ノーゲーム・俺ガイル   作:江波界司

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遅くてすみません。


彼は振り向かず彼女は振り返らず

 天空都市。

 高高度故の低酸素濃度は、人体にとっても毒でしかない。人体に限らず、でもあるが。

 そんな馬鹿げた場所に住むは、これまた馬鹿げた種族。俗にいう天翼種(バケモノ)だ。

 その気になれば世界を壊せるほどの種族は現在、その力の解放を禁じられ地力よりも知欲を求めることに従事している。

「本当によろしいので?」

 さてここは、とある大陸の海岸地帯(オーシャンビュー)。人っ子一人いないこの開けた場所で、バカンスを楽しむはずもない奴らが約二名。もちろん、俺とジブリールである。

 一歩分斜め後ろに着いてくる彼女は俺にそう問いた。

「なにがだ?」

 顔を合わせることすらなく、広がる海を見ながら返す。

「マスターにどのような思惑があれど、この先空様と白様、ひいてはエルキア連邦と対立するのは……」

 百害あって一利なし。なんなら害の方にゼロの桁数をもう2つほど増やしても誤解はないと思う。

 大陸の殆どを得た今の大国エルキアは、人類のライフラインそのもの。それを絶対遵守のルールを使ってまで切り捨てたのは、傍からどころか隣で見てても馬鹿げているな。

「言いたいことは何となくわかる。けどまぁ、理由がある分にはあるんだよ」

「理由……にございますか」

 ここまで無茶な行動を取った理由。それは知識欲の象徴とも言える天翼種(フリューゲル)でなくとも気になるはずだが。

「その前に、今すぐ取ってきて欲しいものがある」

「なんなりと」

 整った作法で頭を下げるジブリール。こうするといかがわしいワンシーンに見えなくもないかもしれん。いや邪推っすね、そうっすね。

「王城の俺の部屋、中央のテーブルに忘れもんがあってな。取ってきてくれ」

 かしこまりました、と言い切る前に俺はついで事も頼んでおく。

「あといづなが空たちの方に行きたいって事だったら送ってやれ」

「接触を断つのでは?」

「それは俺であってお前じゃない」

 盟約に則っても問題はない。確かに比企谷八幡はエルキア連邦に近付けないが、ジブリールはその効果の範囲外だ。

「それでは、すぐに」

 目の前から消えた彼女を確認して、俺はその場に座り込む。海岸とはいえ地面は草と土で覆われた岩の集合体。パッと見崖だが、別に絶壁という程の高低差はない。普通になだらかな丘だ。

