現在、俺と一夏は休みであるのを利用してとある病院に来ている。理由はうちの母さんのお見舞いだ。一夏が彼の看病をすると宣言したあの日に俺が行ったのもこの病院でした。
俺の風邪に関しては一夏が泊まりに来ていた土日は一歩も外に出ず、自宅で一夏の手料理を食べつつ療養していたので月曜日にはすっかり良くなっていた。
朝昼晩と一夏が飯を作ってくれるという一夏の事を好きな人が聞いたら発狂しそうなことをしてもらった俺が変なテンションになりかけたのは不可抗力として許されるべきだと思うの。そして一夏は風邪を引かないという何という好都合展開が起きました。あいつには風邪への耐性でも備わっているのだろうか。でも、なんかその内引きそうな気がしないでもない。
ちなみに一夏が泊まっていた間、男の頃の一夏がやらかしそうなToloveる――じゃなかった、トラブルはなかったです。ラッキースケベなんて起こりませんでした。ただでさえ女の子になった今の一夏と居ると落ち着かない状態になるのにラッキースケベなんて起こったら身が持ちません。そもそも、俺は一夏じゃないからそんなスケベな事態なんて起こしようもないですし。
……体を拭いてもらっている時に一夏の大きな胸が当たったり、一夏の腹とくびれを見たのと一夏が倒れ込んできたのはラッキースケベにカウントしてないぞ。あれは事故みたいなものだからノーカンだ、いいね?
それとなんだが、どこで知ったのかは不明だけど、月曜日の朝に鈴から俺の家に一夏が一人で行ったという話をとてつもない勢いで問い詰められた時は物凄く怖かったです。だって目がマジなんだもん。変なことしてないでしょうねとか言われたけどなにもしてねえよ。一夏を受け止めるために押し倒されたように見える状況になったのは流石に口にしなかったけど。多分言ったら俺が鈴に八つ裂きにされる。弾と数馬に宥められてようやく落ちついたようだったが、あの二人が居てくれなかったらヤバかったわ。
一夏? 一夏は俺たちが会話をしている時はひたすらそっぽを向いていましたよ。まさかお前か。俺の家に行くことを鈴に言った奴は。俺は気になったので一夏を問い詰めると正直に白状したよ。
「じ、実はね、最初は鈴も私と一緒に来る予定だったんだ。でも、鈴はエビチリとかを和行に持っていこうとしてて、病人に刺激物は駄目だからって説得して追い返したの」
ありがとう一夏。お前はやっぱ良い彼女or彼氏になれるわ。俺の体を純粋に心配してくれてたんだな、嬉しいよ。あ、そうだ。唐突だが鈴よ、あとでお前の弁当のおかずを全部俺が作った激甘卵焼きにすり替えてやるよ。どうだ嬉しいだろう。え、嬉しくない? 強情だなあ~。てかさ、なんでエビチリを俺に家に持ってこようとしたんだこのチャイナ娘は。
「なんでって……和行なら風邪の時でも大丈夫だと思ったからよ。それにあんたエビチリ好きでしょ」
鈴、お前は俺をなんだと思ってるんだ? 確かにエビチリは好きだけど流石にそれは……いや、もうこの事に触れるのはよそう。なんか鈴の俺に対する扱いが弾並に酷くなってる気がするがこの際忘れよう。
ちなみに俺たちの話を盗み聞きしていたクラスメイト達が血の涙を流したり、「やっぱ幼馴染じゃないとダメなのか!?」とか言い出し始めているのが多数いたけどスルーさせてもらう。一々相手にしてられないからね。だって俺が無理矢理連れ込んだとかならともかく一夏が自分の意思でやったことですし。
「来たな」
「来ちゃったね」
一夏が言うには千冬さんも来たがっていたけど、仕事のスケジュールの都合で来るのが無理になったらしいので俺と一夏の二人だけで来ることになった。鈴とかも仲が良いから来たがってたけど、何やら最近家庭内で何かいざこざがあったらしくあまり外出できないらしい。鈴、お前は泣いていい。
