一夏と水着を買いに行ったあの日から時は過ぎ、七月中旬に入って既に夏休み開始から一週間経っている。そう、あの夏休みだ。最初のうち天国のような気分になるが、あとで宿題のことを思い出したりで憂鬱になるあの夏休みだ。まあ、俺が宿題で憂鬱になることはないんだけどね。既に夏休みの宿題は殆ど終わらせているから。これは一夏も同様だ。一緒にやったからちゃんとお互いに確認してるし。ちなみに勉強している時の一夏は物凄く綺麗でした。根が真面目な方だから雰囲気に合ってるっていうのかな。真面目な顔で勉強している姿はとても眩しかったです。内心ふざけて気を紛らわせたりする事が多い俺とは大違いだと思う。
というかさ、こんな短期間で宿題を処理したの初めてだよ俺。プールに行くためってのもあるけど、面倒が嫌いなんでさっさと片付けたかっただけなんだよね。鈴と弾、数馬と蘭ちゃんの四人もある程度宿題は終わらせてあるのは一昨日辺りに確認済みだ。じゃないとこの場に――室内プールに居るわけがないし。
「弾、貸切プールって最高だな」
「数馬。お前もそう思うか」
「全くうちの母さんはどうやってこんな場所借りたんだか」
しかも俺達六人で貸切状態というね。なんか物凄い贅沢している気分だ。一体何やったらこんな室内プールとか借りられるんだよ。だってこのプールって貸出とかやってないみたいなんだよ。なんか母さんの謎がもう一つ増えた気がする。
そんなプールに居るので、当然のことながら俺達は水着を着ている。先にプールで暴れた弾と数馬と俺の男三人組は水分を摂りながら、鈴と遊んでいる一夏と蘭ちゃんを眺めていた。鈴と蘭ちゃんと一夏はビキニタイプの水着を着ているのだが、一夏のスタイルの良さが顕著に出てしまっているという鈴と蘭ちゃん泣かせな光景が広がっていた。……なんだこれ。もしかしなくても俺の所為? 俺の所為なの? 俺があの一夏の水着を選んじゃったからなの?
「鈴さん……」
「蘭、あんたの言いたいことは分かるわ」
「え?」
「ここは共同戦線よ! 一夏を倒すわ!」
「ちょ、鈴さん!?」
「え、え? 鈴、どうしたの? 目が怖いんだけど!」
鈴が一夏の歳不相応の大きさな胸を睨んだ途端、蘭ちゃんを巻き込んだ共同戦線を勝手に作っていた。一夏に対して母さんが用意してくれたプールに浮かんでるボールで攻撃を行うみたいだ。おい鈴。お前、一夏のこと好きなんじゃないのかよ。それとこれとは別って感じですか、そうですか。ていうか、あのボールって投げて遊ぶのとかに使うやつだったっけ? そんなことを考えながら、俺は水着姿の一夏達に視線を向ける。
俺が選んだスカート付きの黒色のホルターネックビキニを着ている一夏はもうなんか「君、本当に中学生?」って聞きたくなるほどオーラを振りまいていた。色気がヤバい。主に俺に対してめっちゃ笑顔向けてくるし。あんなのが元男とか信じられなくなってきた。
オレンジ色のフレアビキニを着ている鈴はなんかもう下手に慰めるとロケットパンチが飛んでくるんだろうなこれって思うレベルであった。蘭ちゃんは水色のボーイレッグを着ている。こちらも指摘したら手が飛んでくる可能性が高い。言わぬが花だ。
ところでだ。弾と数馬よ。水着姿の女子が居たらテンション上げ上げになると思ったんだが、冷静だなお前ら。
「女子が居るのになんでそんなにテンション普通なの?」
「そりゃあ一夏と鈴と蘭だし」
「右に同じ」
弾の発言に数馬が乗っかったことで俺は思い出した。ああ、そうでした。こいつら、一夏を女としては見れないらしいんだよ。やっぱり男である一夏と過ごした時間がある所為でついそっちの感覚で接してしまうからなんだとか。鈴に関しては弾も数馬も妹みたいなものにしか見えないらしい。鈴ェ……。
蘭ちゃんも可愛いと思うけど、まあ弾は自分の妹に発情するタイプじゃないからな。数馬も蘭ちゃんは鈴と同じで妹みたいなものらしいし。
「そういえば和行さ」
「ん?」
「なんで一夏の事好きなんだ?」
弾の口から飛び出た言葉に俺はフリーズした。やべ、スポーツドリンクを飲み込んだ後で良かった。あとちょっとタイミングがズレてたら、俺が風邪を引いて一夏に看病してもらった時みたいに噎せることになってたぞ。
……てかさ、ちょっと待って。あのちょっと待って。あの、なんで弾が俺が一夏の事好きだって知ってるの? あれ、数馬も弾の言葉に頷いているし……もしかして数馬、お前もか。俺、お前ら二人に一夏が好きだなんて言った覚えないぞ。あれ、言ってないよね?
