時期は七月上旬。段々蒸し暑くなってきているんで気が滅入る。寒いのも嫌だけど、暑すぎるのも嫌なんだよ。自重しろや地球と日本の四季。……愚痴はこれくらいにしておこう。それでだが、いま俺は自宅前にて一夏が準備を終えるのを待っている。まあ、女の子の支度なんだし終わるまでちゃんと待つくらいの気概はある。程なくして一夏が織斑家の玄関を開けて出てきた。鍵を閉めると俺の下へぱたぱたと走ってきた。
「お待たせ和行」
「いいや、全然待ってないよ」
嘘です。実は十分以上待ってました。ごめんねと両手を顔の前で合わせて謝ってくる一夏が可愛すぎる。やっぱ天使だわ。あ、そうだ。ちゃんと確認取っておかないと。
「家の鍵ちゃんと閉めたか?」
「何回か確認したから大丈夫だよ」
なんか同棲している恋人とか夫婦みたいな会話だなと他人事のように思いつつ、俺は一夏と一緒に歩き出した。
今日は休日を利用して俺が予約していたゲームの受け取りに付き合うついでに、ある物を買うために一夏と一緒に買い物に行こうということになったんだけどさ……これってデートなんじゃないかと思うんですよ俺は。今は女の子になっている一夏と俺って絵面な時点でそうとしか思えないんだけど、こいつは普通に俺の買い物に付き合っているだけだと思い込んでるんですよ。
……駄目だ。何か別のことでも考えて気を紛らわそう。どうでもいい情報になるが、俺も一夏もバイトはしていない。一夏は女の子になる前は頑張ってバイトをしていたんだが、女体化してから辞めたそうだ。今時中学生を雇ってくれるバイト先は少ないのにと嘆いていたが仕方ないだろうさ。
一夏はその時に溜めていたお金や千冬さんからのお小遣いもあって色んなものを買ったり、皆で遊んだりする金は持っていた。最近は俺とばかり居ることが多いけども。なんで一夏が中学生にしては多めの金を持っているのかというと、以前一夏がこれを生活費に充ててくれってバイトで稼いだお金を渡した際に千冬さんが、
「それはお前が稼いだ金だ。お前の為に使え」
とか言って一夏に突き返したとか。千冬さんの言葉と態度がイケメンすぎて泣ける。俺には一夏と違ってそういうバイトをした経験はないが、母さんが毎月俺の通帳の口座に金を入れて寄越すのよ。学生に与えるにはちょい多いくらいの金額を。これのお蔭で一夏達とも遊べているから文句を言う筋合いなどないが、母さんに頼りきりな感じがして少し複雑だ。母さんは「あなたが気にすることじゃないわ」とか言ってたけど。うーん、俺って母さんに対してたまに辛辣なことを言ったりするけど、やっぱ母さんのことが好きだからなあ。……不味い。弾や数馬にマザコンとか言われたのを思い出してしまった。しょうがないだろ、俺の肉親は母さんしか残ってないんだから。なんだかんだ言っても大事なのよ。
ふと、隣に居る一夏の方へと目を向けた。一夏はいつものように私服ではトップスには胸の辺りがゆったりするようなのを着て、ボトムスにはスカートを穿くことが多い。今日も今日とてスカートだし、それもひらひらのレース付きのやつ。めっちゃ可愛い。あと一夏の生足が眩しいです。ヤバい、一夏はタイツやニーソの方が良いと思ってたけど生足も良いな。特に太ももの辺りがいい感じだわ。
「一夏」
「なに?」
「今日も似合ってるぞ私服」
「や、やだなあもう。そういうのは私じゃなくて、ちゃんとした女の子に言ってあげなよ。好きな女の子とかにさ」
俺が好きなのはお前なんだよ! だから褒めてんだよゴラアアアアアア! と、大声を上げたかったがぐっと堪えた。自分で自分を褒めたい気分です。一夏の事を本気で意識し始めてからこれと似たような会話が何回あった事か。……枕も結構濡らしましたはい。
「あれ? 一夏と和行か?」
俺が軽く涙目になっていると後ろの方から聞き覚えのある声が聞こえた。振り向いてみるとそこにはなんと弾が居た。それと弾の近くに居るのは蘭ちゃんか?
