ノーゲーム・俺ガイル   作:江波界司

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彼思う故に彼あり

 厨二は卒業している。俺はもう自分を特別だとか、ありえないほどの才能の持ち主だとか、そんな勘違いはしない。それはもちろん、このファンタジー丸出しの世界に来ても変わらない。

 ある神様は、俺に才能があると言った。

 ある兄妹は、俺を互角と表した。

 ある少女は、俺を優しいと誤解した。

 ある女史は、俺を同類と悟った。

 ある幼女は、俺を強いと評した。

 ある女性は、俺を強欲と笑った。

 あるいは、この中に真実はあるのか。だが思う。周囲からの評価は、あくまで多人称視点による独断と偏見によって付けられた根拠のないレッテルでしかない。第一印象、その後の言動、対人関係、親戚関係、性格、性癖。個人を構成するものを、見えるもの見えないもので区別せずに認識して勝手に解釈した暴論の結果論でしかない。

 そんなものに真実がないとは言い切れないが、マイノリティであることは言うまでもないだろう。では、真実はどこにあるのか。

 こんなセリフをよく耳にする。「自分の限界を勝手に決めるな」――指導者から言われることが、特に多い。だがこの言葉には異を唱えるべきではないだろうか。

 自分の限界は自分で決めない方がいい。前を向き上を目指すなら、モットーとしては前向きで向上心のある言葉だ。しかし、では自分の限界は誰が決めるのか。指導者か、傍観者か、保護者か、観測者か――否だろう。

 自分を決めるのはいつでも自分だ。それは孤独とか、身勝手といったものではない。

 個人は、故人なりえるまで一人だ。周囲の言葉や対応から、個の一部が変わることもあるだろう。だがそれは一部であって全部ではない。人の根本が変わることはない。もし根底から変わったのなら、それはもう別人だ。

 生きていく上で何度も選択し決めていくのは、たとえアドバイスや意見を受け入れようとも、そうした行動を選んだ自分の決断だ。自分の限界もまた、決められるのは自分であり、自分しかいない。

 故に俺は決める――俺に才能はない。

 

 何故こんなことを考えるかと言えば、まぁ、ふと思っただけだ。

 空を見てると落ち着くというか、そんな益体もないことを思ったりとかする。そういや、こっちに来てもうすぐ二ヶ月になるのか。早いような遅いような、よく分からん感じだ。

 あれ?俺なんかしてたっけ?あぁ、そうだと思い出してスマホを取り出す。残り時間は10分。準備は、必要かなこれ。大していらないと思うが、一応のため立ち上がって屈伸などの準備運動を行う。

 安全地帯と思って油断し過ぎたな。体固まってる。入念に筋肉を細胞から覚醒させていき、硬直していた体がほぐれてくる。

 勝負は残り数秒。

「ミスれんな」

 あ、これフラグだわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―other side―

 

 

 比企谷八幡が逃げの一手を選択したのは、客観的に見ても正しい。

 エルキア王城を縦横無尽に走り回る影が二つ。正確に表現するなら、廊下を疾走しているのは一人で、もう片方は宙に浮きながら移動する。天翼種(フリューゲル)獣人種(ワービースト)の文字通り人外クラスの鬼ごっこ。その速さはたとえ人類最速を、否、現代世界から速さ自慢のネコ科の哺乳類を呼ぼうとも太刀打ちできないだろう。それでも尚この二人はセーブしているというのは、彼にとっては悲報か。

 さて、共に全力ではなくとも速すぎるその逃避と追尾の攻防は、互いの肌の触れ合いの度に切り替わる。そして同時に、また疾風のごとく二つの影は場内を駆け巡る。

「残り5分、といったところでしょうか」

 DSPを取り出すこともなく、追うジブリールは感覚的な時報を告げる。実際、彼女の告げた時間は誤差にして十秒を切っていた。既に二十分を越える追い合いを繰り広げている二人はその速度を下げることはなく、むしろもう一段階ギアを上げる。

 残りはたった5分、されど5分。いづなは焦っていた。ここまでの攻防で、彼女自身とジブリールにはやはり大きく実力差があることは証明されている。いづながジブリールを捕らえることができているのは、単に遊ばれているからだろう。

 そして当然、そのことに関してはいづなも分かっている。

 いづなは現在、比企谷と結託している。それに伴い、いづなは彼からいくつか策を受け取っている。そのどちらも時間稼ぎが目的のその場しのぎで、さらにその内の一つは一回きりの使い捨て。使えばその後は自分を不利にしかねない諸刃の剣であった。

 彼女は残り時間を考慮し、一つ目のカードを切ることを決断する。

 一直線の廊下を進み続け、やがて眼前には――壁。右折以外の選択肢が封じられる中、いづなは幾度と繰り返したアクロバット走行の態勢に入る。地面を蹴り、壁を蹴り、いづなは進む。

 だがそれは右方向へと伸びた進路へではなく、ジブリールがいる方向。すなわち前方の壁を蹴り、いづなは反発力を応用して鬼のいる方へと進行した。

「なっ」

 当然虚を突かれたジブリールの反応は一瞬遅れる。その刹那のスキを見逃さず、いづなはスライディングの要領でジブリールの下を通過する。

(飛んでるあいつと地面の間は、いづなの速さと大きさなら通れるだろ。油断してたりうまく虚を突ければ、まぁかなりの確率で成功するはずだ。)

 走るいづなの頭には、助言をくれた彼の顔と言葉が浮かぶ。

「八の言う通りだった、です」

 いつか言った言葉を無意識に繰り返して彼女は思う。

(八はやっぱり強ぇ、です)

