そこでは考えられないような(適当な)話し合いが行われていた。
『県立締盟学園』
新しさを感じさせるその校舎を三階へ上がり、廊下を進んでいけばその部屋はある。
汚れひとつない壁とは反対に、その部屋に下げられたプレートは汚れが目立つ。
経過した時を感じさせるそれは、どうやら建て替える前の校舎から持ってきたらしい。
長くなってきた日を象徴するように、冬なら当に真っ暗な時刻でも外は明るい。
夕焼け色の光が差し込んでくる部屋のなか、終わることのない議論が繰り広げられていた。
「だから!女の子の方がよくない!?」
端正な顔立ちをした女子生徒が隣の男子生徒に詰め寄る。
普通の高校生男子ならそのあまりの近さと美貌に赤面してしまうだろう。
しかしその男子生徒はずいと近寄ってくるのを手で遮り、隣の男子生徒へと身を寄せた。
「あ、女の子とかほんと勘弁願います」
「なんでよぉおおおおお!」
(うわぁ・・・漫画みたいな悔しがり様だ)
等間隔で円形に並べられた椅子から崩れ落ちるように大げさに悔しがって泣く彼女を見て、その場にいた者たちは皆同じ想いを抱いた。
椅子の数は六つあり、そこには六人の男女が座っていた。
だが並び方が妙だ。男女交互に座っている箇所もあるが、男子が二人続いていたり女子が二人続いていたりしている。
その続いている箇所から見ると、並びはこうなる。
女子、女子、男子、女子、男子、男子
そして彼らを世に蔓延る「属性」に分類すると順番に、体育会系、地味メガネ系、無個性系、清楚系、爽やか系、クラスの隅で本読んでそう系、となる。
今も泣き喚いて周囲を若干引かせつつあるのは清楚系の女子だった。
「そんな、そんな・・・」
(一見)美人な彼女が何故周りの目を気にする余裕もない程悔しがるのか。その理由を口にするのも嫌なのだろう。
彼女の肩はわなわなと震え、伏せられた顔からは絶望感を感じさせるオーラじみたモノが漂っている。
そして、ついにその口が言葉を結ぶ。
「なんで爽やかスポーツマン系のあなたがガチホモなのよぉおおおおおお!」
「なんでって・・・なぁ?」
自身の右隣を見ながら困ったように、また、照れたように頭を掻く爽やか系。
それを見た清楚系は、
「うわぁああ!照れてるのがよりガチぽいぃ!でも照れたような顔も素敵!」
より絶望を深めた様だった。
「こっち見んじゃねえ。俺はノーマルだ」
しかし、視線を向けられた当のクラスの隅系はそれを払うような仕草をして自身の右隣に顔を向ける。
「こっち見ないでください。あたしは男になんて興味ありませんから」
しかし、視線を向けられた当の体育会系はそれを嫌がるように顔を自身の右隣へ向ける。
「先輩!やっぱあたしと付き合ってください!」
「うん、何がやっぱりなのかわからないし、ごめんね?」
体育会系らしく大きな声でされた告白を、しかし地味メガネ系女子はそれをさらりと受け流す。そして、窺うように自身の右隣へ目をやった。
「あ、あはは・・・ええと」
無個性系男子は向けられた視線にどう対応していいかわからず、どもるように自身の右隣へ視線をやった。
「ねえ、やっぱりわたしと付き合いましょう?」
そして、清楚系はその視線を全く無視して爽やか系に攻め寄る。
「いやぁ・・・ちょっと、ねえ」
寄られた爽やか系はまた少し、隅っこ系男子へと椅子ごと体を寄せた。
それを見た隅っこはまた視線を右へ、と。つまりはそういうことなのだ。
この部屋に六人にはそれぞれ好きな人が居て、その好きな人はまた別の人が好き。
その別の人はまた別の人が好き・・・というような構造になっており、それを表したのが現在の円形の席とその席順だった。
最初に告白したのは無個性系男子。
しかし、告白した先である清楚系(外見のみ)は爽やか系男子のことが好きなのが発覚。
惚れた人のためならばと、無個性が二人の間を取り持とうとしたものの、当の爽やか系には好きな人がいて、しかもそれは同性である男だった。
気持ちの先が根暗系「男子」だったことに驚愕に膝から崩れ落ちそうになった清楚系であったが、彼女もまたその恋を応援しようと決意。
かくして、同じクラスであった隅っこ暮らしの男子に告白した爽やか系であったが、彼はノーマルだった。
