女体化した親友に俺が恋をしてしまった話   作:風呂敷マウント

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第十話 無自覚な思い

 なんでだ……。朝から物凄くイライラが止まらない。俺はいま机に向かいながら、視線の先で和行が他の女子と話しているのを眺めている。なんでだろう、和行が俺や鈴以外の女子と話しているだけで何故か解らないけどムカムカしてくる。

 和行は俺が女の子になった日からずっと俺の事を気に掛けてくれていた。正直、最初はあいつに拒絶されるかもって不安だった、気味悪がられるかもって。でも和行はそんな反応は見せなかったし、俺の事を受け入れてくれた。その時からかもな、俺が以前よりも精神的にあいつに頼っているのは。俺はあいつを頼りにしてきたし、あいつも俺を頼りにしていたと思う。俺と和行はお互いに頼って頼られての関係だった。今は俺が頼る事の方が増えているけど。

 昔の話になるが、俺と和行はそこまで仲が良い訳じゃなかった。箒もそうだった。あいつとも最初の頃は馬が合わず、喧嘩することが多かった。多分、あの日からだ。俺たちが仲良くなったのは。小学二年の頃、今は何処かへと転校してしまった幼馴染である篠ノ之箒のことを「男女」と呼んでいた奴等が居た。本人たちはからかっているつもりだったんだろうけど、俺から見ればからかいで済むレベルじゃないだろと思っていた。女の子相手に寄って集ってさ。その時のクラスメイトの中にも箒に突っかかってた連中のことを煙たがってたのが多く居たし、俺も連中が嫌いだった。俺は箒に難癖付けている奴等が許せなくて思わずカッとなって殴りかかろうとしたけど、和行が止めてくれたんだ。何故か俺と喧嘩することが多かったにも拘わらず。

 なんで止めるんだよって和行に食って掛かったが、和行も握り拳を作っていたのを俺は見逃さなかった。和行だってあいつらを殴りたかっただろうに……だけど、あいつは耐えていた。あいつは俺に諭すように言ってくれたよ。

 

「こいつらはお前が手を出す価値のない人間だ。この拳は大事なものを守るために取っておけ」

 

 当時はよく解らないことを言う奴だなって面食らったのと和行も本当は怒髪天を衝いているのに気付いたから怒りも鎮火したけど、今考えても小学二年生とかが言う台詞じゃない気がするんだが。八千代さんの教育の賜物なのだろうか。

 箒をイジメていた奴等は俺達の行動に白けたのかその場から消えていて、俺達は何にもされなかった。後日に例の連中が誰も登校してこなかったのには驚いた。和行は何か知ってるような顔をしていたのでこっそり聞いてみたら、連中が学校に来なかったのは箒の姉である束さんが何かやらかした所為らしい。何したんだよ束さんと思った俺は悪くないだろう。

 なんか話がズレた気がする。まあ、そういうのがあってからだな。あいつとよく遊んで親友とも呼べる仲になったのは。あの頃は俺も千冬姉も荒れていた時期だったけど和行と八千代さん、箒や束さんたちが居てくれたお蔭で落ち着いていったな。

 あいつが傍に居るのが当たり前になっていた。千冬姉も和行の事をもう一人の弟のように扱っていたし、和行も千冬姉のことを姉のように慕っていた。和行は自分は一人っ子だからって言って嬉しがっていたな。その割には千冬姉のことを姉呼ばわりしないけど、俺に遠慮してるんだろうな多分。

 ……俺たちを支えてくれた大事な人達、その中でもっともな大事な二人。それが和行と八千代さんなんだから。あの二人――特に和行に会えたことを自慢に思う。こいつが俺の親友だって声を上げたいくらいに。

 

「はぁ……」

 

 だけど、今の俺にそんなことを言えるんだろうか。体は女だけど、心は男だ。……最近はそう思っても、心も女の方へ傾いてきている気がする。以前は気にならなかった女子達が話している話題が気になってその輪に加わったり、可愛い下着が欲しいと思ったり、昔は興味がなかったアクセサリーとかが欲しくなったりしている。

 自分が自分でなくなっていくような感覚に苛まれることなんてしょっちゅうだ。もし体が男に戻れても、心が戻らないんじゃないかって不安に押しつぶされそうになる。でも、こんなことを誰かに言える訳もない。それこそ和行にも。和行に相談したら多分真剣に俺の事を考えてくれる。

 だからかな、却ってこの事だけはあいつに頼りたくないって思ってしまうんだ。和行が酷い事を言わないって解っている。だけど、俺は怖いんだ。心の中ではどう思ってるかなんて他人に何て解らないんだから。和行の事を親友と言っておいて、そんなことを考えている自分に嫌悪感を抱いてしまう。今、和行と他の女の子が話しているのにイライラしている事に対してもだ。何でこんなにイライラしないといけないんだ。和行が俺以外の女の子と話していようと別に良いだろうに。

