一夏と夏祭りに行ったあの日から時は過ぎ、お盆も終わって暦は八月下旬へと向かっている。俺は台所で三人分の昼食を作る為に忙しなく動いているラブリーマイエンジェル一夏たんを現実逃避気味に眺めていた。今日も黒髪ポニーテールが美しいです。ポニーテールの間から見えるうなじ最高だな。
それはそうと浴衣姿の一夏は最高でしたね。そのまま一夏を口説いてお持ち帰りしたいくらいだったよ。まあそんな度胸なんて俺にはないし、やらないけど。あとはそうだな。綿あめ食べている時にハンカチで口元を拭かれて超恥ずかしかったけど、良い顔とか言われた時は思わず嬉しくなったよ。あんなこと言ってくれた異性なんて一夏が初めてだし。その後を花火を見た時に非常に臭い台詞を吐いてしまったけど、花火の音が掻き消してくれたお蔭で助かったよ。一夏になんて言ったのか聞かれたけど答えなかった。だってあんな雰囲気じゃなかったら一夏と面と向かって言うとか無理だし。
まあ、綿あめ食べている時に何故か二の腕を抓られたり、帰る際に腕に抱き付かれたりしましたけど。正直、なんで一夏があんな行動に出たのか俺には分からないです。俺が何か一夏の癇に障ることでも言ったのかもしれないが、そうなってくると二の腕を抓られるのはともかく腕に抱き付かれたことへの説明が出来ない気がする。一夏も女の子だからなあ。乙女心は複雑ってやつなのだろうか。あ、一夏のおっぱいはやわらかいって抱き付かれたときにはっきり分かりました。あれは冗談抜きでヤバすぎる。俺、家に帰ってから少しの間フリーズして千冬さんや母さんの声なんて聞こえてなかったもん。
……さて、本題に入るか。このまま無言のままでいては俺の向かい側に座っている千冬さんは俺の反応に納得しないだろう。俺は意を決して千冬さんに尋ねる。俺の耳が腐っていないことを確認するために。いや、だってさ……千冬さんが俺になんて言ったと思う?
「ち、千冬さん。あの、今なんと仰りましたか?」
「今日の夕方から一夏をお前の家に住まわせると言ったんだ」
「……」
はい、聞き間違いではありませんでした。俺の耳も正常です。何かの夢か幻かと思って手の甲を抓ってみたけど痛かったし、何処かに妄想具現化能力者が居て俺にリアルブートした妄想でも見せてるのかとも思ったけどそんなことはなかったぜ。
あの、すいません。本気で疑問なんですが、約一か月振りに織斑家に帰ってきたと思ったらこの発言って……千冬さん、あなた何を考えているんですか? 一夏の昼飯をうちで食べないかって言葉にホイホイされて家に来たらこの人が居たんだ。それで千冬さんの向かい側に座らされたと思ったこれだよ。ほんと千冬さんに何があったんだ。変なものでも食べたのだろうか。
「どうして?」
「お前と一夏を付き合わせるためだ」
「えぇ……」
ぶっちゃけやがったよこの人。飲物を口に含んでなくて良かったよ。もし口の中に飲物入ってたら噴き出した勢いで千冬さんの方に飛んでたかもしれない。なんでこうなるんだよ、あなたブラコン――じゃなかった。シスコンでしょ。一夏を俺みたいなのとくっつけようとするとかあり得ないでしょ。うちの母さんが俺と一夏をくっ付けようとしているレベルであり得ないわ。
というか、メイド服を一夏に着せたあの日に母さんが言ってたのってフラグだったのか。わーい! 白目剥きたくなってきた……。これ、同居したら俺の理性との危険な戦いになるんじゃないっすかね?