人気の高い爽やか系がまさか男である自分に告白してとは思っても見なかった隅っこ系だったが、彼はその気持ちをしっかりと受け止めた。
拒絶ではなく、また、気持ち悪がることもなく、ただ純粋に気持ちに応えられないことへの謝罪をされた爽やか系は感動とともによりいっそう想いを募らせる運びとなる。
しかし、この根暗にも想い人がいる。ならば、もし自分がそれを成就させようと動きその結果が残念なものになったなら。
もしかしたら彼はこちらに振り向いてくれるかもしれない。そう考えた爽やかは根暗の支援に動くこととなる。
そしてこの根暗の想い人というのが、度々接点を持ってくれた体育会系女子である。
アニメはおろか場合によっては漫画さえ馬鹿にしてくる者もいた中で、彼女は違った。
好きなものに夢中になるのはいいことだ、とは彼女の言である。そんな彼女に感化されたようにその周囲の人も、理解はできないものの馬鹿にすることは無くなった。
恩人、と言っていいのか。未だ自身の気持ちに踏ん切りがつかない根暗は、無理だろうと思いつつも告白を決行。
結果は惨敗。そして、予想外にも彼女は同じ女性が好きだと言う。
厳しい道のりでも前向きに進もうとする彼女はとても気高く思えた。
趣味の範囲上、そういった類のものにも理解があったため、彼女を想うというより彼女の想いを叶えてやりたいという気になった。
この場で唯一、学年が上な地味メガネ系。
彼女はたまたま図書館で見かけた無個性に恋をした。
特別なきっかけなどあっただろうかと考えても思いつかない。ただなんとなく見ていただけ。そのうちに好きになったのだと思う。
今まで本とばかり接してきた彼女は、湧き上がる自分の感情をそう断じていた。
そんな彼女も、まさか自分の恋を叶えるよりも先に後輩の、しかも同性の恋の対象になるとは流石に予想できなかっただろう。
熱烈なアピールもあったが、今のところ彼女はノーマルでいるつもりだった。
それを聞いた体育会系は、ひとまずのところ彼女の応援を買って出た。
邪魔してやろうという気がないわけでもないが、好きな人の想いを叶えたいという願望もあったのだ。
そんな経緯を聞いた無個性だったが、彼は気持ちに応えたいと思う反面困っていた。彼もまた、恋する人であったのだ。
(外見上は)清楚な彼女は、自分にとって高嶺の花だというのはわかっていたが、それで治まる気持ちでもなかった。
燃え上がるような。と、そう形容できる恋は普段目立とうとしない彼に(本人視点で)大胆なアプローチを可能にさせていた。
それまで見ているだけだったのを、近づき、話しかけ、一つでも一瞬でも記憶に留めてもらおうと努力した。
そうして告白した結果振られ、彼もまた、好きな人には幸せになってほしいという思いから協力を決意する。
そうやって出来上がっていったのが今の状況だった。
この状況の妙であり、凄まじいところは『引く気はないでもないがやはり想い人の想いこそを大事にしたい』という部分で思考が一致しているところだ。
誰の想いも決して軽くはないため、その想いは循環していく。
各員の気持ちがそれぞれ右隣の人へ向かい、しかもその全てが流される。見事なまでに無駄のない無駄な循環。
誰ひとりとして抜け出そうとしなかったこの構造を、円環の理と呼んだのはいったい誰だったか。
「この中で、自分は諦めてもいいという奴はいるか?」
唸るように声を上げ、口を開いたのは爽やか系だった。
居たら手を挙げてくれ、という彼の声に応じるように三つの手が挙がる。
無個性と地味メガネ。それに根暗だった。
「僕はもともとわかってたようなもんだし・・・」
「俺もだ。最初からそんなに期待してなかった」
この二人はあくまで自身の気持ちを伝えることを重視しており、最初から付き合えるなどと考えていなかった。
最もこの循環から抜け出す確率の高い二人である。
「私も・・・」
自分の学年が上であること、派手や華やかとは縁遠い性格であることを理解していた彼女もまたそうだった。
何の接点も持たず、いきなり話しかけていきなり告白してしまった。彼はそれもあって困っているだろうと考えていた。
「「じゃ、じゃあ!」」
同時に二人の声が上がる。爽やかと体育会系だ。
