コーヒーを作る時、大切なものはなにか。
今俺が制作しているマックスコーヒーは甘い。故にコミルの実がないと完成しない。料理で大切なのは愛情なんてことを言うやつもいるが、違うだろ。確かにそれも一つには数えられるが、それ以前にあるのが――原料だ。
コーヒー豆なしにコーヒーは作れず。シチューの具材にルーを入れたらカレーになるように、主役なしに作品は完成しない。
故に、今必要なのはその主役になりえるそれであり、だからこそこの要求は正当と言える」
「それで、今すぐ城のキッチンに送れと?」
腕を組んでなぜか不機嫌そうに返したジブリール。数分前まで笑ってたのに(嘲笑だけど)、秋の空とか比べ物にならんほど移り変わるなこいつ。
「いや、もともと俺の分しか作る予定がなかったし」
とにかく仕方ないのだ。最近はほとんどこちらのキッチンで作っていたが、メイドさんたちが買ってきているコーヒー豆の貯蓄は城の方にあるのだ。俺の都合上ここにある量では空と白の分までは作れそうにないのだ。
「作れて一人分だ。仮にこれを持っていっても空達のどっちかに我慢してもらうことになるぞ」
「斬新な脅迫ですね」
まぁあいつらなら一本のコーヒーを分け合うと思うけどな。
納得してはくれたようで、ジブリールの転移によってキッチンからキッチンへと移動した。
で、え?なにこれ?
「腹減った⋯⋯です⋯⋯」
なぜか大きめの台に寄り掛かる様にうなだれている
「なんでいづながここに?」
「はて、確か実を取りに行っている間に昼食を頂いていたはずですが」
いづなに聞くと、どうやらこの状況は彼女自身が招いたことらしい。
「じいじが忙しそうだった、です」
現在いのとステフはどっかの貴族とゲームをしているらしい。いのがステフの手助けのような役を担っているらしく、いづなもそれを先ほど知ったとのこと。いづなは
「それでここまで来たのはいいが、結局食いものを探せなかったと」
「というより気を遣って手を付けなかった、といったところでしょうか」
元気皆無なのは空腹故か。
「簡単なものなら作れるが⋯⋯」
「ほんとか、です!」
おお、すげぇ食いつき。作れるのは事実だが、その前にか。
「ジブリール。多分街の方に買い物に行ってると思うから、メイドさんたちに食材使っていいか聞いてきてくれ」
「ほう、一体どんな権限を使って私に命令を?」
「お前が聞きに行ってる間に空達の分作っとくから」
「交換条件になっていませんが。では、私が戻ってくるまでに完成していなかったら罰ゲームを」
「別にいいが、逆もあるからな」
「承知いたしました。では」
一瞬にして目の前から彼女が消えた。さてやるか。
「いづな、全速力でコーヒー豆を取ってくれ。早ければ早いほど飯が早くなる」
「わかった、です」
返事を聞くと同時、室内に疾風が吹き荒れる。俺がしっかりとホールドしていたコミルの実と一人分の完成品が入ったポット、以外の軽めのものが宙を舞った。そして、それらを全て空中でキャッチし元あった場所に戻しながら、いづなが俺の目の前に現れる。
「これか、です」
「おお、さんきゅ」
全速力、『血壊』を使った彼女はコーヒー豆の入った瓶を俺に手渡した。俺は左手に持っていたポットをテーブルに置き、彼女からもらった瓶のふたを開ける。
「そういやいづな、なにが食いたいんだ?」
「ハァ⋯⋯ハァ⋯⋯さかながいい、です」
「了解」
血壊を解除したいづなは、また力なく調理台に寄りかかった。
貯蔵庫を見る限り、マグロ大の魚が一匹見つかった。さてさて焼くか煮るか、それとも刺身か。
「流石に全部は食っちゃ悪いか」
「いえ、許可は得ました」
あれ?なぜか魚を見ていたはずの俺の視界には笑顔の
「お、おかえり」
「ただいま戻りました。魚は全て使ってよろしいそうです」
ずいぶん太っ腹だな。まぁ買い物の途中なら追加で買えば問題ないか。
ジブリールの話では、メイドさんたちは俺の推測通り買い出しに行っていたそうだ。ステフのしているゲームは一時に終わる予定らしく、それに合わせて食材の仕入れをしてるとのこと。効率を含めて全員で出たんだろうな。
「それで、いかがですか?」