「お前が一夏を好いているのはお前たちが夏祭りの日に八千代さんから聞いている」
「何となく知ってました」
「それで八千代さんと話し合ってな。どこの馬の骨だか判らない奴に一夏をやるくらいなら、お前と一夏をさっさとくっ付けた方がいいと結論が出た」
うん、ちょっと待ってください。どうしてそうなったんですか? 意味が解らないです。ていうか、一夏の恋人をそんな理由で決めていいんですか? そもそも千冬さんなら俺とくっ付けるどころか、一夏が欲しいなら私を超えてみせろと挑戦状を叩き付けてくると思ったんですが……。
詳細な説明を要求したいところだが、千冬さんがその事は聞くなと言わんばかりの視線をぶつけてきている。あの、やめてください。そんな目で見ないでください。凄く怖いです。助けて力天使イチカエル。俺に千冬さんと会話を続ける勇気を授けてくれ。
「色々ツッコミたいことはあるんですが……その、一夏に同居の事は話したんですか?」
「二つ返事で同居してもいいと言っていたぞ」
「嘘でしょ……」
おいこら一夏。もう少し警戒心持てよ。あのプールの時も殆ど警戒心なかったじゃんか。お前がスク水姿で出てきた時マジでヤバかったんだからな。あの状態で一夏がこけて俺の方に倒れ込んだりしていたら、今頃取り返しのつかない事態になってたかもしれない。俺だって男なんだぞ? 思春期の男なんだぞ? そしてお前はそんな思春期男子の毒になる体の持ち主なんだぞ。それで俺は一夏に好意を持っているんだぞ? 間違いが起きたら……ああ、だから俺と一夏を一緒に住まわせようとしたんですね。そういうことですか、分かりたくありません。
なんなんだ、母さんと千冬さんは。なんでこんな同居話とかを提案して簡単に実行しようとしてるんだよ。まともなのは俺だけ――いや、俺もまともじゃねえな。心の中では結構ふざけたことばかり言っていたりするし。基本的に我儘なところあるし、ちょっと怒りっぽいし、後ろ向き思考になりやすいし。ダメダメじゃねえか俺。
てか、今朝目が覚めて体を起こしたら、自室の机の上に男性用の避妊具的な物のセット的な物があったのもこの同居話の所為か。母さんめ、なんでご丁寧に「一夏ちゃんに優しくね?」とか書いたメモまで置いていくんだよ。つうか、いつの間に買ったんだよあんなもの。
「不満か?」
「いえ、そうではないんですが……。幾らなんでも男と女が一つ屋根の下ってのは不味くないですか?」
「お前の言い分も一理あるが、私としてはこんな時代とはいえ女である一夏が一人で家に居る方が心配なんでな。一夏にもそう言って了承を取った」
「えっ? ということは一夏は……」
「ああ。一夏はお前と同棲する本当の理由を知らない」
う、うわぁ……。俺が反論できないような尤もらしい理由と共にとんでもない発言しやがったよこの人。まあ確かにそれは俺も考えてましたよ。幾ら俺や母さんが隣の家に住んでるとはいえ、一夏ひとりで織斑家に寝泊まりしていた訳だし。ヤバい、これ断れないわほんと。……仕方ない、か。一夏の事が心配だしな、仕方ない。べ、別に拒むのを諦めたとかそういうのじゃないんだからね! 一夏の為なんだからね! ……うん、俺のツンデレ口調とかキツイな。これ以上はやめとこう。気持ち悪すぎる。
閑話休題。一夏が俺の家に来る前に母さんが机の上に置いていたあれは隠しておこう。あれが見つかったら冗談抜きで不味いことになる。一夏に完全にその気でいると思われて軽蔑されるよ。むしろ軽蔑されない方がおかしいと思う。そのついでに俺の部屋に隠してあるそういう本も今よりも見つかりづらい場所に移動しておこう。元は男だった一夏ならその手の本にも理解は示してくれるだろうが、やはり女の子にあの手の本を見られるというのは精神的なダメージを負うだろうから自衛のためだ。
「二人ともご飯できたよ~」
「この話はまたあとだな」
「そうですね……」
一夏にご飯が出来たと呼ばれてしまったので、俺と千冬さんの会話はここで一旦打ち切られることとなった。というか、後でまた話そうって言われてもこれ以上千冬さんと何を話せばいいんですかねぇ……。一夏と俺の風呂の入る順番とかですか? トイレの便座を下して座って小便をするか、便座を上げて立ったまま小便するかとかですか? 立ったままされると掃除するの面倒って思う人いるからね。それとも一夏の寝床を何処にするかとかですか? あ、寝床に関しては超重要だな。何かあっては大変だから別々の部屋にしないとね。だってほら、正直言って一夏に風邪の看病されたあの時ならいざ知らず、今の一夏はあの時よりもなんか女の子的な仕草が増えているというか物凄く魅力的なんだよ。それに俺もあの時と違って自分の恋心を認めているしさ。
