 翼の小さな口がシュークリームに齧り付く。すると翼の口の端からクリームが溢れでて、それを慌てたように指で拭う。

 

「んむ、クリームが……」

 

 ちろりと翼の赤い舌が指を這い、黄金色のクリームをなめとっていく。そして、小さく息を吐くとまたシュークリームを一口かじる。

 

「ほぅ、おいしい」

 

 やもすれば少し扇情的にも感じそうな翼の所作だが、戦兎の方は何も動じた様子はない。それどころかこんなことを考えている始末である。

 

(翼って飯食うのは早いのに、シュークリーム食うの遅いな。飯は早いしたくさん食うのに)

 

 だが、それを口にはしない。この前と同じ轍を踏むほど戦兎も馬鹿ではない。だって天才物理学者だから。てぇんさぁいだから。

 

 戦兎が食べ終わり、それからしばらくして、翼も食べ終わった。

 

「ほいハンカチ」

 

「ありがと」

 

 翼が戦兎の差し出したハンカチで手と口を拭う。ナチュラルに女子力が欠如しているそれが風鳴翼。そしてナチュラルに気がきくのが霧生戦兎という少年だ。

 

 二人でベンチに隣り合って座ったまま何を話すでもなくぼんやりと公園の風景を見つめる。

 

 休日の午後である今日は親子連れや、小学生ほどの小さな子供で賑わっている。

 

 そんな人たちを見ながら翼が目を細めた。

 

「正直、戦兎は私との約束忘れちゃってたのかと思ってた」

 

「う、それは悪かったっていったじゃんか」

 

「ふふ、別に気にしてないわ。ただちょっとだけ寂しかっただけ」

 

 そう少しだけ意地悪な言い方をすると戦兎は胸をおさえてまた小さく謝った。それかなんだか面白くて翼はまた笑う。

 

 最近は弦十郎も了子も戦兎も、みんな奏のことにかかりきりになっていた。もちろんそれでみんなが翼への愛を失ったと思うほど子どもではなかったが、それでも寂しいものは寂しかった。

 

 でも今こうして戦兎がわざわざ予定をキャンセルして自分に付き合ってくれていることは、何となく特別感があって胸がほっこりしていた。

 

 ふと、そんなことを考えたせいか、奏のことでの悩みが翼の中に浮上してきた。

 

「ねえ、戦兎ひとつ聞いていいかな」

 

「どうした?」

 

「奏の、事なんだけど」

 

「奏の?」

 

 なのでほっこりした拍子に、翼の目で今一番奏と仲がいい戦兎に聞いてしまうことにした。

 

「あの、さ、なんで奏はシンフォギアを纏って、命をかけられるんだろう」

 

 それは初めて奏と二課で出会ってから、奏が何度も実験を繰り返すのを見て感じていた疑問だった。

 

 風鳴翼は『防人』である。

 

 風鳴本家、長男風鳴八紘、つまり弦十郎の兄の娘。

 

 風鳴の人間は例外なく、国防のための風鳴機関に属する。

 故に、国の危機に際して無辜の人々を守るために幼い頃から己を剣と定めて訓練をする。その中には肉体面はもちろん、精神面での訓練もある。

 

 そこで、翼は自分は人を守るために戦うのだと教わった。彼女もそれを誇りある事で、使命だと信じて今も戦っている。

 

 悩みがなかったとは言わない。それでも今は、自分は『人を守る』為に命をかけて戦っている。

 

 しかし、だからこそ天羽奏のことは理解できない。

 

 初めて『ガングニール』を見たのは翼の初陣だ。その時のあの太陽を思わせる、激しい光を翼は忘れないだろう。苦しむ自分をあっという間に救い、そして雨の晴れた青空の中、不敵に笑みを浮かべていたその姿を。

 日々の訓練に励み、時には血反吐を吐きながらシンフォギアを纏おうとするそのたゆまぬ努力を。

 