 こうして静かに流れる時間が、妙に懐かしかったりする。デジャブとも違うが、程よく冷めた潮風と僅かに揺れ擦れる草木の音。

 ゲームというある意味戦いの中で、ここだけがずっと変わらずに平和で。……似合わねぇ想像だな。内心苦笑した。

 ちょっと調べた程度の把握レベルだが、昔は大戦という永遠に続くと呼ばれた争いがあったらしい。

 それがどんなもので、誰がどう動いたのかなんて俺は知らない。分かるのは、それが平和とは真逆の事態、時代だったということだけだ。

 だから、今ここにある日々は掛け値なく貴重で、俺には計り知れないほど価値あるものなのだろう。

 ならば、やはり俺は……。

 本当に束の間の時間はあっさりと過ぎ、隣に彼女が現れた。

「いづなは無事送り届けました。それと、お持ちしました」

 ジブリールの手に握られた二つのもの。ポットとマッ缶(仮)の水筒だ。

 俺は立ち上がってマッ缶の方を受け取ると、すぐにフタを開ける。

「ざっと二日……いや今から一日半か」

 一口、広がる濃厚な甘みとささやかな苦味を味わいながら俺はそう言った。

 ジブリールがそれで何かを察するはずもなく、首を傾げる。俺はもう一口舐めてから続けた。

「今持ってるマックスコーヒーの残量だ。その分しかない」

 材料さえあれば作れるが、ひとまずそこは置いておく。

「それが、いかがなさいましたか」

「あぁ、だから――36時間で終わらせる」

 結果的にはクラミーたちに背中を押されたことになるのか?違う気もするが、まぁきっかけにはなったか。

 かなり説明を端折ったつもりだったが、ジブリールはそれ以上何かを聞こうとはしない。ただまっすぐ水平線へと目を向けていた。

「聞かないのか?」

 逆に聞いてしまったが、いいよね。やましい事も気持ちもないわけだし。てかこっちの方が気になっちゃってるし。

「マスターが行くならば、それに全力を持って応え、進む道となるのが私の役目にございます」

「着いてくるんじゃねぇのな」

 道になるってどんな発想だよ。

 至って平静に、ジブリールはツッコミにすらなっていない俺の言葉に返す。

「ご希望とあらばなんなりと」

 多面性というのだろうか。あるいは、これが自然な流れか。

 相手との関係や感情によって、その接し方に違いが生じるのは理解出来る。これは経験則ではなく、観察眼によって知り得た法則に則ったものだが。

 昨日までと今では、圧倒的に違うのだ。俺と彼女の関係性は。

 友達ですらない、だが他人ではない曖昧な距離は、主従関係という明確な定規によっては定義された。

 親族と知り合いとの接し方が違うように、妹と恋人の愛し方が違うように、違う関係には違う接し方が付き纒う。

「じゃあ、いくつか命令する」

「どれだけ恥辱に塗れた要望にも応えると誓います」

「やめてね?俺そんな鬼畜系なやつじゃないから」

 こいつの中で俺はどんな奴なんだよ。ある意味分かったけどな。

「とりあえず、話し方戻してくれ」

「この言葉遣いはデフォルトなのですが」

「いや、空たちにするみたいな話し方やめろってことだ。今まで通りの感じに戻れ」

 一瞬、何か間があった。よく分からないが、とにかくこの短時間の間に、彼女は何らかの結論を出したようだ。

「なるほど。つまりは詰られたい、と」

「誰がマゾだ。違う、対応が変わりすぎて違和感すごいんだよ」

 まぁ仕方ないといえば仕方ないんだが。なにせ理由の根幹には俺の行動があるからな。

 てか、戻す前にも詰られてた気が⋯⋯気のせいだ。そう信じたい。

 承りましたと答えた彼女は、「それで、」と続けて問う。

「マスター。いくつかと言うなら、他にもご要望があるのでしょうか」

「あ、それ。マスター呼びもなしで」

「しかし、私にとってのマスターはマスターであって……」

「今までの呼び方的に『  』(あいつら)呼んでるみたいなんだよ」

「そう、ですか。では、なんとお呼びすれば?」

「基本何でもいい」

「ご主人様」

「却下」

 ねぇ、なんでこいつ、なにが気にくわないの?みたいな顔してんだよ。だから俺の性格判断おかしいって。

「殿方はこう呼ばれるのが夢なのでは?」

「お前の現代知識もかなり偏ってんな」

 確かに美少女に「ご主人様」と呼ばれて喜ぶ男は多いだろう。材木座とか。

 だが、例外もあるのだ。する側もされる側にも。もしかしたら俺だけかもしれないが、こいつから呼ばれるのは萌え皆無、寒気しか感じねぇ。

 適当に頼む、と適した当たりの方で頼んだ。

「で、ここからが本題だ。この先の展開に大きく関わる」

 意識的にシリアスな話だと伝えるべく、俺は低く切り出した。

「まずアヴァント・ヘイムまで行くぞ」

「かしこまりました」

 ノータイムで応えたジブリールは見慣れた動作、というにはあまりに小さな動きで転移を始める。

 歪む刹那の視界、切り替わる映像の最中で俺は思考する。

 これからの展開、狙い、方法、要素。あの二人に及ぶべくもない脳で、ただ一心に策を構築していく。

 ――大丈夫だ。

 結論、ではなくただのまじない。自分に言い聞かせるための声にならない言葉。声にならないのは物理的な意味でもだな。

 浅くとも刻まれた言葉を胸に、眼前に広がる殺風景な都市を見る。

 天空都市『アヴァント・ヘイム』――ジブリールたち天翼種(フリューゲル)の都であり、位階序列第二位『幻想種(ファンタズマ)』そのもの。

 現在地は、その天空の上空か。なんか良く分かんなくなるな、これ。

「あいつに会いに行く前に、ちょっと下に降りれるか?」

 言うべくもなく、高速移動による風圧すら感じない空間転移(シフト)で俺は地面に立つ。

 別に高所恐怖症とかではない。あの高さを常人なら普通に怖いけど。

 降りた理由は、話しやすいって一点だ。流石に安全確保されてても、あの状況下で気軽に話せる気がしない。

「ジブリール。俺はこれからアズリールに交渉しに行く」

「はい」

 大きなリアクションはないか。

 重要なのはここからだから別にいい。

「その前にやっておくことがある」

「また、一つだけ言うことを聞けといったもので?でしたら一つと限らず、いくつでも――」

「いや一つだけだ。言うこと聞けってものでもない」

 巫女さんとの時を言っているのだとはすぐに分かった。状況としては似てるか。あの時はいろいろ聞かれた気もするが、まぁいい。

「とりあえず、これ終わったらアズリールの図書館まで行くから、頼むぞ」

「承知いたしました。それで」

「ああ」

 居住まいを正した彼女は、直感的に俺の言葉の重要性を感じ取ったようだった。

 それがどれだけ無茶苦茶な内容であれど真摯に受け入れると語るようなジブリールの瞳は、常より輝く琥珀色に染まっている。

 大きく吸った息は決して大声を出そうというわけではない。意を決して、できる限り普段と変わらぬ声色と音量で言葉を紡ぐ。

 

「――⋯⋯」

 

