ノーゲーム・俺ガイル   作:江波界司

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彼はまだ見ぬ未来の一端を知る

「まさか正面玄関すっ飛ばして正面眼前に来るとは思ってなかったわ」

 面白いものでも見るように笑う彼女。妖艶な美しさを持つ獣人種(ワービースト)、巫女は目の前に転移して来た俺たちを見てもなんら動揺は見せなかった。

「で、どうしたん?」

「あんたが呼んだんだろ」

「やっぱりわかるか。なんや早すぎて面白くないなぁ」

 俺に渡された巫女さんからの手紙。手短に要件をまとめたそれの真意は、頭文字を縦読みすればいいだけの単純なものだ。そのくらいなら普通に書いてもいいだろうに。

「“あてのとこへ”、でしょう?だから来たんだが」

「そうやね。ああ、深い意味はあらへんよ?ただお話したかっただけやから」

 そういった巫女はジブリールの方へ目を向ける。彼女もそれで察したらしく、前に借りた部屋で待つと言って姿を消した。そういえば行ったことのある場所なら自由に移動出来るんだったな。

 ハァ、とため息を吐いて緊張しているかもしれない心に落ち着けと呼びかける。彼女の方を向いて、平静さを装いながら口を開いた。

「要件は?」

「だからお話。あんたが盟約を使ってまで漕ぎ着けたことを、あてもしたいってこと」

「いづなとのそれはそうだが、あんたとの対談はほとんど強制だった気がするぞ」

「はは、それもそうや。なら、今度もそうするわ」

 そうか、と言って胡座をかいて座る。別に威嚇とか見栄とかの意味はない。本音同士で、とは行かないだろうがそれなりの誠意のつもりだ。暗にこちらは対話の意思があるという。

「さて、何から聞こうかねぇ」

「決まってないんですか」

「んーそや、まずはこれからかな」

 何やら意味深な笑みを浮かべる彼女は俺に問う。

 

「あんたの目的は、果たせたん?」

 

 目的、俺の目的。俺がしたかった事、狙った事。それを彼女がどこまで理解しているかは分からない。仮に俺の全てを見据えていたとしても、そうでなくとも俺が言うセリフは変わらなかっただろう。

 

「何のことですか?」

 

 とぼけんでもええのに。巫女は全てを知っているように応える。だが彼女が明言するまで俺もこちらの手札を見せるつもりはない。たとえゲームは終わっているといっても、彼女を信用する理由は俺にはないのだから。

 話す気がないと悟った彼女は、俺に代わりとばかりに言い出した。

「今回のあんたの行動の目的、それは“いづな”や」

 なんとも抽象的で具体性な意味を全く持たないその言葉を聞いた俺は、これ以上の拒否に意味はないと悟る。

「まぁ概ね達成ですかね」

「それは良かった」

 本当に無邪気というか混じりのない本心からの笑みを見た気がした。すぐに気持ちを切り替えるように彼女はまた俺の目を見る。

「そうなると、あてへの質問は何の意味もなくなった、ってことやね」

「そうでもないですよ」

 あくまであれは保険でしたから。言った俺自身に、いつかのような感情が向く。俺は空と白の実力を知っていたし、信じていた。だがそれでも俺は最悪の方向へと準備を進めた。読めない未来を危惧して備えをすることは悪いことではない。むしろ賢いといえる。

 だが俺のそれは、どうしようもない人としての汚さを帯びている。

 確率的にも問題のないことですら、俺は最後まで信じていない。その事が、俺の弱さではないかと、心のどこかでそう思う自分に、また理性が言い訳を言う。臆病でも救えるものはあると。

「まぁできたゆうならそれ以上いう気は、あてにはないよ」

「そうですか」

「あ、そや。あんたからはまた一本取られたんやった」

「人聞き悪いですね」

「実際その通りやし仕方ないやろ」

 巫女さんの言うのは、どうやら俺が前に来た時言ったことについてらしい。

「『そっちの手札は天翼種(フリューゲル)』か。今考えるとすぐにでもわかるもんやな」

「俺からしたらバレなくて良かったと思いますよ」

「確実に気付いたんは、あんたらがゲームに勝ってからや」

 ついさっきか。視点が変わるだけですぐに分かるようなものなんだし、仕方ない面もあるな。いや、というよりは後付けか。

「それにしても……あんたはやっぱりおもろいなぁ」

「どこがですか」

 この人、本気で言ってそうだな。いや勘だけど。そう思っても仕方ないような笑みをさっきから彼女は浮かべているのだから。

 

「あんたは、あてに似てるからよ」

 

 困惑、せざるを得なかった。到底彼女が何を言っているのか理解出来なかった。似ている?俺と巫女さんが?一体どこをどう見たらそうなる。俺と彼女を比べたら、恐らく十人中九人が似てないと答えるだろう。だがその例外の一人である彼女は、一般論をねじ曲げてでも言う。似ていると。

「どこがですか」

「目、やね」

「は?」

 思わず声が漏れてしまった。いやいや無いだろ。あんたの色艶のある目と俺の腐った目のどこが似てると?