「LiNKERってかなりきついんでしょ? ノイズだって、下手したら死んじゃうかもしれない。でも、奏はずっと戦ってる」

 

 だから、翼は奏が命をかける理由を知りたかった。

 

 翼の空を思わせる瞳が戦兎を見つめる。その視線に戦兎は手を頭の上で組んで、小さく唸った。

 

「なんで、ねえ」

 

「戦兎の考えでいいから」

 

「そうだなぁ」

 

 ゆっくりとまぶたを閉じて、今までの奏との交流を思い出す。何度も突き放されて、それで最近ようやく交流を深められるようになった奏のことを。

 

 しばらくして戦兎が目を開けて、遠くで楽しそうに笑う人々へと目を向けた。

 

「たぶんさ、家族が好きだったんだろうな」

 

「家族……?」

 

「そ、お父さんとか、お母さんとか、妹さんとか、そういう『家族』」

 

 少し眉を寄せた翼に、こくりと戦兎が頷いた。

 

「奏の戦う動機って『ノイズに復讐すること』だろ」

 

「うん、こっちに来た時からそう言ってたよね?」

 

「それってさ、普通の人では考えないことだと思うんだよな」

 

『ノイズ』の別名は、認定特異()()である。人だけを狙って殺すとはいえその括りは、地震や台風と違いはない。

 

「でも奏は違った。『家族』を殺したノイズが憎いって思って、『家族』の仇をとってやりたいって思った」

 

 二課に来た時、奏は弦十郎に何よりもまずこう言ったのだ。

『あたしにノイズを殺させろ』と。

 

「それって、ひっくり返すと『家族』が大好きだったって事だろ? 自分の手でノイズに立ち向かわなきゃ満足できないくらい」

 

「ーーー」

 

「ま、俺の勝手な予想かもだけどな」

 

 戦兎がそう言って、いつも弦十郎がしてくれるような翼が安心するような柔らかな笑みを浮かべた。

 

「なあ翼は奏とどうなりたい?」

 

「私、は……」

 

 もう一度、翼は自身に問いかける。

 

 ──風鳴翼は天羽奏とどうなりたい? 

 

 今まで見てきた奏の姿、戦兎の言葉、もう一度自身に問いかけて、翼の中で何かがすとんと落ちてきた感覚がした。

 

「ありがとう戦兎。私ちょっと頑張ってみる」

 

 翼が立ち上がって、戦兎を見つめ、しっかりとした口調でそういった。

 

「奏と、分かり合えるように頑張る」

 

 むん、と拳を握る翼に、戦兎はまるで我が事のように、嬉しさが隠せない様子で、くしゃりと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 霧生戦兎とは二課において少しややこしい立場にある。

 

 記憶喪失の素性不明の子どもと言うわけで厄介なのに、その上そこいらの大人顔負けの知識を得たのだ、誰がどう見ても怪しい。

 

 普通なら孤児院なりに預けられるところである。しかし、こんなよくわからない子どもをすぐに見捨てられるほど擦れた大人は二課にはいなかった。

 

 弦十郎はウチが引き取る! と宣言し、そこに戦兎のことを気に入った了子も後見人となってくれた。

 

 しばらくして、雨の日に拾われた少年は、翼から『霧生』という名字を、了子から『戦兎』という名前を貰うことになる。

 

 二課の『葛木データ』解析班『霧生戦兎』。

 

 それが、その日からの少年の居場所だった。

 

「ふーん、ふ、ふふふふふーん」

 

 適当に鼻歌に重なるようにキーボードを叩く音がリズミカルに鳴り響く。

 自分の研究室で戦兎はデクストップパソコンを睨みつけながら、手元の計算式と何度も比較し、自分の考えとの違いについて検証する。

 

「ちょっとここんとこ直したほうがいいかな」

 

