女体化した親友に俺が恋をしてしまった話   作:風呂敷マウント

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第九話 自覚する心としない心(2/2)

 売店から母さんの病室に帰ってきた俺は半目を作りつつ母さんの方を見る。母さんは一夏と何を話していたのだろうか。色々考えられるがうちの母さんのことだ、どうせ俺の事に違いない。俺が学校とかでのことを全然話さないから一夏に根ほり葉ほり聞いていたんだろう。なんだろうな、あまり言う気になれなかったんだよなぜか。自分でもよくわからないけど。

 

「聞いたわよ和行」

 

 うん? なに、母さん。何を言ってるんだ?

 

「一夏ちゃんの為に相合傘をしてたって」

 

 ……おいまさか、一夏は話したのか。あのことを。一夏が濡れないようにと俺がやったことを。俺が看病されて、タオルで体を拭かれたりあーんされたりと言った事を話したのか?

 あああああああああああ! 一番知られたくない人に知られてしまったあああああああ!? なんでだよ一夏。お前なんで馬鹿正直に話しちゃうの? この先母さんにそのネタで弄られることになるであろう俺の身にもなってくれよ。

 あ、でも。この話しぶりだと、俺が一夏に押し倒された形になったあれは話してないのか。あー良か――いや良くねえわ。あれを話さなくても俺が母さんに弄られるのは確定事項になっちまったんだからな! うごごごごご……。うわああああああん! 俺を殺せ、今すぐ殺せ! くっそ、まるでアイサツ前にアンブッシュを決められた気分だ。

 

「あらあら、悶え苦しんでいるわね。ふふふ」

「だ、大丈夫? 和行?」

 

 大丈夫じゃねえよ! あの母さんの顔を見ろ! ドSな感情が滲み出てやがるぞおい。もうやだ、心が疲れた、死にたい。せめて最後に一夏の髪かおっぱいを触りたかったよ。

 いや、すまん。流石におっぱい触りたいは駄目な発言だわ。せめて手をにぎにぎさせてください。それか膝枕で俺を看取ってください。お願いします、何にもできませんけど。憂鬱な気分になってきた俺は光を失った目で一夏の方を見る。一夏は本気でこっちを心配しているのか優しく声を掛けてくれている。

 ああ~生き返る~。やっぱ一夏は女神だわ。男だけど。母さんにぽろっと話したことは不問にしよう。料理も美味いし、気遣いも出来るし、面倒見もいいし、なんだこの完璧な嫁は。ああ、俺の親友か。よし、生き返ったことだし今のうちに母さんに釘を刺しておくことを忘れないようにせねば。

 

「あ、そうだ。もしそのネタで俺の事を弄るつもりなら、母さんとはしばらく口利かないから」

「っ!? ちょ、和行。それって冗談よね? 冗談だと言って!?」

 

 母さんが珍しく慌てふためいていた。俺が口を利かなくなるのだけは母さんは本当に困るらしい。なので俺が冗談で言っているのだと解っていてもこういう反応を取ってくるのだ。数少ない俺が母さんに対抗できる手段である。ふっふっふ、やられているばかりの俺ではないのだよ、母さん。

 そんなことを考えながら俺達は談笑したり、母さんが好きな作家の新作小説を手渡して喜んで貰ったりと過ごしていたのだが、そろそろ帰って夕飯の支度をしないといけない時間になってきたので母さんにまた来ることを告げて病室を去ろうとしたところで母さんから待ったの声が掛かった。

 

「あっ、和行。ちょっと待って」

「ん? どうしたんだ?」

「和行と最後に話しておきたいことがあるから、一夏ちゃんにはちょっと待っててもらってほしいんだけど」

 

 俺に話しておきたいこと? うーん、なんだろう。一夏に待っててもらえるかと尋ねると了承してくれたので一夏には病室の外にある長椅子に座って待ってもらうことにした。母さんがベッド近くの椅子を指して座ってと言ってきたので俺は大人しく椅子へと腰かけた。すると、母さんが突拍子もなくあることを切り出してきた。

 

「ねえ、和行。一夏ちゃんのこと好き?」

「ブッ!?」

 

 思わず吹き出してしまった。な、何を言ってるんだ母さん。俺はそんなこと一言も口に出してないし、態度に出した覚えは……あっ……。出してたわ、え、まさかアレでバレたの?

