あれから時間も経って春休みも終わり、時期は始業式を迎えていた。今日で俺達は中学三年生になる。ゴミ出しを終えて一夏の料理を食べ終えた俺は、制服である学ランに袖を通してボタンを留めていく。
よし、これで準備は完了だ。一夏も既に自室で学校へ行く準備を終えて、俺のことを呼びに来る頃だろう。
「和行。準備終わった?」
「おう。終わったぞ」
噂をすれば影がさすといった言葉がぴったりな状況になった。部屋のドアを開けて声を掛けてきた一夏に俺は元気よく言葉を返す。彼女である一夏の飯を食べて、一夏の声を聞いたんだ。元気にならない方がおかしい。鞄を右手に持ちながら俺は部屋を出ると、部屋の前で待っていた一夏に合流した。
うん、体の前に垂らした二つ結びが最高だな。髪を編み込んだりせず、リボンを使って髪を束ねただけなのだが一夏のプリティさを前面に押し出している。ちなみにこの髪型をセットしたのは俺だ。一夏の髪を触ることも出来てハッピーになれたし、何だか自画自賛したくなってきた。で、ラブリーマイエンジェル一夏よ。なんで俺の学ランをじろじろと見てるんだ?
「どうかしたのか?」
「今日はちゃんと学ラン着てるなあって思って」
何処となく不思議そうな表情で俺を見つめる一夏がそこに居た。制服とか息苦しくて嫌いで、たまに帰り道に学ランを着崩すこともあったからな俺。そういうのを一夏は知ってるから疑問に思ったんだろう。俺が学ランをちゃんと着ているのには理由がある。
「以前ならともかく、今の俺はお前の彼氏だからな。見っともない格好する訳にもいかないだろ」
「っ!? こ、こんな時にお前の彼氏宣言されるなんて……」
一夏は急に頬を染めて、顔を反らし始めた。こいつ、俺に色仕掛けをしてきたり蠱惑的な言葉を掛けてくる時は堂々としている癖に、なんでこう俺の発言には照れまくるんだよ。普通は逆じゃないのか? まあそんな一夏も可愛いからいいけどさ。それに一夏が俺の褒め言葉に弱いお蔭で、こういう場面だと俺が主導権握れるからな。
って、そろそろ家を出た方が良い気がするんだが。ちらっと部屋の時計を見てみたけど、登校した方がいい時間になってるし。
「一夏」
「な、なに?」
「時間がないから早く行こうぜ」
「あ、ホントだ」
同じく部屋の時計を確認した一夏が同意してきた。もっとイチャついていたいが、イチャイチャなら学校から帰ってきてからでも出来るからな。というか、そっちの方が落ち着いて一夏とイチャイチャラブラブできると思うんだよ。
忘れ物がないかと戸締りの確認をしてから俺達は玄関へと向かい、お互いに靴を履いて家を出た。春休みの間は課題もなかったから、課題のことは気にしなくて済んだのはありがたい。お蔭で一夏とイチャイチャしまくれたからな。夏休みと冬休みになったらまた課題が出るんだろうけどさ。いつも通り一夏と恋人繋ぎをしていた俺はふとある事を思いついたので一夏に提案してみることにした。
「桜、咲いているな」
「そうだね」
「今年は休みの日にでも花見に行くか?」
「それいいかも!」
一夏ちゃんが案外ノリノリな件。ま、まあいいか。ここ最近花見なんて殆どしたことなかったし、一夏とのデートにもなるから一石二鳥だろう。って、いけね。ちゃんと一夏には釘を刺しておかないとな。
「でも、母さんにはこの事は内緒な」
「え? どうして?」
「あの人が来ると面倒な事になる……」
「……うん、わかった。八千代さんには言わないでおくよ」
一夏は分かってくれたようだ。母さんが来たら、十中八九母さんの頭がお祭り騒ぎになるだろうからな。下手したら千冬さんまで呼んで酒盛りを始めるかもしれん。夜ならともかく、昼間から飲んでいる光景を見たら俺が激情態になるまである。色々な意味で阻止しないと。
そんな使命感を抱きつつ、俺と一夏は通学路を進んでいく。その最中に左隣を歩く一夏の方へちらっと視線を移してみた。一年前の始業式の日はお互いに馬鹿なことを言い合いながら歩いていたのにな。
「和行、どうかしたの?」
「去年の始業式のことを思い出してた」
「……そっか。もう少しで私が女の子になって一年になるんだよね」
「ああ。なんだか長くて短い時間だったよな」
「そうだね」
一夏の方へと視線を向けると、憂うような表情を浮かべながら碧空へと視線を送っていた。
「一夏?」
「……時々ね、思う事があるんだ。もし和行と私が出会っていなかったら、私はどんな生活を送っていたのかなって」