「今のあてに、やないよ?昔のあてや」

 昔?一体巫女さんの過去に何があったんだ。何をすればこんな腐った目になるんだ。ぜひ聞いていみたいものだ。ただ、それも俺はあまり望まないが。それはトラウマ級の黒歴史であると、俺なら推測できるからな。

 しかし彼女は、それを語りたいのではないかと思う。空の作戦通り動くなら、この先彼女と話す機会は少なくない。偶然でも何でも、彼女が今この時を選んだのにも理由があると思う。ならば、俺は一歩だけ、その小さな間合いだけ、触れるか触れないかさえ分からない距離感を縮めてもいいのだろうか。

「あんたを見てると、まるで前の自分を見てるみたいに思えてくるんよ」

 なら、俺は最大限の礼を払おう。俺らしく、いつも通り、皮肉混じりに無関心を装いながら。

「俺はそんなに優秀な指導者の目をしてたのか」

「いやいや、そんなんやない」

「なんか傷付くな」

「はは、よぉ言う。あてが似てる言うた目は、そんな大層なもんやない」

「東部連合最高権利者に似てるのにか?」

「だから昔の、や。あてが半世紀でこの東部連合を創ったのは知っとるやろ?」

 頷く俺を見て彼女は続ける。何かを懐かしみながら、時折何かを悔やむようにしながら。彼女の言う、昔の巫女の話を彼女は語る。

 

「あては東部連合を創った。その過程は、今話せるほど軽いもんでも、語れるほど綺麗なもんでもない。たった一回の負けもなく進むなんて無理や。欲しいもんのために、あては持ってるもんを捨てた。賭けて、失った。今思えば、それが惜しいことをしたっても言える。けどあん時のあてにはそんな考えはなかった。ひたすらすべき事をやって、必要なら何でも使って、欲しいもんを求め続けた。そんなある日な、ふと池に写った自分の顔を見たんよ。目を見たんよ」

 

 半世紀に渡り戦い続ける獣人種(ワービースト)のために、ある意味戦い続けた彼女の過去。その小さな一欠片を俺は今知った。その結論が、俺と彼女の似ている理由になるのだろうか。

 

「見えたその目は、腐っとったよ。醜いほどに、汚らわしいほどに濁っとった。そこでようやく気付いた。あては何して来たんやって。大事なもん得るために、少ししたの大事なもん賭けて何になるって。やからあては慎重さを、ある意味やっと真の意味で手に入れた。用意周到とか安全策やない、本当の慎重さ。それまでのあては、生き急いでなんかもしれんて、今なら思える」

 

 過去の彼女の目は腐っていた。それが、俺と同じように?聞いてみても分からない。俺と彼女は似ていないし、多分俺の目と彼女の目も似ていない。それは同類であって同種じゃない。

 目指す辛さ故にできたそれと、弱さ故にできた俺のものでは本質が違う。

「俺はそんな壮大な人生は送ってないですよ」

「そやろな。こんな人生他に送るようなんもそうはおらへん」

 やけど、と呟く巫女の表情は冷たく、だが敵意もない。排外的でも迫害的でもないその表情は、何かを諭す教師のようでもあった。

 

「あんたの目は、欲の現れや」

 

 欲深だと、そう言いたいのだろうか。私欲に満ちた存在だと、彼女はそう言いたいのだろうか。

 

「どこまでも貪欲で強欲な。それがあんたの今の目。あんたは目的のために手段を選ばん。必要なら大切なものも、それこそ本来生物が一番優先する自分さえ天秤に乗せる。それが効率的で、必要ならあんたは迷わん」

 

 否定は、できない。しかし肯定もしない。それではまるで、俺が自己犠牲の果てに何かを得ようとしているようではないか。それは違う。あれは自己犠牲なんかじゃない。少なくとも俺はそう思うし、そうであって欲しい。あの時俺がとった行動に、犠牲を必要とするだけの俺の私欲は、ない。

 

「そんなの、わかんないでしょ」

「そうかもしれんね、これからは」

「は?」

「あてが言ったあては過去やし、あてが言ったあんたは今や」

 

 意味が分からない。何を言っている。

 彼女は俺が欲深いと言った。手段を選ばぬほど貪欲だと。犠牲をなんとも思わぬ強欲だと。

 なのにそれも今だけで、彼女も過去だったと。ダメだ、本当に分からない。彼女の言葉の意図も意味も、理解できない。

 

「どういう意味ですか?」

「あんたは変われるいうことや、あてがそうだったように。あんたの目は直そうと思って直せるもんやない。それは他人にどうこうできるもんやない。それは自分でどうにかせな」

 

 なら、彼女の言葉も、この時間も全ては無駄ではないか。自分でしかできないことに、他人である彼女が何かを言うのは、どうしようもなく無意味ではないか。

 

「じゃあ、どうすればいいんですかね」

「それはあんたが見つけな。けどそやね、先輩からアドバイスってのも、ええかもね」

 

 コホンとわざとらしい咳払いを入れて、巫女さんは今までになく優しい表情で言う。

 

「あんたが賭けるのは、本当に掛け金にしてええんか、考えな」

 

 印象的な訳ではない。特別な意味を含んだ言葉ではない。

 だがその言葉はいつまでも耳に木霊し、いつまでも頭を巡った。

 

 

 

 




すいません。
これからは週一ペースで更新させていただきます。
流石に忙しいです。
それと時間がなくて今回は短めの投稿です。
巫女さんの過去について、一部自己改変してる部分もありますが、どうか目を瞑って頂きたいです。
感想、誤字報告よろしくお願いします。

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