あ、俺たちの方に弾が近づいてきたぞ。うーん、どうしよう。俺としては一夏とのデート(仮)を邪魔されたくはないんだけど……。会話しないのも不味いだろうし世間話でもしようか。
「お前らもお出かけか?」
「よう弾。ほら、俺が昨日学校で言ってたゲームの受け取りにな。それと蘭ちゃん、久しぶりだね」
「は、はい。その、一夏さん、和行さん。この前はお見苦しいところをお見せしてしまってすいませんでした」
「ううん、私は気にしてないから謝らなくていいよ」
「俺も一夏と同意見だよ、蘭ちゃん」
俺や一夏と会話しているのは弾の妹である五反田蘭ちゃん。学校は聖マリアンヌ女学院という有名私立女子校の中等部に通っている優等生である。彼女にも一応一夏が女の子になった事と偽名を使って今の学校に通っている事は話してある。
その際、蘭ちゃんはわんわん泣いてたけどね。一応戻れる可能性もあるとは言っておいたけど、やはり惚れていた一夏が女になったのは耐えられなかったのだろう。母親である蓮さんは泣いてる蘭ちゃんのことも心配だったみたいだが、一夏の事を気遣う余裕も見せてくれていたな。あの日は鈴の家にも説明しに行かなきゃいけなかったので、泣いたままの蘭ちゃんは蓮さんに任せることになったのだがあの時大泣きしたことを気にしていたみたいなので俺たちは気にしてないとはっきりと言った。
「弾たちは何か用事でもあったの?」
「俺たちか? 食堂で使う食材の買い出しだ」
「どうせ弾は荷物持ちだろ?」
「うっ! お前、そんな直球で言わなくてもいいだろ……」
俺の言葉に弾はそう抗議してくるが、五反田家内のヒエラルキーでは弾はかなり下の方なのは自覚があるのかあまり強くは言い出せないようだった。まあ、二人の爺さんである厳さんは孫娘である蘭ちゃんにはかなり甘いけど弾には厳しいからなあ。そういうのを近くで見ているとなんとなくだけど弾の扱いが雑になってしまうのよ、すまんな。
「ほら、お兄。早く行こう、一夏さんと和行さんの買い物を邪魔しちゃ悪いし」
「ああ、そうだな。またな、一夏、和行」
そう言って一夏と俺から遠ざかっていく二人だったが、途中で弾が何か余計なことを言ったのか蘭ちゃんの肘打ちを脇腹に食らっていた。うわあ、痛そう。なんか悶えてるし。まあアレであの二人は中は良い方なんだよな。弾の扱いが雑なだけで。弾も余計な事とか言わなければ普通にイケメンだし、友達のためなら真剣になれる奴なんだがなあ。どうしてこうなった。
「さて、俺たちも行こうか」
「うん。そうだね」
俺と一夏も用事を済ませるために足を動かすことにした。歩いて数分ほどして目的の建物が見えてきた。そこにはあったのは多くの人が行き交う駅前のショッピングモールだ。レゾナンスって名前なんだがいまいちここが駅前だと言われてもピンと来ないんだよなあ。駅舎や地下街を丸ごと飲み込んで一つの建物になっているのでここはかなりデカい。迷子になってもおかしくないくらいだし。以前、一夏が鈴や千冬さんに連れられて下着やらを買ったのもここらしい。
「うっ……」
軽く人の波に酔ってきたわ。このショッピングモール内のゲームコーナーで予約したので早く済ませてしまおうと考え、一夏と一緒に中へと入りゲームを受け取って近くの休憩所で受け取ったゲームを鞄に入れていると一夏が声を掛けてきた。
「和行、いこ?」
一夏の言葉に頷くと俺たちは今いる店舗を出て、服や水着などを売っている売り場へと向かう。ゲームを受け取った後、俺達は女性物の水着と男性物の水着を買いに行く予定になっていたからな。
「全くうちの母さんもいきなりだよな」
「まあ、八千代さんらしいと言えばらしいかな」
何故だか知らないのだが、今朝になって母さんが夏休み中に一日だけ知り合いの室内プールを貸切にして遊べるように調整していると言ってきたのだ。夏休みの宿題をある程度終わらせるという条件があるけど。週明けにでも弾と数馬と鈴と蘭ちゃんにも声を掛けるつもりだ。六人くらいまでなら問題ないらしいし。