 戦兎はごちゃこちゃとした机の上から適当な白紙を抜き取ると鉛筆を片手に演算のやり直しを始める。知識は充分ある戦兎もこうした細やかな作業は丁寧にしなければならない。

 こういった研究というのは頭がいい個人がいれば良いだけではなく、長い時間をかけた徹底的な検証が身を結ぶものだ。

 故に、所謂『天才』とよばれる了子もこうした地道な作業は欠かさない。

 

 しばらくの間散らかった研究室の中で、断続的なタイピング音と、鉛筆の走る音、そして戦兎の外れた調子の鼻歌だけが空間を支配する。

 

「あー、飲み物飲み物……あった」

 

 朝早く自販機で買っていたペットボトルが資料の下から発掘される。かなりの時間が経っているためさすがにもう冷たくはない。

 

 ぬるい水で喉の渇きを癒しながら戦兎の目がまたデクストップパソコンに向かう。

 

「調べれば調べるほど底が知れない研究だな、『葛木データ』」

 

 戦兎がふう、と小さく息をついて天井を見上げる。

 

 

 特異災害対策機動部二課は聖遺物を用いた対ノイズ武装『シンフォギア』を運用する部署である。シンフォギアの特性上、多くの研究員を必要とする二課は、武装隊、諜報機関という面と同時に研究機関としての役目も担っている。

 

 日本中から聖遺物研究に関するプロフェッショナルが集められ、日夜研究が行われている二課。そのトップは間違いなく若き天才櫻井了子である。

 しかし、そんな了子に、ある一つの分野においては勝てないと言わしめた研究員がいた。

 

 それが葛木匠。戦兎の研究する『葛木データ』の提唱者である。

 

 葛木匠は主に『パンドラボックス』と『フルボトル』を担当する研究者であった。天才特有の常人には理解しがたい雰囲気を持つ青年だったが、人当たりはよく、優秀さをはなにかけず、人を見下すことのない人物として二課ではそれなりに好かれていた。

 そして何よりその瞳は二課の面々と同じく、『世界の平和』を見据えていた。

 

 彼の研究論はフルボトルを応用した武装についてのもので、それが実現すれば日本の、いや世界に大きな影響を与えるものだった。

 

 弦十郎はもちろん、他の二課職員からその上層組織まで葛木匠の研究の完成を待ち望んで、期待していた。

 

 しかし、そんな想いは裏切られることになる。

 

 葛木匠は『葛木データ』のメインデータと二課保有の聖遺物『フルボトル』二本とともに失踪したのだ。

 

 理由はわからない。前兆も特になかった。しかし、葛木匠が失踪したのは事実であり、イチイバルに続きフルボトルを一部失った二課は、フルボトルの殆どを政府に取り上げられることになってしまう。

 

 それに伴い進んでいた『葛木データ』の研究も止まる、かに思われていたのだが、ここで『霧生戦兎』が予想してなかった活躍を見せる。

 現在二課には葛木が残したデータの研究理論の根幹部分しかないのだが、戦兎がそれに深い理解を見せたのだ。戦兎は何故か葛木データの研究理論を探し出すキーワードを見つけるのがうまく、また理解も早かった。

 だからどうせ現状では持て余し気味の葛木匠の遺産。それをいっそ戦兎に託してみることとなったのだ。

 

 そうして、戦兎がフルボトル研究の担当となり今に至る。

 

 戦兎の視線が机の下にしまってあるジュラルミンケース、そして卓上に並べてある黄色の液体の入った試験管と向かう。

 

「急がなきゃな。翼たちにばっか任せちゃおけねえし」

 

 爪の部分で試験管を軽く弾くと、きんと高い音が辺りに響いた。

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 昼時、少しばかり混み合った食堂で弦十郎と戦兎が向き合って食事をしていた。

 

「なあ戦兎ソース取ってくれ」

 

「ほい、あんまかけすぎないようにね──と言ったそばから浸すようにかけるッ!」

 

「ははは、問題ない。体を動かしてたら全て消化できる」

 

