……風邪を引きました。ええ、先日の一夏との相合傘で体が濡れた所為か風邪を引きました。なんで狙いすましたかのようなタイミングで風邪引くんだって自分にツッコミを入れたいくらいに風邪引いてます。大事なことなんで三回言いました。これが昨日の違和感の正体だったというね。どうりで寝る前とかに喉が変だと思ったんだよ。
もうこれは仕方ないでしょ、俺ってば急に気温が下がったりすると体調がおかしくなりやすいんだから。てか、いま体が物凄く怠いです。幸い頭痛はしないし、熱は低いのだが咳と鼻水と腹部を腹痛が止まらなくて辛い。突然だけど
……いきなり何言ってんだ俺。本当は熱もっとあるんじゃねえのかこれ。体温測るのに使ったデジタル体温計壊れてんじゃないの?
「あー……怠い」
さっき無理やり体を動かして作った雑炊を腹に詰め込んで、この前風邪を引いた際に買って残っていた市販の風邪薬の残りを飲んだけど一応病院に行って診断してもらった方がいいかな? 学校に電話して今日は休むという旨を伝えておいてよかったよ。皆に風邪を移したくないし、特に一夏には。もし俺の所為で一夏が風邪になったら俺は自分で自分を殴るよ。
なんだ? 玄関の呼び鈴が鳴ってる? 誰だよ、人が風邪で物凄く気分悪くて軽くイラついているっていう時に。新聞とかの勧誘なら間に合ってるぞ、帰れ。
あれ? 玄関の鍵が開いた音がしたぞ。……あ、そういえば一夏にまだ今日休むって連絡してなかったわ。時間帯的にもいつもなら一夏と登校している時間だし。となると、必然的に俺が来ないことを訝しんで織斑姉妹に預けている合鍵を使って家に上がり込んでくるわけで――
「和行~まだ寝てるのー?」
一夏の声が聞こえた。おそらく階段辺りだろうか。ヤバい。どれくらいヤバいかっていうと、用を足したくてトイレに入ったらトイレットペーパーがなかった時くらいヤバい。なんでこう狙いすましたかのようタイミングで来ることが多いんだよお前は。男の頃からホントこういうところは変わってない。
一夏に風邪を移すわけにはいかん。幾ら俺がマスクを付けているとはいえ、この部屋に入らせないようにしないと。一瞬でそこまで考えた俺の行動は速かった。一夏が俺の部屋に来る前に内側から鍵を掛ける。お前本当に病人かと言われそうな速度を出したわ俺。これで一先ずは一夏が勝手に扉を開けることを防ぐことは出来た。あとは説得して一夏を学校へ行かせるだけだ。
「和行?」
「あー、なんだ一夏」
「なんか声がおかしいけど、何かあったの?」
声の距離からして俺の部屋の前まで来ているだろう一夏が心配そうな声を上げた。
「すまん。風邪引いたから今日は休むわ俺」
「休むって……。まさか昨日の――」
「おい、間違ってもお前の所為じゃないし誰が悪い訳でもないからな。謝ろうとするなよ」
「でも……」
俺が風邪を引いた原因に気付いた一夏がドア越しに謝りそうな勢いだったので、謝罪させないようにする。だって実際、一夏は悪くねえし。俺が勝手にやったことですし。
あ、やべ、一気に喋ったから喉がカラッカラ。あかん、咳も出た。あー、鼻水が出てきてるのもあってかティッシュ無くなるわ。あとで新しいのを出しておかないとな。ちらっと部屋にある時計を見る。そろそろ出ないと学校に遅刻する時間になりかけていた。このまま一夏と話を続ける訳にはいかないし、学校に行くよう促すか。
「一夏。そろそろ学校に行かないと遅れるぞ」
「和行はどうするの?」
「とりあえず学校には休むって言ってあるから病院に行って薬とか貰ってくるわ。あとは寝て安静にしてると思う」
「……そう。じゃあ学校が終わったらまた来るね」
