暇潰しにでも読んでやって下さい。
目を開けて、辺りを見渡して、僕は水の中に居ることに気が付いた。
其処には僕以外の誰も居なかった。
澄み渡った水に果てしなく広がる白い砂底。
相当深い筈なのに太陽の光が差し込んできていて、まるで木漏れ日のようだ。
不思議な感覚だった。
意識は限りなく鮮明なのに、脈絡ある思考が纏まらない。
此処は何処なのか、何故僕は此処に居るのか、一体どうして水の中で普通に呼吸が出来るのか。
疑問ばかりが浮かんでくるが答えてくれる者はいない。
それにしても綺麗な場所だ。
何も無い場所であるにも関わらず、素直にそんな感想を抱くほどに此処は綺麗だった。
歩いてみよう。
ふと、そんな考えが頭に浮かんだ。
此処には何も無いけれど、他の場所なら何かを見つけられるかもしれない。
あれ?
そう言えば僕は一体何処に居たのだろう。
ずっとあんな寂しい場所に居たのだろうか。
それとも別の場所から来たことを忘れているだけなのだろうか。
顎に手をあてて考えてみる。
どうやら僕は目が覚めるより以前のことを覚えていないみたいだ。
暫くして僕は自分の記憶の箱を漁ることを放棄した。
こんな所で考えていても時間の無駄だ。
なに、然るべき時に振り返ればいいさ。
それより今はこの先に何があるのかが気になって仕方がない。
此処はこんなにも明るいが、もしかして今は昼なんだろうか。
もし今が昼だというのなら夜はやって来るのだろうか。
自分と同じような生命体だっているかもしれない。
もしも行き止まりだったならば他の道を模索すればいい。
そうだ、此処は水の中なのだから泳いでみよう。
そう思い付いて、水底を蹴るとふわりと身体が宙に浮いた。
水を蹴るとスイスイ進んで行く。
これなら手で水を掻く必要もないだろう。
暫くして僕は休憩することにした。
水を蹴るのを止めて仰向けになってみる。
目を瞑り、身体の力をふっと抜く。
それは思ったとおりとても心地がいい。
まるで世界と自分が一つになったかのような錯覚に陥りそうだ。
少し休憩した後、僕は再び先に進むことに決めた。
ああしてのんびり過ごすのもいいが、時間を無為に消費してしまっているという罪悪感に耐え切れなかった。
ひょっとしたら記憶を失う前の僕はせっかちな質の人間だったのかもしれない。
そうして再び水を蹴る。
けれど、泳いでいるのもなかなか悪くない。
蝶になって舞い戯れているような浮遊感がある。
空で溺れているのか、海で羽ばたいているのか。
僕には知るよしもないけれど。
そうして、独りの人間が終わることの無い旅に出た。
行き先等無い。
随伴する者もいない。
だが、それでもその人間は歩みを止めないだろう。
その旅が有意義なものと信じているからだ。