女体化した親友に俺が恋をしてしまった話   作:風呂敷マウント

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今回と次の話では試験的に三人称を使っています。少しばかりお付き合いください。


第三十三話 あたし、ここに泊まるから

 三学期が始まって二週間目の土曜日。凰鈴音は寒空の下、九条家へと向かうべくその歩を進めていた。一週間分の着替えや制服をボストンバックに、学業で使う教科書等をスクールバックに詰めて家を飛び出すように出てきた彼女は深く溜息を吐く。雪が積もっている歩道を歩きながら鈴音は自分が何故一夏の家へと向かっているのか思い起こすことにした。

 切っ掛けは両親だ。去年の五月頃から両親の雰囲気が険悪になることが増えていたが、ここ最近は特に酷くなっている。二人は鈴音が居るところでは喧嘩をしないが、鈴音が二人の前から居なくなるとすぐに口喧嘩を始めることが多かった。二人が何を理由に喧嘩なんて真似をしているのか鈴には分からなかった。本人たちは鈴音が気付いていないと思っていたのだろう。だが、子供はそこまで馬鹿ではない。むしろそういった感情の機微に敏感だ。

 両親のその様子に鈴音は心を痛めた。二人はもう仲良くできないのだろうか、自分にはどうする事も出来ないのだろうかと。結果は――散々だった。一夏と居る時間を削ってまで行った鈴音の努力も空しく、両親の仲は完全に冷え切っている。そんな二人の様子に嫌気が差してしまった鈴音は一週間だけでも実家から離れようと、着替えを用意して幼馴染の家へと転がり込むことにしたのだ。一応、書き置きで一夏の家に泊まりに行くと書いておいた為、両親が極端に騒ぎ出すようなことはないだろう。

 

「一夏……」

 

 鈴音は想い人の名前を口にする。それだけで少しだけ心が軽くなった気がした。天災の所為で女の子にされてしまったが鈴音の恋心はまだ変わっていない。一夏のことが好きだと心底から叫ぶことができる。少しでも想い人の近くに居たかった。だからこうして、家まで来たのだが――

 

「……出ない」

 

 インターホンを押しても、応答がなかった。一回、また一回と鳴らすが一向に家の主は出てこない。試しに一夏の家のインターホンを押すがこちらも反応がなかった。冷気を纏った風が鈴音の体を貫く。その寒さに思わず身悶えした鈴音はくしゃみをしそうになるが何とか耐える。鈴音はインターホンから離れて、何故一夏が家から出てこないのかと理由を探ることにした。そして、思い出した。

 

「今日、検査の日だったっけ」

 

 そう、今日は一夏の身体検査の日だったのだ。男性の体から女性の体になってしまった一夏の体に異常がないかを調べる為に定期的に診察を行っているとの事だが、その日が今日であることを鈴音はすっかり忘れてしまっていた。だが、和行が出ないのが妙だ。買い物にでも出てるのだろうか。

 鈴音は自分の馬鹿さ加減に呆れてしまう。溜息を吐きながら和行の家の塀に鈴音は寄り掛かる。あんな書き置きをしておいて、今更家に戻るのも癪だしもうこのまま一夏が帰ってくるまでここに居ようかなと考えていた時だった。

 

「鈴、そこで何してるんだ?」

 

 自分の愛称を呼ぶ声がした方を向くと、そこには和行が立っていた。やはり外出でもしていたのだろうか。彼の右手にはコンビニのレジ袋がぶら下がっている。

 

「ちょっと一夏に用があって。あんた、何処かに出かけてたの?」

「歯医者に行った帰りにコンビニに寄ってた」

「そう。ねえ、あんたの家に入ってもいい?」

「え? まあいいけど」

「……ところで、八千代さんは居ないわよね?」

「昨日、一週間は戻って来れないって言ってたから居ないぞ」

 

 了承を取った鈴音は和行の家にお邪魔する事にした。玄関で口からスリッパに履き替え、リビングへと鈴音は向かう。最近はあまり来ることもなくなった和行の家だが、以前と変わらない光景に鈴音は心の中で安堵する。何故だか落ち着く感覚がしたのだ。家に八千代がいないというのもあるのだろうが。

 

「ココアでも飲むか」

「ん、ありがと」

 

 和行がココアを入れてくれている間、鈴音は和行の背中を見つめる事にした。最初は気に喰わなかった和行とこうして今はこんな会話が出来るようになっている自分に鈴音は苦笑する。

 和行の最初の印象は「なんだかビクビクした男」と感じだった。想い人である一夏と比べると余計そう思えてしまった。だが、そんな性格でも一夏と上手くやっていけてたのを見るに二人は合うところは合うから出来ていたのだろうなとある種の感心をさせられた記憶がある。

