その後、すぐに一夏と鈴には追い着くことができた。のだが、まだ続く驚かし要素に鈴が物凄い悲鳴を上げるわ、一夏が怖がって俺の腕にぴったりくっ付いて来たりした所為かメロンが当たったりしました。やっぱり柔らけえな。あとメロンが当たってハッピーな気分になっているところを鈴にガチで嫉妬した目でガン見されたりと、ある意味別の恐怖を味わったりしました。正直言って幽霊屋敷よりも鈴の方が怖い。なんだかそのうち、一夏が好きな者同士で血で血を洗う戦いが起きそうな予感がしたんだけど気のせいだと思いたい。ていうか気のせいであってくれ。俺は一夏と両想いになってイチャラブしまくるまでは死にたくないんで。一夏と両想いになってイチャラブしまくるまで死にたくないんだ。大事なことなので二回言いました。
めっちゃ怖い。俺めっちゃ怖い。俺はそんなのに巻き込まれたくないです。でも一夏は誰にも渡したくありません。俺はイチャラブ純愛ものが好きなんです。寝取られとかドロドロしたのとか無理なんです。需要はあると思うのでジャンルそのものを否定するつもりはないので必要以上にあれこれと言う気はないけど、そういう趣味を押し付けてくるのだけはNGだ。
この前クラスメイトの中に俺に寝取られものを勧めてきた奴が居たけど、思わず千冬さん仕込みの右ストレートが飛び出すところだったが何とか我慢して「俺は寝取られが嫌いだ。いいね?」とコトダマを吐いて、勧めてきた奴を追い返したよ。勧めてきた奴も「アッハイ」と言ってたから恐らく分かってくれたはずだ。
俺が阿呆なことを考えているうちに幽霊屋敷も最後の方まで進み、そこからまた一夏と鈴が悲鳴を上げて逃げているのを俺が追いかけるという展開になり、出口から出てもこのアトラクションがいまいち怖いのか怖くないのかわからない状態になっていた。
俺はそこまで怖くなかったんだが、もう少し中の作りとか見てみたかったよ。一夏と鈴を追いかけるので必死になっちゃったし。
「二人とも大丈夫か?」
「だ、大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないわよ……」
一人だけ駄目そうなのが居た。なんかもう潰れる寸前のカエルみたいな鈴が居た。鈴、お前慣れないことするからそうなるんだよ。大体一夏の傍に居られるようなアトラクションなんてもっと他にあるだろうに。
時計を見るとそろそろ昼時だったので俺たちは昼食を挟んだ後、またアトラクションめぐりをすることになった。メリーゴーランドに乗った時は一夏と鈴は馬車に乗って、俺は一人でお馬さんに乗る羽目になったのでかなり精神的にきたよ。近くに居た子供に「あのお兄ちゃん一人でお馬さん乗ってる。変なのー」と指されて笑われました。一夏は俺のことを心配してくれたけど、鈴はなんか俺を指差して笑っていた子供が増えたのかと思えるくらいに白い歯を見せてやがった。ちくしょう……。もうメリーゴーランドなんて絶対乗らねえからな。一夏にお願いされたら乗ると思うけど。
帰る時間も迫ったきたので何故か最後に観覧車に乗ることになりました。こういうのって普通恋人と二人きりで来たカップルが乗るべきだよね? 野郎と美少女二人ってなんかいまいち絵面的に噛み合わないような気がするんだけど。だってさ、二人とも超美少女なんだぞ。俺みたいな普通の人間じゃ釣り合わんだろ。
……こんなことを口に出そうものなら、千冬さん仕込みのパンチ使える時点でお前は普通じゃないってツッコミが鈴辺りから飛んできそうだが、触れない方向で頼む。だって俺、武道の才能なんて殆どなかったですし。使えることが出来たのは千冬さんが教えてくれたガチの殴り合いで使えそうなのを二、三個くらいだぞ? 基本的に自衛以外じゃ役に立たねえよこれ。才能がないなんて言わずにやってみないかと束姉さんと箒の父親である柳韻さんに言われたこともあったけど、俺には一夏と箒みたいに一緒に剣道なんて柄じゃなかったから断ったよ。俺、本来はインドア派なんで。
――でもまあ、
「良い眺めだな」
「うん、そうだね」