来なくていいから、うつしたくないし。俺は扉越しの一夏に向けてそう言ったが聞いたのか聞いていないのか、一夏の足音は階段、一階へと遠退いていき、最後には玄関が締まる音が聞こえた。どうせあいつのことだ。来るなって言っても来るんだろうな。こういう時だけ世話焼きにも困ったものだなと実感させられる。
さて、スポーツドリンクでも飲んでさっさと病院に行くか。帰りに栄養剤とかも買ってきておこう。思い立った俺は重い体を動かし、スポーツドリンクを飲んでから服を着替えた。戸締りをして財布を持つと病院に向かうために家を出るのであった。
俺はふと目を覚ました。ベッドから体を起こしてカーテンを開ける。少しだけ換気をしようと思い窓を開けたのだが、窓から差し込む太陽の光は既に弱まっていた。
診察に行った病院を出てから栄養剤やらなんやらを購入。無事家に帰宅してちゃんと手洗いうがいを終え、ゼリーとかを食って処方された薬を飲んでから栄養剤を飲み、その後ベッドに倒れ込んだのは覚えている。あれから何時間寝ていたのだろう。
「午後五時か」
時計を見た俺は小さく声を出していた。帰ってきたのが大体午前九時から十時の間なので、約八時間から七時間は寝ていたことになるのか。体を少しだけ動かしてみる。体に圧し掛かっていた重さはかなり薄れており、銃剣突撃されたような腹痛も大分収まっていた。
自分で言っておいてなんだけど、銃剣で刺されるような痛みって普通に死ぬんじゃないか? てか銃のフレームとか大丈夫なんだろうか。
「うっへぇ、汗掻いてたのかよ」
くだらない事を考えながら自分が着ていたシャツを見てみた。どうやら寝ている間に汗も掻いていたみたいなので着替えたかったが、その前に尿意を覚えたので先にトイレに行っておこうと俺は床に置いていたスリッパを履き、一階へと降りていこうとしたのだがその途中である匂いが漂ってくるのに気付く。
マスク越しに漂ってくる食欲をそそられる美味そうな匂いに釣られ、俺は匂いがする方向――台所へと向かっていた。するとそこには、
「あ、和行。起きたんだ? ……気分はどう?」
「ああ、さっきまで寝てた。お蔭で大分楽になったよ」
私服の上にエプロンを装着したポニーテール姿の一夏が居ました。ほんとこの時の一夏は可愛いです。前にポニーテールにしていた時に聞いたところによると、幼馴染である箒がしていたのを真似してみたらしっくりきたんで料理の時はこの姿で居ることにしたそうだ。
それよりも一夏には聞かないといかないことがある。あの格好からして料理をしているんだろうけど、一体何を作っているのだろうか。せめて雑炊系ならありがたいんだけど。
「ところでさ、一夏。何してんの?」
「うん? 料理だけど」
「すまん、聞き方が悪かった。何を作ってるんだ?」
「雑炊だよ。和行ってあまりおかゆ好きじゃないでしょ?」
短く「ああ」と俺は返事をする。一夏の言う通り、俺はあまりおかゆが好きではない。味は別に嫌いではないが、食感があまり好きではないのだ。だから今朝も雑炊作ってを腹にブチ込んだんだし。流石幼馴染だな。俺が好みな物と嫌いな物をしっかり把握してやがる。
……これ、俺のために雑炊を作ってるんだよな。なんだろ、物凄く嬉しい……。一夏が俺のことだけを考えてくれているようで。って、何考えてるんだ俺。
「もうすぐ出来るから待っててね」
「ああ、わかった」
一夏の言葉を聞いた俺はふと頭に浮かんだ考えを振り払うように返事をする。今のうちに歯を磨いたり、トイレに行ったりしておくか。
もの数分でトイレや歯磨きを終えた俺はテーブルに座って一夏が雑炊を作ってくれている様子を眺めていた。今の一夏は生き生きとしている。料理しているときのあいつはいつもそうだが、女の子になってからだろうかそういった部分がよりはっきりと一夏の顔や仕草から感じ取るようになったのは。
