朝早く起きた私は和行と一緒に近所の神社へと初詣に来ていた。千冬姉と八千代さんは家に居る。二人が私達に気を使ってくれた――と言いたいところなんだけど、実際は違う。八千代さんが二日酔いで辛そうにしてたから千冬姉がその面倒を見ているんだよね。八千代さんよりも飲んでたはずなのに、ピンピンしてるってどういうことなの千冬姉……。
「一夏」
「なに?」
「そ、その。今のお前、物凄く綺麗だぞ」
「そう? ありがとう」
和行はいつも通り私服姿だけど私は違う。初詣ということもあり、八千代さんにアイボリーの振袖を着させられたんだよね。……気持ち悪そうな顔をしながら、着付けをしてくる八千代さんなんて見たくなかったよ。
それはそうと、私は和行に逸れないようにと何時ぞやのように恋人繋ぎをして貰っている。ああ、本当に落ち着く。和行とずっとこうしていたいくらい。途中で寒くないかと和行に聞かれたけど、ちゃんと防寒用の下着は着けてるし羽織も着ているから大丈夫って答えておいた。本当に何でも持ってるね、八千代さんって。
それにしても、和行って私の事を褒めることが多いよね。悪い気はしないっていうか、むしろ良い気分になるから別にいいんだけどね。私も変わったなあ。女の子に成りたての頃は可愛いとか綺麗とか言われるとかなり抵抗感があったのに、今ではもう平然と受け入れてる。頻繁に言ってくる相手が和行だからってのもあるんだろうけど。
「居過ぎだろ……」
そんなことを思量していた私の横で、和行がしかめっ面で人混みを睨みながらそう呟いた。そういえば、和行って人混みとか結構苦手だったような。……今まで忘れてたよ。去年の夏祭りでも少しだけ人混みに嫌そうな顔してたし、今日も無理させちゃったかな?
「大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。一夏が傍に居るし」
そ、そこで私の名前出すぅ!? わ、私が居てくれるから大丈夫とか、そんな優しげな顔で言われたらきゅんってきちゃうよ。もう駄目。和行の言動一つ一つが私を堕とそうとする凶器に思えてくる。こ、これって和行が私の事を頼りにしてくれているのかな? 恥ずかしいけど物凄く嬉しいよ。も、もう少し体を寄せても大丈夫かな? 和行が嫌って言ったら距離取るけど。
「っ!?」
和行が驚いたような顔をしていた。顔を赤らめて、恥ずかしそうに私から顔を反らしてるし。振袖越しとはいえ、私のおっぱいが和行に当たってるもんね。そういう反応するよね。すっごく可愛い。エッチなことばかり考えていそうなのに、実際にこういうことをされると初心な反応する和行が可愛すぎてお持ち帰りしたいよ。……和行に直で私のおっぱい触らせたりしたらどうなるんだろ? 鼻血とか出しちゃうのかな?
「あの、一夏……」
「どうしたの?」
「……なんでもない」
ふふふ、そうやって言い出せないところも私的には和行が可愛いと思ってしまうポイントの一つなんだよね。もう本当に可愛い。和行が私よりも年下だったら目一杯可愛がって「お姉ちゃん大好き!」って言ってくる子になるように仕向けられるのに。小学生の和行、いいかも。小さい和行と一緒の布団で寝たり、ご飯を食べさせてあげたり、服を着させてあげたり――。や、やばい、興奮してきた……。鼻血が出そうだよ! お、落ち着かないと!
「……なんか一夏から邪な視線を感じる」
「何か言った?」
「なにも。ほら早く行くぞ」
「ま、待ってよ」
先に行く和行に手を引かれながら、私は和行についていくことになった。参拝の仕方をすっかり忘れてしまっていたので和行に尋ねてみると和行は快く教えてくれた。鳥居をくぐる時の作法や歩道の歩き方を教えられながら、私と和行は手水舎まで来た。そこで手水のやり方も教えて貰って手水も済んだんだけど、なんで和行は覚えてるんだろ?