「何も根拠のない言葉なのに弦さんならあり得ると思っちゃうところがな……」

 

 ドバドバと食堂で注文したトンカツにソースがかけられる様を溜息を吐きながら戦兎が見つめる。美味いだろうがめちゃくちゃ体に悪そうだ。

 

 戦兎がじとりと弦十郎の体を見る。

 

 鋼のような筋肉。自身の数倍はありそうな太い腕。拳も度重なる鍛錬によって皮がガチガチに固まっていて分厚いのが見てとれる。

 男ならばこうありたいという理想を体現しているような姿だ。

 

 戦兎はちらりと自分の体を見て見る。

 

 まあ低くもないが高くもない身長。太ってもいないが痩せてもいないもやし体系。肌も少し白く、腕も足も細い。日々の鍛錬のせいで手にマメはあるが、まあそれくらいだ。

 弦十郎とは似ても似つかない。

 

 弦十郎が男の中でビルゲイツ並みにすごいゴリラ、略してゴリゲイツなら、戦兎はいいとこ長崎でアイロン屋をやってた頃の高田社長並みのサル略してサルタくらいの力しかない。イエローモンキーである。

 

 サルではゴリラのパワーには勝てない。現実は無情だ。

 

「弦さんってさめちゃくちゃ強いけど子どもの時からそうだったの?」

 

「俺が? まさか。もちろん死ぬほど努力したぞ」

 

「死ぬほど?」

 

「ああ。高校の夏休みを使って世界中の拳法家を歩いて尋ねたり、な。ふっ、懐かしいもんだ」

 

「へえ、世界中を歩いて……歩いて?! 海ではボートとか使ったんだよな?!」

 

「そんなこと俺がするわけないだろう、泳いでやったよ、バタフライで」

 

「人間のすることじゃねえ!」

 

 叫ぶ戦兎に、はっはっは、と弦十郎が楽しそうに笑う。

 

「冗談だ。流石の俺もバタフライで泳ぎきるのは無理だ」

 

「だ、だよな。日本海横断して泳ぎきるとか流石に無理だよな……」

 

「疲れたら背泳ぎにしたよ」

 

「何も冗談じゃねえ! 泳ぎ切ってるじゃん! 人間のすることじゃねえよ!」

 

「途中道がわからなくなって未開の島の原住民に襲われた時は流石に死ぬかと思ったけどな」

 

「アンタだけなんか世界観違うんだよ、ホントにさ……」

 

「そうか? 親父の若い頃、俺と兄貴は死ぬほどぶちのめされたものなんだがな」

 

「風鳴家なんでそんな頭おかしいの、みんな」

 

 豪快に笑う弦十郎を、頭を抱える戦兎は羨ましげに睨んだ。だが、やがて諦めたように視線を緩めて額を卓上に落とす。

 ごん、と頭と机がぶつかって音がなり、お盆の上の食器が細かく揺れる。顔を傾けてぺたりとほおを机につける。ひんやりとした冷たい感触がほおに伝わる。

 

 ぼんやりと外を見つめる。いつもと変わらない景色はなんだか安心させてくれた。

 

「弦さん()()の事なんだけどさ」

 

 ぴくり、と弦十郎の眉が動いた。

 

「今朝先生に見せたら、大方形は固まってきたって言われた」

 

「……そうか」

 

「たぶん、そのうち使えるよ」

 

「すまんな。お前には迷惑をかける」

 

「別に謝る事じゃないでしょ。適材適所ってやつ」

 

 そのまましばらくべたーっとだらけたまま空を見ていると、戦兎の耳に見知った声が届いてくる。

 

「あ、あのー奏さん、一緒に食べてもいい?」

 

「……好きにすりゃいい」

 

 戦兎が顔を上げると二課の食堂に奏がむすっとした表情で入ってくるところだった。その後ろで翼がちょろちょろしている。

 