 彼自身の策の副産物によって、彼の評価はまたいづなのなかで上昇した。もちろん、そのことを八幡自身が知ることはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(してやられましたね。)

 いづなのつぶやきを聞き取っていた彼女はハァとため息をつく。油断したのは自分の落ち度。そしてまだあの男を正しく評価できていないことも、また自分が悪い。

「やるせないものですね」

 心のどこかで否定しているせいで、逆に評価が適切ではなくなる。いやそもそもだ。

(主観が入っている時点で、決して正しい評価なりえない、か。)

 いづなを追いながらも、ジブリールは頭を働かせる。それはターゲットの行動を警戒することもあるが、その傍らではまだあの男のことへとリソースが割かれている。

 姑息な彼ならどんな手を考えるか。読めない彼の思考を読もうとしてみるが、それがすぐに無駄だと彼女は悟った。現マスターの空と互角とは言わなくとも、やはり奇をもって良しとする戦術を推測するのは、難を極める。そんな部分に関しては彼にも力があることは、認めるのもやぶさかではない。

「ですが⋯⋯」

 それがマスターよりも強いと言われることに関して頷くことはできない。

(私はマスターに仕える者。故に負けるわけにもいきません。それに、彼に必要以上の感情を向けることも⋯⋯)

 僅かに浮かんだ邪推を頭を振って振り払う。

 八幡の考え出した策への驚きはすでに消えた。今は自分を戒め、省み、再度理解した自分の立場と目的を胸にジブリールは進む。

 そんな彼女が三度(みたび)驚くことになるのは、残り時間が一分を切ったところでだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 当たり前のことではあるが、ジブリールのトップスピードからいづなが逃げ切れることはない。

 時間も一分を切り、いよいよ本腰を入れたジブリールは今まさにいづなへ手を伸ばした。だが、それに対するいづなの行動は、加速でも回避でもなく――回転だった。

 鬼であるジブリールの方を正面にしたいづなは、慣性に従って進む体へブレーキをかける。伸びたジブリールの手はいづなに触れ、追い追われる関係は交代する。だがいづなはあくまで逃げる態勢を解かない。右足で殺した勢いを別方向のベクトルに変えるがごとく、いづなは走り出す。いづなの行動を見てから動き、ワンテンポ遅れたブレーキをかけているジブリールにタッチすると、いづなはある場所への最短ルートを、許された最大出力で進む。

「差し詰め、“タッチ返し”と言ったところでしょうか」

 これもまた、八幡がいづなへ吹き込んだ策だと彼女は直感した。鬼になった瞬間に即時報復。効率的でルールにも反しない、まさに秘策。

 そう考えたジブリールは、小さく微笑む。

「ですが、これは悪手では?」

 彼女が言うように、これは諸刃の剣。いづなが最後まで隠していた切り札だ。強力故にハイリスク。ジブリールにも使われる危険があるため、残り時間が少ない本当の勝負所でしか使えなかった。

 ジブリールはいづなの後を追う。彼女の背中を視界に捉えたジブリールは、更なる悪手を見る。

 いづなの進むこのルートは、屋上への一本道。逃げ場のない屋外へ逃げるのはまさしく死路。いづながこの二時間弱で城の全容を把握しきれていなければ、特に疑うことなくとどめをさせる。

 だが、本当にそうだろうか?いづなは彼と結託している。であるなら、この手にも意味があるのではないか。

 あの男なら、負けるリスクはとことんまで減らすだろう。このまま屋上に出れば、そこで自分といづなはある種閉じ込められることになる。彼がこのゲームをジブリールといづなの勝負と見ていれば、最後の最後まで一対一の形を作りたいのではないか。

 ここまで考えて、ジブリールは一度目を閉じる。

 たとえこの推測が当たっていようと外れていようと、自分の勝ちは変わらない。もともとこのゲームは自分が有利になるようにセッティングした。八幡を入れることではぐらかしたが、いづなと比べて基本スペックはこちらが上。誰が有利なのかは誰でもわかるだろう。

 階段を駆け上がるいづな。それを追うジブリール。DSPのタイマーは設定に従ってカウントダウンを始める。

 10――屋上への扉を開き、いづなが足場を階段から広場へ変える。

 9――後に続くジブリールは己の推測に従って、他を気にせず一気に進む。

 8――超スピード同士の二人。その片方は振り向き、片方が手を伸ばす。

 7――ジブリールの手の平が肩に触れ、いづなは再度彼女にタッチしてから走り出す。

 6――向かって右方向へ進んだいづなにジブリールはまた右手で触れる。

 5――いづなは下半身でブレーキをかけ、上半身は回転させながら伸びているジブリールの腕に触れる。

 4――タッチを受けた腕とは反対の手、左手でいづなの背中をタッチした。

 3――バランスを崩したいづなを横目に、ジブリールは唯一の出口へと進む。

 2――加速していく感覚の中で、ジブリールは“それ”、否、“かれ”を見つける。

 1――出入口の隣に佇む彼は、もはや方向転換の効かないジブリールへ触れた。

 

 

 ―other side out―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三人のアラームが、ゲームの終わりを告げた。

 判定は難しいが、少なくとも俺は結果を確信している。

 

「私の負け⋯⋯ですか」

 

 よろよろと階段の方からジブリールが現れる。おお、まさか気付かれるとは。

「悪いな」

「いえ、これもまた私の油断の産物。あなたがわざわざ何かを言う必要はありません」

 ですが、とやや不機嫌そうに彼女は続ける。

 

「あえて言わせて頂くと――やってくれましたね」

 

 

 なぜだろうか。言い切った彼女の表情が、少しだけ、ほんの少しだけ笑ったように見えたのは、気のせいだろう。

 

 

 

 

 




伏線って難しい。
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