なあ、一夏。君は俺の事をどう思っているんだ? 俺はお前が男の頃だったのようにお前を見ることが出来なくなった。男の頃のように接しているつもりだが、正直自信がないんだ。一夏が女になってそこまで日が経ってないのに俺はすんなりとお前が女の子であることを受けいれている。まるで、ずっと昔から一夏が女の子だったように錯覚させれることが多々あった。
以前と同じようでいて違う光景。一夏が男から女になった。その事に対して元に戻った方がいいと考えているはずなのに、まるで一夏が女になったのは正解だと言われているような言葉にするのが難しい奇妙な感情が心を満たそうとしてる。俺の心が、女の一夏が消えるのは嫌だと叫んでいるかのようだった。
一夏、君は俺のこと前のように見てくれているか? それとも――
「和行、出来たよ」
一夏の声が俺を思考の海から引き戻してくれた。どうも昨日の帰りに相合傘をした時から俺の調子が狂っているような気がする。いや、一夏が女の子になってから調子が狂うことは多々あったけど、こうも一夏のことを意識したのは始めてだ。
やはり、俺は一夏の事を……。駄目だ。今はこの事を考えるのはやめておこう。一夏に気付かれないように深呼吸をして気持ちを切り替えておこう。丁度腹の虫も腹が減ったと騒いでいるし。
一夏の手によって水分補給のための水と雑炊が盛り付けられたどんぶりが俺の近くに置かれるが、雑炊を食べるためのれんげは俺の目の前には置かれていなかった。れんげは今だに一夏の手元にある。俺はそれがないと食べられないじゃないかと言わんばかりの視線を一夏に向けるが、当の一夏はそんな視線など気にしてないかのようにご飯を食べるためにマスクを外していた俺の隣へと座った。
…………あの、あの、一夏ちゃん? 何を考えてらっしゃるのですか? あの、どんぶりを俺の手元から持っていかないで。俺が食べるのがなくな――待て。この状況、もしや……。俺は一夏がれんげで雑炊を掬ったの見たわずか数秒で一夏が何をしようとしているのか気付いてしまった。
――こいつ、俺に『あーん』する気だ。恋人同士の人間とかがするあの『あーん』をだ。彼女や彼氏がいない者がやってはいけない行動(?)を一夏は平然と行おうとしている。
「はい、和行。あーん」
「あの、い、一夏? な、なにしてるんだ?」
「え? まだ体とか怠そうだったから私が食べさせようと思って」
俺は心の中で叫んだ。んな恥ずかしいことできるかあああああああああ!
あーんっておま、あーんってお前……。俺たち付き合ってもいないんだぞ!? や、やめろ、俺の体! 一夏の無自覚な甘言に惑わされるな。ここであーんをされたら戻れなくなるぞ! 色々な意味で!
だが、俺の意思に反して口は開きご飯を求めていた。空腹に耐えきれなかった俺の体は一夏が近づけてくるれんげを迷いなく受け入れ――雑炊を食べた。
「美味しい?」
「う、うん……美味しい」
――もう考えるのはやめた。もう何を考えても一夏の誘いには抗えないと判断したからだ。一夏の料理はやっぱり美味い。この味付けも完全に食べさせたものを虜にするのに十分な威力を発揮している。その後もあーんされまくった俺はお腹いっぱいになったが、心と思考回路がショート寸前だった。一夏の笑顔とあーんのダブルパンチ攻撃に俺の精神のライフゲージは赤になってるよ。なんでだ、どうしてこうなった。俺、何かやらかしたっけ? ほんと何でだよおい。あれか? 内心で一夏のことを可愛いとか思った罰でも当たったのか?
