それだけが唯一のモチベーションです。
感覚だけで時間を測るのは難しい。それが会話をしながらなら尚更だ。
俺と巫女さんが話し始めてどれくらい経ったのかは、時計のないこの部屋で知る術はスマホを見るしかない。流石にそこまで失礼なことをする訳もなく、俺と彼女は世間話にすらならないくだらないことを言い合う。
だが俺はその時間に何かないのかと、言葉で表しにくいものを感じていた。
「本当に、ただ俺と意味も意義もない話をしたかっただけなんですか?」
「なんや異議もうされたな。ほんに疑り深いね」
「そりゃそうでしょ。相手さんの本丸にご招待されて警戒しないわけがない」
「そうやね。でも、ちょっと緊張しすぎやよ?口調が崩れとるもん」
おっと、俺としたことが。
まぁそれはいいとしてもだ。この長いような短いような不思議な時間と会話が、意味あり気に思えて仕方ないのは事実。巫女さんが俺に言った全ての言葉が、頭の中で巡っているのも、事実だ。
「俺はこの対談に意味を見いだせないんですよ」
「心配なん?」
「何がですか?」
口角を小さく上げて笑う彼女。巫女さんは面白がるように答えた。
「いづなのこと、やよ」
心配、はしていない。いづなのことについては解決している。少なくとも、俺の中では。空たちがいるし何も問題はないだろう。
「それについてはさっき話したでしょう」
「そやね、あんたがいづなに気があるっちゅう話しやった」
「してねぇよ、そんな話」
「ハハ、いんや、半分は冗談やよ」
「半分本気なのかよ」
「あんたはいづなに気があるんはほんとやろ?」
「俺はロリコンじゃないです」
ロリコンの意味は伝わってはいないだろうが、どうやら真意は分かったようだ。巫女さんはふむ、と手を顎に添えた。
「だとすると、あんたの行動が一気に分からんくなるなぁ」
俺の行動とは、具体的にはここ数日の事だとは思うが、それが分からなくなる?
「どういう意味ですか?」
「ん?いやな、あんたがあてのところに初めて来てから今まで。その全部の行動理念は、あんたがいづなに一目惚れしたとかやからだと思ってたんよ」
それはまたすごい勘違いだな。
「やけどそうやなくなった。だとしたら分からない。なんであんたがいづなの為にあそこまで行動したんかがね」
まぁ確かに。俺のこれまでの行動を振り返ると、それはそれはおかしなことをしてる。
「ほぼ単独で敵の本丸に丸腰で挑んで、ボスを騙して実質利益なしで帰ったからな」
「それもある。でも、もっとおかしいんは、あんたが負ける可能性も含めて布石を打ったゆうこと」
巫女さんの言ったことは、大元はあっている。あれを布石って言うのはちょっと疑問だが。
俺は巫女さんに、いづなの今後についてある種お願いをしたことになる。それは言い換えればいづなが東部連合に残り、ひいては俺たちエルキア陣営の敗北を意味するのだ。つまり負けることも配慮して動いている。相手に手の内を見抜かれるリスクを負ってまでだ。
「それを全部恋愛観で語られるのは、ちょっとやり過ぎだと思いますけどね」
「だからあては、あんたの目が根拠やと思ったんよ」
納得だな。俺の腐った目を貪欲さの証拠と彼女は定義したのだから。
「理由が聞きたいとかですか?」
「なに?教えてくれるん?」
別に隠すような事じゃないしな。減るもんじゃないし、悪くてもせいぜい俺の評価が下がる程度だ。
「ええ」
「んじゃあ聞かせてもらうわ」
「俺がいづなにこだわったのは、戦力として勧誘しやすかったから、ですよ」
クズすぎるその答えに、なぜか巫女さんはポカーンとしている。もしかしたら初めてこの人の虚をつけた瞬間かもしれない。しばらくはその硬直が続いた。
どうにか機能を取り戻した彼女は、なぜか笑った。どうしよう、壊れたのかな?
