九条家に泊まると鈴が宣言してから一週間後。明日で鈴がこの家に泊まって一週間が経とうとしている。つまり、今日で鈴との生活も終わりだ。私は最初、九条家に鈴が来た事に少しだけ和行とのイチャイチャラブラブタイムを邪魔されたことに拗ねてたけど、鈴の心情を知った所為か泊まるのを許していた。幼馴染を見捨てるほど私は非情じゃないし、鈴の辛そうな顔を見ていたら……ね?
でも辛かった。本当に辛かった。冗談抜きで大変だった。いつもなら出来ている和行への抱き付きを抑えなきゃいけなかったからストレスが溜まったし、鈴の方も私と和行の距離感に何故か戸惑ってたから。口元に付いていたお米とかを取ってあげるのがそんなに駄目だったのかな? 付き合ってもいないのにそんなことするなとか言ってたけど、別に普通だよね? 少なくとも私と和行の間ではそこまで気にするようなことじゃないのに。あとは私の部屋で寝泊まりすることになった最初の晩に、私の部屋を見て「これじゃ完全に女の子じゃない……」とか呟いて、その場に四つん這いになってたけど一体どうしたんだろ?
あ、鈴が泊まる事が決まった晩にちゃんと食事当番とかは決めたりもしたよ。鈴が居てくれたお蔭でなんだか食卓に彩りが増えた。基本的に和食か洋食が多めになるから、中華料理とかあまりしないし。鈴が作った回鍋肉とエビチリ美味しかったよ。なんだかこうしてるからか、小学生の時に戻った気分になってる。
「はい、和行。お茶」
「お、ありがと」
「一夏。あんた、和行を甘やかし過ぎよ」
「鈴の分もあるよ」
「いただくわ」
リビングのテーブルを使い、宿題を終えた二人に私はお茶を持っていく。いつものように私からお茶を受け取る和行と、自分の分もあると知った途端に嬉々としてお茶を受け取る鈴。なんだかこの二人の温度差に苦笑いしてしまいそうだった。
……こうしてみると、鈴ってかなりの美少女だよね。思い返すと私の回りに居る幼馴染とか知り合いの女の子ってかなり容姿のレベルが高い気がする。箒とかも小学生ではかなり整ってた方だと思うし、クラスとか学校でよく話す子も大体そんな感じだから。何なんだろ、私は美少女を寄せ集める磁石かなにかなのだろうか。
あ、ちなみだけど、私は昨日帰ってきてすぐに宿題を終わらせたから大丈夫。やり残しておいて料理に集中出来なくて味が落ちたら和行に申し訳ないからね。
「そうだ。今日の料理は何がいい?」
「魚でいいよ」
「あたしも魚でいいわ」
うん、じゃあ今晩は魚で決定だね。昨日は和行がお肉を使った料理を作ってくれたし。
「しっかし、あんた達って本当に料理スキル高いわよね? 料理人でも目指してるの?」
「そんな気は更々ないんだがなぁ……」
「私も和行と同意見かな」
男の頃にも似たようなことを和行に言われたことがあったけど、私はそんな料理人とかになるつもりはない。私の料理は和行や近しい人にだけ振る舞うつもりだから。なんというか、自分がそういう職に就いているイメージが湧かないんだよね。
「なんかもう掛ける言葉も見つからないわ……」
諦めたような表情を浮かべている鈴に私と和行は顔を合わせて首を傾げる。当然のことを言っただけなのに何故そんな表情をされないといけないのか。納得がいかないんだけど。居心地が悪くなった私は逃げるようにキッチンへと向かい、料理を作ることにした。
テキパキといつものように料理を終えた私は二人の下へと料理を持っていく。
「はい。どうぞ」
「いただきます」
「いただきます」
二人は手を合わせて、いただきますの挨拶をした。いま鈴が使っている箸は余っていた新品のがあったのでそれを使って貰っている。うん、二人が美味しそうに料理を食べているのを見ていたらなんだか嬉しくなってきちゃった。さて、私もご飯食べないと。私が自分の分を持って椅子に座ったタイミングであることを思い出した。
……来月、和行の誕生日があるじゃん。何たる不覚だろうか。今まで想い人の誕生日を忘れてしまっていたなんて。少し凹んでいるけど、和行に何か誕生日に欲しい物がないか聞いておかないと。もし誕生日に欲しいものが私とか言われたら色々な意味で大サービスするつもりだよ。和行って結構照れ屋だからそういうこと言わないのは重々承知しているけど、私の乙女心的には言ってほしいというか。
「ねえ和行」
「ん?」
「来月って和行の誕生日でしょ?」
「そういえばそうだったわね」
「でさ、何か欲しいものとかある?」
私の言葉に鈴も反応を示していた。鈴も和行の誕生日を忘れてたのかな? まあ、そのことは今はいいや。それよりも何故か和行からの反応が返ってこないんだけど。え、どうしたの? なんで和行は私を見つめたまま口を閉じてるの?