「はあ、幽霊屋敷なんて入るもんじゃなかったわ。きゃーこわーい作戦に利用しようとした罰が当たったのね。ふふふ……」
俺と一夏は観覧車から見える光景を見て同じ気持ちになってきたが、鈴だけは別だった。こいつまだそんなこと言ってるのか。さっきも似たような事を一人でぶつぶつ言ってたような。口から軽く魂が抜け出てるように見えるのは俺だけだよね? 俺がそんなことを考えていると鈴は改まったような顔をして俺の方を見てきた。
「その、ありがとね。和行」
「え?」
「あんたがあたしの為に今日遊んでくれたことよ」
「なんだ。気付いていたのか?」
俺がそう口にすると、鈴はあったりまえでしょと自信満々に言ってのけた。
「あんたや一夏と何年一緒に居ると思ってるのよ。分かるわよ、それくらい」
鈴の顔はいつもの表情に戻っている。俺たちが知っている鈴の笑顔だ。鈴や鈴の両親に何があったのかは知らない。この遊園地に来てから鈴の両親はあまりお互いに会話もしていないようだった。こちらが話しかけると笑顔などを向けてくるが、何処か作り物のように見えてしまっていた。
でも、今の鈴の笑顔は本物だ。心から笑えているという証左に思えた。それが見れただけでも俺がやったことは無駄ではなかったと俺は心から安堵する。
やがて、俺たちを乗せた観覧車は下へと戻る。時間を見ると遊園地から帰る時間となっていたので鈴の両親と合流して地元へと帰ることになった。地元の駅へと戻り、俺たちは別れてそれぞれの家のある方へと帰ろうとしたのだが、鈴から俺だけ呼び出しを喰らったので一夏を俺の視界に入る位置で待たせて鈴と話をすることにする。どうやら鈴も両親を待たせているみたいだ。
「なんか用か。鈴」
「……あたしが一夏が好きになった理由、覚えてる?」
「ああ、覚えてるさ」
目を伏せながら鈴は唐突に俺に問いかけてきたので、俺は頷きながら言葉を返した。鈴が一夏を好きになった理由はもちろん覚えている。
小学五年の始め頃にうち学校へと鈴が転入してきた。まだ日本に来て日が浅かった鈴は、まだ日本語もよく喋れなかったのもあって内心かなり心細かったのと慣れない土地の所為で気が立っていたらしい。鈴の隣の席だった一夏が親切心から何とかしようと話しかけてたりしていたのだが、最初は鈴に一夏は警戒されていた。無論一夏と一緒に話しかけた俺も警戒されました。その所為で最初の数週間は仲が悪かったよ。
だがそこは我らが一夏だ。持ち前のコミュ力とイケメン力と優しさという三連コンボで鈴の心を鷲掴みにしてしまった。それ以来鈴は一夏に惚れているのだ。一夏に惚れたのもあってか、一夏の親友である俺に相談というか、アドバイス的なことを尋ねたりしてきたりしたので鈴が惚れた理由も知ってるというね。でもね、こっちのことも考えて欲しいんだ。めっちゃ嬉しそうな顔で一夏のことを惚気られたら、追い返すのもアレだし一夏への惚気話を聞いてるこっちは精神的にキツかったんだよ。この子に小学生の頃に惚気混じりに聞かされた話によると一夏の奴に「毎日お味噌汁を食べてくれる?」的なことまで約束したそうだ。
なお、一夏本人がその約束の意味をちゃんと把握してるかは不明な模様。だって異性としての付き合ってを買い物に付き合ってと脳内変換する一夏ですし。まあ、あれは伝える側にも問題ある気がするけど。告白してた子たちはストレートにあなたが好きですって言えば鈍感な一夏にも伝わるのに、恥ずかしがって皆できてなかったみたいです。鈴もその一人だ。
ちなみにアドバイスうんぬんは基本的に一夏へ惚れた子たちが俺の方に話を聞きに来る度にやってたので、別に鈴が特別ってわけでもない。正直一夏に惚れた女の子の中に俺好みの子も居たりしたが、もう一夏に惚れてる時点で諦めるしかなかったよ、うん。
なんか話が逸れた気がする。俺の覚えているという言葉に「そう」と短く呟くと、自分の心情を吐き出すように俺の目を見つめながら静かに語りだした。
「あたしね、正直に言うと一夏が女になって絶望したわ。もし神様が居るならぶん殴りたい気分だったし、一夏を女にした篠ノ之博士を叩き潰したかったわ」