 奏はラーメンを注文するとさっさと受け取って席に座ってしまう。それを慌てたように日替わりの定食なんていう時間のかかるものを頼んだ翼が追いかける。

 

 翼はラーメンをすする奏の対面に座る。一瞥してきた奏に翼が唇の端をひくつかせながら笑みを返す。

 

「あ、あのさ今日の訓練も大変だったねー」

 

「そうだな」

 

「か、奏さんのアームドギアって凄いね。穂先がぐるぐる回るし」

 

「そうだな」

 

「あ! ケーキ、どうだったかな? この前買ってきたやつ」

 

「あたし生クリーム苦手でな」

 

「え」

 

「……はあ」

 

 ずぞぞぞ、と一気に奏がラーメンを一気にすすりスープを一滴残らず飲み干した。

 

「ごちそうさん。じゃ、あたしはもう行くな」

 

「え、もう?」

 

 奏はお盆を持って立ち上がるとカウンターに返却すると「美味かったです」と声をかけて食堂を後にする。その途中、出口近くの戦兎に気づくと、苦い顔して出て行った。

 

「奏君、なんて?」

 

「なんとなくだけど、翼をなんとかしろ、かな?」

 

 弦十郎が一人でもそもそと定食を食べる翼の方を見る。なんというか哀愁漂う様子だった。

 

「あ、おかわりに立った」

 

 でも食欲はあった。

 

 ここで翼の名誉を守るために言っておくと、彼女は食いしん坊というわけではない。ただよく食べて、よく動くというだけだ。それを示すように、翼は身長が低くもなければ太ってもいない。

 

 翼はもくもくと一人で食事をすると、やがて手を合わせて食べ終わり、カウンターにお盆を返した。そして、むん、とやる気を入れると食堂を出て行った。

 

 もしかするとまた奏のところに行ったのかもしれなかった。

 

 ひょこひょこ揺れるおさげを弦十郎と二人微妙な気持ちで見つめる。

 

「あの二人、ホントに仲良くなれるのかね」

 

「さあな。こればっかりは俺たちにはわからん事だろう」

 

「なんとか手助けしてやりたいが……」

 

 むむむ、と戦兎が腕を組んで悩む。

 

 戦兎としては翼は大切な妹分だ。家族といってもいい。

 戦兎にとって奏は友達だ。女性であるけれどとても自然に話せる相手だ。

 

 そんな二人が仲良くなってくれるのは戦兎の理想で、そのために翼の背中を押したりもしたのだがなかなかうまくは行かない。

 

 小さく息をついた。

 

「仕方ねえ、ここは俺が一肌脱ぐとしますかね

 

 にやり、と自信に満ちた、不敵な笑みを浮かべる戦兎を、弦十郎はやれやれといった様子で頭をかいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「つーわけで作戦会議です。力貸してください」

 

 所変わって二課のオペレータールーム。

 

「そんな事俺に聞かれてもなぁ」

 

 あはは、と藤堯が目線を何処かに向ける。その隣であおいも難しい表情を浮かべる。

 

「いや正直俺にはいいアイデアが無くてですね。それなら人生経験が豊富な二人に聞いた方がいいかなーって」

 

 戦兎はわりとコミュ力はある方だ。知らない人にもわりとさくっと話しかけられるし、少し苦手な人も感情を隠して付き合うことができる。

 しかし、記憶喪失だ。しかも生活の大半は二課の中。故に友達など翼以外いなかったせいで、友達の作り方というのをよく知らない。

 

 だからここで自分が信頼する大人に聞いてみることにした。

 

「んー、翼ちゃんと奏ちゃんをかぁ」

 

 藤堯朔弥24歳。もともと優秀であった彼は、大学に入学してから電子系の分野で一際輝く成績を残し二課に勧誘された過去を持つ。二課で過ごした時間は戦兎と大差ない。ちなみに今彼女はいない。

 

 正直なところ藤堯には女の、しかも少女の気持ちなどわかるはずもないのだが、それでも可愛い弟分の頼みである。なんとかしてやりたいという思いはある。

 