もし俺と一夏が出会ってなかったら、か。前に一夏は確か俺と母さんの存在が消えた悪夢を見たとか言ってたし、それが尾を引いているのだろうか。……俺と出会ってなかった一夏なんて多分アレだ。
「男のまま女の子を落としまくって、無自覚ハーレムでも築いてたんじゃないか?」
「い、嫌な想像させないでよ。私、和行以外を好きになる気なんてないのに……」
俺の発言に一夏は心底嫌そうな顔をしていた。一夏が俺の事を愛してくれているのは嬉しいが、冗談抜きで俺と出会ってなかったら、朴念仁と唐変木と鈍感の称号を頂戴しまくる鈍感ハーレム野郎になってた可能性の方が高いってお前。箒と鈴、その他の女の子を落としていたという前科を俺は知ってるから断言できる。
だが、それはあくまでも出会わなかったらの話だ。現実は違う。俺と一夏は出会って、今は恋人同士になっている。そんなことに考えを割くなんて無意味だろ。
「仮の話だ。そんなにむくれるな」
「むぅ……」
頬を膨らませている一夏かわいい。よし、イタズラしてやろう。俺は一夏に足を止めるように言うと、右手に持っていた鞄を降ろす。
「ほれ」
「ひにゃ!? な、何するの!?」
膨らんでる一夏の右頬を右手の人差し指で押してやった。ひにゃって変な声出すなよ。俺以外の男にその声を聞かれたら大変だろうが。……うん、一夏にそんな声を出させた俺が言ってもアレだな。ほら、一夏もなんかお怒りなのか千冬さん並の眼光で俺の事を睨んできてるし。これから言う言葉を周囲の人間に聞かれたくないので、一夏に近づいて俺は耳打ちをした。
「一夏」
「……なに?」
「家に帰ったらいっぱいキスさせてやるから、機嫌直してくれないか?」
「――っ!? な、なら許すよ」
俺がキスしてもいいよ宣言をした途端、一夏は急に態度を変えた。俺が言うのもなんだけど、一夏って俺に対してやけにチョロい気がしてきたよ。まあ、そんな一夏も可愛いから別にいいんだが。
一夏に約束を取り付けた俺は、地面に置いていた鞄を再度手に取る。そして、再び一夏と一緒に学校に向かって歩き始めたんだが、俺達のやり取りを見ていただろう学校の連中が徐々に声をあげるのが聞こえてきた。
「……なんか西邑さんと九条の距離感、さっきからおかしくね?」
「ってかあれ、よく見たら恋人繋ぎしてるように見えるんだが」
「は? マジで? うっわ、マジだわ」
こちらを見ていた男子生徒たちが何かに絶望した声を吐きだしていた。確かあいつらって一夏に気がある奴等だったよな。残念だったな、一夏は既に俺のモノなんだよ。分かったらさっさと諦めて、どうぞ。
「え? 嘘でしょ!? 九条君と西邑さんが手を繋いでいるように見えるんだけど!」
「美香、あなた疲れてるのよ」
「昨日たっぷり八時間寝たからむしろ元気なんですがそれは」
「ふえぇ……九条君が西邑さんに食べられちゃったよぉ……。これ泣いていい?」
「今学期は壊れるなあ……」
女子生徒たちは相変わらずですね。ちょっとネタが臭くなってるけど。つうか、そこの女子よ。俺は一夏に食べられてないぞ。まだ新品な童貞のままです。……今のところは。周囲の声をシャットアウトした俺は一夏と一緒に学校へ向かう事だけに集中した。
手を繋いだまま学校に着いた俺と一夏は恋人繋ぎをやめる。昇降口に入り、自分の名前が書かれたシューズボックスに革靴を入れる。そのまま上履きに履き換えると、近くの廊下に貼られているクラス分けの貼り紙を二人で見に行くことにした。
さて、俺と一夏はどのクラスになるんだろうか。貼り紙に書かれているであろう自分の名前を探し当てることが出来た俺は、思わず口を開いていた。
「二組かあ」
「私も二組だよ」
「え? マジで?」
「うん。マジマジ」
あ、一夏の言う通りだわ。一夏の名前が二組のところにあるわ。……なんだろ、裏の方でどこぞの兎さんが関わっているような気がしてならないんだが。
あの人がドヤ顔ダブルソード――じゃなくて、ドヤ顔ダブルピースしている姿が目に浮かんだぞ。てかよく見たら、弾と数馬も二組の欄に名前があるんですけど。一体どうなってるの……。
「おっす。久しぶり」
「弾。久しぶり」
「久しぶりだね」
噂をすればなんとやら。いつものように頭にバンダナを巻いている弾がそこに居た。今日も相変わらず元気そうで何よりだ。
「朝から元気だな。三人とも」
「……そういうお前は物凄く眠そうだな、数馬」