 

「言わなくても分かるわ。だって私が一夏ちゃんの髪を触った時、嫉妬したような目で見てたし」

 

 マ、マジでバレてらぁ……。ちくしょう、母さんにはこの事だけは隠し通そうと思ったのにやっぱ無理だったか。

 はあ。そうだよ。もう白状します、隠すこともしません。そうだよ、俺は一夏のことが好きだよ。毎日手料理作ってほしいし、毎日イチャラブしまくりたいくらい大好きだよ。

 でもさ、本当に好きかはまだ分からないんだよ。なんていうか、確証っていうかさ、本当に好きなんだっていうのを認識できていないから。

 

「本当に好きか判らないって顔しているわね」

「あの……俺の心読まないでくれる?」

「読まなくても分かるわよ。息子のことくらい」

 

 俺の抗議に母さんは妙な説得力がある言葉を返してきた。そうだ、いつも母さんは俺が悩んでいたり困ったりしていると俺の事をちゃんと見ているかのように話してくれるんだ。それに助けられたこともあったし、鬱陶しいと思うこともあった。それでもちゃんと、俺の事を見ててくれたのは母さんだけだった。親父は俺が物心が付いた時には既に他界していたし。一夏と千冬さんも俺のことを見ていてくれたけど言い方は冷たくなるが、俺の肉親ではないから今回は除かせてもらう。

 だからかな、母さんには自分の考えていることを簡単に曝け出すことが出来るのは。本来なら母親に恋愛相談とか恥ずかしくて爆発四散レベルなのに、俺はこうも普通に母さんと会話出来ているし。

 

「女の子になった一夏を始めて見た時にさ、なんというか……好きになっちゃったんだ」

「一目惚れしたのね」

「うん。でもさ、その時は目の前にいるのが一夏って知らなくて鈴に教えてもらってから何だか自分の中でも良くわかないことになって。だから、自分の気持ちに蓋をしようとしたんだけど……無理だった」

 

 そうだ。俺は軽く目を背けていたけど、俺は確実にあの時一夏に惚れてしまっていたんだ。最初は一夏は男なんだし、女の子になって心もまだ不安定な一夏を好きになるのは間違いなんじゃないかってそう自分に心の中で言い聞かせていたよ。でも、一夏と過ごしているうちに俺は一夏の事が気になることが増えていってから意識が変わり始めた。

 あいつの何気ない仕草や行動、特に笑顔が好きになっていた。だってそんな一夏の姿が美しいと感じたから。可愛いと感じたから。あいつの事が頭から離れなくなったんだから。心の中で一夏に対して可愛いとか口走っていたのはその影響です。……一夏が女の子に変わってまだ一か月も経っていないのにこんな気持ちになるのはどうなのだろうか? 

 

「なあ、母さん。まだ一夏が女の子になってそんなに日が経ってないのにこんな風に考えるのっておかしいのかな?」

「別におかしくはないわよ。それだけ一夏ちゃんがあなたをメロメロにさせているって証拠だし」

 

 め、メロメロって……。随分古い表現使いますね、うちの母親は。そっか……これが別に好きになるのに時間は関係ないってやつなのかな。だけど、やはり踏ん切りが付かないことがある。

 理由は二つ。一つ目は一夏は女になっても鈍感が冴え渡っており、もう完全に不治の病状態なので告白しても「良いよ。買い物くらい付き合うよ」とか言われて俺の心が粉々になる可能性が高い。そうなったら俺は立ち直れないと思う。それにだ、万が一にでも一夏に勘違いさせない告白をしたとしても肝心の一夏がどう思うか分からない。もし拒絶とかされたらそっちもそっちで辛い思いをする羽目になるかもしれないから。

 二つ目はやはり一夏が男に戻る可能性が残されていること。もし告白する前に一夏が男に戻ってしまったら、俺の女である一夏への思いが届かない可能性がある。これもこれで心が抉られることになるに違いない。

 なんだかんだと理由を述べたが、要するに俺は自分が傷つくのが嫌で告白する勇気がないただのチキン野郎なのだ。……自分で言ってて悲しくなってきた。沈んだ気持ちになり俯いていた俺の頭に優しく手が置かれる。視線を向けると俺の頭に手を乗せたのは母さんだったのが一目で分かった。ゆっくりと俺の頭を撫ではじめた母さんがいつもの穏やかな目で俺を見つめ、諭すような口ぶりで話しかけてくる。

 

「大丈夫よ。ちゃんと自分の想いを伝えれば一夏ちゃんは分かってくれるわ」

「そう、かな……? だってあの一夏だよ? 母さんだって知ってるでしょ、あいつの鈍感っぷり」

「知ってるけど大丈夫だと思うわよ」

 

 なんで断言できるんだよと俺が言うと母さんは俺を撫でていた手を自分の顎へと持っていき、少しだけ考える素振りを見せてから俺に言葉を返してきた。

 

「うーん、女の勘かな?」

「……」

 

 俺の目はいま母さんを胡散臭いものを見る目になっていることだろう。現になんじゃそりゃと言いたい気分になっているし。……何かを隠しているような気もするが、母さんの勘は割とシャレにならないレベルで当たることが結構あったので信じておきますかと母さんに向かって呟く。母さんは俺の言葉に反応してにこやかな表情を浮かべた。