「ん?なにが?」
知らんぷり、ではなく二人分のコーヒーを差し出しながら応える。早い話、完成していたのだ。今の俺なら計りなしでも及第点の比率で作れる。
「これで俺の勝ちだな。別にゲームはしてないけど」
「ちっ⋯⋯」
あの、ジブリールさん?なんか舌打ちが聞こえましたよ?こいつどんだけ俺に罰ゲームさせたかったんだよ。んでなにをさせる気だったんだよ。
「じゃあ罰ゲーム、って訳でもないが、これさっさと持っていけ」
「それはそのつもりでしたが、あなたは行かないので?」
「いづながもう限界だからな」
親指で指した方を見たジブリールはあぁ、となにかを察したように零す。いづなたん、しおしおだな。飯を作ってやる約束だし、今
「空達に用事はあるが、まぁ今度でいいし」
「左様で」
ポットを受け取り、転移の際の余韻を残しながら彼女は消えた。テレポートにも慣れるもんだな。
「さて、いづな。魚料理はなにがいい?」
焼く煮る蒸す刺身。俺ができる範囲の調理法の提案に対しいづなは――
「全部、です」
元王室。正確にはまだ王室だが、現在ステフが自室として使っているためこう表現させてもらった。
さて、その部屋の奥のさらに奥。隠し部屋と呼ぶに相応しいこの小室。そんでここはステフの爺さんが残した資料が隠されていた部屋でもある。
「満足か?」
「八の料理うめぇ、です」
そいつはよかった。焼き魚を頬張る幼女を横目に、俺は本のページをまた1ページめくった。この部屋にいづなを連れて来てもいいものかと一瞬考えたが、多分こいつ
クラミーからもらったコミルの実は三日分、いや三日弱分。三日⋯⋯か。過ごしてみればすぐに過ぎてしまうような時間。長いようで短い、そんな期間。――そろそろか。いや今日は疲れたから休むけど。
とりあえず欲しかった情報は手に入ったので、本を閉じて棚へと戻す。
「八。これからなにするんです?」
一瞬、全身に力が入ったのを自覚した。
落ち着け、
「あーそうだな。時間も時間だし、ステフ達の様子でも見てくるかな」
空になったカップを持って立ち上がり、部屋の出口へと歩み出る。いづなはそれ以降なにも聞かず、自分の使った食器を持って後をついてきた。
使った食器を洗った後、昼食をとっているらしいステフのところへと向かった。
メイドさんが示した部屋の扉を開けると、一面紙の山。積み上げられた書類と書物の間から、うめき声のような少女の呟きと、それを諭すような老人の声が聞こえた。
「ステフ、いるか?」
「おぉヒキガヤ殿」
「あぁハチですの⋯⋯っ!は、ハチですの!?」
前国王の孫娘、貴族令嬢のステフは、その威厳も可憐さもどこかで捨ててきたような顔をしている。こいつ、その内倒れるんじゃないか?
「大丈夫か?」
「え、え、えぇ、だだだ大丈夫ですわ」
うん、大丈夫じゃないな。
それに食事つっても野菜とハムみたいなやつのサンドイッチだけ、か。別の意味でも大丈夫じゃない。
「いの、何があったんだ?」
「空殿より国政に関して、ほぼ全権を任されたドーラ公は、ここ数日極端に少ない睡眠時間の中仕事を続け、現在に至りますな」
いのは少ないと表現したが、多分寝てないんだろうな。ステフが空に惚れろと命令されて以降、心身共に削って空のために奮闘するのは分かっている。他の人間に心配を掛けたくないというステフの意図を汲んだ、いのなりの配慮だろう。
「ハァ⋯⋯いの、事務記録するための資料くれ」
「「えっ」」
別に、ステフを助けてやろうとかそんな殊勝な心掛けはない。あくまでもこれは俺の予定に必要なことだ、他意はない。
「俺は細かい政治とか政策とかは分からんからな。記録雑務くらいならできるだろ」
「は、ハチ?な、なんでそんなことを?」
「ただの暇つぶしだ。それに、何か仕事してねぇとジブリールに睨まれるんだよ」
気まぐれ、いやあるいは。そういえば見覚えというか、身に覚えというか、過去に見たことがある。一人でできるから、一人の方ができるから、そう自分の裁量を最大限活用した奴と、その先を。
有能であれど優秀ではなく、勇者であれど賢者ではない彼女の姿が一度重なり、すぐ意識的にそれを払拭した。あいつはまだ、倒れられただけマシかもしれん。余計に体力がある分、彼女が音を上げるのはもっと先だ。