「よく参拝の方法を覚えてたね」
「昔読んだ本に書いてあったのを忘れてなかっただけだ」
「何年前のやつ?」
「確か六年前だったかな?」
え、六年も前に読んだ本の内容を覚えてるの? 私なら昔読んだ本の内容なんて覚えてられないかも。
「俺にはそれくらいしか取り柄ないからな」
和行は私の顔を見ながらそう言い切った。私、また顔に考えが出てた? むぅ……。和行にはもっと良いところがあるのに、なんでこう言う事しか言えないのかな。仕方ない。じっくりとねっとりと和行がこの手の発言をしないようにちゃんと調教――じゃなかった。教育することにするよ。
「……ごめん」
「え?」
「また自虐しちまった。一夏と約束したのにな」
「え、ううん。気にしてないから」
申し訳なさそうに謝ってくる和行に私はそう返した。な、なんだか私が悪い事したみたいな気分になってきたよ……。うう、この和行の反則過ぎるよぉ。私の母性本能が刺激されまくってて、今すぐ和行に膝枕しながら甘やかして頭ナデナデしてあげたい。
「参拝、しようか?」
「うん」
二人の間に流れている空気を裂くような和行の言葉に私は素直に頷いた。和行と一緒に賽銭箱へと賽銭を静かに入れてからお互いに鈴を鳴らした。和行と同じタイミングで二礼二拍手一拝を行いながら、私は願い事を心の中に思い浮かべた。
――生まれ変わっても、和行とずっと一緒に居られますように。
うん、これで十分だよ。和行に告白とかするのは自分の力でやり遂げてみせるって心に決めているからね。和行の方も拝むのを終えたのか私の方を見てきている。やっぱり和行はカッコいい。人目が無かったら褒め言葉を今すぐにでも言いたいのに。参拝中にスマホを出して撮影する訳にもいかないし、うう……ここは諦めよう。
私と和行は再び恋人繋ぎをしながらこの場を離れて、私達はおみくじが売られている場所まで歩いていくことになった。その最中、和行は私に思い出したかのような表情をしてからあることを尋ねてきた。
「なあ、一夏は何をお願いしたんだ?」
「私?」
……ごめん。幾ら和行でもこれは言えないよ。だ、だって、物凄く恥ずかしいもん。それに私って、こういうのをベラベラと口にするタイプじゃないから。
「うーん。教えてあげない」
「お前ならそう言うと思ったよ」
私が教えると言わないと最初から想定していたのか、和行はあっさりと引いてしまった。むむむ、却って何だか納得いかない気分になってきたんだけど。
「そういう和行はどうなの?」
「俺は一夏の願い事が叶いますようにってお願いしたよ」
ふぇ!? 私の願い事って生まれ変わってもずっと一緒――つまり、その、来世でも和行と付き合って結婚するってことなんだけど。まだ今の人生で和行と付き合ってもいないのに気が早いかもしれないお願いなんだけど……。や、やばい。想像しただけで鼻血が出てきそうだよ!
「駄目だったか?」
「ううん! その、ありがとね。私の事を考えてくれて」
「当たり前だろ。お前は俺の大切な人なんだから」
大切な人、か。もう私のことは親友とは言わないんだね。そうだよね……。私が和行のことを好きなように、和行も私のことが好きなんだから当然だよね。
和行の想いに気付いたのは私が恋心を自覚した辺りだった。私の容姿を褒めてきたり、優しい言葉を掛けてきたりとか行動の一つ一つに私への好意が詰まっているのがバレバレだったもん。昔の和行なら絶対あんな態度取らなかったからすぐに分かったよ。
はっきり言って物凄く嬉しかった。和行と両想いだってのが分かって、一人で部屋に居る時に涙が出そうになったから。でも、和行は私の何処が好きになったんだろ? そこだけが良く分からない。うーん、私の容姿って線もあるけど本当はどうなんだろうか。もし付き合う事になったら聞いてみようかな。
「一夏」
「な、なに?」
「ほら、おみくじ引こうぜ?」
気が付いたら私達はおみくじ売場まで来ていた。私は和行のそんな言葉に従い、一緒におみくじを引いたのだが、
「どうだった?」
「大吉だ」
「えっ? 私も大吉なんだけど……」
「えぇ……」
私の返答を聞いた和行が困惑してる。どう反応すればいいのか分からないみたい。……どうしてこうなるのかな。和行と同じ運勢なのは嬉しいけど、なんかこう納得いかないんだけど。私、こういうのってどっちが大吉とかを引いて、もう片方が凶とかを引くイメージを持ってたから。
「それで、なんて書いてあるの?」
「えっと、――喜べ少年。君の望みはようやく叶う。的なことが書いてある」
……ん? それってこの前、和行がやってたゲームに出てきた台詞だよね? うーん、文面通りに受け取るなら和行の願いが叶うってことなのかな? でも、さっき和行は私の願いが叶うようにお願いしたって言ってたような。もしかして、それとは別に叶えたい願いがあるのかな?