「あ、あれ? 和行が固まったぞ」
「そりゃあ唐突に聞いたらそうなるっしょ」
困惑している弾と数馬がなんか言っているが俺は今それどころではない。この二人にはいつかバレるとは思っていたが、こんなに早くバレるとは思わなかった。もうバレたのはしょうがないけど一体どこで気付いたの。そこだけ教えて。
「い、いつ気付いた?」
「学校でのお前の態度で」
「一夏と居ると物凄く嬉しそうな顔してるんだぞお前。気付いていなかったのか?」
数馬と弾の言葉に俺は打ちのめされた。ば、馬鹿な。顔には出していなかったはずなのに何故バレた。はっ! 貴様まさかレベルファイブのテレパス――じゃねえな。弾と数馬の言動を鑑みるに、普通に俺の顔に出ていたってことだろうなこれ。てことは、まさかとは思うが弾や数馬以外にも気付いているクラスメイトが居るってことはないよね。俺が訪ねると二人から返ってきた言葉は実にあっさりしていた。
「俺達はお前と付き合いが長いから気付いただけだからな」
「あと気付いているのは数名の女子くらいじゃないか?」
え、あ、そうなの?
「……あのさ。二人は俺が一夏が好きな事をどう思ってる?」
「いいんじゃないか。前から夫婦かって言いたくなるような事してたし、お似合いだと思うぞ」
「一夏が女になったせいで余計違和感ないしな」
二人に意を決して聞いたが、数馬と弾から反ってきた言葉は俺が想像していたものとは違っていた。あいつは元男だぞとか言われると思っていたんだが。否定するつもりはないって言葉は嬉しい。……でも、なんか隠している気がしたので俺は二人に問いかけてみる。
「なんで否定するつもりがないのか本音をどうぞ」
「一夏を弟と呼ぶことがなくなりそうで嬉しいから」
「モテモテイケメンが一人この世から消えたんでライバルが減った気分だから」
「うわぁ……」
俺は二人の偽りのない本音に思わずドン引きした。弾の言い分はなんか前にも聞いた気がするが弾の妹である蘭ちゃんも落としてたからな一夏の奴は。数馬はもう完全に一夏への妬みだなこりゃあ。まあそりゃあね、一夏のモテっぷりはもう神に愛されてるレベルだったからな。一般人の俺達では抗うことも無力化することも出来ない領域に行っちゃってるんだよねあれ。やばい、頭が痛くなってきた。
「でもよ。お前の恋を否定する気がないのは事実だぜ?」
「……なんでよ」
「はあ? お前、ダチの幸せ祈るのに理由なんて要らないだろ。なあ、数馬?」
「そこで俺に振る!? まあ、確かにな。俺も友達の辛そうな顔なんて見たくないしな」
……弾、数馬。お前等とダチになれて良かったわ。なんだよこのイケメン二人は。お前等がモテないのか不思議なくらいだよ。あ、一夏の所為ですね。あいつに全部女の子持ってかれたんだ。おのれ歩く恋愛フラグ製造機。女になってもフラグ建設能力が消えないとかおかしいだろ。チートやチーターや。そんな俺の心を折りたいか。俺がそんなふざけていることを考えていると、また弾から声が掛かった。
「で、一夏に告白はしたか?」
「してねえよ」
「ヘタレ」
「キスくらいしろ。もしくは押し倒せ」
「おいこらてめえら」
……なんなのこいつら。俺の感動返せよこの野郎。数馬、てめえ誰がヘタレだこら。あとでお前の飲んでるコーラにあのシュワシュワってなる固形物入れてやるからなゴラ。
そして弾よ、お前はアホなのか。押し倒したらアウトだろうが、俺の理性的にも一夏からの好感度的にも。てかお前ら、告白したら一夏というか夏菜子に告白した奴等みたいに心が複雑骨折してもう治らないってなったらどうする気だよ。あいつらの顛末くらいお前らも知ってるだろうが、一夏関係者なんだし。
「告白した後の末路を考えたら無理です」
「いや、イケると思うぜ俺は」
「うん。俺も弾と同意見」
お前らは俺に死ねと言ってるんですか? そうですか。あとで蘭ちゃんに弾が街中で綺麗なお姉さんを見かけて鼻の下を伸ばしてたことをチクってやろう。まあ、実際にそんなことするわけないけど。ただ言ってみたかっただけですはい。
「俺に死ねと申すか」
