本当にすみません。
強いって、なんですか?某ボクシング漫画で知られる言葉だ。
強さの正体。それは辞書を引こうと答えは出ないだろう。
仮にだが、強いとは力のあること、と定義してはどうか。
力、パワー、エネルギー。言い換えるだけでも、多様な意味を含むのは明白だ。そして意味に付随し、種類もまた数多。
筋力、握力、腕力、脚力、視力、聴力。火力、水力、風力、圧力。攻撃力、防御力、思考力、観察力、判断力。挙げればきりがない。
では、強いとはそんな力を持つ者か。最強とは全てを極めた者か。
――否だ。
少なくとも俺はそう思う。力に種類があるように、強さにもまた、種類があるのは自然の摂理。故に彼らは、最強を謳う。
ゲームにおいて、 『 』というプレイヤーは最強ゲーマーとして現代世界に君臨し、今なお異世界でもその名を、力を、惜しむことなく知らしめている。
たとえ社会的に落第点で、たとえ人間的に欠落していて、たとえ持つ者故の苦しみも、持たぬ者故の苦しみを味わってきたとしても。
悲壮な現実から目を背け、逃げてきた愚か者でも。
他の全ステが誰より低くくとも――『 』がゲームで負けることはない。
そんな彼らに、俺は挑んだ。
言い訳も疑う余地もなく、俺の負け。
勝つことすら棄てた勝負。出したリスクだけを負い、要求を呑む。
奉仕、どころか隷従にも似た愚行。さながら愚者による愚劣なまでの愚の骨頂。
いつかあるじいさんを愚王だと評したが、盛大なブーメランもいいところだ。
しかし、ゲームは続く。
決まりきった終わりを目指して。無情にも、確実に。刻む時と巡る順が、来るべくして来る結末へとプレイヤーを誘う。
勝利を目指して進む彼らと、勝利を棄てて進む俺は、きっと、辿り着く場所すら違う。
それでいい。俺はただ、次に進むだけなのだから。
こんな三文の代金も払う価値もない演目は、さっさと終わらせるに限る。
たった一人の、つまらなく、価値すらないただのエゴ。
――持つべき物を持つべき者が持つために。
くだらない自己欲を満たすべく、俺は
―other side―
「なんでも一つ奪える、ねぇ」
気だるげに呟く空。
切り札を切った相手に向けた彼の目は、あの探るような、八幡が言うところの詐欺師の目そのものだった。
「……盟約、で……権利の侵略……で、きない」
そんな彼の脚の上。ちょこんと座った白は自らの見解を提示する。白自身が余裕を見せていたのはこれが理由だった。
確かに、絶対順守のルールは他者への侵略侵犯侵攻を一切禁じている。
だが――
「あ〜白。それは、今回は違う」
驚いた彼女は空へと目を向ける。実の妹の間違いを指摘した兄の目は先程と違い、落胆や失望などは微塵もなく、慈愛をも感じさせる暖かなものだった。
その表情から何かを察したのか。白は再び向き直ると、顎を手で支えながら思考に入る。
数秒間の沈黙は、容易に彼女を答えへと導いた。
「……了承が、あれば……侵略、になら、ない」
それは八幡が初めに言ったことだ。
このゲームのイベントは強制であり、起こりうる現象は全てが現実だと。そこには当然、“自らの権利云々も含めて勝負を開始する”ことになる。
『盟約に誓って』行われている以上、それらは全てに対する了承と取ることが出来る。
「まぁ、ゲームが終わってからだしな。さ、お前らの番だ」
手の平で促すと、笑顔で空はあぁと軽く応えた。
再び賽を手にした白は、一度兄とのアイコンタクトを挟む。頷く空と、それに意味を見出した白。
両手のそれぞれから放られたダイスは、正確無比に望まれた出目へと向かって地を転がる。
「2連続で12。まぁ4連続で6出してるってことか。狙って?」
「とーぜんだろ?」
「……しろ、なめすぎ」
コマはゴールまでの進行度三分の二まで進み、イベントを開始する。
「『3マス進む』」
「……ふ、っつう……つまんない……」
「サイコロ振って出したの、お前だけどな?」
ターンは既に変わっている。八幡は言いながら賽を放っていた。
止まった賽はまた一つだけ。4を上にしたキューブは音もなくその場に置き去りとなる。
「『ジャンケンして4マス、勝ったら進む。負けたら戻る』。これ、ほとんど結果見えてるが……」
「まぁ一応。ジャンケン――」
――ポン。
開かれたバンドの着いた右手は、握りこぶしの相手の負けを表す。