母さんには一夏が女の子になったことや偽名で学校に通ってることは千冬さんの許可を取って既に伝えてある。先週うちに母さんからの電話が掛かってきた時に教えました。流石に最初は信じられなかったみたいだけど、ちゃんと懇切丁寧に説明したら母さんは信じてくれた。女の子になった一夏に会うのが楽しみらしいが……どうなることか。
「えっと、何階だったっけ?」
「三階だ」
受付を済ませ、母さんが居る三階の病室へと向かいながら何気なく一夏の今日の私服に視線を這わせる。最近はスカートを穿くのにも抵抗がなくなってきたのか私服ではスカートを着用する事が増えた。前はズボンとか穿いてることが多かったな。まあ、制服でもスカートを穿いているし慣れたんだろうな、多分。一夏は生足よりも足にニーソックスだのタイツだのストッキングとかを穿いていることが多い。
一夏曰く生足はなんか慣れないから、らしい。夏場は流石に蒸れるだろうから生足にするかもしれないとのことだが。まあ、俺は生足よりもニーソックスにタイツやストッキングの方が好きだから別にいい問題な――いや、こんなことを言っても誰も得しないな、うん。
それよりもだ、さっきから浮かないような顔をしている一夏のことが気になる。うちの母さんと会うのに戸惑ってるのかな。前とは違って今は女の子だし。エレベーターに乗り、三階で降りたところで俺は一夏に声を掛けた。
「一夏。母さんに会うの緊張してるのか?」
「う、うん」
俺が尋ねると一夏は小さく頷いた。まあ、そうなるだろうな。幾ら一夏のことを教えておいたとはいえ受けれてもらえるか不安なのだろう。
「大丈夫だ。母さんがお前が考えているような事を言う人じゃないのはお前も分かってるだろ?」
「そ、そうだけど……」
いつもと違い、どこか自信なさげな一夏の顔を見ていたからかわからないがどこか放っておけない気持ちになった。俺はいつの間にか一夏の手を取り、母さんが入室している病室へと歩き出していた。一夏の方に視線を向けると、俺の行動に戸惑っているようだが俺の手を振り払うことなくしっかりと握り返してきてくれた。
それにしても、一夏の手すっごく柔らけえ……それにすべすべしてるしずっと触っていたいかも。はっ! いかんいかん! 煩悩退散煩悩退散! でも触っていたいのは事実だし……うぅ、母さんの病室前に行ったら手を離さないとなあ。下手に手を繋いだまま入ったら母さんに勘違いされるかもしれん。そうなったら一夏も嫌がるかもしれないだろうし。
と、そんなこと考えているうちに母さんの病室が近づいてきたな。そろそろいいだろうと思い、一夏の手を放すと気を入れ直して、俺は病室のドアを数回ノックした。すると中からどうぞという声が聞こえたので、遠慮なくドアを開けて中に入ってドアを閉めた。
「よく来たわね、和行」
「会うのは三週間ぶりかな?」
「そうね。先週電話はしたけどこうして会うのはね。あら? そちらのお嬢さんは?」
一夏の存在に気付いたのか、母さんが一夏の方へと視線を向けはじめる。当の一夏はやはり緊張しているのか中々言い出せないようだ。
「あ、あの。その……えっと、お、お久しぶりです。八千代さん」
「……もしかして一夏君?」
「は、はい」
「あらあら! 女の子になったとは聞いてたけどこんなに可愛い子になってたのね」
実は母さんには今日一夏が来るとは言っていなかった。言わない方がこうなんか驚かしがいがあるじゃん? それでだが、可愛いと言われた一夏はどう返したらいいのか解らないのか俺の方を向いている。やめなさい、俺に縋るような目で俺を見つめるのはやめるのです。これ以上そんな目をされると俺、一夏の事を女としか認識できなくなってしまうぞ。お前はそれでいいのか!
