俺と一夏が恋人同士になって今日で早三日。眠りから覚めた体を起こしてみたが、昨日寝るまで一夏と家デートをした幸福感がまだ抜けていなかった。何処かふわふわしている感じがする。
二日連続で家デートとか流石にあれかなと思ったけど、今は春休みだから別にいいかって感じなテンションになっていてさ……今度から自重するわ。デートそのものは最近お菓子作りの腕上げまくっている一夏手作りのクッキーを食べたり、一夏と一緒に協力プレイ前提のゲームをしたり、一夏にマッサージして貰ったりとかなり楽しかったよ。
ただ、一夏のマッサージは凄く良かったんだけど、マッサージに託けて俺の股間に手を伸ばして触ろうとしてくるのだけはやめてほしかった。なんとか俺がカバディ的なことをして触らせないようにしたけどさ。
「寝てても美少女とか反則だろ、こいつ」
寝息をたてている一夏を見つめながらそんな言葉を零す。すっぴんの状態でも化粧をしている時と大差ないとか、世の中の女性に喧嘩売っていると思う。そういえば、一夏ってあまり手の込んだ化粧とかしてない気がするなぁ。なんか前に一夏に聞いた話では、化粧品店の店員さんに薄めのメイクで十分って言われたからとか言ってたけど。
「和行、大好き……」
そんな寝言を口にしている一夏に向かって俺は微笑むと、彼女を起こさないように俺はベッドから這い出る。いつもなら一夏が先に起きて俺を起こすんだけど、今日は尿意を覚えた俺が先に起きてしまったから仕方ない。今日は本当は一夏が料理当番なのだが、朝ご飯くらいは俺が作ってしまおうと心に決めながら一階へと向かう。
「ダブルベッド買うかなあ」
ふいにそんなことを呟いてしまった。一夏と密着できるのは良いのだが、流石に安眠とはいかないので今のシングルベッドをダブルベッドに変えようかなと思案しながらトイレに入って小便を済ませる。中に備え付けられている手洗い場で手を洗ってからトイレを出た俺は、その足で洗面所で歯磨きと洗顔を済ますとリビングに入った。
キッチンに向かうと、料理をする前に温かい飲み物が飲みたくなったのでお湯を電気ケトルで沸かしていく。お湯が完全に沸くのを待ちながら何を作ろうかと頭を悩ませていると、玄関の扉が開く音が俺の耳に届いた。あ、そういえば今日は母さんが朝帰りするって言ってたな。
やべえ……。一夏とイチャイチャする事ばかり考えて、電話とかで母さんに一夏と交際を始めたことを伝えるの忘れてたわ……。
「ただいまー」
「おかえり。母さん」
控えめな声でただいまの挨拶をした母さんに対して、俺は笑顔を浮かべながら迎え入れる。
「あら? もう起きてたの?」
「まあね。何か飲む?」
「じゃあコーヒーを」
「あいよ。砂糖とミルクは」
「お願い」
母さんのリクエスト通りに俺は丁度沸き上がったお湯でコーヒーを淹れた。ミルクと砂糖を加えるとソファーに座っている母さんの下へと持っていく。
「はい。まだ熱めだから気を付けてくれよ」
「ありがと~」
俺からコーヒーを受け取った母さんはゆっくりと俺から手渡されたコーヒーを飲み始めた。そんな母さんを眺めつつ、俺は母さんの反対側にあるソファーへと座る。どうやって一夏との関係を切り出そうかと考えていると、母さんは俺の方を見つめてきた。ニヤニヤとした表情付きで。
「な、なんだよ?」
「うーん? いつもと雰囲気が違うから、和行に何か良い事あったのかなと思って」
そりゃあバレますよね。まあ相手は母さんだからね、仕方ないね。うん、言うなら今しかないだろうな。一夏と交際していることを告げなくては。
「俺、一夏と付き合ってるんだ」
「……それはいつから?」
「三日前から」
さて、母さんはどんな反応を取るか。正直言って今の俺の心は穏やかではない。母さんに一夏との交際を拒否されるんじゃないかって不安なんだ。だってこの人、俺の事を溺愛している上に、今は完全に女の子になったとはいえ一夏は元男だから。母さんがそんなことで人の恋路を邪魔する人じゃないってことは重々理解しているけど、それでも怖いものは怖いんだよ。
「――良かったわ! これでやっと孫の顔が見れるわね!」
……あれ? めっちゃ喜んでる? なんか、見ているこっちが恥ずかしくなるくらいに喜んでるんですけどこの人。てか孫ってなんだ、孫って。将来的にそうなる可能性はあるだろうけどさ、ちょっとうちの周囲の女性陣って気が早くないっすか?