「そうだなぁ、こう、奏ちゃんの好きなものでも差し入れてみるとか? ケーキはダメだったんだっけ」

 

「うん。なんか奏生クリーム苦手らしくて」

 

「あらら、それはミスしたわね。モンブランとかも買ってきてくれてたのにね」

 

「ええ。それはホントにミスでしたよ」

 

 藤堯は今は遠い昔に感じる学生時代の思い出に思いを馳せてみる。

 

「奏ちゃんくらいの年頃の女の子のことはなかなかわかんないな……」

 

「うーん、じゃあ友里さんはおんなじ女子として何かないでしょうか?」

 

「おいおい戦兎友里さんはもう女子って年じゃ無くないか」

 

「うっさいわよ童貞」

 

「べべべべ、別に童貞じゃねえし。バレンタインチョコ貰ったことあったし」

 

 ぱくぱくと金魚のように口を開いて藤堯(童貞)はあおいに言い返すが、とうのあおいはどこ吹く風だ。

 

「奏ちゃん十四歳よね? それなら服とか? でもああいうのって仲良くないと難しいわよねぇ」

 

「ええ。しかも今回は翼のためですからね。アイツのセンス信じられませんよ」

 

「そうよね、翼ちゃんだものね……」

 

「いやいや、翼ちゃんだって女の子だし多少は大丈夫だろ?」

 

「甘いわよ、藤堯君」

 

「ええ、翼をなめない方がいい、藤堯さん。アイツ、普通に『常在戦場』って書いた服着てきたことありますからね」

 

「どこで買ってるんだよ、それ」

 

 というか、とあおいが言葉を続ける。

 

「プレゼント送っても今の翼ちゃんと奏ちゃんが話すきっかけにはならない気がするけど」

 

「確かに……」

 

 戦兎と藤堯がその場面を思い浮かべて、すごすごと帰ってくる翼を幻視する。

 

 

 プレゼント作戦、頓挫。

 

 

「なら模擬戦なんかしてみるのはどうでしょう?」

 

「おお、緒川さん、来てたんだ」

 

「はい、先程。お話はなんと無く察してますよ」

 

 にこり、と緒川が人の良さそうな笑顔を浮かべた。

 

 来るときに扉が開かなかったとか、なんで話理解してんだとか、気配がしなかったんだけどとかそんな無粋なことは誰も言わない。

 

 みんな忍者がいる日常に慣れきっていた。

 

「古来から日本には裸の付き合いというものがあります。アレにはノーガードで話し合うことで仲を深めよう、という側面があるそうです」

 

「ですね」

 

「なら同じようにノーガードで殴り合えば中が深まるのではないでしょうか。どちらも武闘派ですし」

 

「おお、さすが緒川さん一理ある!」

 

「一理ある、のか……?」

 

「ないわよ」

 

 ない。

 

「まあというのは冗談ですが、僕的には今のお二人の不仲は『翼さんが自分の意思をはっきりと示せない』ところに原因がありそうです」

 

「確かに奏ちゃんは性格だけで嫌うタイプじゃないわよね。性格で言ったら戦兎くんの方が癖強いしね」

 

「 「 ああ確かに 」 」

 

「ちょっ、納得しないでくれよ!」

 

 納得するように頷いた藤堯と緒川に、戦兎が抗議したが受け入れてもらえそうにはなかった。

 

「整理すると、翼ちゃんが奏ちゃんに正直に気持ちを伝えることが必要なんだよね」

 

「うーん、イマイチ俺にはピンと来ないけど緒川さんが言うなら多分そうなんだろうなぁ」

 

「予想外に信頼が厚いですね、僕は」

 

 ニコニコ笑う緒川を尻目に男二人でウンウンと唸る。片や彼女いた事なし片や記憶喪失、女に対する手立てはなきに等しい。

 

