―ジブリール side―
遥か上空、ではなくむしろ低空を私は進む。高度は木々が進行を邪魔しない程度、速度は彼の走る速さに合わせる。
「タイムキーパーを引き受けた以上、そこは守ります」
独り言に応える者はいない。即席の簡単なものですが、認識疎外の魔法を張っているので当然です。一応驚かせることが無いよう彼にだけは見えるようにはしているのですが、どうやら聞こえなかったようで。
常に彼の周辺を飛んでいるため、私が原因で彼自身の場所が特定されることを避けるための配慮。もちろんこれが無駄なことなのは承知の上。ここにいる全員が魔法で位置捜査をしているのは理解しているのだから。
さて、クラミーは一度体力回復に努めるようですね。ここまで全力で走っていたようですし、不思議ではありませんね。しかし、これからの展開を思うと⋯⋯やはり不利なのがどちらかは明白。
「五分経過です」
私は――私のすべきことをしましょう。
―ジブリール side out―
残り時間は三分を切っただろか。すでに俺はある作戦を決行している。といっても大したものではない。ただ進行方向を湖の方へと変えただけだ。俺の予想では、というか間違いなくそこにはフィーがいる。
わざわざ鬼に向かって走る理由、それはあちらの奥の手を使わせないためだ。有利な場面で切り札を使うやつはそうはいない。確信は持てないが、少なくともこれならぎりぎりまで発動を控えるはずだ。
乱立する木を躱し、視界は開けた場所特有の明るさで照らされる。そして対岸には
湖をなぞるように走る俺を見ながら、一度は正面に見たフィーは俺の行く手に待ち構えるべく走り出した。その速度はクラミーよりも遅く、普通にやったら捕まるはずがない。だが今の俺は後ろから追われ、彼女自身は魔法使い。危害を加えずとも手はあるはずだ。
湖を囲む岸の一辺、三人がほぼ直線で結べる位置まで来たこの瞬間、俺は再び森に入る。木が邪魔で見えはしないが、止まった足音の主はフィーだろう。
さっき俺が見た時点ではすでにフィーは俺に近づくために魔法テレビを消していた。だからこそ、再度俺が森に入れば彼女はまた魔法を使おうとする。――そこがねらい目だ。
距離にして1メートル弱、木を挟んだフィーの隣を通り、また湖の岸へと戻る。
「思ったよりやるのですよ~」
セリフとは裏腹にまだまだ余裕を見せる彼女を見ることもなく、俺は走る。だが、どうやら追っ手は止まったらしい。足を止め振り返ると、息を切らした少女と微笑を浮かべる少女が並んでいる。
「簡単には⋯⋯いかないわね⋯⋯」
「クラミー、大丈夫なのですか?」
「平気よ」
疲れは見えるか、残り時間動くことはできそうだな。それに魔法も考えるといよいよ分が悪い。ここは時間稼ぎに徹しよう。
「双方疲れてんだし、ここで手打ちにしないか?」
「冗談ならもう少し面白いことを言ってほしいものね」
「相方がいないからボケもツッコミも下手なんだよ」
「それは一対二のこのゲームに対する皮肉かしら?」
「俺がぼっちだっていうただの事実だ」
ああ、そうとつまらなそうに返したクラミーは、膝についていた手を上げる。
「息も整ったし、そろそろ終わりにしようかしら」
「おお、引き分けでいいか?」
「何を言っているの?当然、勝つわよ」
どうやらやる気らしい。残り時間は僅かだろうし、なら――来る。
「フィー!」
「行くのですよ〜」
クラミーはまた一歩を踏み出す。だが、それを肉眼で確認できたかは定かではない。
「早ぇっ」
条件反射で森の方に体をズラした俺の横を疾風が通り過ぎる。その風を起こした張本人、クラミーは激しい摩擦と共に地面を抉りながら止まった。
「よく躱したわね」
「備えてたからな」
やはり使ってきたか――魔法による脚力強化。
だが俺は既に弱点を見つけている。
「それが奥の手なら、失敗だったな」