今度は数馬が弾の後ろからやってきた。さてはこいつ、めっちゃ夜更かししてたな。全くそんなことしてたら不摂生が癖になるぞ。……あれ? なんか俺、男の頃の一夏みたいなことを考えてなかった? やばい。本格的に男の頃の一夏に備わっていたスキル的なものが、俺の中で感染拡大しているのかもしれん。
「で、お前ら何組だった?」
「俺と夏菜子は二組だ。お前ら二人もな」
「マジか?」
「マジで?」
「マジだよ」
ふざけた考えを横に置きながら弾の問いに答え、ついでに同じ組であることを教えたら変な空気になったでござる。まあそりゃあね、四人揃ってまた同じクラスとか正直……な? 鈴が居なくて寂しく感じている部分があるが、あいつが居たらいたらで俺達と同じクラスに押し込まれそうな気がしてきた。多分その所為で余計混乱してたかもしれない。
「早く教室に行こ?」
「ん、ああ。そうだな」
一夏の提案に俺は頷く。このままここに居てもしょうがないだろうからな。俺と一夏が先を歩き、弾と数馬が俺達の後ろを歩いてくる。二人は何だか俺と一夏の距離感に言いたげな顔をしていたけど、遠慮でもしているのか踏み込んで聞いてくることはなかった。今の一夏との関係を聞かれたら、こいつらには正直に答えるつもりだ。一応こいつらは俺の恋の応援してくれてたからな。男の頃の一夏に対する私怨混じりな応援だったけど。
でもさ、この二人って本当に俺達がそういう関係になっても大丈夫だったのか? 今度それとなく聞いてみようと考えつつ教室へと入ると、教室の黒板に書かれている席順が目に入ってきた。
「隣同士だね」
「ああ……」
……なんで俺の隣が一夏なんだ? いや嬉しいんだけどさ、なんかやっぱり兎が裏でこそこそとしている気がしてきたんだが。今度会ったらボトルに兎の成分を採取してやる。
何時までも黒板の近くに居る訳にはいかないので指定されている席に座ると、廊下の方から腹の底まで鳴り響く足音が聞こえてきた。廊下を走るんじゃねえ。ちゃんと歩けなどと考えていると教室のドアが勢いよく開け放たれ、ドアが開いたそこには完全に血眼になっているクラスメイト達が俺と一夏の方を見ていた。
……あいつら、通学路に居た奴等だよな? うわあ、……嫌な予感がしてきた。
「くじょおおおおおう!」
「西邑さん!」
野郎共は俺達の方へと詰め寄り、女子達は一夏の方へと詰め寄り始める。なにこれこわい。お願い、助けて一夏ちゃん。
「九条! お前、西邑さんと恋人繋ぎしてたよな?」
「西邑さんとどういう関係なんだよオォン!?」
「この春休みの間に何があった!」
クラスメイトの一人が俺にそう言葉を叩き付けてくると、周囲を囲っている男子生徒たちが同調し始めた。やばい、これやばい。めっちゃ怖い。誘拐されたあの時とは別のベクトルで怖い。てか、こいつらに巻き込まれたのか弾と数馬まで俺の近くに居るんですけど。
「お、おい。お前ら、ちょっと落ち着けよ」
「そうだぞ。ほらカルシウム摂れ。カルシウム摂れば気分も落ち着くぞ」
「うるせえ! 俺たちは九条と話してるんだ! 五反田と御手洗は黙ってろ!」
弾と数馬が俺を取り囲んでいる野郎共にそう提案するも声高に反論されていた。ああ、こりゃあ駄目だ。これじゃあ、きちんと一夏と俺がどういう関係になったのかを話さないとこいつら納まらないぞ。下手にはぐらかしたりしたら、今後もこうして取り囲まれて粘着されそうだし。うーん、あまり大っぴらにするつもりはなかったけど仕方ないか。一夏には後で謝っておこう。
それに丁度良いかもしれないしな。ここで一夏と俺の関係を示しておけば、一夏に告白したり思いを寄せる馬鹿な男を諦めさせることが出来るだろうから。それでも絡んでくる奴が出てくるだろうけど、その時は俺がチョメチョメしておくよ。俺は深呼吸をしつつ、周囲の男共を一瞥する。
「夏菜子と男女の関係になっただけだ」
『……』
俺は決定的な一言を口にした。俺は何を言ったのか理解できていないのか、俺を囲んでいるクラスメイト達は「何言ってんだこいつ」的な視線を向けてくる。弾と数馬は察したような表情を浮かべているので除外しておく。徐々に俺の発言を理解したのか、俺を囲んでいる野郎共は大きく口を開き始めた。
『はああああああああ!?』
……あの。ビックリするのは分かるけど、他のクラスの迷惑になるから大声出すのは止めようぜ?
チョメチョメ(血腥いこと)