でもね、と鈴は続けた。
「一夏と過ごす内に解ったの。女の子になってもあいつは変わらなかった。心というか精神というか、そういうのが男の時と変わっていなかった。あたしが惚れた一夏と魂が同じだったんだ」
「鈴……」
鈴になんて声を掛けたらいいのか判断が付かない俺はただ彼女の名前を呼ぶことしかできなかった。そりゃあ、鈴はかなり内心荒れているだろうなと思っていたよ。でも、俺は鈴に直接本音をぶつけられてはいなかった。俺にここまで本音をぶちまけるということは、鈴も女の子になった一夏との生活の中で考えというか意識などが変わっていったのだろう。女の子になった一夏に恋をした俺のように。
「だからね、あたし決めたの」
「何を?」
「一夏が女だろうと関係ない。一夏を落とすってね」
「……はぁ!?」
俺は思わず驚愕の声を上げてしまった。あの、すいません鈴さん。今あなたなんと仰いましたか? え、それってあの所謂百合ってやつになるよね? あ、でも一夏は精神的というか心は男だから問題ない――いや待って、色々待って。鈴の開き直りが凄すぎるとか色々と言いたいことがあるけどちょっと待って。なんでこの子、俺に百合(?)になります宣言してるのよ。なんでだよほんと。頭痛い。ついでに胃も痛い。
「なに? ビックリしたの?」
「ビックリというかなんというか。その……お前、変な方向にアクセル振り切れてないか?」
「あたしのアクセルは正常よ」
鈴がドヤ顔で「大丈夫よ、問題ないわ」とか言い始めたんだけどさ、お前それ完璧な死亡フラグだぞ。分かってんのかおい。……ちょっと鈴よ、お前まさかとは思うけど俺にその恋の応援しろとか言わないよね? ね?
「それでなんだけど。和行、いつものようにあたしの恋の応援をしてくれない?」
あ、想像通りのことを言われました。もうこれは確定ですね。こいつは俺にそういうことをやらせようとしています。鈴は知らないから仕方ないけどさ、恋のライバルに当たる相手に自分の恋の応援させようとするってどうなのよ。俺だって一夏に恋しているのに、鈴の恋の応援をしろとか結構精神的にキツいんですけど。ていうか、いつものように応援ってどういうことだよ。もしかしてあれか? 俺が鈴の相談とかをよく聞いてたから俺が鈴の応援をしていると勘違いされたか? ゲロ吐くぞこら。
あれ、俺なんか悪い事した? ねえ、俺なんかしたっけ? なんか涙が出そうだよ。ついでに胃痛と頭痛がさっきより強くなっている気がする。
「やっぱり駄目、かな?」
「……少し考えさせてくれ」
本当は誰がやるかって拒否したかったけど駄目でした。これが俺の精一杯です。俺は自分の恋心を進んで言い触らすつもりもないけど、もし拒否している過程でうっかり口を滑らせ俺が一夏のことを好きだという事をもし鈴が知ったらどうなるかわからない。
案外短気な鈴が知ったら鈴の四肢から無言の腹パンからの「あんたは一夏の伴侶に相応しくない」のコンボやら、特撮ヒーローが使うようなキックが飛んでくるかもしれない。そうなったら俺のライフゲージが全損してゲームオーバーになる可能性がある。一夏とイチャラブしてないのに死ぬわけにはいかないんだよ。
「そう。あたしも無理強いする気はないから気長に待つわ」
俺の返事に百合に走った鈴は静かに首を動かして一人で納得したような表情を浮かべていた。この表情だけ見れば美少女というかすげえ様になっていると思うのだが、前後の会話がアレな事になっているので畏怖の念しか浮かんでこなかった。怖いです。
「今日はもういいわ。早く一夏の方に行きなさい」
「あ、へ?」
「ほら、いいから。呼びつけて悪かったわね」
俺の考えなど知らない鈴はそれじゃと言い残して両親の下へと歩いて行った。俺は鈴との会話からまだ回復できなかったが、このまま居ても仕方ないと考えた俺は一夏の下へと戻っていくのだった。
そういえば、さっき鈴が俺に言ってたことなんだけど、一夏が女でも手に入れてやるって……あれ? 鈴って一夏がまだ男に戻れる可能性があること――あ、知らせてなかったわ。……今度教えよう。