「千冬姉、和行と何を話してたの?」
「例の同居話を教えてただけだ」
「そうなんだ。あ、千冬姉。コーヒーにはちゃんとミルクとか砂糖を入れないと駄目だよ。ブラックは胃に悪いから」
「……分かっている」
一夏が用意したコーヒーをブラックのまま飲もうとしていた千冬さんだったが、一夏に止められた所為かミルクを入れながら若干拗ねたような返事をしていた。千冬さんはブラックコ―ヒー好きだからなあ。まだ若い癖に健康に五月蠅い一夏にあーだこーだと言われるようになったせいで砂糖とか少しは入れるようになったらしいが。一夏が見てないところでは思いっきりブラック飲んでるけど。
ちなみに俺は千冬さんと真逆でブラックコーヒーが嫌いだ。前に好奇心に負けて一回だけブラックで飲んだことがあったんだけど、飲んで少ししてから胃がキリキリしだして大変だった。不快感が半端じゃなかったわ。捨てるのが勿体ないと思って全部飲み干したがあれ以来俺はブラックは一度も飲んでいない。ブラックコーヒーを日常的に飲める人は変態だと思う。あれ? この理論でいくと千冬さんは変態ということになるんだが……。うん、これ以上考えないことにしよう。忘れよう。はい、忘れた。
「はい。和行、千冬姉。オムライスだよ」
「ありがと」
「うむ」
「あっ、そうだ。和行、何かケチャップで文字とか書いてあげよっか?」
一夏のその言葉を聞いた俺は両手を眼前に持っていこうとした状態のまま固まってしまった。千冬さんも俺と似たようなポーズで固まっている。あの、一夏ちゃん? 君は何を言っているのかわかってるのか? ケチャップで文字? それって完全に恋人にするアレ的なあれですよね。もしくは新婚夫婦とかメイド喫茶のあれ。俺と千冬さんの目が合う。俺達は言葉で会話せずに視線だけで会話を行うことにした。
――これ、どういうことですか?
――私が知るか。
――ですよね。
秘密裏に行われた会話は無事に終了した。まさかこんなこと視線を合わせての意思疎通をすることになるとは思いませんでした。
「別に書かなくていいぞ?」
「え、そう? 和行はオムライスにケチャップで文字を書かれると喜ぶって教えられたのに」
「……誰にだ?」
「数馬」
おいこら数馬あああああああああ! 一夏に変な事を教えてんだ!? 俺にそんな趣味ねえよ! あ、でも一夏にケチャップでハートマークとかLOVEとか書いてほしいかも。
いや、駄目だろ。落ち着け俺。俺と一夏が二人きりの時ならまだしも今は千冬さんが近くにいるんだぞ。んなことできるか。恥ずかし過ぎて顔から火が出るわ。てか、一夏よ。お前もお前でそんな冗談を真に受けるなよ。完璧に数馬に騙されてるじゃねえか。よし、あとで数馬に鈴の実家の中華料理屋が出している殺人的な辛さを誇るあの激辛麻婆豆腐を奢ることにしよう。あいつ辛いもの好きだし、大丈夫でしょ。
「……妹に先を越されすぎな気がしてきたな。そろそろ私も相手を見つけるべきか」
何処か遠い目をしながらミルクを入れたコーヒーを啜る千冬さんは様になっていたが、哀愁を帯びた雰囲気を漂わせていた。千冬さんに見合う男性とかこの世界に居るんですかねという疑問を押し込んだ俺は、千冬さんには触れないように一夏が作ってくれたオムライスを食べることにした。
「いただきます」
スプーンでオムライスを掬い取って口に押し込む。うん、やっぱり一夏の料理は美味い。この卵の焼き加減、ライスの炒め加減が何とも言えない絶妙なハーモニーを醸し出している。箸じゃなくてスプーンが進むよ。
それから時間が経ち、夕方近くになったので俺は一夏の服やらなんやらが入った服やら学校の制服やらをうちに移動させる手伝いをしていた。流石に一夏の箪笥を漁って服とか下着をバックに入れるなんてことを俺はしてない。一夏の洋服やらが入ったバック等を俺の家のリビングに運んだりしただけだ。服の詰め込みとかは昼食を食べた後に一夏が準備していたし。
あ、それとうちの母さんが置いていった例の物とそういう本は既に隠し終わりました。あとは一夏が余計なことをして掘り当てないことを天に祈るだけだ。……フラグじゃないからね?