「えっと?」
「フフっ……いや、すまんね。やっぱり、ほんに面白い子や」
未だ堪えるように彼女は笑う。なんかここまで来るといっそ清々しいくらいの笑われ様だな。クラスメイトから笑われたのとは違って不快感もない。
深呼吸を繰り返して巫女さんはようやく落ち着く。まだ顔は笑ってるけどね。
「はぁ笑った笑った」
「どうやらウケたようで」
「もうちょっと話してたいところやけど、そろそろ本題かね」
本題?それを聞こうと口を開く前に、既視感のあるそれが目の前に起こる。
「転移か」
「よう、八」
俺の問いに答えるが如く、目の前に空と白、ステフと、いづなといのも現れた。
「いつの間に呼んだんだよ」
「話し方はなにも一種類やないゆうことよ」
ああ、
現れた空と白は一心不乱に巫女さんを写真として保存している。何してんだこいつら。
「さて役者もそろたし、まずは言わせてもらおか。――ほんにようやってくれたな、ハゲザル」
笑顔ではあるが、その声は威圧感の強い敵対的なそれだ。俺との対談はあくまでも個人的なものであって、今の彼女は東部連合の巫女として俺たちに向かっているってことだ。
「随分早いな。まだどこも動く前だってのに、どうしたんだよ?」
「惚けんでもええ。あんたらが
「な!?」
驚きの声を上げたのはいの。彼からしたら、
「エルヴン・ガルドはともかく、どうやってアヴァント・ヘイムの動きまで察知したんだ?まさかほんとに心読めんの?」
「そこの目の腐った子が教えてくれたんよ」
「おい」
なんでバラすんだよ。やめて、視線が痛い。特にステフの裏切り者を見る目が。
「ならば、あの時
「そう、このことを指しとった言うことやね」
この場で巫女戦初陣(?)を知る一人のいのはようやく理解出来たようだ。現状、彼ら東部連合に逃げ場がないことに。
「流石に二大勢力相手に手札バレてちゃ、ゲームで勝ちようもないだろ」
「ソラ、一体いつからこんなことを?」
「ステフ、だから言ってるだろ?ゲームは始まる前に決着は着いてる」
これで本当の意味での“チェックメイト”ということだろう。ゲームはあの時既に終わっていた。
「で、どうするんだ?巫女さん」
空はいつも通りの余裕たっぷりの顔で問う。対する巫女は、意を決したようにこちらに目を向け、口を開く。
「もちろん、即刻リベンジさせてもらうわ」
これが東部連合に残された唯一の道。逃げれないのなら、後ろがないなら進むしかない。背水の陣どころか死に物狂いの陣。後に引けない、そして文字通り東部連合との最終決戦。
場所は建物の前、その通路となる。
ゲームは挑まれた方が決定権を有し、そのフィールドも自由に選べる。きっと空ならこの場所選択にも意味を持たせるはずだ。
「いい加減読み合い探り合いに疲れてんだ。手っ取り早く、これで決めよう」
空が取り出したのは一枚のコイン。そして空が提示したゲームは、すなわちコイントスだった。
ゲーム内容が発表され、聞いた巫女さんは、高らかに笑った。
「どうした?」
「いんや、ただな。あての半世紀が、あての半生の結晶が、まさかコイン一枚に運命を託すと思うと、おもしゅうてな」
「そいつは結構。それで?」
「もちろん引かんよ?そのゲームに乗る」
OKと答えた空はコインを面が見えるように持つ。コインを放って、それが落ちるまでに裏か表かを巫女さんが決める。空たちは選ばれなかった方に賭けるというルールだ。
「あての要求は、
巫女さんの要求は合理的であり、現実的だ。そして堅実ともいえる。
現状東部連合がエルキア陣営に要求できる最大限度と譲歩であり、大陸資源、ひいては人材を戻して大陸を奪い返す準備が出来ることになる。
「流石だね、巫女さん」