俺がそんなことを考えているうちに母さんは一夏を呼び寄せ、自分の近くの椅子に座るように言っていた。一夏もそれに従い、椅子に座る。すると母さんは一夏の髪の毛を手に取り自然な形で触りだし始めた。一夏は突然のことにまたもや俺に助けを求めるような視線を送ってくるが俺はそれどころではなかった。
――母さんに嫉妬していることに気付いてしまったのだから。焦燥感にも似たどうしようにもない気持ちに支配された俺は一旦冷静になろうと、少しだけ目を伏せる。その、なんだ。ここまでくるとさ……もう目を背けるのやめようかなって思えてくるわ。
「シャンプーとか何か特別なの使ったり、ちゃんと手入れとかしているの?」
「い、いえ。シャンプーは今まで通りのを使ってますし、手入れも特には……」
「それなのにこの艶を保ってるの? 凄いわね、一夏ちゃん。……そうだ」
一夏の髪の毛いいなあ。俺も触りたいなあ。と考えているとふと母さんと目が合った。あの目は……一夏と話があるのか? 母さんの言いたいことがなんとなく分かったので小さく頷いておく。すると、母さんは一夏の髪の毛を撫でるのをやめておもむろに財布を取り出した。そして中から千円札を二枚出して俺の方へと向けてくる。
「和行、これで売店から何か飲物とか食べ物を買ってきて。お釣りはそのままあげるから」
「ああ。一夏は何か飲みたいのとかある?」
「私はお茶でいいよ」
「私は紅茶ね」
はいはい、わかったよと返しながら俺は母さんからお金を受け取り、一旦病室から出ていく。売店でコーヒーでも買って飲もうかなと考えながら売店がある一階へと階段を使って降りていくことにした。
和行が売店へ買い物をしに出て行ってしまった。必然的に俺は八千代さんと一緒の部屋に取り残されたことになる。
……どうしよう。何を話したらいいのか全然わからない。どうしたらいいのか考えあぐねていると八千代さんがニコニコしながらこちらを見てきた。なんだろう、嫌な予感がする。経験則から言って、八千代さんがこういう顔をするときは大抵こちらが困惑してしまうような話題を出してくるはずだ。
「ねえ、一夏ちゃん?」
「は、はい。なんですか?」
「和行のこと、好き?」
へ? 和行のこと? まあ、そりゃあ好きですけど。あいつ、基本的に良い奴だし俺の味方で居てくれるって言ってくれたし。あいつが近くに居てくれたお蔭で俺が女の子の体になってもやってこれた訳ですから。それに今の俺の肯定してくれたし。
俺がそう答えると八千代さんは「女の子になってもそういうところは変わらないのね」と口にして呆れたような疲れたのような表情をしていた。少し前にも和行に似たような顔をされたことがあったけどなんなんだ? 俺、何か間違ったこと言ったのか?
「違うのよ、一夏ちゃん。私が聞いてるのはそういう意味じゃなくて――もういいわ、話題を変えるわね? 彼氏を作る気はある?」
……え? か、彼氏?
「あの、八千代さん。私、男ですよ?」
「今は女の子でしょ。和行は男に戻れる可能性があるって話してたけどもしそれが駄目だった場合、一夏ちゃんはどうする?」
先程までの温和な表情とは違っていつになく真剣な目で俺を見てくる八千代さんに俺はどう答えるべきか悩んだ。
もし戻らなかった場合か……以前和行にも尋ねられた時は本当にそこらへんのことは良く考えていなかった。あまりにも突飛なことでこれは夢なんじゃないかって思っていたから。でも、和行に元に戻る可能性があるって話を聞いて以来戻れるなら戻りたいと考えるようになっていたからか、そんなことは忘れてしまっていた。もし束さんが嘘を付いていたとしたら俺は一生女性のままになる……。そうしたら、俺は女性じゃなくて男を好きになる必要が出てくるんだろうな。でも、正直男を好きになれるのかわからない。だって元は男だったわけだし俺。そう簡単に気持ちの切り替えできるか自信がない。
でも、和行ならそういう関係になってもあまり抵抗はないかなあ。他の男は絶対に嫌だけど。それに和行と一緒なら自分は別に女のままでも別にいいかなって思えるし。
「わかりません。でも、和行なら大丈夫かも」
「理由は?」
「いえ、理由はないですよ。ただ和行の傍に居ると毎日が楽しいし、胸がドキドキしたり、声を聴いていると落ち着いたりできるんで他の男よりはいいかなって」
「……自覚はしてないってことね」
八千代さんが遠い目をしながら何か呟いていたがどうしたのだろうか。俺、また変な事言った?