「あの、反対しないの?」
「……本当は嫌よ? でも、一夏ちゃんと貴方の幸せの方が大事だから」
「母さん……」
母さんの言葉に涙ぐみそうになる。母さんってただのムスコンじゃなかったんだね! ちゃんと俺の幸せを考えてくれている普通の母親だったんだな。
「それで、一夏ちゃんとはもうエッチした?」
「いきなり何言ってんだあんた!?」
俺の感動を返せこんちくしょう。久しぶりに母さんに感服したと思ったらこれだよ! あのさぁ……。普通さ、そんなことを息子に直球で訊くか? おかしいだろ! もうやだ、ほんと何なのこの人。まだ中学生なのにそんなことする訳ないだろ。このまま一夏が俺を誘惑し続けたりして、理性がぶち壊されたどうなるか分からんけど。
いや、そんなことが起こる事態になったら駄目だろ。何とか耐えないと。せめて高校を卒業するまでは、そんなイベントを起こす訳にはいかないんだ。俺は一夏の誘惑なんかに絶対負けたりしない!
「してねえよ! こ、高校卒業するまでは清い付き合いをだな……」
「……ほんと、あの人に似てるわね。他の男に一夏ちゃんを盗られても知らないわよ~」
――盗られる? 一夏が他の男に……? ――んな訳ないだろ! 一夏は俺の事を大好きだって、愛してるって言ってくれた。俺も一夏の事を大好きだし愛している。一夏が他人のモノになる訳ない! 誰にも渡さない。渡してたまるか! 一夏は俺のモノなんだ! 俺だけの彼女なんだ! 俺だけの俺だけの俺だけの――。
「――あれ、八千代さん? 帰ってたんですか?」
「おはよう。一夏ちゃん」
リビングのドアが開く音と共に一夏の声が聞こえた。声がした方へと首と視線を動かすと、パジャマ姿の一夏が立っていた。一夏は俺の方を見つめながら俺の傍まで来ると、ぐいっと俺の顔を覗きこんでくる。
「和行? 何かあった?」
「一夏は俺の傍から居なくならないよな?」
「……どうかしたの?」
「ちょっと、不安になって……」
「大丈夫だよ。私は和行のモノだから」
一夏の俺を包み込むような母性に満ちた表情に、俺の心に広がっていたネガティブな感情が少しずつだが消えていった。そうだ、一夏は俺のモノって言ってくれたじゃないか。一夏は俺のモノ、俺は一夏のモノなんだ。……よし、落ち着いた。もう少しで母さんに掴み掛るところだった。止めてくれてありがとう、一夏。
「一夏、少し屈んで?」
「え? わ、わかった」
一夏が屈んでくれたのを確認した俺は近くに母さんが居るにも関わらず、ソファーから身を乗り出すとそのまま一夏のおでこにキスをした。
「ちょ!? か、和行!?」
「ありがとう。一夏」
母さんの前でキスされたからか、一夏の頬は急速に赤みを帯びていった。だがな一夏よ。お前がおでこにキスよりもヤバいことを俺に対してやったのを忘れたとは言わせないぞ。三日前にお前からディープキスされたのをまだ覚えてるからな俺は。てか、三日程度で忘れられるものじゃないからあれは。
……そうだ。今度、母さんが家に居なくて一夏が隙を見せた時にでもディープキスをしてやろう。普通のキスをしていたと思ったらディープキスをされた者の感覚を味わうがいい!
「さ、流石にあの人も、親が見ている前で私にキスなんてしなかったなあ……」
ちらりと母さんの方を見てみるとなんだか動揺しているようだった。親父でもこんなことをしなかったのか。まあ、そりゃあそうだろう。親の前でキスとか正直……ね? 今回はあんなこと言った母さんに俺と一夏の仲を見せつける為でもあるから俺は腹を括ってたからまだ大丈夫だけど。
「か、和行!」
俺にキスされた一夏は、そんな心構えを持っていなかったのでこうなる訳で。林檎のように赤い顔をしながら近寄ってきたので怒られるのかと思ったが、彼女の表情からして違うようだ。なんていうか満更でもない表情を浮かべていた。呼吸を落ち着かせると一夏は俺に耳打ちしてくる。
「こ、今度からキスは二人きりの時にしてよ?」
「うん、わかったよ」
「で、でも。さっきのキス、い、嫌じゃなかったよ?」
モジモジしながら俺にそう告げてくる一夏を見てしまった俺はソファーから立ち上がると、一夏を勢いよく抱き寄せた。
「あっ――和行、駄目! や、八千代さんが見てるから!」
「一夏……愛してる」
「かず、ゆき……」
そんな一夏の抗議を敢えて無視して俺は一夏をぎゅっと抱き締めた。すると一夏は抵抗をするのをやめ、一夏の方も俺のことを抱き締めてくれた。こうしていると一夏は本当に女の子になったのが実感できる。女の子特有の柔らかい体に俺は病みつきになりそうだった。一夏の体は本当に最高だよ。
……この言い方だと色々と誤解を招く気がしてきた。でもなあ、俺が一夏に溺れているのは事実だからなあ。数分くらいそうしていただろうか。お互いに満足し終えたので一夏を解放した。
「も、もう! 抱き付くのも二人きりのとき以外は禁止! 分かった!?」
「ご、ごめん。一夏が可愛くて、つい」
「っ! ……和行の馬鹿」
俺にそう言いながらも、一夏は何処か嬉しそうな顔をしている。その、もっと怒ってくれてもいいのよ? てか普通、こういう風にされたら怒ると思うんだけど……。うん、一夏に俺達の常識を当て嵌めてはいけない気がしてきた。だってあの千冬さんの妹だもん。
って、いけね。母さんのことを忘れてた。一夏とイチャついてたから母さん拗ねてるだろうなあ……。そんな風に考えつつ、母さんの方へと視線を向けるとそこには、
「くぅ! あの人もこれくらい積極的に行動してくれば良かったのに!」
なんかいつの間にか床に四つん這いになってる母さんが居た。何してんのあんた……。てか、親父ってもしかしなくても奥手だったの?