 そんな中現在の紅一点、友里あおいは爆弾を投下する。

 

「というか、これそもそも戦兎くんがしなきゃいけないこと?」

 

「え?」

 

「だってこれって翼ちゃんと奏ちゃんの問題でしょ? なんでそこに戦兎くんが何かしなきゃいけないのよ」

 

「そ、それは……」

 

 ばっさりとそう切り捨てられて、うまく言葉を返せない。

 

(なんで、って。翼は俺の大切な人で、奏も俺の友達で。だから仲良くなって欲しくて……)

 

 頭の中がいろんな思考でごちゃごちゃし始める。

 

(翼と奏がうまくいってない。それは、俺がなんとか出来ることかも知れなくて……)

 

 混乱する戦兎には見えないが、あおいはため息をつき、藤堯は肩をすくめて、緒川は静かに戦兎を見つめていた。

 

 あおいとしては戦兎だから相談にはのったが、この件で戦兎が関わることにあんまり意味を見出していなかった。だからこうした戦兎に意図しなかったことが言える。

 

 藤堯は弟分だし、したいというなら付き合ってやろうというスタンスだ。

 

 緒川は最初から色々自分でやってみてもいい、と思っていた。失敗しても何かそこから学べばいいか、とも。この中で一番スパルタ気味だ。

 

(俺が、出来ることをやるだけ。それじゃダメなのか?)

 

 悩む戦兎の頭にどすっと大きな手が落ちて来る。思わず顔を上げると、いつのまにか赤のスーツ姿の巨漢が立っていた。

 

「悩んでるみたいだな」

 

 弦十郎がニカッと笑う。

 

「なあ戦兎、お前からみた翼はどう見える」

 

「どう、って。優しくて、寂しがりやで、頑張り屋で、強い子だと思う、けど」

 

「ああ、俺も同じようなところだ」

 

 歯切れ悪く言葉を続ける戦兎に、弦十郎も頷く。そして、ふっと優しい表情を浮かべて、戦兎の肩を軽く叩いた。

 

「なら、その強さを信じてやれ。翼はお前に助けられるだけの子じゃない」

 

 手助けすることが即ち人のためになるわけではない。かえって状況を悪くしてしまうことだってある。

 

 必要なのは、見守り道を違えそうな時や、道に迷った時に正してくれる、導いてくれる、そんな存在。

 

 弦十郎たちが、今戦兎にそうしているように。

 

「そっか」

 

 しばらく戦兎は弦十郎を見つめていたが、やがて小さく頷いた。そうすると弦十郎は満足そうにわしわしと頭を撫でる。

 

「ちょ、撫でるなよ。というか弦さん何か用があったんじゃないの」

 

「ん、そうだったな。戦兎、了子くんが呼んでたぞ。時間がどうとか言ってたが」

 

「時間……? げ、約束のこと忘れてた! ちょっと行ってくる! 藤堯さんたちもありがとう!」

 

「おーう、またなんかあったら言えよ」

 

 戦兎は気恥ずかしさで赤くなった顔を隠すようにしてオペレータールームから走って出て行く。

 

 その姿を見送って、弦十郎は肩を回した。

 

「全く、保護者の真似事なんてするもんじゃないな。肩が凝ってかなわん」

 

「堂に入ったものでしたよ、司令」

 

「よせよ、慎次」

 

 面白いものを見た、とでもいうように笑う緒川に弦十郎が苦い顔を浮かべたが、咳払いすることで一瞬で気持ちを切り替える。

 

「あおい君ミーティングをしておきたい。人を集めてくれるか」

 

「ミーティング、ですか?」

 

 ああ、と弦十郎が頷いた。

 

 

「スマッシュノイズ、それに対するシンフォギアの運用について、話し合う必要があるだろう」

 

 

 

 

 

 




まだこの辺りの塩梅がわからない戦兎君。

よく観察して考えることが大切です。

後日、7話と8話を結合しました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。