 

「でも、まだ告白しないよ俺。この気持ちが本当なんだってはっきりするまでは」

「はあ……お父さんに似てるわね。そんな慎重というか優柔不断なところまで似なくていいのに」

「うるさいよ」

 

 慎重で何が悪いと意思表示するように俺は勢い立ち上がり、病室のドアへと向かう。一夏を待たせているだろうから早く行かないと。俺は頭の中でそう考えを巡らせながらドアに手を掛けて出てこうとするが、その前に俺は一旦ドアから手を放し、母さんの方を向くことにした。

 

「母さん、また来てもいいかな?」

「いいわよ、あなたは私の家族なんだから。あ、次も一夏ちゃんと一緒に来てね?」

 

 はいはいと短く返事をして俺は今度こそ病室のドアに手を掛けて病室を出た。ドアを閉めて、一夏が座っている長椅子の方へと近づく。俺が部屋から出てきたことに気付いた一夏がゆっくりと俺の方へとやってくる。うん、やっぱり可愛い。

 エレベーターに乗って一階へのボタンを押した俺はこんな美少女と毎日必ず晩御飯を囲っている俺ってかなりの幸せ者だよなあと自分と一夏の関係を考えていると、一夏が声を掛けてきた。やっぱり俺が母さんと話していたことが気になるのだろうか。

 

「ねえ、和行。八千代さんと何を話してたの?」

「二人で今度一夏に浴衣とかメイド服とか色んな服を着せようかって話をしていただけだ」

「え!? 着せ替え人形にされる予定なの私!?」

 

 俺が珍しく言った冗談に慌てている一夏の顔を見ながら、俺は改めて思った。やっぱり俺は一夏が好きだ。こいつと居るとその想いが強くなっていく。一夏が慌てているのを尻目に俺は笑いを堪えつつ自分が言った冗談に考えを巡らせる。一夏に浴衣とメイド服か……凄く良いかも。特にメイド服は多分見たら鼻血が出るかもしれんけど、今の一夏なら絶対着こなせるだろうし。

 あ、言っておくけどメイド服と言っても俺はヴィクトリアンメイドかクラシカルのメイド服しか認めないからな。ショートっていうかミニスカとかは申し訳ないがNGだ。和服メイドはギリギリ大丈夫だけど。そのあたりでは俺と弾と数馬は相いれない。弾は水着メイドとミニスカが好きで、数馬の奴はホラー作品に出てきそうなメイド服とスチームパンク作品に出てくるメイド服が好きとか前に言ってた。

 多分俺たちがメイド服で言い争いをしたらISを使った第三次大戦が起こる前に、俺たちによる第三次大戦が勃発して世界が滅ぶ。そんな確信があるぞ。……ちょっと待って、メイド服で世界滅ぶとか流石にアホ過ぎないか? いや、そんなので滅ぶ世界なら滅んで当然か。そう納得しましょう。女になる前の一夏の好みは知らん。あいつは俺たちの会話を困ったように外から見ていただけだし。

 あとはそうだな。巫女服とか競泳水着とか旧型のスクール水着とかブルマとか、胴着とかビキニとか着物とかぴっちりスーツとかも似合いそうだよな一夏は。ほら、おっぱい……じゃないや、スタイル良いしさ。男の頃はイケメンだった上に体格も同年の男子に比べたら良い方だったからどんな服でも着こなしてたし、美少女になった一夏なら絶対に似合うと思うの。

 てか、母さんなら俺が直接提案しなくても率先してやるかもしれない。昔は箒を着せ替え人形に、倒れて入院する前は鈴を着せ替え人形にしてたし……。だからかな、一夏が隣でめっちゃ焦っているのは。まあアレはちょっと擁護できないからな、うん。駄目だこりゃって何回思った事か。一夏、もしお前が母さんの着せ替え人形にさせられても俺はお前を見捨てないぞ。未だにパニくってる一夏を放置しておくのもアレなので、俺はイタズラ成功といった感じの表情を作りながら一夏の方を見る。

 

「冗談だよ。引っかかったな一夏」

「え、冗談? 和行が冗談を言うなんて……ね、ねえ! やっぱり何かあったんじゃないの!?」

「何にもねえよ。何もな」

 

 俺の後を付いてくる一夏にそう返しながら俺たちは一階に着いていたエレベーターから降りて病院を出た。外は既に夕日が出ていた。夜が近づいてきているというのにまだ地面や空を照り付ける太陽の光を浴びながら俺は心の中で呟く。

 ――夕日に照らされた一夏も綺麗だな。夕日の光に照らされて隣を歩く一夏の横顔を眺めながら、俺は心からそう思うのだった。


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