室内プールで泳ぐのなら別に学校の水着を使う必要ないよね? という結論に至ったので一夏とこうして買い物に来たわけだ。母さんから水着を買う分の代金は寄越されているから金に関して心配することはない。一夏の分も母さんから貰ってある。一夏は自分で出すと最初断ってたのだが、母さんの迫真の表情と怒涛の勢いに負けて頷いてしまったらしい。何が母さんをあそこまで駆り立てるのか俺にはわからないよ。
俺も最初、貯金内で一夏に水着を買ってプレゼントしようとしたんだがなあ。それは誕生日まで取っておけと母さんに止められたよ。もしかしなくてもこれ、俺が一夏の誕生日に何かプレゼントしなきゃいけないフラグ? まあフラグ関係なく何か買うつもりでいたからいいんだけどさ。
なおその際、母さんが千冬さんに水着選びの事をいつの間にか電話で教えてたみたいで、あの人から俺の下にいきなり電話が掛かってきて、
『一夏の水着選びは任せたぞ。逃げるなよ。いいな?』
とか言われましたよ。後ろからナイフで脅されてる感じがしました。思わず「アッハイ」と返した俺は悪くない。まあ、元々逃げるつもりとか無かったから別に良いんだけどね。
ちなみにだが、一夏は学校のプールの授業には参加していない。一夏本人は体を動かす事とかは得意な方なんだが、元が男な所為かスク水姿や自分の肌を夏菜子と一夏が同一人物だと知っている俺や鈴達以外の人間に見せるのはまだ抵抗があるらしい。そういう精神的な事情もあるし、一応病弱設定もあるのでそれを有効活用しつつ一夏はプールでは見学することが多かった。
「でもプールかあ。水には潜りたくないなあ」
「まだ潜れないの?」
「何で水の中に潜る必要があるんですか?」
「それを私に聞かれても……」
潜れないものは潜れないんだよ。だから学校のプールの授業でもあまり潜水しないようにしてる訳で。……唐突だが、うちの学校のスク水はセパレートタイプのやつなので、男のロマンが詰まったワンピースタイプではない。なんかこうパトスが沸き上がらないというか。神話になるほどの力も発揮できなさそうな感じなので、はっきり言って俺の好みではない。数馬は新型スク水もイケるのでそこらへんは問題ないらしい。あいつのことをたまに尊敬したくなるよほんと。俺が考えたことがフラグになったのか、聞き慣れた声が俺の耳に聞こえてきた。
「ん? 和行と一夏か?」
「あ、数馬」
「おう数馬。お前も買い物か何かか?」
噂をすればなんとやら。そこには御手洗数馬が居た。今日は悪友どもと会う日なのかと心の中で独り言を吐く。数馬は一夏が女の子になった事に別段驚いたりはせず、「二次元ではよくあることだし」の一言で済ませたからある意味凄いわ。そんな数馬の右手には音楽関係の機材的なものがあった。俺には良くわかないが数馬は楽器とかに興味があるのは知っていた。
「これを買いにな」
「そうか。もう帰るのか?」
「ああ。他にも用事があるからな」
俺と一夏にじゃあなと言ってきたので俺も同じような言葉を投げかける。少しばかり数馬の背が遠のいていくのを眺めてから、俺は一夏を連れてさっさと水着を買いに行くことにした。歩いているうちにレゾナンスの二階にある水着などを取り扱っている店に着いた。他にも夏用のアイテムが取り揃えられているが今回の優先はあくまでも水着だ。どうせ他のアイテムとかは後で母さんが買って俺達に渡すだろうから。先に一夏の水着を買うべく女性用水着の売り場に足を踏み入れたのだが、物凄く居心地が悪いです。
「一夏。俺はここで待ってるから好きなの選んで来いよ」
「え、私は和行に水着を選んでもらおうと思ってたんだけど」
俺の言葉に一夏はそんな返事をしてきた。あの、俺が選んでいいんですか? あの俺のセンスじゃ一夏に合うものとか選べるか不安なんですが。
「俺でいいのか?」
「うん、和行が選んで」
正直抵抗があるんですけどいいんですかね。うーん。まあ、一夏の頼みを無碍にする訳にもいかないし、俺が選ぶか。……こんなんで女性用水着を漁ることになるとは思わなかったよ。いま俺は物凄い羞恥と戦っています。一夏が傍に居なかったらこれ変態確定だろ。時代が時代だし、変なのに絡まれたらかなり面倒なことになるのは確定的に明らかでしょ。