「そういう一夏は何て書いてあった?」
「んー、私も大体同じようなものかな」
嘘を吐く必要もないので正直に答えた。なんだろう。もうこれ、気が合うとかいうレベルじゃない気がする。なんかこう、ウサミミを生やした誰かが裏で何かやらかした気配すらしてきた。でもいいや。悪い気分になってないからね。むしろかなり良い気分になってる。
なんだか和行とこうして会話しているのが恥ずかしくなってきたので、少し周囲を見渡してみるとこの神社は何処か見覚えがあるように思えた。……あれ? 私の記憶が間違ってなければこの神社って――
「ねえ、和行」
「ん?」
「ここって篠ノ之神社だよね?」
そう。ここは篠ノ之神社だ。私と和行の幼馴染でもある箒の生家だ。なんで今まで気付かなかったんだろ? 近所の神社って時点で気づく要素マシマシだったのに。和行との初詣で浮かれてたのかな? 和行は多分気付いてたよね? 私や箒の後にくっ付いて何度もこの神社の剣道場に来たことがあるし。
「え?」
「え?」
……なんか私の言葉を聞いた途端に周囲を見渡し始めたんだけど。あ、あれ? もしかして、和行も気付いてなかったの?
「ほ、ほんとだ」
本当に気付いていなかったみたい。私も気付いていなかったから人のこと言えないけど、和行ってばちょっとうっかりしてない?
「なんか俺、浮かれてたみたい」
「え?」
「その、一夏と一緒に初詣に行くって考えたらそうなってたというか」
和行がしょんぼりした顔をしてる。物凄く可愛い。お持ち帰りしたい。なんでこんなに可愛いの? 溜息が出ちゃうよ。食べちゃいたい。
「大丈夫だよ和行。私も似たようなものだから」
私は和行を美味しくいただきたい衝動をなんとか抑えながら、和行を励ますことにした。こんな顔をしている和行って珍しいね。昔はよくこんな顔してたんだけどね。中学に入った辺りからめっきり見せなくなってたから。ふふふ、ちょっと得した気分かも。
篠ノ之神社で思い出したけど、箒っていま何処に住んでいるんだろ? 連絡先とかもまだ携帯とかを持つ前だったから知らないんだよね。
「ねえ、箒って今どうしていると思う?」
「それは俺にも分からん」
そ、即答してきたよ……。まあ、そうだよね。和行は神様じゃないんだから分からないのは当たり前だ。
「ただ、一つだけ言えることがある」
「言えること?」
「体と心は健康じゃないってこと」
和行のその言葉を聞いた私は何も言えなくなった。……そうだ。箒だって望んで転居していった訳じゃないんだから。あの日の箒の悲しみに満ち溢れた顔が蘇ってきた。箒は私達と離れたくなかったはずだ。もし、私が和行と離れてしまうことになったら同じような表情を滲ませるだろう。
「箒とまた会えるかな?」
「会えるさ。絶対な」
和行の言葉に私は思わず「そうだね」と呟いた。和行がそう言うのなら信じよう。――っと、そろそろ家に帰る時間だし、早く動かないと駄目だよね。左の手首に着けていた腕時計で時間を確認した私は和行の右腕に抱き付くことにした。和行にこうしていると心が落ち着くんだよね。和行の赤くなっている顔を見ていたいっていうのもあるけど。
「お、おい。一夏」
「なに?」
「だ、抱き付くのはやめてくれないか? その、恋人繋ぎなら幾らでもしてあげるからさ」
「和行がそう言うなら」
私は抱き付くのをやめると和行の左手に自分の右手を絡ませた。うん、こっちもこっちで安心できるね。そうだ。和行は何のお餅を食べたいんだろ。餡子は昨日寝る前に冷凍庫から出しておいたのを使えばいいし、お雑煮のつゆとかきなこも用意してあるよ。あと海苔も。
「ねえ。お餅は何が良い?」
「納豆餅と餡子餅が食べたい」
「餡子はともかく、お餅に納豆って合うの?」
「美味いぞ。騙されたと思って食ってみろよ」
和行が美味しいって言うなら食べてみよう。和行の言葉なら信じられるし。そんな会話を交わしながら、私達は家へと帰るべく足を動かし続ける。今年はどんな年になるのかまだ分からないけど。良い年になればいいなあ。
――これは夢だ。ベッドに横たわりながら俺は実感する事が出来た。
「和行、起きて」
「んっ……」