「そうじゃなくてさ……この鈍感め」
「変なところで鈍感だよな和行って。一夏の鈍感でも感染したか?」
酷い言われようである。まさにボロクソだ。あの、こいつらの口ぶりからして一夏が俺に好意を抱いているように聞こえるんだけどさあり得ないでしょ。
……そうだ、あり得ない。あの嫉妬の目線とかが例えそうだとしても一夏自身の口から本音を聞くまで認めないからな。俺が頑な態度で弾と数馬に「一夏が俺に好意を持つとかあり得ないだろ」と言い放ったのだが、当の弾と数馬は深い溜息を吐いていた。な、なんだよその反応。
「お前、変なとこで面倒くさいよな。なあ数馬」
「ああそうだな弾。和行ってマジで変なとこで面倒だよな。一夏とお似合いだよ」
ぶっ飛ばされたいんですかお前たちは。お似合いの部分は褒め言葉として受け取ってこう。とりあえず一つだけ言わせてくれ。
「喧嘩売ってる?」
「いや売ってないから」
「てかさ、なんか話ずれてきてないか?」
数馬の指摘に俺と弾は「あっ……」という表情を浮かべた。うん、えっと……ああ、一夏を好きになった理由ね。うーん、この際だ。隠しても仕方ないし正直に言うか。
「一夏を好きになった理由だっけ?」
「ああ」
「……一目惚れ」
「はい?」
「だから一目惚れしたの。女の子になった一夏を初めて見た時に」
俺の言葉に弾と数馬がぽかんとした表情をしている。するとどうだろうか、次の瞬間には二人して笑いを堪えはじめたではないか。いや、笑われる覚悟はあったけどさ、そんなに笑うことか?
「ひ、一目惚れって……あ、あの和行が一目惚れって……!」
「あ、あり得ねえ! い、イメージからかけ離れてやがる……!」
「お前ら……!」
おいこらどういう意味だそれ。一夏達に聞こえないように声量を抑えながらも俺は二人の方を睨む。俺の憤怒の炎が見えたのか、二人はすぐに笑いを堪えるのをやめて本当に済まさそうな顔をしてきた。こいつら、俺の事をおちょくって遊ぶことがあるからなあ。全くもう。
「はぁ……」
ふと、プールで蘭と鈴からの猛攻から逃げ切って逆転勝利したと思われる一夏と目が合った。すると一夏は俺に大きく手を振ってくれたので、俺も一夏に手を振り返す。一夏が楽しそうで何よりです。髪型がフィッシュボーンになっているから一夏の美しさがかなり際立っている。あの髪型セットしたの俺なんですけどね! ……すいませんちょっとドヤ顔したかったんだ。許してください、何にも出来ませんけど。
あ、まだ鈴のやつ諦めてないぞ。蘭ちゃんに宥められてるし。何やってんだよあいつ。……でもまあ、こういう風に馬鹿騒ぎ出来るって良いよな。今度はちゃんと海とかで遊びたいな。
ふう、今日は楽しかったな。和行に選んでもらった水着で鈴と蘭と遊んだよ。若干二人の俺を見る目が怖かったけどな。やたらと胸の方を見てたけど、やっぱりあの二人って小さいの気にしているのか? まあ、口には出さないけどな。下手に喋ったら鈴とかが怒りそうだし。藪蛇を突くような真似はしない。……前の俺だったら平然とやってただろうけど、女になってからそういうの殆どしなくなったし。
「じゃあ俺達は帰るからな」
「おう。気を付けて帰れよ」
私服に着替え終えた弾達が手を振ったのに合わせて和行がそんな言葉を掛けた。弾と数馬と鈴と蘭には先に帰ってもらうことになった。俺と和行はまだ残る予定になっている。使ったボールプールとかの後片付け等もあるが、今日は八千代さんが迎えに来るとのことなので八千代さんが来るのを待っている。のだが、それはあくまでも建前みたいなもの。八千代さんがわざわざそういうセッティングにしたんだから。
八千代さんが「これを着れば和行はもっと一夏ちゃんを褒めてくれるわよ」って俺に渡してきたものがあるんだけど……あの人、なんであんなもの持っているんだろう。確かに和行に服装を褒めてもらいたいと思うけど、あれは正直恥ずかしい。でも、もうここまで来たんだから腹を括るしかないか。
「和行。プールサイドで待ってて」
「え? ああ分かった」