「――てた」
「え?」
「来月に自分が誕生日があるの、忘れてた」
私と鈴の視線が合った。うん、多分あの目は同じことを考えている目だね。和行に呆れている目だ。
「自分の誕生日を忘れる人がいる?」
「ばっかじゃないの?」
私達の発言にダメージを受けたのか、和行は顔を俯かせ始めた。私だって自分の誕生日を覚えてたのに、なんで和行は自分の誕生日を忘れたのかな。……まあ、さっきまで和行の誕生日を忘れてた私がこんなこと言うと説得力ないけどさ。そんなことを考えていると、和行は左手に持っていた茶碗と右手に握っていた箸を置いてから顔をあげた。
「いや、すまん。本当は覚えてた」
「じゃあなんで嘘吐いたの?」
「バレンタインデーと俺の誕生日が被っていることに現実逃避してたんだよ……」
「あー……。あんたの誕生日ってバレンタインデーだったわね」
そうだった。鈴の言う通りだ。何の因果か和行の誕生日は二月十四日――バレンタインデーなんだった。和行本人はバレンタインと自分の誕生日が重なっていることに複雑な気持ちを抱いているらしい。まあ、気持ちは分かなくもないかな。クリスマスとか何かのイベントの日が自分の誕生日だったら、私も何とも言えない気持ちになるだろうし。
「何でバレンタインなんだよ。せめて一日ずれてれば良かったのに……」
和行は深い溜息を吐くと再び茶碗と箸を手に取ってご飯を食べ進め始めた。
「覚えやすい誕生日で良いじゃないのよ」
「良いわけあるか! 小学生の頃、母さんに誕生日プレゼントと一緒にバレンタインチョコをアホみたいに送られた俺の身にもなってみろ!」
「それっていつの話?」
「小五の時だ……」
忌々しいと言わんばかりの表情を作る和行に私は心から同情した。ああ、だから小学五年のバレンタインデーの翌日にあんな憂鬱そうな表情をしてたんだ。あの八千代さんのことだ。多分和行がツッコむのを諦めざるを得ないほどの量のチョコレートを贈ったんだろう。あの時、鼻血が出てきたせいで辛そうにしてたのもその影響なのかも。
私がその立場だったら……うん、和行よりも感情的な行動を取ってたかもしれない。昔の私ってばあまり頭で考えずに行動することが多かったから。最近はそういうことをしないようにしているけど。
「……その、えっと。なんかごめん」
「げ、元気出して?」
「ちくしょう……。あとで母さんが苦手な筍を大量に食わせてやる」
鈴と私の慰めの言葉に反応した和行が八千代さんへの恨み節を吐いた。和行、気持ちはわかるけどやめてあげなよ。……なんか八千代さんが泣く姿が容易に想像できてしまった。絶対子供みたいにわんわん涙を流すと思う。
あの人、普段は大人な態度を取ってるくせに和行に冷たくされると一気に子供になるから。何とも言えない空気が私達三人の間に流れた。これ以上何にも会話する事がなくなった私達は晩御飯を食べ進めるくらいしかできなかった。なんでこうなるの……。
料理を食べ終わり、ごちそうさまの挨拶を和行と鈴から受け取った私は食器やらを片づけた。今日で本当に鈴のお泊りも終わりなんだね。なんだか寂しいなぁ。最初こそは戸惑ったけど三人で当番を決めて料理を作ったり、鈴と一緒に和行を弄ったりするのが何だか楽しく思えた。和行と一緒に居る時とは違う空間がこの一週間の間、この家に漂っていたから。
ここ一週間の出来事を振り返りながら私は食器の片づけを終えた。それから順番にお風呂に入り、自室に入ってこの前買った料理本を読み進めていると私の部屋で布団に寝転がりながらスマートフォンを弄っていた鈴がその手を止めて、脈絡もなしに話題を振ってきた。
「一夏」
「なに?」
「もしさ、あたしがあんた達の傍から居なくなっても……あたしのことを覚えててくれる?」
その言葉に私は本にしおりを挟んでから鈴の方を見た。……なんでそんな顔をするの。いつもの勝気でなんだかんだで誰かを気遣うことの出来る鈴はそこにはいない。私の目線の先には、ただ不安に怯える一人の少女が居るだけだった。こんな鈴、見たことないや……。
そんなの――私の答えなんて決まってるじゃない。
「忘れないよ。だって、鈴は私の大切な幼馴染なんだから」