「そうすればもっとイチャイチャできたのに!」
「おーい母さん。俺が悪かったから戻ってきてくれ」
「うわああああん! 一夏ちゃんと和行の愛が深すぎるの辛いわああああ! 末永くお幸せにいいいい!」
「人の話聞いてんのか!?」
その後、変なところに意識を飛ばしていた母さんが何とか戻ってきたので朝食を摂った。俺が作ろうとしたけど、本来の当番である一夏が既に起きていたので彼女に任せることにした。食後のミルク入りのコーヒーを飲みつつ、今日の朝刊に付いていたレゾナンス内にある家具屋のチラシを眺める。
あっ、これくらいのなら今の貯金でも買えるかも。うーん、いつ買いに行こうか。早めに買っておきたいし、春休み中に買いに行くか。そんな事を考えながらチラシとにらめっこを続けていると母さんから声が掛かった。
「なにさっきからチラシと格闘してるの?」
「えっと、その」
「言いたいことがあるならちゃんと言いなさい」
「……ダブルベッドが欲しいんだよ」
「ダブルベッド?」
母さんの言葉に俺は首肯してから、なんで欲しいのかをちゃんと説明した。……正直、自分の母親に恋人と一緒に寝るのにベッドが狭いからダブルベッドが欲しいなんて言うのは気が引けたが、うちの母さんならその点は問題ないと思う。だって昔、当時新築だったこの家を買う前に済んでたマンションで親父と一緒にダブルベッドで寝てたって聞いた覚えがあるから。
なんか、血は争えないって言葉が頭の中に浮かんできたんだが。親父も母さんと同衾とかしてた訳でしょ? それで俺も一夏と一つのベッドで寝てるし……。まあいいや。今は母さんとの会話に集中しよう。
「それで、自分のお金で買おうかなって」
「お金は大丈夫なの?」
「買える分の貯金はあるよ」
これ買ったらゲームとか買えなくなるけどな。
「――私が買ってあげるわ」
「……母さん、なんて?」
「私が買ってあげるって言ったの」
「え、いいの?」
「いいの。だから、そのお金は取っておきなさい」
うーん。これ母さんは引きそうにないな。昔からこういう会話で母さんに勝った事がない。母さんが買ってくれるっていうなら有難く受け取るけどさ。
「でも、どうして?」
「貴方に彼女が出来たお祝い。それに――」
「それに?」
「前に告白しようとしてたのを邪魔しちゃったからね」
前に告白……ああ、あの時か。え、あれで俺が一夏に告白しようとしてたの分かったんだろうか。ホントどうやったんだよ。俺と一夏はあのタイミングで距離空けててんだぞ? あれで告白って分かったのか?
「息子のことは何でもお見通しよ」
あっ、そうですか。今日も母さんの俺の心を読む程度の能力は絶好調みたいです。
「一夏ちゃーん」
「はーい」
俺がそんなことを考えている間に、母さんがキッチンの方で丁度食器を洗い終えた一夏に声を掛けていた。いつもよりも三倍増しに綺麗なポニテを揺らしながら俺と母さんの下へと一夏はやってきた。うん、やっぱ一夏は天使だわ。なんでこんなに可愛いの? お願いだから誰か説明して。もう一夏の可愛さの所為で俺の心がトゥンクってなってるから。ああ、一夏かわいい。略していちかわいい。
「どうかしたんですか?」
「一緒に出かけましょう」
「え、何のために?」
「買い物よ」
……なんだろ。母さんの一言で何故か滅茶苦茶不安な気分になったんだけど。レゾナンス内で百パーセントオフセールが開催されたり、筋肉モリモリマッチョマンの変態が警備員に撃たれそうになったり、バルーンを使ってターザンしたりしないよね? 大丈夫だよね?
>俺は一夏の誘惑なんかに絶対負けたりしない!
これ、フラグです。