いや、それ置いておこう。一夏のお蔭でお腹も膨れたし、薬も飲み終えたんで一夏を家に帰してさっさとまた寝ようとしたんだが……何故か一夏が俺の部屋にタオルを持って入ってきていた。片方の手にはぬるま湯のようなのが入っているバケツがあり、俺はこれから起こる出来事を察して白目になった。
くっそ、「家に帰るね」っていうあいさつにでもしに来たのかと思ってドアを開けたらこれだよ! 俺の体をタオルで拭く気マンマンじゃねえかこいつ!
「あの一夏。一応確認するけどそれって……」
「うん。和行の体を拭こうと思って」
なあああああああああああ!? マジでやる気かよ!? 待って。さっきからメンタルに大ダメージを受けてるせいか、心の中で悲鳴をあげるくらいしかできないんですけど。いや冗談抜きで本当になんでこいつ俺の体を拭こうとしているの?
てかさ、ちょっと待って。おかしくない? 幾ら面倒見がいいからって普通こんなことしませんよね? 精々料理を作るくらいまでならまだ分かるけど流石にこれは……。
「あ、あの? それだけは遠慮させてもらえませんかね?」
「駄目だよ。和行はまだお風呂入れないんだし、汗も掻いたんでしょ?」
うん、確かに汗は掻いたよ。でもね、それとこれとは話が違うんだ。野郎だった一夏にやられるなら、まあそっちの方向を想像する人が居ても百歩譲って許すとしよう。馬鹿話でもすればただの野郎同士のじゃれ合いになるし。
だがな、今の一夏は女の子だ。そう、女の子だ。俺好みの容姿になってしまった女の子だ。流石に恥ずかしいって。女の子に自分の肌とかを見られるの。そんなに肌綺麗じゃないし、むしろ背中とか多分汚いだろうし。そもそもだ。母さんならともかく同い年の女の子に体を拭いて貰うとか精神的に耐えきるのが難しいです。
「ほら、早く上着とズボン脱いで」
「わ、わかったよ」
はい、また抗えませんでした。さっき言った通り、もう一夏に抵抗するのは無駄な気がします。俺の本能がそう言ってる。一夏がすることを受け入れろと。言われた通り上着とズボンを脱ぐと一夏は俺の背中を始め、股間とか尻とかを除いた部分を丁寧に拭いていった。その際、終始心臓が早鐘を打っていたのは言うまでもないだろう。一夏は男と心に言い聞かせようとしても体がそれを拒否していたんだから。
てかさ、一夏が体をよく拭こうとしようとしてるのか知らんけど、めっちゃ寄ってくる所為でかなりの頻度で一夏のたたわなおっぱいが俺の背中とか腕とかに当たってるんだけど。無自覚なんだろうけどさ、お前のその胸は思春期男子には毒なんだよ。ヤバいんだよ。
てかなんだその乳は、お前の姉である千冬さんよりもデカいんじゃねえか? 中学二年でこれとか色々な意味で怖すぎるんだが。高校生とかになったらどうなるんですかねえ……。でも高校生になるまでの間に一夏が男に戻る可能性もあるから、今は我慢だな。思わずあのおっぱいに手を伸ばしそうになってしまうが耐えろ俺。相手の許可なく触ったら完全に通報案件だからな。解ってるな俺? YESおっぱいNOタッチだ。この精神を違えてはならない。いいね?
一夏は男。一夏は男。一夏は男……。そう自分に言い聞かせる。服とブラジャー越しでもわかる一夏のおっぱいの柔らかさに下半身がヤバいことになりそうだった。何とか湧きあがる衝動を抑えているうちに体を拭き終わったのだが、疲労している俺とは対照的に一夏は実に満足そうな顔をしていた。俺は物凄く辛かったです。なんでそんな満足げな顔をしてるんだよお前……。分からん、女の子の考えていることは分からん。一夏は元男だけど。