和行と鈴と行った遊園地は楽しかった……昔に戻ったみたいで。三人で遊んでいる時だけは普段感じている気持ちが収まり、肩に重石が圧し掛かったような感覚はなくなっていた。俺は最近自分でもよく分からない感情に襲われることが多くなっている。それが起こるのは決まって学校で和行が他の女の子と話している時だった。和行が鈴と話している時は別に何とも思わないんだけど、別の女の子と話しているのを見るとなんだか心がざわついてイライラするんだ。何が原因でこんな風に考えるになったんだろうか。
こんな自分が嫌で何処かに遊びに行きたかった、少しの間だけでも自分のこの感情を忘れていたかった。だから、和行の三人で遊びに行こうという提案に乗ったんだ。単純に鈴と和行が何かやらかさないかって心配だったのもあるけど。でもそんな楽しい時間も終わって、また胸の中にしまっていた感情が溢れだしてくる。抗いたくなるが、抗えば抗うだけもっと辛くなってくるのは分かっていた。俺は鈴と会話している和行にゆっくりと視線を向ける。何を話しているのかここからは聞こえないが、和行が鈴の言葉に驚いているのだけは分かる。何を話しているんだろうか。
和行の姿を見ていると自分でも理解できない思いが湧き上がってくる。和行の傍にずっと居たい。和行に褒められたい。和行に自分の手料理を食べてもらいたい。和行と手を繋ぎたい。なにより、和行の笑顔を自分だけが見ていたい。……あいつの事ばかり考えてしまう自分に俺は手で顔を覆った。今の俺はどんな顔をしているんだろう。和行には見せられない嫌な顔をしているだろうか。和行にこんな気持ちを知られたらどうなるんだろう。和行は俺の味方だと言ってくれていたが、今はあいつのその言葉が信じられなくなっている。こんなことを考えているともし知られたらどうなるんだろう。嫌われるだろうか、それとも拒絶されるだろうか……。後ろ向きな考えばかりが頭の中を支配している。俺らしくないと分かっていてもネガティブな考えを止めることは出来なかった。
親友だと思っていた和行のことを以前と同じ目で見られなくなってきている。今の自分がどうなっているのかわからなくなってきた。俺はどうして和行のことをこんなに思っているのか分からない。
鈴と和行の話し合いが終わったのか和行が俺の下に戻ってくるのが見えた。駄目だ、今の俺の顔を見られないようにしないと。和行に変な心配を掛けたくないと考えた俺はすぐに表情を作って和行を笑顔で出迎えた。
「ねえ、鈴と何を話してたの?」
「ん? ああ、今度千冬さんに格闘技でも習うかって話してたんだよ。そうすれば鈴も自信が付いて幽霊とか怖くなくなるだろうって」
――嘘だ。自分でも信じられないくらい冷たい言葉を口に出しそうになるのを堪えた。本当に和行は嘘を吐くのが下手だ。今の俺には分かる、和行が嘘を吐いていることくらい。八千代さんのお見舞いに行った帰りに吐かれた冗談と今の和行の言葉は何かが違うと俺は直感する。何を隠しているのかは解らないけど俺には嘘を吐かないで欲しい。俺にはちゃんと本当の事を言ってくれ。だけど、そんな暖かくない言葉を和行に吐きたくない俺は我慢するしかなかった。
「どうした? 大丈夫か一夏。具合でも悪いのか?」
「ううん、なんか久しぶりに遊園地とか行ったから疲れたかも」
和行が如何にも心配していますと主張している表情で俺の顔を覗き込んでいた。心から来る和行の言葉と声が嬉しかった。ああ、俺も人の事を言えないな。だって、いま俺の心配をしてくれる和行に嘘を吐いたから。和行に今の俺の心を知られたくないから。
「そうか。でも辛かったら言うんだぞ? おんぶでもして家に連れて行くから」
「うん。それと今日はありがとね。私や鈴のために」
「いいって。気にすんなよ」
でも、今だけは。二人きりの時間だけは、俺と和行以外の人間はいない。他の女の子なんていない、二人きりなんだ。和行の優しい声も何気ない仕草も全部俺にだけ向けられている。この時間があるから俺はまだ自分の感情に完全に振り回されずに居られる。ありがとう、和行。