ちょっと待った。幾ら良いデザインがあっても一夏のサイズに合わなかったら意味ないんじゃないかこれ。でもなあ、幾ら元男とはいえ一夏は女の子だぞ。自分のスリーサイズなんて言いたくないだろう。というか、聞いたら多分ビンタされると思う。
「んー」
「どうしたの?」
「良いデザインのがあってもサイズが合ってなかったらと思ってさ」
「あー、なら適当に選んでみてよ」
「人の話聞いてたか?」
「聞いてるよ」
……ああ、合わなかったらその時はその時っていうスタンスなんですね。男の時に二人で服を買いに来た時もこんな感じだったな。一夏の水着を一夏と一緒に見て回り始めてから二十分くらい経っただろうか。一夏に似合う水着を選ぶのに四苦八苦していた俺はヤケクソ気味に近くにあったホルターネックビキニを手に取った。上下セットで色は黒色。ワイヤーなし。スカート付きとなっている。これなら出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでいる一夏に似合うと思うの。いや、絶対似合う。
海に行くのなら布面積が多くなる水着を選んだが、今回は室内プールなんで問題ないはずだ。どうせプールに行くのは一夏が女の子になったのを知っているのばっかだし。
「はいこれ」
「試着するからちょっと待っててね」
手を差し出してきた一夏の手に水着を手渡した。一夏はボックス型の試着室へと入っていき、俺は試着室近くで待つことになった。何度目の試着だろうかと考えながら一夏の着替えが終わるまでの間、変なのに絡まれませんようにと祈りながら待っていると試着室の中に居る一夏が俺の名前を呼びはじめた。
「和行」
「どうした?」
「似合ってるか見てもらいたいんだけど」
「ああ、いいけど」
俺の言葉を合図に一夏が試着室のカーテンを開けてこちらにその姿を晒した。たわわに実った形の良い果実をしっかりと布の中に納め、引き締まっているウエスト。すらりと伸びている脚線美は男を魅了するには十分な威力を秘めている。思わず唾をのみ込んでしまった俺は悪くないだろう。
「ど、どうかな?」
「あ、ああ。似合ってるぞ一夏」
「そ、そう? ならこれにする。和行が選んでくれたんだし」
「サイズは大丈夫なのか?」
「うん、これなら問題ないよ」
一夏が大丈夫っていうなら別にいいか。俺は再度一夏が着替えるのを待つことになった。数分後、着替え終わった一夏が出てきたのでレジで会計を済ませる。購入した一夏の水着の値段に関しては見なかったことにした。そうだ、俺は何も見ていない。水着の値段が一万五千円超えてたのとかそんなの絶対見ていないからな。
次は俺の水着を選ぶために男性用水着売り場に向かったのだが、一夏も何故か俺の後に付いてきてしまった。あれ、おかしいな。俺は入口近くで待っているように言ったはずなんだが。
「あのさ」
「何?」
「何じゃなくてさ、ここ男性用……」
「私も男なんだけど?」
いや、今のお前女だろと言いたかったが一夏にジト目で見られたのでそのまま一夏の追従を許すことにしました。だってさあ、一夏から「私も付いて行っていいよね?」的な有無を言わせないオーラが出てるんだもん。仕方ないね。
「これでいいか」
「それでいいの?」
「野郎の買い物なんてこんなもんだろ?」
「……あ、うん。そうだったね」
……こいつ。自分で男だとか言っておきながら、いまナチュラルに自分が男だったことを忘れてたろ。……今は気にしないようにしよう。さっきからこっちを射殺さんばかりに見ている野郎共視線がキツいからさっさと買って帰りたいんだよ。俺は一夏を伴って紺色のサーフパンツの購入を済ませると、急ぎ足で水着売り場から出るのだった。
「和行」
「ん?」
「今日はありがとね。水着選んでくれて」
「気にするな」
レゾナンス内を歩いていると、一夏が俺の顔を見ながら笑顔でお礼を述べてきた。……もうこれ完全に女の笑顔じゃないですか。正直言ってかなり気疲れしたけど一夏のこの顔が見れたからいいかな。
次回も水着回です。