 考えを巡らせているとココアを淹れ終えた和行が鈴音の下へとココアが入ったマグカップを二つ運んできた。和行に差し出された片方のマグカップを受け取ると和行は鈴音に話しかけ始める。

 

「どうしてうちの近くに居たんだ? 今日は身体検査でアイツが居ないのはお前も知ってただろ?」

「それは……」

 

 自分の向かい側に座りながらそう尋ねてくる和行に鈴音は言葉を詰まらせた。どうすればいいのだろうか? 和行に正直話すべきなのだろうかと頭を悩ませる。だが、和行のことだ。下手に誤魔化してもこちらが嘘を吐いているのを見抜いてくるだろう。ならば、ここはどうして近くまで来たのかくらいは素直に話すべきだろう。家を出てきた本当の理由は一夏が帰ってきてからでも遅くはない。

 

「家出してきたのよ」

「ブッ!?」

 

 自分の分のココアを飲んでいた和行が噎せ始めた。なにやっているんだかと呆れつつも飲み物を口に含んでいるタイミングで話しかけた鈴音にも負い目がある為、席から立ち上がって和行の背中を擦るのを忘れなかった。噎せるのが落ち着いたのか、いつになく真剣な表情を作りながら和行は問うてきた。

 

「マジか?」

「マジよ。書き置きには一夏の家に泊まりに行くって書いておいたけど」

「どうしてだ?」

「……それは一夏が帰ってきて教えるわ」

 

 目を眇めながら、鈴音はココアを啜る。

 ――暖かい。そんな言葉が反射的に口から溢れそうになった。何の変哲もないココアのはずなのにどうしてこう暖かく感じるのか。鈴音は分からなかった。思わず涙が出そうになるのを堪えながら、鈴音は和行にある事を尋ねることにした。本人たちは上手く隠せているつもりなのだろうが、自分の目はごまかせないぞと言わんばかりの表情を浮かべながら。

 

「ところでさ」

「ん?」

「あんたたちっていつから同居してる訳?」

「……何の話だ?」

 

 和行の返答に鈴音は確信めいたものを得た。二人が同居しているのは本当なのだと。織斑家ではなく九条家に来た理由もこれだった。一夏が和行と同棲していると直感が訴えていたのだから。

 

「和行。誤魔化せているつもりなのかもしれないけど、あんたってバレると不味い話を振られた時に溜めが入ってから話す癖があるわよね?」

「あっ……」

「あんた、今その癖出してたわよ」

 

 鈴音の言葉に嘘だろと言わんばかりに和行は頭を抱えだした。何故だろうか。今の和行の行動がとてもおかしく思えてしまう。いつもは冷静そうな態度を保っているのに、すぐにボロが出る癖は相変わらず治っていないようだ。

 

「い、いつ気付いた?」

「二学期が始まって一週間経った辺りから怪しいと思ってたわよ」

「そうなのか……。てか、何で笑ってんだよ」

「相変わらずだなあって思っただけよ」

 

 そんな鈴音の態度が気に障ったのか、和行は目を細めて鈴音の方を見る。自分を見ている和行に対して鈴音はそんな言葉を掛けた。

 

「はぁ……。そうだよ。一夏は俺と一緒に住んでるよ」

「提案したの誰よ? まさかあんたじゃないでしょうね?」

「んな訳ないだろ。むしろ俺は反対しようとしてたんだぞ」

 

 でしょうね、と鈴音は心の中で独りごちる。和行の性格は大体把握している。確かに和行ならば止める側であろう。となれば、そんな和行が同居を許したということは――

 

「千冬さんと八千代さんの所為ね」

「うん。その通りだ」

 

 何処か遠い目をしながら鈴音の言葉を肯定する和行。なるほど、と鈴音は納得してしまった。幾ら和行でも千冬と八千代の二人にごり押しされれば首を縦に振らざるを得ないだろう。

 

「しっかし、あんたってそんなに流されやすい性格だったっけ?」

「仕方ないだろ。女になった一夏の身の安全どうのって話を持ち出されたらさ……」

 

 全く以て和行らしいと鈴音はある種の尊敬の念を覚えた。普段は自分のことを自分勝手な男だとか言う割には、こいつは相変わらず誰かの為とか言われると自分の意見を放棄するのだなと鈴音はため息を吐いた。

 だが、それでいいのかもしれない。全く変わっていないところに少しばかり安心感を覚えたから。男だった一夏が女の子に変わり、両親の仲も変化した。そんな中で目の前に居る幼馴染はあまり変わっていなかったことに。

 

「ところでさ」

「うん?」

「あんた、一夏に変なことしてないでしょうね?」

「変な事ってなんだよ?」

「そ、それは……」

 