「さぁ、どうかしらね」
森へと走り出す俺と、それを見てから進み出すクラミー。タイミングに差はあれど、その先の道無き道では彼女が俺に触れることができる範囲まで一瞬で詰める。
さっきのスピードを見ればそれは容易に想像でき、ならば当然対策も立つ。
急ブレーキ。俺が進んだであろう目の前を再び風が通る。クラミーが止まったのは目的地から1メートル程の場所だ。
「その速さ、慣れないと使い悪いだろ?」
ここまで一度も使っていなかった加速という荒業。訓練なしで車に乗れないように、強大な力には必ずそういった弱点がある。なにせ宇宙の帝王すらそれが敗因になるのだから。
「確かに、このままだとちょっと難しいかもしれないわね」
弱音ともいえるそのセリフの主は、だが不敵に笑う。
「けど、これが奥の手なんていつ言ったかしら?」
その不敵な笑みがあの詐欺師と重なったのと一瞬の間を開け、それは来る。木が揺れ葉が騒めく音が――正体の分からぬ“それ”の訪れを伝えた。
危険を直感で認識した俺は右方向へ転がり、数瞬前まで俺が立っていた場所を見る。そのすぐ後ろには――フィーが立っていた。
「クラミーにだけ負担はかけさせないのですよ~」
「これでどう?」
やられた――そう思うしかない。そしてなぜ俺はこの可能性を考えなかったのか。未だに俺は、一歩足りない半端者ってことか。
相手は一瞬で間を詰めてくるスピードがあり、人数も二人。残り時間は?少なくともあの二人が俺を捕らえるには十分な余裕があるはず。まさしく、大ピンチ。さすがに二人を同時に躱すなんて技量は俺にはない。それにフィーはクラミーよりも制御がうまく、方向転換も簡単にこなすはず。恐らく俺が見ていないところで練習していた。もしくは既に経験済みだったか。
やばい⋯⋯まじでどうしよう。
「⋯⋯おまえら、勢いあまって俺をふっとばすなよ?」
「降参のつもりなのですか~?」
「いいえ、ただの時間稼ぎね」
やっぱダメか。白みたいに正確な時間を頭の片隅で数えられればいいんだが、そんな離れ技は習得してないし。いや、ほんとに白ができるかは分かんないんだけど。
走り出す準備を整えた二人は俺から目を離す素振りを見せない。この場面でも一切の油断はなく、そして今――決着がつく。
「これで終わりよ!」
目で見てからでは間に合わぬ速さ。瞬間移動と錯覚するほどの現象が目の前で起こり、いたはずのクラミーを見失う。
――否、これは⋯⋯本当の瞬間移動。
目の前にいたはずの人物は視界におらず、その代わりのようにただ見渡す限りの湖が日光をキラキラと乱反射する。
「なにが⋯⋯」
零してから数秒の後、対岸に鬼の二人が姿を現す。そして
「十分経過、ゲーム終了です」
理解が及ばぬ超常現象のなか、彼女は俺の勝利を告げる。
「反則よ!」
魔法を解かずに近づいてきたクラミーとフィー、上空のジブリールが集まり開口一番、クラミーは異議を申し立てた。
「なんのことでしょう?」
「とぼけないで。最後の、あなたの転移でしょ」
「ええ、そうですが。何か問題が?」
「大ありよ。なんであなたがゲームに参加してるの!」
「なぜと聞かれましても。もともと最初から私はこのゲームへ参加していましたと、それ以上は説明しようがございません」
「だから、なんでプレイヤーじゃない審判のあなたが、魔法でハチをサポートしたのって聞いてるのよ!」
テンションが天と地ほど差がある二人の口論は続く。まぁうすうす分かってきてはいるんだろうけどなぁ、とくにフィーは。
「はて、私がいつ“審判”を引き受けると言ったので?」
「えっ?」
「私は時間の計測をするとしか明言していません」
「そ、そんな」
屁理屈だな。だが文句が言えないのも事実、悪いのはルールを決めたクラミー自身だ。
「クラミー、お前一度もジブリールの魔法は禁止なんて言ってなかったろ」