「至らない点もありますが、よろしくお願いします」
「ハイ、コチラコソヨロシク」
九条家の客間にて一夏が正座をしながらそんな挨拶をしてきた所為か、俺の口から出た言葉は片言になっていた。学校の先生以外には使わない珍しい一夏の敬語が俺に対して向けられるとは思ってなかったんだよ。今の一夏の敬語はなんかこう、グッとくる。
てかさ、これ完全に嫁入り前の挨拶だよね? ……もしかして俺、もうすでに一夏を嫁に貰うルートを確定させちゃってます? あ、確定させられてますね。母さんと千冬さんに。そこに考えが回らないとか完全に疲れてますね俺。てか、まだ俺と一夏は付き合ってもいないのに同居とか……。それどころか好意を伝えてすらいないからな。ヘタレって言われも文句言えねえやこれ。
「それで、私は何処で寝ればいいのかな?」
「二階の部屋の片づけが終わるまでは客間を使ってくれ」
「……和行の部屋じゃないんだ」
え? なんでそんな残念そうな顔してるの? ……いや、まさかな。俺と本当に同じ部屋で寝たいって思ってる訳ないよな。うーん、一応ちゃんと言っておくか。
「俺と一緒の部屋とか駄目に決まってるだろ」
「どうして?」
「いや、どうしてってお前……」
「私は和行となら一緒の部屋で寝てもいいんだけどなあ」
……おい。お前、本当に無防備すぎるだろ。あのさ、今の一夏の台詞の所為で俺の心臓がめっちゃバクバグ煩く鳴ってるんだけど。やばい、一夏やばい。俺だったから良かったけど、今の発言は一歩間違えたらアウトな発言だぞ一夏。特に他の男相手だと。俺はなるべく平然とした顔で一夏と会話をすることに注力することにした。そうしないと色々と不味いから。
「と、とにかく駄目なものは駄目だ」
「うーん……分かったよ」
俺の言葉に一夏は渋々といった感じで諦めたくれた。なんで一夏は俺に対してはこう無防備なんだよ。他の男子の前で案外警戒心持ってるのに。少し頬を膨らませてこちらを見ている一夏は大変可愛かったがそれはそれ、これはこれだ。もしかして俺って男として見られていないのかと少しだけ疑心を抱いてしまった。うーん……どうして俺に対する警戒心が殆どないんだ? あまり深く考えるのはやめとくか。どうせ俺の頭じゃ答えなんて導き出せそうにもないし。
「あとは風呂の入る順番なんだが、一夏が先に入ってくれて構わないぞ」
「え? いいの? ここは和行と八千代さんの家なのに」
「いいんだよ。一夏には一番風呂に入ってほしいし」
これは俺の本音だ。一瞬、先に入った一夏が入った風呂の残り湯とか良いよなって邪な考えが浮かんだけど、すぐにそんな考えを蹴り飛ばしたよ。俺はそこまで変態じゃないし。仮に変態だとしても変態という名の紳士だし。あれ? これって結局変態じゃねえか。駄目だな俺。
「俺からはこれだけだ。これからよろしくな、一夏」
「うん、よろしく。ところで、今日は八千代さんは居ないの?」
「ああ。今日は仕事仲間の人たちと食事に出かけたから帰ってくるのは深夜になるってさ」
今朝から出かけて深夜に帰ってくるであろう我が母は、うちの学校の二学期が始まったら仕事に復帰するらしい。それで今日はその復帰祝いに仕事仲間の友人達とぱーっと遊んだりしたり、飲んでくるとか言っていた。まだ完全に復帰してないのに気が早すぎるように感じるのは俺だけですか?
そういうことなので、今日は出前でも取って食べろと母さんがお金を置いていったので今日はそれでピザとかを頼むつもりだ。鈴の実家の料理でもいいかも。一夏が料理しようとするだろうけど、たまには休んでほしいからな。ありがたく使わせてもらうよ。
「さて、出前でも頼むか」
「夕飯なら私が作るよ?」
「気持ちはありがたいけどさ、たまには休めよ。俺は疲れた顔をしながら料理するお前より、笑顔で料理を作るお前を見ていたいんだよ」
「え……。わ、分かった」
意外なことに一夏の方が簡単に折れてくれた。あれ? 前までなら良いから私が作るともっと粘っていたと思ったんだけどな。やっぱり一夏もそれなりに疲れていたのかな。
「その……さんきゅーね、和行。私のこと心配してくれて」
「当たり前だろ。幼馴染なんだから」
「…………和行の馬鹿」
あっれ~……。なんか一夏が目を吊り上げてそっぽを向き始めたぞ……。あのあの、ちょっと待って。俺なんか間違ったこと言ったか? だってお前の事が異性として好きだから心配してるとかこんな空気で言う訳にもいかんし……。もしかしたら、本格的に一夏の鈍感とかそういうのが俺に移ったのかもしれない。こんなの一夏の役割だったはずなのに、どうしてこうなった。
活動報告にも載せておきましたがここにも書いておきます。この小説の本編では主人公と一夏ちゃんはIS学園には行きません。本編の二人には藍越学園に行ってもらいます。前に活動報告に載せた設定変更の影響でこうなりました。