 

「――こ、夏菜子!」

「へっ?」

「へっ? じゃないだろ。大丈夫か? 辛そうな顔してたけど……」

 

 さっきまで女の子と会話していたはずの和行が私の前に居た。こっちの事を純粋に心配しているのか、和行の瞳が俺の目を見つめていた。

 ――私を見ないで。俺は思わずそんな言葉を呟きそうになっていた。驚いた俺は必死に呑み込んでその言葉が喉から上に出てこないようにする。なんでこんな風に思うのだろうか。自分でも判らない感情に何度飲み込まれそうになったことか。

 駄目だ、和行には知られたくない。俺は思考回路を総動員してそう結論付けていつも通りの会話を心がけるようにする。

 

「だ、大丈夫だよ。ちょっと夕飯の献立を考えてただけだから」

「……まだ昼なのにか?」

 

 ……不味い、墓穴を掘った。何かを隠しているんじゃないかという和行の目線が一瞬俺に注がれるが、和行は即座にその視線を止めて俺の方を優しげな視線で見てきた。なんだろ、やっぱり和行にこの視線を向けられると嬉しくなるっていうか、胸の辺りが暖かくなるっていうか……変な気分になってくる。嫌ではないけどなんだか不思議な感じだなあ。

 俺がそんなことを考えていると、和行から再び声が掛かった。

 

「夏菜子。何か悩んでるなら俺に言ってみろよ。力になれるかもしれないし」

「……和行ってほんと昔からそんな感じだよね」

「そうか?」

「そうだよ」

 

 和行の言葉に思わず笑みをこぼす俺が居た。こうやって和行と話しているとたまに自分の考えていることが馬鹿らしく感じてくる。和行と話していると心地いい。ずっと和行と駄弁っていたい気分だ。お蔭であのモヤモヤした感情も薄れている。なんでもないよと告げると和行は短く「そうか」とだけ呟いた。和行は自分の席に座ってから私の方を再度見てくる。

 

「そうだ。夏菜子、今度のゴールデンウィークなんだけど三人で遊びに行かないか?」

「三人?」

 

 俺は唐突な誘いに思わず首をひねる。三人って俺と和行ともう一人で行くってことか? 最近二人きり出かけることが多かったから別に良いけどさ。和行の口ぶりからして、三人目はもう決まってるのか?

 

「俺と鈴と夏菜子でだ。ほら、最近鈴の奴も元気ないし、お前もなんか考え込むことが多いしさ」

 

 和行は頭を掻きながら恥ずかしそうにしている。慣れないことするからそうなるんだよ。お前、そうやって俺たちを誘うこと殆どなかっただろ。何処かに遊びに行くって時も俺や鈴とかが誘って連れまわしたりしてたのが大半だったからな。

 そもそも和行はどっちかというとインドア派だし、外で積極的に遊ぶっていうタイプじゃないからな。だから、よく家でゲームとかしたりアニメ見たりしてるんだし。最近はあまりゲームとかはしないで、その分の時間を勉強に充ててるみたいだけど。和行も気分転換したかったのか?

 

「ふふ……」

「何がおかしいんだよ」

「だって和行がそんなこと言うの珍しいから」

 

 俺の指摘に和行が露骨に顔を逸らした。多分いまの和行の顔は赤くなっているに違いない。顔逸らさないでちゃんとこっちを見ろよ、ほら。

 

「っ! お、おい! 夏菜子!?」

「やっぱり顔が真っ赤になってるじゃん」

 

 両手を使って和行の顔をこっちに向けてやる。なんだか、和行の奴が物凄く慌ててるな。そんな焦ることか?

 そういえば、和行が今のと似たような反応を頻繁にするようになったのって和行の家に看病しに行ってからだよな。

 ……やべえ、余計な事を思い出した。頭に浮かんできているのは、俺が和行を押し倒すような形になったあの事故のことだ。あれは俺と和行の秘密になっている。あんなのホイホイ喋る訳にもいかないし、そもそも喋るつもりもないからな。実際八千代さんにもあの事だけは話さなかったし。

 たまにだがあの時の事に関して自分でも不思議に思う時がある。あの時、自分でも分からないけどあのまま和行の上になったままでもいいかも思っちゃったんだけど……なんでだろうか?