この鬼ごっこは魔法の使用があり。それにたとえジブリールが審判を務めたとしても、彼女自身のゲームへの干渉を禁止していないためどっちみちだったな。
「てかフィー、お前ゲーム開始の時点から気付いてただろ」
「そうなの!?」
「当然なのですよ~。でも、まさかそこの
「こちらにも都合があるので」
「先に言ってよフィー」
「ごめんなのですよ、クラミー。でも、早く終わらせた方がいいと思ったから言わなかっただけなのですよ」
「それは、そうだけど」
実はこいつら忙しかったのか?ならなんでゲームなんぞ。
「私たちはこれからやることがあるわ」
「そういや、なんか空に頼まれてたな」
東部連合とのゲームの後、クラミーたちは一度空たちのところを訪れていた。そのときフィーの記憶を一部改竄し、エルヴン・ガルドに伝わる情報を操作したのだ。これによりあちらが攻めてくることはなく、来ても罠にはめて返り討ちにできるという作戦らしい。
どうやらそのとき、クラミーは空から何かを頼まれたらしく、彼女もそれを遂行するつもりらしい。
「だから当分会えなくなる。コミルの実も、ここまで取りに来ていいわよ」
はい、三日分のといってクラミーはコミルの実が入ったかごを差し出した。俺は短く礼を言ってそれを受け取る。
「では目標達成ということで。約束、忘れていませんね?」
「記憶力は良い方だ。白ほどじゃねぇけど」
ジブリールが転移の準備に入り、やがて別の場所へと空間を無視して移動する。
―クラミー side―
「クラミー、なぜ二日分なんて嘘をついてまでゲームをしたのですか?」
彼らが姿を消したのを確認し、フィーはそんなことを聞いてきた。
「⋯⋯なぜかしらね」
不思議そうな顔をする彼女を見て、私は自問自答を始める。
「⋯⋯あんまり、私こういうのは信じないんだけど」
勘とかそういった根拠のないそれ。信憑性もないし、それが理由だとは言いたくないんだけど、そうとしか言えない。
「なんだか、そう思ったのよ――多分、もう彼とは会えないって」
自分でも不思議なのだ。でも、どこかで根拠のないそれを確信している自分がいる。
「しばらくは無理でも、機会はあると思うのですよ」
彼女が気を使ってくれているのは分かっている。だからそんな親友の思いは無下にしない。
「そうね。大丈夫、ただの私の気まぐれよ。行きましょ」
「はい、なのですよ」
そういえば言いそびれてしまった。もう届くことはないし、言おうとも思わない。だから、声も文字もいらない。
たった一言、心の中で。
――さよなら、ハチマン。
―クラミー side out―
転移先はキッチン。どうやらさっさと
あ、鬼と言えば。
「ジブリール、最後のは助かった」
「勘違いをなさらぬようお願いします。私が動いたのはあくまでマスターのため。あなたが負けるとマスターも分のコーヒーがなくなってしまうので」
「なにお前、ツンデレ?」
「一思いに死にたいとのことでしたらお手伝いしますが?」
「なにお前、詰んデレ?」
むしろヤンデレか。いやデレてない。
まぁいいや、とにかくさっさと三人分作っちまうか。自分で言うのもなんだが、俺は慣れた手つきでマックスコーヒーの制作にかかる。
⋯⋯まぁそれはいいんだけどさ。こいつどうした?ここから動く気配が全くないんだが。それに、
「お前なに笑ってんの?」
「嘲笑という言葉をご存じで?」
「傷つくからそういうのはやめろよ」
めっちゃいい笑顔で嘲笑ですって、どんだけ表情筋豊かなのこいつ。てか満面の嘲笑とかいつ誰に使うんだよ。今か、そして俺にか。
ほんと、ブレねぇなこいつ。
マジック鬼ごっこ編(勝手に命名)終了。
遅くなって申し訳ないです。
感想、誤字報告よろしくお願いします。
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