「……そっか。うん、一夏がそう言うならそれでいいかな」
諦念さを滲ませた表情を浮かべる鈴は私にそう返してきた。……そんな顔されたら、これ以上何も言えないじゃない。
「鈴」
「ありがとね一夏」
辛うじて鈴の事を呼ぶと、鈴は私にお礼述べてきた。のだが、なんだか眠そうだ。なんだろ、こうしてみると妹みたいに見えて可愛いかも。妹か……前は弟で、今は自分が妹だから、自分の下にもう一人姉弟がいるっていうのがあまり想像できなかったけど、鈴みたいな子なら妹に欲しいかも。
「眠い……」
「私が見ててあげるからちゃんと寝てね」
「あんたはあたしの姉か」
「子守唄でも歌ってあげようか?」
「あんたは母親か!?」
眠たげな表情から憤怒に満ちた顔へと変化させていた。なんだか鈴を弄るのも面白いかも。和行といい鈴といい、なんでこう私の幼馴染は弄りがいがあるのだろうか。
そんなことを考えている内に鈴は布団の中へと潜り、さっさと寝てしまった。もう、こういうところだけは相変わらずなんだから。
「おやすみなさい、鈴」
――良い夢を見てね。よし、私も早く寝よう。明日からは和行に抱き付き放題になるからね。ああ、待ちきれないよ。……明日は和行に耳舐めでもしちゃおうかな?
ついにこの日が来てしまった。鈴音はその事に対して反射的に溜息を漏らす。スクールバックに教科書類を、ボストンバックに再び着替え等を詰めながら、鈴音はここ一週間の出来事を回想する。
一夏や和行に両親が離婚するかもしれないという話をした際に、一夏の行動で思わず泣いてしまったがそのお蔭で心が楽になった。女性になってからの一夏は母性に溢れすぎなのではないだろうか。あの胸だけは未だに敵視せざるを得ない。ついでに述べるのならば、和行のあの行動に嬉しさを覚えたのと同時にお節介だと見做してしまったのだがと鈴音は心の中で溜息を吐いた。
最初は和行の家に泊まると言った時は反対されるだろうと身構えていたのだが、あっさりと泊まるのを認められたのには拍子抜けした。それは電話に出た鈴音の母も同じだ。和行の名前を出した途端、泊まってきなさいなどと言い出して思わず頭が痛くなったのは秘密だ。年頃の娘が同年代の男の家に泊まることになったら、普通ならば反対するのが筋であろう。簡単に泊まってきなさいと言われたのは鈴音が和行ではなく一夏に気があることを知っているからというのもあるのだろうが。
「まあ、変な心配はしてなかったけどね」
そう思えるのは部屋は一夏と一緒だったというのもあるが、和行の女の子の好みを把握していたからだ。和行の好みは黒髪巨乳の女の子らしい。付け加えるなら家庭的で、女性だからといって偉そうに男性の事を下に見るような事をしない子がタイプとのことだ。今の一夏が正に和行の理想像に当て嵌っている気がするが、その事は横に置いておくことにした。
無論、好み云々は本人から直接聞いた訳ではない。弾や数馬から又聞きした情報と学校で和行の行動から推察したのだ。和行が学校で黒髪の女の子を目で追うのを何回も見たことがあったのだから。
「――これでよしっと」
思案しながら荷造りを終えた鈴音はボストンバックとスクールバックを持ち、一夏の部屋から一階へと一段一段、確実に降りていく。その間も鈴音は思考をするのをやめなかった。
実は一夏や和行に隠していたことが一つだけあった。それは今年の終業式を終えて春休みに突入したら、本国に帰るかもしれないということだ。どうしてもその事を自分の口からその事を言うのは憚られた。だが、いつかはバレてしまうだろう。なら、ここで言うしかない。
「鈴、本当に大丈夫か?」
「大丈夫よ。あんたに心配される程やわじゃないわ」
「ひっでぇ……」
リビングに入った途端に掛けられた和行の言葉に鈴音はぶっきら棒に返した。つい反射的に出た言葉だったが、両者間ではこれくらいは軽口の範疇に入っているので険悪な雰囲気になることはない。一夏もそんな二人の会話を聞いて、いつも通りの光景だと言わんばかりに苦笑している。
「でもまあ、ありがとね。あんたには世話になったし」
「なんだよそれ。まるでどっかに引っ越すみたいな言い方だな」