和行をプールサイドで待たせると俺は更衣室へと向かい、今着ている水着から別の水着へと着替える準備に入る。前に着たメイド服の時もそうだったけど、八千代さんが何故俺のサイズを知っているのかという疑問は横に置いておくことしよう。なんか気にしたら負けな気がするんだよ。心の中でそう言い書かせつつ、俺は和行が選んでくれた水着を脱いでから八千代さんから渡された水着に着替える。
「和行……」
まだ和行が他の女子と話しているとイライラすることがある。流石に和行も気付いているだろうからなるべく控えようとは心掛けているんだが、中々上手くいかない。
以前、箒と剣道で試合して箒に負けたくないと思ったあの感情と似たものが湧いてくるんだ。和行には「お前って変なところで負けず嫌いだよな」と言われたことがあったけど、これもあの時に似た感情なら俺は誰に負けたくないって思ってるんだろうか。
「って、和行のところに行かなきゃ」
こんなことを考えている場合じゃないと思考を中断して頭の後ろで髪を纏める。すっかり手慣れた手付きで髪型をシニヨンにセットすると俺は羞恥で顔が赤くなるのを抑えながら和行の下に向かった。
「か、和行」
「一夏、何してた……え……」
和行が俺の今の姿を見て固まっていた。そりゃあそうだろう。俺が今着ているのはスクール水着なのだから。しかも学校が採用している新型スクール水着じゃない。昔主流だった旧型スクール水着だったんだから。メイド服と同じで和行もこれが好きらしいから八千代さんにこれを着れば和行が喜ぶと教えられたんだ。
「お前それ……」
「に、似合わないかな?」
「何言ってんだよ。めっちゃ似合ってるって!」
心から嬉しそうな表情を浮かべている和行を見た俺も嬉しくなってきた。和行が喜んでくれている。そう思うだけで俺の心がじんわりと暖かくなってくる。和行が笑顔だと俺も笑顔になれる。和行は、俺が笑顔をどう思っているんだろうか。俺はそんなことが気になって和行に聞いてみることにした。
「ねえ、和行」
「なに?」
「和行はさ、私が笑顔でいるとさどんな気持ちになる?」
和行はうーんと少しだけ悩む仕草をしてから俺の質問に答えてくれた。
「嬉しいかな。一夏が楽しいと思えているんだなって感じるから」
「そうなんだ……」
「それに一夏の笑顔って綺麗で可愛いしさ」
「……え?」
「あ、いや! 今の忘れてくれ」
うっかりしてたとばかりに口に手をやり和行が「しまった……」と呟いている。え、和行はいまなんて言った? 俺が、綺麗? 俺が可愛い……?
――不味い。和行に可愛いって言われたのを認識した途端、心臓がドクンってなった。心臓が痛いくらいに高鳴っている。息も少しし辛くなってきた。クラスメイトの女子とか男子にも可愛いと言われたことがあったけど、和行の言葉はクラスメイトのとは全然違った。前までは嫌だったはずなのに、クラスメイトに言われても何にも感じなかったのに、和行の言葉を聞いているとなんだか胸が苦しくなるけど……とても嬉しい。この前水着を買いに行った時に私服を褒められた時も似たようなこと考えてたし。和行にもっと可愛いって言ってほしいと心が叫んでいるが、何とか抑え込んで和行に礼を述べることにした。
「そ、その。ありがと」
「え?」
「可愛いって言ってくれて」
「え、あ、うん。どうしたしまして?」
俺のお礼の意味が解らないのか和行が首を傾けている。なんだろ、和行のこの反応も最近可愛いと思い始めてきていた。和行の笑顔を自分だけの物にしたくなってきている。
……俺はどうしたいんだろう。本当に俺は男に戻りたいと願っているのだろうか。それすら分からない感覚に陥っている。この気持ちはなんなんだろうか。もう少しで答えが掴めそうなのに掴めないもどかしさに唇を噛んでしまいそうだ。八千代さんの言う通り、俺はもう少しで何かに近づけそうなのか? この暖かい気持ちはなんなのか、もうすぐ分かるのだろうか。
「和行、泳ごう? あっちまで競争ね!」
「え、ちょ! 俺あまり泳げないのに!」
でも今だけは、その事を忘れて和行と一緒に遊んでいたかった。