 少しばかり言い淀んでしまう。が、このまま何も言わなければ和行は納得しないだろうと考え、意を決して頭に浮かんでいた言葉を口に出した。

 

「そ、その。一夏の着替えを覗いたりだとか、一夏がトイレをしている最中に突入したりだとか!」

「お前は俺を何だと思ってんだ!?」

「むっつりスケベな幼馴染」

「はっきりと言いやがったこいつ!」

 

 心外だと言わんばかりの形相で鈴音を睨む和行だが、当の鈴音は何処吹く風といった感じで流している。

 

「俺はそんなことしてないからな!」

「あーはいはいそうね」

「棒読みやめろ!」

 

 そんな風に鈴音が和行を弄っていると玄関の扉が開く音が二人の耳に届いた。今日は八千代が帰ってこないと和行に聞いた。なら、この家の玄関を開けた人間は彼女であろうことは想像に難くない。

 

「和行~帰ったよ。って、この靴って……」

 

 聞き慣れた一夏の声がした。少ししてからリビングの部屋のドアが開き、そこに一夏が立っているのが鈴音の視界に飛び込んできた。リビングの前に立っている一夏はどうして鈴音がここにいるのだろうとでも言いたげな顔をしている。さて、一夏も来た事だし、そろそろ自分が家出した理由を話そうと鈴音は心に決めるのだった。

 

◇◇◇

 

 ……胃が痛いです。いますぐ胃薬が欲しい。そのね、歯医者の帰りにコンビニに寄って帰ってきたら、家の近くに鈴が居たんだ。一夏が帰ってくるまで家に居させろと言い出したのには正直どう反応すれば迷ったが、このまま寒い空気に支配されている外に放り出しておくのもアレだったので家に招いたはいいのだが……。

 その、鈴に俺と一夏が同居してるのがバレた。というか、去年の九月頃には勘付いていたらしい。変な事してないでしょうねと聞かれたが一夏に誓って俺はそんなことはしてない。一夏の裸をハプニングで見てしまったりもしたが、あれは事故ということで両者間で既に決着が付いている。

 

「……」

 

 帰ってきて鈴に同居を勘付かれていたことを知った一夏は俺の隣に座り、さっきから無言を貫いている。心なしか一夏が少しばかり頬を膨らませているような……。ていうか、どうすんだよこの空気。どうすればいいんだよ。鈴はなんか神妙な面持ちで俺が淹れたココアを飲んでるし、一夏はココアには手を付けずにずっと俯いてる。もうやだ、本来だったら一夏との談笑タイムが繰り広げられていたはずなのに。

 

「私と和行の愛の巣に入ってくるなんて、無粋すぎるよ鈴……」

 

 俺の隣で一夏がそんな風に呟いたのが聞こえた。ようやく口を開いたと思ったら、お前そんなことを考えていたのかよ。愛の巣云々は置いておくとして、一夏は俺の家に居る時が一番落ち着くって言ってたからな。それを邪魔されたように感じているのかもしれない。

 一夏はこの調子だし、俺が話を進める役になるしかないなこれ。一夏が帰ってきたことだし、鈴も家でしてきた理由を話してくれるだろう。

 

「一夏も帰ってきたことだし、そろそろ話してくれないか? 鈴、なんで家出してきたんだ?」

「え? 鈴、家出してきたの!?」

「そうらしいんだよ」

 

 一夏が俺の言葉に反応してきたので、そう返した。さて、一体どんな理由で家から出てきたんだか。……鈴の雰囲気からして、なんか嫌な予感がするがこのまま聞かないって訳にもいかない。こいつ、かなり思いつめた顔をしているし、幼馴染がこんな顔をしているところなんて見たくないからな。

 

「その、ね。私の両親、離婚しそうなんだ」

「えっ……」

「……」

 

 ……物凄くヘビーな話題でした。なんでこういう時だけ俺の嫌な予感が当たるだか。……離婚か。なんとなくおじさんとおばさんの仲がおかしくなっているのは去年のゴールデンウィーク辺りから薄々感じていた。だが、俺はその事に関して首を突っ込むつもりはなかった。だって、あくまでこれは鈴の家の問題であって、うちの問題ではないからだ。俺があれこれ言っていい話ではないと考えていたから。

 

「あたし、もうどうしたらいいのか分かんないや……」

「……鈴」

 

 彼女の今にも泣きだしそうな表情に俺は鈴の名前を呼ぶことしかできなかった。何も思いつかなかったんだ。鈴に対して何をすればいいのか。気の利いた言葉も出てこずに頭を悩ませている俺はちらりと横を見てみる。一夏がどういう顔をしているのか確認する為に。だが、そこには一夏は居なかった。