 

「あ、あの、あの……夏菜子」

「なに? どうしたの?」

「ま、周り見て……」

 

 和行の言葉に従い、俺は周りを見回してみる。そこには俺たちの方を食い入るように見るクラスメイト達がいた。弾や数馬はなんか驚いている顔しているし、なんか血の涙を流しているのも居るけど。鈴は早々に昼ご飯を食べてどっかに行ってしまったのでこの場にいない。皆なんでそんな顔してる……あっ。

 俺はそこでようやく気付いた。自分が恥ずかしい行動をしていることに。顔が熱くなるのを感じ、思わず和行の顔から両手を放してしまう。和行の顔から外れた両手を自分の両頬へと持っていき、自分を落ち着かせていく。

 な、何なんだ! 前ならふざけ合い程度で済んでたのに、なんでこんなに恥ずかしいんだ!? 和行の顔から手を放してもなお熱くなっていく自分の顔にもうどうにかなりそうだった。

 

「夏菜子――っ!」

「どうしたの……?」

「い、いや。体の調子が悪いならさ、保健室に行った方がいいんじゃないかって思ってさ。……なんだこのくっそ可愛い生き物。抱きしめたくなるじゃねえか」

 

 なんか俺には聞こえない声で言っているけど、嫌な気分がしないのはなんでだ。とりあえず、別に体の調子が悪い訳でもないぞ。生理とかはこの前終わったからな。生理の事は千冬姉と電話で話した八千代さんにしか伝えてない。鈴に話すのはちょっと抵抗あるし、弾や数馬に話すはもっと駄目だった。和行にも黙っていることにしたよ。和行からすればこんな話をされても混乱するだけだろうし、心構えはしていたけど実際に起こった所為で俺も混乱してたからな。

 あれすごく大変だったぞ。女性ってあれと毎月向き合ってるんだよなあ、尊敬するわ。……自分で言っててなんだか馬鹿らしくなってきた。俺も今は女性なのに。幾らなんでも心の中とはいえ、こんなことを盛大にぶっちゃける女子なんて俺以外に居ないだろ。……居ないよね?

 

「た、体調は大丈夫だよ」

「そ、そうか。じゃあさっさと飯食べちまおうぜ。時間ないし」

「そ、そうだね」

 

 和行に促されるように昼ご飯を食べることにした。俺も話題の切り替えをしたかったし丁度いいかな。今日も和行は手作り弁当か。俺も同じようなものだけどさ。ちなみに俺達が弁当を食べ始めた途端に弾と数馬がこっちを見ていたクラスメイトに「散った散った」と言ってくれたお蔭で、既に俺たちを見ている視線はなくなっていた。あとでお礼しとかないと。

 話は変わるけど、和行はよく自分の料理を俺以下だって卑下するけどさ、あれやめて欲しいんだよな。だって俺、和行の作った料理好きだし。なんていうかさ、上手く説明できないけど温かみがある感じがしてさ。好きな作者が自分の作品を卑下しているところなんてを見たくないのと同じで、和行のあの言葉を聞いたらこっちが嫌な気分になるんだよ。そうだ、今日は和行の晩御飯作ってもらおう。

 

「ねえ、和行」

「なんだ?」

「今日の夕飯は和行の料理食べたいんだけどさ、駄目?」

「良いのか?」

 

 怪訝な顔をしている和行の言葉に俺は迷うことなく頷く。だって和行の料理食べたいんだよ。それになんか最近俺の方が作る回数増えてるからちょっと和行にも料理して貰わないとな。

 

「うん、和行の料理が食べたいの。お願い」

「……あ、ああ。良いぞ、任せろ。ヤバい、夏菜子じゃなくて一夏のお願いヤバい」

 

 また和行が何か言ってるけど、無事料理を作る承諾も取れたしオッケーかな。和行の意識がなんか別の世界に行ってる気がしないでもないけど。でも、和行の料理は本当に楽しみだな。なんの料理を作るんだろう。和行が作る晩御飯に期待を寄せながら、俺は昼食を食べる箸を進めることにした。

 それから時間が経ち、放課後になった。今日は夕飯を作る食材を買うべく、二人でスーパーに寄ってから家に帰ることに決めている。あと家に置いてあった食材がなくなってきたのもあって、それらの買い出しも含めて。

 正直、女になってから男の時より筋力が下がった感じがするので、男である和行が居るのは荷物を持つ時に非常に助かる。女の子になった後に初めてスーパーに行った時だったか。最初は荷物とかを持つ力が下がっていたとしても俺が全部荷物を持つって言ってたんだけど、和行のやつが首を縦に振らなかったので買い物をする際の荷物が多い時だけは手伝ってもらうよう譲歩したのだ。持つべき者は頼りになる親友だな、うん。

 歩いているうちにスーパーに着いた俺達はカートに買い物かごを乗せて店内へと入っていく。店内を歩いている最中、俺は和行に今日の夕飯のメニューを訊いてみることにした。

 