俺を起こそうとする一夏の声が聞こえた。俺は体を起こして一夏の方を見てみる。……ああ、うん。やっぱりこれは夢だわ。誰が何と言おうと夢だよ。だって、一夏は中学生のはずなんだ。なのに、目の前にいる一夏は明らかに中学生のそれではない。
まるで
「ご飯は出来てるから顔と歯を磨いてきてね」
「ああ」
俺の返事を聞くと一夏は俺が寝ていた部屋から出て行った。ベッドから出て自分の体を触ってみる。うん、明らかに元の俺の体じゃないねこれ。意味がわからないけど、とりあえず着替えだけはしておかないとな。ここは一階の部屋だな。ってことは、洗面所はすぐそこだ。俺は部屋を出て洗面所で洗顔と歯磨きを済ませると、再び部屋に戻ってスーツに着替えてからリビングへと向かう。リビングのドアを開くと、一夏がゆっくりと俺の方へと寄ってきた。
「ネクタイ曲がってるよ」
「え? あっ」
「直してあげるからもっと寄って?」
俺は一夏の言葉に従い、彼女の近くへと寄る。な、なんだか新婚さんみたいだなこれ。
「はい。終わったよ」
「あ、ありがとな」
ん? 新婚? ……ちょっと待て。一夏の左手の薬指に指輪的なものが見えるんだが。俺の左手の薬指にも一夏がしているのと同じ指輪があるんだけど。
「これくらいの事でお礼なんて要らないよ。私達、夫婦でしょ」
…………えっ。ファ!? あのあの、ちょっと待って。これってつまりそういう夢ですか?
え? なに? 俺ってば一夏と結婚して新婚生活を送る夢を見てるってことですか? 俺の欲望どうなってんだ……。ま、まあ? 確かに一夏と夫婦になる想像をしたことはあったよ。ほら、一応母さんと千冬さんに一夏を嫁に貰うルート確定させられてるからな。
「さ、早くご飯食べて?」
一夏の言葉に促され、席に付くことになった。俺は用意されていたご飯を食べていく。夢の中とはいえやはり一夏の料理は美味しい。手を休める事なくご飯を食べ終えた俺は食後のコーヒーを飲んでから鞄を手に持ち、玄関まで向かう。俺の後を付いてきた一夏は靴を履き終えた俺に朝一番の笑みを向けてきた。……やばい。一夏に惚れ直しそう。一夏の笑顔はやっぱりいいよね。綺麗だし可愛いし。
「行ってらっしゃい、あなた。この子の為にも頑張ってね」
俺に行ってらっしゃいの挨拶をしてくれた一夏は自分のお腹を愛おしそうに撫でていた。聖母のようなその顔付きに俺は思わず見惚れそうになる。
……ちょっと待て。この子ってどういうこと? あ、あれ? 心なしか一夏のお腹が膨らんでいるような。つうか、いま一夏が着ている服ってもしかしなくてもマタニティウェアじゃね? ま、まさか――赤ちゃんなの? 一夏のお腹の中に俺と一夏の赤ちゃんがいるんですか?
うっそだろおおおおおおおお!? この夢の俺、そこまでやっちゃったの!? アイエエエ!? アカチャン!? アカチャンナンデ!?
「体は大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。安定期に入ったお蔭でつわりとかも落ち着いたから」
「そ、そうか」
「なんか、昨日も同じこと教えてた気がするんだけど」
「そういえばそうだったな。でもさ、お前の体が心配なんだよ。俺の嫁なんだし」
「和行……」
なんか、俺の誤魔化すように吐いた言葉に一夏が目をとろんとさせているんだけど……。今の一夏の雰囲気と合わさって物凄く艶っぽく見えてしまう。如何にも大人の女って感じがする。い、いかん。落ち着け。落ち着くんだ俺。
「じゃあ、行ってくるからな。何かあったら連絡するんだぞ?」
「分かってるよ。ほら、早くしないと遅れちゃうよ」
なんとか平静を取り戻すことが出来た俺は、一夏に視線を送ってからくるりと玄関の方を向く。そして玄関の扉を開けた俺は――
「……目が覚めてよかった」
現実に戻ってきた。体を触ってみたところ、いつもの俺の体で安心した。俺は目を細めながら、枕元に置いておいたスマートフォンを右手で操作して今日の日にちを確認する。ディスプレイには今日の日時が表示されていた。一月二日、午前六時。それが意味する事と言えば、
「初夢だったのか」
初夢で一夏と結婚した後の夢を見るとかもう訳わからん。……一夏には内緒にしておかないと。