「いの、ペンと書類」
「こちらをお使いくだされ」
「じゃあ資料もくれ。どれがいるのかはわからん」
「では、そこの整理はこちらで請け負いましょう」
あ、そういやほったらかしだった。
「いづな、いのの資料運び手伝ってくれるか?」
「わかった、です」
頷いた彼女はせっせと祖父の揃えた書類の束を俺のもとへ運ぶ。羽根のついたペンを握り、俺もまた役目を全うする。いのが一瞬睨んだ気がしたけど、うん、気のせいだな。
「あの、ハチ⋯⋯」
そんな俺に声をかけたのはステフだった。手も頭も止めず、声だけで俺はそれに応える。
「なんだ?」
「その⋯⋯ありがとう、ですの」
ふむ、なんか今日のステフはいつもと反応が違う気がする。まぁ限界に近い精神状態だし当然か。
「別に、仕事ならしょうがねぇよ」
「⋯⋯似合わないですわね」
「⋯⋯だな。とりあえず明日の昼までに必要な部分は終わらせるぞ」
「ハイですの」
小さな子の足音とペンと紙の擦れる音が庶務室に静かに響く。
「じゃあ、行ってきますわ」
「一時間ほどで終わる予定ですので」
「あぁ」
ステフといのは貴族とのゲーム夜の部へと向かった。
時間は天辺を回っているため、既にいづなは就寝している。俺もあと少しで目標の範囲までの記録が終わるし、これでステフといのも少しは休めるだろう。
「⋯⋯よし、終わるか」
ノルマをクリアし両手をつないで大きく伸びた。体の鈍い痛みがどれだけ長時間仕事していたのかが分かる。
「あぁ、仕事したくねぇなぁ」
まぁ明日、ではなく今日は仕事でもないのに面倒なことをしないといけないんだけどな。
いや、これは決してmustではない。あくまでもこれは俺の一身上の都合で、一個人の希望で。だから、この先進むのは俺一人で。だが⋯⋯それすらも叶わない。
「ハァ⋯⋯」
廊下を歩く俺は無意識にため息をつき、通り過ぎかけた扉を開いた。憂鬱さに耐えながら、自室のベッドに入り、眠る。
とにかくだ。やるべきなら――やるしかない。
朝六時。久々の夜更かしというほどでもないが、いつもより短い睡眠時間の分起きる時間も少々遅い。別に今朝は約束もないし、俺は目覚まし代わりにキッチンにてマックスコーヒーを作って一口舐める。
窓から見える空は、白い雲とのコントラストで晴れた風景をより冴えさせて見せる。
「気持ちの良い朝、ですな」
「いのか」
朝っぱらから爺さんと顔を合わせることになるとは。確かに爺さん婆さんって朝早いけど。
「ステフは?」
「今朝はまだ寝ておりますな。昨日、予定を繰り上げて書類の山を片付けたので、午前は休憩時間として使ってもらう予定です」
「そうか」
概ね俺の目的は達成。じゃあ、朝食取ったら行くか。
「いのさん」
「今更改められるのは、何やら違和感がありますな」
「じゃあ爺さん。いづなを頼むわ。この後俺向こうに行くから」
「言われるまでもなこと。しかし、いづな自身が行きたいと言えば⋯⋯」
「その辺は任せる」
普通に移動したらそれなりに時間がかかるだろうしな。どの道、昼まで持てばいい。
「そうですか。それでは」
「ああ」
それぞれの目的地へと向かうべく、二人は広い廊下をすれ違う。
先ほどモーニングコーヒーのついでがてらに拝借したパンをかじり、マッ缶を飲む。適当に通路を歩きながら、目的地に着いた。キッチンの流しで空になったカップを洗って、水切り台に置く。
さてと⋯⋯行くか。
おそらく聞こえているだろう。疑うこともなく、俺は何もない宙を見る。
「ジブリール」
「はい」
案の定、ノータイムで彼女が現れた。
「『 』のところに」
「かしこまりました」
毎度お馴染み、そういっても差し支えない転移の感覚で向かうべき場所へ向かう。
語彙力が欲しい⋯⋯
情景描写が本当に難しいです。
活動報告の方で番外編のリクエストも募集しています。
感想、誤字報告のほどよろしくお願いします。
番外編 エルキア王国奉仕部ラジオは必要ですか?
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