 何処に行ったのかと視線を這わせてみると一夏は鈴の近くに居た。いつの間に移動したのかと困惑していると、一夏は鈴を抱き寄せ始めた。

 

「いち、か?」

「鈴。胸を貸してあげるから思いっきり泣いていいよ」

「――ッ!?」

 

 一夏の言葉が起爆剤となったのか、鈴は一夏に抱き付くと今までの表情を崩して声を殺して泣き始めた。……やはり、相当心に来ていたんだろうな。俺には両親が離婚しそうになる辛さなんて分からない。だって、うちの片親は病気でぽっくりあの世に行ってしまったから。

 それにしても一夏の行動が母性に溢れすぎじゃない? こういう時の一夏の行動力って本当に凄いと思うよ、うん。俺はそっと二人の近くに近づき、鈴の近くにハンカチを置いておくことにした。俺に出来るのはこれくらいだろうから。それから数分後、一通り涙を流し終えたのか、一夏に「もう大丈夫」と告げる鈴の姿があった。

 

「全く、なんなのよあの胸は……。それに和行も、なに格好つけてハンカチを置いて行ってるのよ」

「おい」

「でも、ありがと。お蔭で少しだけすっきりしたわ」

 

 一夏の胸のデカさと俺の気遣いを皮肉ってから鈴は俺達に礼を言ってきた。俺は鈴から返されたハンカチを受け取る。気分は落ち着いたようだけど、これからどうするんだろうか。というか、今までスルーしてたけどあのボストンバックの中身ってまさか……。家でしてきてたって言ってたし、多分着替えでも入っているのかな?

 

「それでこれからどうするんだ? すぐに家に戻るつもりはないんだろ?」

「当たり前よ」

 

 俺の言葉にそう返してきた鈴は何かを思いついたかのような表情を浮かべている。……なんだろ。さっきのとは別の嫌な予感がしてきた。

 

「決めた」

「は?」

「あたし、ここに泊まるから」

「……えっ」

 

 俺と一夏は顔を見合わせる。それはつまり、俺の家に泊まるということだよね?

 ……ヤバい。頭が痛くなってきた。鈴が泊まるとなると、いつもの一夏とのキャッキャウフフな空間を展開できない可能性が非常に高い。

 

「何日くらい泊まるつもりだ?」

「一週間くらい」

「制服は?」

「ボストンバックの中に適当に詰めておいた」

「馬鹿野郎! 皺になるだろうが! 今すぐ出せ!」

「ツッコむところそこなの!?」

 

 俺の発言に一夏がツッコミを入れてきた。あまり一夏が俺にツッコミを入れるなんて中々ないからちょっと新鮮かも。この事は横に置いておこう、うん。

 ここで鈴を追い返すのも後味悪いし、一夏と話し合い一週間だけならと鈴が家に泊まるのを許可した。でだ、俺のさっきの制服が皺になる云々はマジ中のガチなのでさっさと鈴に鞄から制服を出すことを要求する。一週間泊まると言っても間には学校がある平日も混ざってるから、そのために制服を持ってきたんだろうけど……。

 うん、案の定皺が付いてますね。鈴から制服を受け取った俺の中の主夫魂が「アイロン掛けして、どうぞ」と叫んでいる。よし、さっさと皺取りをしよう。そうしよう。

 それから時間が経ち、皺取りを終えた俺は息を吐いた。さて、これをリビングにでも掛けておくか。俺はそう思い立ち、リビングへと向かうと鈴が何処かへと電話を掛けている姿が見えた。一夏は台所で飲物を淹れているみたいだ。

 

「うん。じゃあ、またあとでね」

 

 鈴は通話を終えたのか、携帯をしまうと俺の方へと寄ってきた。

 

「皺取り終わったの?」

「おう。ほらよ」

「うっわぁ……本当に皺がなくなってるし……。なんであたしの幼馴染どもはこう女子力が高いのよ!」

 

 うがぁと今すぐにでも叫び声を上げそうなくらいに頭を抱え始めている鈴を横目に、俺は以前一夏の制服を乾かしたのと同じ要領で鈴の制服を室内干し用の竿に掛けた。

 

「それで寝床の話なんだが、一夏の部屋で寝泊まりしてくれ」

「え? なんでよ?」

「一階の客間にお前ひとりだけとか駄目だと思っただけだ」

 

 素直にせめてこの寝泊まりしている間は一夏の傍に居させてやる為と言おうと思ったのだが、直接言うのが恥ずかしかったのでそう口に出したのだが、

 

「……あんたって本当に面倒くさいわね」

 

 鈴にはバレていたようだ。面倒臭くて悪かったな……。あ、でも、一夏に手を出したらその時点で俺は阿修羅と化すんでそこのところは理解しておいてくれ。

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