 僅かに吹いた風が、言葉を遮ることなく彼女の髪を揺らす。

 ある種、肩透かしの様なものかもしれない。きょとんという擬音が似合いそうな顔は、日常生活で見ることのないレアショットだなとくだらないことを思う。

「それは、一体⋯⋯」

 どういった意味で?なんて続くだろう声を遮って、俺は一歩前に出る。何かしようとしたわけではなく、行動自体には意味がない。

 強いて言えば、モーションでコミュニケーションを区切ったと言ったところか。

「そのままの意味だ。とりあえず、さっさと頼む」

 主語も修飾語も省いたセリフに、ジブリールは迷いを取り払うように頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宙に浮いた本棚は、今やジブリールの図書館で見慣れてしまって何の驚きもない。一度ここに来たことがあるのも、理由の一端を買って出ているのかもしれないが。

「俺の常識も大分狂って来てるってことか」

 確か俺はアズリールの図書館に来たはずだ。そこで彼女と交渉する予定だったはずだ。

「なぁ、天翼種(フリューゲル)って、実はお前以外全員アズリールって名前だったりする?」

「いえ、個体によって名称はしっかりと存在します」

 なるほど、では……“これ”はなんだ一体。

 現在地は目的地の図書館。アズリールのいる場所に来たのだが、俺は未だ状況が読み切れない。なにが起こっているのか分からない。そのため、事実だけを示そう。

 眼前には十を超える敵意の目を向けた天使、もとい天翼種がいる。

 それぞれが幾何学的な光輪を浮かべている中、その先頭に立つはより一層複雑なそれを持つ彼女。他の個体と違い角まで生えた姿は指導者と錯覚する程の存在感だ。

 アズリール――自称ジブリールの姉にして天翼種(フリューゲル)の全翼代理者。

 これから話し合う、つもりなのだが……すごーく無理そう。

「やべぇ、超帰りたい」

「今や背水の陣。あなたに帰る場所がこの世界にお有りで?」

 ないな。泣きそうな事実確認どうもですジブリールさん。

誰一人声を発することなく睨む彼女らの視線は依然冷たい。これ、どうすりゃいいの?

「一応――」

 沈黙を破りそう切り出したのは、以外にもアズリールだった。

「何をしに来たのか、聞いてあげるにゃ」

 だが彼女を覆う見えないオーラは完全に悪・即・斬な空気を漂わせている。盟約なかったらもう俺生きてないかも。

「話し合い、に……」

 白並のカタコトになりかけた。いやマジで怖いんだってこいつ。

 ジブリールの普段の対応で忘れかけていたが、天翼種(こいつら)は根っこのところから殺戮の天使。鎌もって魂狩りに来てもおかしくない連中だ。

「ふん、よくここに来れたものにゃ」

 普通の人間がここに来たら呼吸困難で即死だからね。

「ジブリールに空気ごと転移して貰ったからな」

「そういうことじゃ……いや、ある意味それにゃ」

 は?こいつ何言ってんの?

 思わず顔に出ていたかもしれない。アズリールの後ろにバミられた他の天翼種(フリューゲル)達の目が更に冷たくなった。

「え、なに?」

「わからない、にゃ?」

 本当に分かりません。うっかり言いかけた。多分言ってたら死んでた。

 あ、盟約がある。なんだろ、死より恐ろしいことってあるよねって言葉思い出したんだけど。

「君はジブちゃんの居場所を奪ったにゃ」

「っ――」

 息を呑んだのは、決して後ろめたいことがあったからではない。

 何故知っているのか。その一点だけが理由だ。

「ジブちゃんは新しいマスターと一緒に歩くと決めたにゃ。それを君は自分勝手に時間を奪い、機会を無くし、忠誠心すら捨てさせたにゃ」

 個人が持つ全権の掌握とはそういう意味だと、彼女は俺に告げている。それほどまでに重いものを、俺は奪ったのだと。

「ここでも、ジブちゃんはマスターの偉業を広めようと動いていたにゃ。その努力も、意味も、成果も無に期したのは、君だにゃ」

 己が主の布教か。確かにこいつならやりかねない。そしてそれもまた、俺がなかった事に、否、行動する理由すら消した。

 彼女がどれだけ労力を割いて動いていたのかさえ、俺は知らないというのに。

「どれだけ身勝手なことをしたのか、君は理解していないのかにゃ」

 まぁ、そうだな。理解はしている、どれだけ身勝手だったかは。

 だが、彼女自身の感情は……。

 

「と、ここまでが彼女らの主張にゃ」

 

 一転して軽口を叩くような声は、やはりアズリール本人のものだ。

 セリフ通りなら、恐らくここまでは全て後ろにいる十数の総意、代弁だったのだろう。

「じゃ、こっからはお前個人の意見か?」

 肯定するようにコクっと頷いた彼女は、うちが言いたいことは一つだけにゃと前置きした。

笑顔を浮かべているが、その心中は容易に掴める。この張り付いた仮面の奥の、彼女自身の本質。

だが、俺がそれを明言するまでもなく――

「ジブちゃんを泣かせるなら、ただじゃおかないにゃ」

 清々しい程のシスコンがそこにはいた。

 

 

 




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