「一夏ちゃん。ちゃんと自分の気持ちに気付いてね」
「え? は、はい」
俺は八千代さんが言っている意味が解らず、とりあえず返事だけはちゃんとすることにした。自分の気持ちって、俺は正直に自分の気持ちを自覚しているつもりなんだけど……。うーん、よくわからん。俺が頭を悩ませていると八千代さんは「そういえば……」と思い出したかのように言葉を溢していた。
「ねえ一夏ちゃん。よければ最近の和行の様子を教えてくれない? あの子ったら、こっちの心配ばかりして自分のことをちっとも話さないのよ。ねえ、お願い?」
八千代さんが両手を合わせて頼み込んできた。おい、和行。自分が学校とかでどうやって過ごしているのかくらいは八千代さんに伝えろよ、全く……。
八千代さんの願いを無碍にするわけにもいかないので、俺は和行がここ最近どうやって過ごしているのか。特に俺が女の子になって今に至る辺りを重点的に話すことにした。なんだろう、自分でも不思議だけど和行のことを話していると妙に饒舌になっている気がする。八千代さんも軽く引いているくらいだし。
和行が自分のために女の言葉の特訓をしてくれたこと。学校で変なクラスメイトから守ってくれたこと。いつも俺のことを何かと気に掛けてくれていること。そして、和行が風邪を引いたことも話した。
「え? 和行ってば風邪を引いたの?」
「ええ。その、私が学校を出る前に空の様子をちゃんと見ていればもしかしたら風邪なんて引かなかったかもしれないんですけど……」
「それは一夏ちゃんの所為じゃないわよ。……和行にも同じことを言われた?」
俺は無言で頷き、肯定した。やっぱこういうところは和行に似ているなあ。もちろん相合傘をしたことも話しておく。……今思うとあれって物凄く恥ずかしかったな。でも、近くに和行が居て良い匂いがしたしあれはあれで良かったかも――って、俺何言ってるんだろ? 疲れてるのか?
あれ、八千代さんが驚いた顔をした後に何かにやにやし始めたぞ。……また嫌な予感がしてきた。
「ふーん、あの和行が相合傘をするとはねえ……これはひょっとすると相思相愛になるのかな?」
また八千代さんがよくわからないことを言っている。うーん、本当になんなんだろう。なんかこう、言葉にできないもやもや感がするんだけど。
「で、その後はどうなったの?」
「私が看病しました。泊まり込みで料理を作ってあげたり、辛そうだったから食べさせてあげたり、体を拭いてあげたりしました」
「――え? それ本当?」
「は、はい。本当です」
すると今度は「さっさとくっ付いちゃえばいいのに……」とか言い始めた。……本当になんなんだろう。心のモヤモヤが取れないんですけど。頭を悩ませていると部屋のドアが数回ノックされて和行の声が聞こえた。やっと帰ってきてくれたという安堵が俺の心に広がっていく。
あ、流石に俺が躓いて和行を押し倒したような形になったあの事故のことは言ってないから。俺もあれを口にするのは恥ずかしいし……。あの時は本当に心臓が破裂するんじゃないかっていうくらい胸がバクバクしてたんだからさ……。
「じゃあ、お喋りはここまでね? あ、和行にはこのことは内緒よ?」
「わ、わかりました」
八千代さんはウィンクしながら俺にそう言ってきたので、俺は了解の返事をした。……この人本当に子持ちかよ。前から思ってたけど仕草の一つ一つが完全に二十代とかのそれだぞおい。俺がそんなことを考えていると和行が部屋の中に入ってきて、俺にペットボトルのお茶を手渡してくれた。八千代さんと話してたから喉も乾いたしありがたいぜ。
オリキャラは今のところ主人公のママンだけです。