「今日は何にするの?」

「うーん、エビチリと麻婆豆腐かな。丁度辛い物が食べたかったからさ」

 

 エビチリと麻婆豆腐か。和行が作るならそれでもいいかな。俺も辛い物とか最近食べてなかったから丁度いいし。俺は和行の提案を二つ返事で了承した。今日の晩御飯を作るのは和行なんだからここは和行の意見を尊重すべきだろうし。和行は「おまけで焼売も付けようか」と笑いながら言っていたのだが、即座に俺の方へと目配せしてから悩んでるような仕草をし始める。この短時間で表情を変えるとか忙しい奴だなあ。

 

「和行、どうかした?」

「いやなんだ……今の一夏って女の子じゃん? この手のメニューをドンと出すのはやっぱ駄目かなって。ほら、体重とか体型的とか考えるとさ」

「ううん、別に気にしないよ? 私、全然体型とか体重変わらないっぽいし」

「え、マジで?」

 

 ああ、マジだよ。和行が嘘だろおいとでも言いたげな表情をしているが本当の事だ。何回か体重だのウエストだのを測ってみたんだけどさ、あまり変化なかったんだよ。女の子になった影響なのかと考えたりもしたが、答えが出る訳でもないので深く考えないようしている。それに今の体重なら多少増えたくらいで別に健康的に問題があるって訳でもないし。太りすぎとか体重がありすぎるのは駄目だと思うが、これならまだ健康的な体重やウエストの範囲内というか体型には差なんて左程ないからな。

 そこまで言い切った俺だったが、和行が何故か微妙な表情を浮かべ始めていた。あ、あれ? どうしたんだ?

 

「お前……それ他の女子の前で言わない方がいいぞ。多分目の敵にされる」

「え、あ、うん。分かった」

 

 和行の忠告を素直に受け取ることにした。体型とか体重で悩んでいる女性は多いからな。うちのクラスにもそういう女子多いし。実際に女の子の輪に入って聞いていた俺はそれを一番理解している。口は災いの元だしな、うん。

 

「で、あの話はどうする?」

「あの話?」

「ほら、鈴と俺と一夏で遊園地行く話だよ」

 

 魚介類のコーナーでエビチリに使う剥き海老が入った袋とエビチリの素をカゴに入れながら和行が俺に尋ねてきた。断る理由もないし、俺も一緒に行くよ。それに和行と鈴だけじゃちょっと不安だしなあ。

 あの二人を放っておくのは抵抗があるっていうか。和行と鈴は基本的に仲が良いけど、たまに二人揃ってアホなことをやらかしたり、よく分からない言い争いをしたりしてるから心配なんだよ。

 

「私も行くよ」

「本当か?」

「嘘吐いてもしょうがないでしょ。それで、遊園地ってどこの遊園地に行くの?」

「小学二年の頃に箒とかと一緒に行ったあの遊園地だよ」

 

 ああ、あそこか。あそこなら場所は覚えている。しっかし、随分懐かしいな。もう何年も行ってないぞあの遊園地。

 

「楽しみだね」

「そうだな……っと、次はひき肉だな。行くぞ、一夏」

「うん」

 

 カートを押す和行に俺は付いていく。昔、和行と初めて一緒に買い物に来た時はどこかぎこちない感じで買い物をしていた和行が今はこんな風に自分を引っ張るまでになってるとは。いやはや、時の流れは速いもんだな。俺は感慨深げな感想を抱きつつ、和行との買い物を続けるのだった。

 昔と同じようで居て違う光景。違和感すらないこの光景に、俺は最初から自分は女だったのかもしれないと一瞬だけ錯覚してしまった。俺はまだ男に戻れるなら戻りたいと考えている。二度と戻れないという事とかが判明しない限りはこの考えを変えるつもりはない。でも、今この時だけは男じゃなくて女のままでもいいかなと思えてくる。隣をカートを押しながら歩いている和行の顔がとても生き生きとしているのが妙に嬉しくて。俺と二人きりの時に見せるその表情が眩しいと感じたから。

 

「一夏、俺の顔に何か付いてるか?」

「ううん、何も付いてないよ」

「じゃあなんで見てくるんだよ」

「良いじゃん別に」

 

 だから、せめてこの瞬間だけはその考えを心の中に仕舞っておこう。俺はそう考えを纏めながら、俺が顔を見つめていることに困惑している和行の横顔を眺め続ける事にした。和行が「そんなに見るな」と顔を赤くしながら抗議してきたが俺はそんなやり取りの中である楽しみを見つけてしまった。

 ……なんだか、和行を弄るの面白いかも。

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