「うん、でしょうね」
八幡は自分のコマをさっきまで置いてあった場所へと戻した。
「ハイハイ、それではぁ?」
「……決着、つけるの……」
当然の如く二人が口にしたのは勝利宣言。その相手プレイヤーは異論を唱えることなく、ただ続きを促すように沈黙を守っている。
白は躊躇いなく賽を振る。
凡人では分からないが、彼女だけに分かる規則的な回転と跳躍は、希望の目を出すべく統率されたかのように狂いなく、ただ最大数値を天井に向けた。
「これで、ゲームセット」
ゴール。大きく書かれたそのマスに置かれたコマは『 』のものである。
場の三人は、誰一人その結果に違和感を見出すことはなかった。
「終わったぞ」
敗者らしくと八幡は戸へと手をかける。
開かれた戸の先、隣の部屋にいた二人は彼の言葉を聞き、移動した。つまりは、ゲームを行ったこの部屋に全員が集合する形になる。
「ゲームの勝者は俺たち。てなわけで、さっさとやろうか」
結果を聞いた巫女とジブリールは驚くことなく、空が向けた視線の先を見る。
「だな」
八幡が負けた場合、今後エルキア連邦との一切の接触を断つ。この条件を守るとすれば、ここ
それはゲームを行った二人だけでなく、傍観すら出来なかった彼女らもまた、分かっていることだった。
が、一つだけ分からないことがある。
「済ますって、一体何をなん?説明してくれんかな?」
「あ、そうだった。俺がこのゲームで作ったイベントの内容、言ってなかったよな?」
「えぇ。現段階では明かさずとあなたが言って、マスターもそれに同意されました」
「あの内容な、『ゲームの勝敗に関係なく、相手から一つだけなんでも奪う』だったんだよ」
「空、そんなんは……」
「ああ。こいつ、最初っから勝つ気なかったんだよ」
予想通りだとは、思う。巫女は無意識にため息をついた。
最初から負け狙いの裏技狙い。そこまでは確かに読めた。だが、まさかここまで強引な手で来るとは。
「……いんや、それ以前に」
誰に言うでもなく呟いた言葉は、彼女以外の耳には入らなかった。
(空は読んでいたんやろか?この条件、状況。それとも、全部読んどってこの選択を?)
わからん、と。彼女の悪態は声にならずとも、心の中でこだました。
そんな巫女の心中を読むはずもなく、場面は進む。
「覚悟はいいか?」
いっそ清々しい程の悪役のセリフを八幡は口にした。
「最初に言ったろ?その時点で決まってるっての」
「……かかって、くるの……」
自信に満ちた二人の答えに一番疑問を持ったのは他でもない――巫女だった。
今彼女はゲーム開始前の会話を思い出していた。それは彼が『 』から何を奪うかと聞かれた時。完全な空と白の機能停止を要求すると暗に示したその言葉が頭を巡る。
「俺が奪うのは――」
思考と現実の矛盾する時間感覚の中、ジブリールは思う。
空と白が互いの記憶を失ったら?前例はあった。
正確には二人の記憶ではなかったが、存在だけが、それも片方だけが消えたあの時でさえ、欠落人類のような様を晒したのはジブリールの記憶には新しい。
なのに何故、マスターには一切の恐怖も畏怖もないのだ。
勝つのはマスター、最強は主。信頼すべきお方、信仰すべき恩方。
催眠にも似たそれは、簡単にジブリールの思考の全てを支配する。
「――『ジブリールの全権』だ」
謎と謎。ベクトルは違えど理解しえぬものを持った彼女らは、ただ驚くことことしかできず。声を上げることも、意図を読み解くこともできず、その場に立ち尽くした。
永遠と錯覚するには十分な体感時間。されど短し静寂を破った空は、曇りなき笑顔を浮かべていた。
「おっけ〜い。それじゃあ、どうぞ」
上に向けられた手には何もない。だがその仕草は、何かを渡したという説明には最も効果的だった。
「いや、え?どうなっとる?」
思考回路が復活して尚、事態を把握出来なかった巫女は口を開く。
「なにが?」
「いろいろ、なんやけど。……まず、あんたの要求は記憶やないの?」
もしくは『 』の機能停止。そう補足しようかと続けかけた彼女より先に、聞かれた本人は答える。
「そんな話はしたが、それを奪うっては言ってないでしょう」
「あと補足じゃねぇけど、巫女さん」
「……それ……メリット、ない……」
言われてから気付くとはと、巫女はまたため息一つ。