「いや、俺はそっちに走る気はない」
「まだ女の子に興味はないから・・・」
「お、おう。そうか」
「まだ?まだってことはいつか・・・?」
爽やかは落胆するが、体育会系は違ったようだった。
「いつか、先輩を私に振り向かせて男なんて忘れさせてやりますよぉ!」
恥ずかしげもなくそんなことを言ってのける彼女は見ていて恥ずかしくなるくらい純粋で、真っ直ぐで、直視できない根暗は思わず視線を他所へやる。
その途中で爽やかと視線がぶつかり、その目に喜びが湧いたのを見て若干気分が萎えてくるのを感じていた。
「納得いかない!」
突然声を大にして叫んだのは(外身は)清楚系だった。
「わたし、自分で言うのも何だけど可愛いと思うの」
自分で言うか、という突っ込みが全員の口を衝いて出そうになるのを必死にこらえた。
「それに、家はちょっとしたお金持ちよ」
言っていることが完全に最低だったが、それも事実だった。
彼女の父は外資系の企業に勤めているため、一般家庭よりは少し裕福だろう。
「そんなわたしの、何が不満なの?」
自信しかないような声音で問いかけられた言葉はしかし、
「女だから」
結局この一言で片付いてしまう。
「うっ、うぅ、こんなことなら男に生まれてくるんだった・・・」
半ば本気が感じられるその言葉に、誰もが思う。
態度やら言動やらからはヤバいやつだと思われても仕方のない彼女も、それだけ爽やか男子のことが好きなのだと。
「・・・、半数は譲れないと言ってるわけだが。どうする?」
口を開いた根暗に、誰も唸るばかりだった。
「そろそろ外も暗くなってきた。帰らなくちゃならない」
爽やかが言うが、これにも唸るばかり。何一つ進まないまま時間は過ぎていく。
「一旦お開きにしませんか?」
意外にも、口を開いたのは地味メガネ女子だった。
それに、(残念)清楚系などは渋い顔をする。
「お開きって言っても、これじゃあ何も・・・」
しかし、それを受けたメガネ女子はそのメガネを光らせた。まるで、私にいい考えがある。と言わんばかりだ。
「だから、進めないで戻るんです」
理解できないといった様子の面々に、更に続ける。
「一旦、ぜんぶリセットしちゃうんです。ただ、あったことはあったことのままで。それで告白をやり直すんです」
「ほう、つまり・・・」
「はい。それぞれ一旦失恋したということにして、アピールからもう一度やり直します。」
「なるほど・・・確かに、好みをある程度把握した今ならより効果的なアプローチがあるかも・・・」
得心したとばかりに、(全く見込みのない)清楚系が呟く。
「ええ。わたしも皆さんも、もっとできたことがあったと思うんです。だからそれを全部済ませて、それでダメなら諦める」
それでどうでしょう。そう言い終えたころには爽やか系たちの目には炎が見え始めていた。
「うん、ありだな。それ」
覚悟しとけよと目で語りながら根暗を見る爽やか。向けられた視線を横に流してやればその先では、
「先輩、覚悟しといてくださいね!アタシ、全力で堕としにかかりますから!」
こちらは声に出していた。
見れば無個性も地味メガネ女子の顔にも笑みが浮かんでいる。
ひとりだけ、どうしようか迷った根暗は一瞬考えてから、もう一度この馬鹿なループに乗ることにした。
この日、六人の男女が失恋した。
けれどその失恋には先があり、これをきっかけにそれぞれの仲もまた変化するだろう。
だが誰も、それを悪いことだと思っている人は居なかった。
「じゃあ今日は帰るか」
「ん、じゃあな」
爽やかが帰りを促し、皆ぞろぞろと扉から出て行きはじめる。
やがて部屋には誰もいなくなり、動くものは何もない。そんな状況でも、監視カメラはしっかりと機能していた。
その視線は部屋を見まわし、映像をある場所に集めていく。
それ即ち警備室・・・ではなく、そこは一際古いプレートで校長室と銘打たれた部屋だった。
密かに生徒たちの活動を見守りたいと考えた校長が更衣室などの部屋以外に取り付けたカメラは、音声まで鮮明に送れるようになっていた。
そして、そんな密かに生徒を覗くのが趣味の学園長はこの状態を見るや、
(なんて状況なんだ・・・)
と頭を抱えそうになったという。