空もそれを分かっているらしく、満足そうな笑顔を見せる。この場に来ても尚、彼はゲームを楽しんでいるのだ。
「こっちの要求は東部連合のエルキア併合な?」
「ああ、ええよ。ただ、一つ注文してもええ?」
「ん?」
「もしそっちが勝っても、民を無下にしないと誓ってたも。たとえ種のコマを手に入れてもや」
巫女の願いは、優しく慈愛に満ちたものだ。だがどうやら空はその答えには不服があるらしい。もちろん頷きはしたが、決して良い感情は伺えない。
「まぁなにはともあれ始めようか。世界一物騒なコイントスを」
空の問いかけに巫女も頷き、白も含めた三人は宣言し
「「「【盟約に誓って】」」」
今コインが宙を舞う。
だがそれに目を奪われた者は少ないはずだ。なぜなら目の前に、『血壊』を発動した巫女がいたからだ。赤い模様はいづなの時と変わらないし、まず間違いない。彼女もまた希少個体であり、物理限界を無視できる超身体能力者なのだ。
俺たちの体感時間ではほんの一瞬。恐らく彼女にとってはその何倍もの速度で思考されたものだろう。
「裏や」
まだコインが頂点へと向かう最中、彼女は結論を出す。『血壊』を解いた巫女は少しばかりだが息を大きめに吐いたように見えた。
そして、数十万の人種、種族の行く末を決めるコインは今物理法則に則り、自由落下と共に地面へと向かう。
コインは真下の石で跳ね――なかった。
表裏一体のそれは、敷き詰められた石の間に挟まり直立する。
「…………は?」
そう漏らしたのは誰だっただろうか。その異常な光景には俺も驚きを隠せない。
「いや〜これはびっくりな結果になったな〜」
だが空の棒読みで全てを察した。ああ、こいつ、初めから引き分け狙いか。
「さてさて困った。これは両方勝ちか、両方負けか。どうするよ巫女さん」
「待ちや、両方勝ち言うんは」
「そのままの意味だろ。空たちの要求で東部連合はエルキア傘下に入る。ただし人権やその他諸々は保証されて、資源は互いに活用し合うってことだろ?」
「解説ご苦労八くん。つまりこれで東部連合はエルキアに併合されて」
「……エルキア連邦と、なる」
このゲームは不正があった。巫女さんが出した答えは間違っていたはずがなく、そもそもコインが直立したというあの状況は空が作り出したものだからだ。
だがその不正を暴くことはしない。されないし、することがない。なぜなら巫女の出した勝利条件よりも、今提示された引き分けの条件、両方勝ちの条件の方が圧倒的にメリットがあるからだ。
「さてどうする?両方勝ちか、両方負けか」
そうなれば、当然答えはこうなる。
「言わせるんかいな、このイケズ。両方勝ちでええわ」
苦笑と微笑が混じった、それでいて美しい顔立ちで巫女は答えた。そしてここにエルキア連邦が完成し、東部連合との勝負は本当の意味での終わりを迎えた。
と、なぜか袖を引く感触が。左の方を見ると、どうやら犯人はいづならしい。
「八の言った通りだった、です」
小さく控えめに言った彼女は、本当に年相応の可愛らしい子供のようだった。
「何がだ?」
「空も白も、
俺はそうかと言って頭を撫でた。耳を少し揺らしながら目を閉じていたが、不快感を感じているわけではなさそうでよかった。だってこれ無意識だったし。
「よかった、です」
目を合わせているわけでも、心で通じ合っている訳でもないが、彼女の切実な思いはその笑顔と言葉で理解できたと思う。
いや、確かにこれは理解した気になっているだけだが。しかしだ。彼女の笑顔で一つ思えることがある。
俺がやった事も、目的もまた、本当の意味での決着となったのだと。
色々と端折っているかも知れませんが、ご了承ください。
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