だが、疑問は尽きない。答えた分だけ増える気すらしてくる。
「んじゃあんたら、ヒキガヤがこんなん要求するって分かっとったゆうん?」
「いや、正直全部予想通りってわけじゃねぇ。けど、少なくとも『 』を殺すようなことはしないってのは、最初っからな?」
空が八幡の“言い方”を気にしていないわけもなく、この展開は読めていた。
(ただし展開は、ゆうことやんな)
八幡の細部まで読めなかったのは空の力不足か。
脳を掠めた仮説を、彼が否定する。
「むしろ読めてたら怖ぇよ。誰にも、それこそジブリールにも言ってなかったことだし」
確かに、と頷く傍らで巫女は彼女に目をやる。
そう、この勝負の一番の被害者は――ジブリールではないか。
「あんたは、それでいいん?」
「たとえ読み切ることが出来なかったとしても、
マスターが選択したのは、自らの破棄。残酷で冷酷な決断を、責める権利も攻める機会も貰ってなお、咎めない。
根底になすのは、ジブリールを構成する如何なる要素なのか。彼女自身すら知りはしなかった。
たとえ心拍を見れても、心中を見ることはできない。そんな巫女の
だが、第六感――存在を否定されたそれ――で揺るぎない何かを感じた巫女は、それ以上口を開くことはなかった。
およそ全ての解説がされ、納得と妥協の狭間が部屋に静けさを運ぶ。
それを全員が感じ取ってからすぐだった。要件を終えたかのように、八幡はおもむろに立ち上がる。
「つーわけで、ジブリール」
「はい
新たな主の命令を待つべく、彼女は一瞬でその隣に並ぶ。
「空、白」
「おう」
「……ん」
深呼吸は自分自身を落ち着けるために、一つだけ。
「じゃあな」
別れの言葉。短く簡潔な“終わり”の言葉。
「いい夢見ろよ、あばよっ!」
「……バイバイ」
絶対の盟約は、金輪際の会合を禁ずる。すなわちこれは――
たった一人、彼だけが望む場所へと。
「あー……くそっ」
部屋から見える区切られた大空は、何を示すでもなくただそこにある。
見えるはずのない彼らを見つめながら、空は無自覚な感動詞を吐き出す。
「やっぱり、悔しいん?」
読み切れず、
だが巫女の常識的な考えは、
「悔しい、ってのはあるな。けど、論点はそこじゃねぇ」
「……また……勝ち越し、なし……」
どこが?
そう問うた彼女は至って自然だ。論点の話しなら、勝ち越しというなら合っているのではないか。
そんな当たり前ともいえる流れに逆らうように、不自然な答えを彼らは口にする。
「『 』に敗北はない。それはそうだが、足りねぇ」
「……勝つ、なら……完全、勝利……する」
「理想って話になるけど、完全勝利は相手に要求することすらさせない」
それに、と続ける空の顔には、二つの感情が拮抗するように現れている。
「今回はそれが出来た。けどしなかった」
有り体に言って――勝てるのに勝たなかった。
『 』としてありえない選択肢を選んだ参謀は、このゲームの全貌を語る。
「好きな場所に好きなイベントを3つ。これ、普通にやったら十二分の一だけど、ちょっと考えるだけで二分の一に出来るんだよ」
わかるよね?と暗に問いかける空は、未だ遥か上空に目を向けている。
八幡が示したルールを再度頭に浮かべながら巫女は思考の末、ある結論に達した。
「最初のマス3つに配置、か」
「正解。六面で1〜3が出る確率は、白みたいな超人じゃなきゃ二分の一だ」
聞いてから、気付いてからならわかる。
(こんなん、空が対策できんわけないな)
八幡が後攻を選んだのは、空たちが同じ手で奪う権利を得ないため。
だが、言葉遊びのようなこのルールでは、一手目から看破して狙いは初め3マスにあるとバレることは十分にある。というより、バレている。
にも関わらず、彼らは勝った。まるで八幡のシナリオ通りに動くように、呆気なく、あっさりと、勝負を決めた。
「……なんでなん?」
答えてくれるんか?自問自答に意味はないと判断し、巫女は問う。
「こうでしか、比企谷八幡って男は動かないから――かな」
彼の自虐的な笑みは、後ろ姿しか映さぬ彼女の目に入ることはなかった。
―other side out―
感想、誤字報告よろしくお願いします。
番外編 エルキア王国奉仕部ラジオは必要ですか?
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