「……」
「鈴?」
「その通りよ」
鈴音は和行の発言を肯定した。昨日まで隠していたことを二人に打ち明けるために、一旦荷物を自分の足元へと降ろしてからその双眸で二人を射抜く。
「多分だけど、春休みに入ったら中国に帰ることになると思う」
意を決して口にしたその言葉はずしりと鈴音の心に圧し掛かっていた。本当は一夏や和行達から離れたくなんかない。弾や数馬が馬鹿やっているのを制裁したり、もっと一夏の傍で一夏の事を見ていたかった。和行を弄り倒していたかった。でも、そんな思いは叶わないというのを理解してしまっている。これは変えられないのだ。もう自分ひとりではどうしようもないのだから。
「そうか……」
「……鈴」
二人は掛ける言葉が見つからないのか、そんな言葉しか話さなかった。自分も今の和行と一夏の立場だったら似たような反応を取るだろうなと鈴音は考える。何も言葉が出てこないかもしれない。だから、二人の反応に鈴音は何も言わなかった。そんな和行と一夏に向かって鈴音は言葉を続ける。
「二人にお願いがあるんだ」
「お願い?」
「……あたしの事を忘れないで」
昨日の夜に一夏にも放った言葉だが、和行にも伝えておかなければならなかった。だからこうして口を開いたのだ。
「それとなんだけど」
「なんだ?」
「ずっとあたしの友達でいてくれる?」
続けざまに嘆願するように思いを吐きだす。これからこの国を去るまでの期間は短いが、それでも一夏や和行の傍に居たい。この思いだけは絶対に二人に言っておかなければと口にした。帰国後、どんな生活を送っていくのかは予想は付かない。だから、せめてこの二人と一緒に過ごした日々は間違いじゃなかったと――二人と出会った事や一夏に恋したことは間違いじゃなかったと思いたかったのだ。
「当たり前だろ」
「私達、ずっと友達だよ」
「……ありがとう」
それだけで――和行と一夏の言葉に救われた気がした。鈴音はそう心の中で納得しながらボストンバックとスクールバックを再び持ち上げると玄関の方へと歩き出した。
「送っていこうか?」
「いいわよ。自分ひとりで帰れるから」
和行の気遣いを即座に拒否する。自宅に帰るくらい一人で出来るのだから。玄関で靴を履くと自分の事を見送りに来た二人へと振り返った。
「じゃあまた学校で」
「うん。また学校でね」
一夏と和行の温かさに満ちた言葉に鈴音は微笑むと、荷物を持つ力を強めながら前を向いて歩き出した。玄関を開けて外に出ると冷たい空気が体を襲ってくる。だが、そんなものに鈴音が臆することはなかった。こんな風よりも自分の心を刺すような痛みの方が辛いのだから。自宅への道のりを歩きながら鈴音は暗い表情を張り付けた。
皆から離れることになってしまったこともそうだが、自分の恋心が一夏にもう届かないところに行ってしまっていることに心が傷んだ。胸が苦しくて、今すぐにも叫び出したいくらいだ。強引に一夏に迫るという選択肢もあったのだろうが、鈴音にはそれが出来なかった。それを実行したら想いは叶うだろうが、自分の中の何かが終わってしまう気がしたから。
――自分が居ない間、和行に一夏を預けるだけだ。そうだ、預けるだけなんだ。まだ諦めた訳じゃない、と自分に言い聞かせながら鈴音はその足を止めない。和行の家から遠ざかる為に、自分の家へと帰るために。その両目から涙を流して、頬を濡らしながら。
「……和行。絶対に一夏を悲しませるんじゃないわよ」
もし仮に一夏を泣かせるようなことをしたら、二重の意味で和行のタマを取りにいくことにしよう。そうしよう。鈴音は軽く開き直りながら心中でそう決断したのであった。一夏といつも一緒に居るあいつに対してこれくらいは許されるだろうと。
鈴音がそんな決心を固めたのと同時刻、不意に何かに自分の股間を狙われている予感がした思春期の少年が自身の股間を両手で押さえた所為で同居人の少女に心配されるという一幕があったそうだが因果関係は不明である。
前回の三人称→一人称、今回の一人称→三人称と言った具合で途中で三人称を使ってみた結論が出ました。
オール一人称の方が執筆が早い。あと書くのが楽。