積み上げられた三つほどの巨大なキューブ。崩れないのが不思議なほど雑にそびえ立つそれの頂点に、俺はいる。
「で、ホントのところは、どういうつもりにゃ」
訂正、俺たちはいる。
眼前には、空中で胡坐をかくアズリールがいる。背景の空が、羽根の生えた彼女の姿をより神秘的なものに感じさせていた。
ここまで能天気なことを考えられる程度には、俺も余裕が戻っているようだ。
「さっきも言ったろ。話し合い、だ」
「で、うちがそんなことをはいそうですか、って信じると思ってるにゃ?」
思ってないですよもちろん。
俺がこいつにどう思われてるかはまだ分からんが、少なくとも好意的には見られてはいないだろうな。
「そういや、あのセリフはどこまでが本気だ?」
「ん?」
一度首を傾げたアズリールは少しだけ間を置いて、「あ~」と今まで完全に忘れていたような声を出した。
「ジブちゃんが泣くなんて毛ほども思ってないにゃ。でも、どこまでかってことなら――全部にゃ」
「お前、妹好き過ぎだろ」
すごーく自然に言ってしまったが、これ特大のブーメランだな。
一方の姉リールは、こいつ何言ってんの?と言わんばかりの馬鹿にしたような表情でこちらを見ている。
「この世に可愛くない
「全くだ。
あまりにも俺が言いたいことを代弁していた。おかげ様で食い気味に肯定しました、マル。
しかしあれだな。この世界、シスコン多くね?あ、三人だけだった。しかも二人異世界人。
「そういえば、前に会った時はジブちゃんのことを語らないで終わったにゃ」
「まぁ、あの時は早く帰りたかったってのがあったしな」
「ふむふむ。じゃあ、今なら好きなだけ語り合えるにゃ?」
「時間は、ある分にはあるな」
気は進まないが。理由はいろいろとあるけど、まず俺は語れるほど
「なら語り合うにゃ。今!すぐ!」
「いや、語り合うって言うより一方的に語る時間になるぞ?お前はいいかもしれないけどよ」
「え、なんでにゃ?」
「なんでって⋯⋯」
俺が理由を言おうと声を出すより先、アズリールが無邪気な笑顔で告げた。
「君も妹ちゃんのことを語ればいいにゃ~」
「いいか、まず小町はな――」
俺は食い気味に語り出しながら胡坐をかく。それに応えるようにアズリールも地面すれすれまで高度を下げた。
かくして、
下界とは違う日の光は、熱く語り合う二人を照らす。キューブの散らばったあの異様な光景すら、浮かぶ
さて、ここは周辺に何もないと錯覚するほど静かで、だからこそお互いの声がクリアに聞こえる。
なぜ俺たちがこんなところで二人なのか。それは数分前にこんなやり取りがあったからだ。
アズリールの一言で生まれた重い空気はこれだけの人数がいるにも関わらず、ピンと張った静寂が図書館を包んでいる。
彼女のセリフを思い出しながら、俺は向けられた視線の意味を理解しつつあった。
ジブリールがここでマスターの、『 』のことを布教していたとアズリールは言っていた。ならば後ろの彼女らは『 』のファンみたいな奴らだろうか。
で、そいつらから見れば俺はジブリールを強引にマスターから引き離して来た、みたいな図になるわけだ。いや誰から見てもそう見えるけど。
「アズリールお前、どこまで知ってんだ?」
問題はこいつ、アズリールだ。恐らくこいつは
総意という表現を否定しなかったのは、リーダー的な役割故だろう。
となると、こいつ自身の狙いは一体。
「君がジブちゃんを拐ったことなら知ってるにゃ。どんなゲームでどう仕掛けたかも、にゃ」
全部見られていたってことだな。となると、聞かれたか⋯⋯?
「で、俺らがここに来るって知るや否やすぐにこれだけ集まるとか。俺嫌われ過ぎだろ」
自虐ネタ使って無理にでも何か言わねぇと心潰れそう。後ろの方々怖ぇのマジで。
「君が海岸で言ってたのを聞いてからすぐに集まって来たにゃ。なんでも君がジブちゃんに酷いことしたって、記録映像まで持ってきてにゃ?」
見ていたのは後ろの方々だった?アズリールが見ていたわけではないのか。
納得は、できる。
それと、一つわかった。こいつらは俺らがアヴァント・ヘイムに来てからの会話は聞いていない。俺とアズリールが接触を持っていたことから逆算してここで待っていたのは当然の流れ。逆に監視しなかったのが謎になるが。いや、俺たちのゲームの様子を見直してたなら、その時間も経つか。
「アズリール先輩、私は――」
「おい、場所を変えてもらっていいか?」
何かを言いかけたジブリールの声を遮りるように俺は切り出した。彼女が何を言おうと思ったのかは知らないが、今はまだ俺のターンでいさせてくれ。
驚き混じりにこちらをみたジブリールを無視して俺は続ける。
「理由は?」
「なにするにしても、この場だと少々都合が悪い」
シリアスな空気を出しているアズリールは、俺から疑いの目を逸らさない。
「ゲーム、うちに勝つ気で来たのかにゃ?」
「多勢に無勢じゃ自信はないけどな」
この一言で場の緊張がさらに強くなる。普通に考えて宣戦布告みたいなセリフだからな。
「へぇ、それで?」
「どこか静かな場所あるか?そこで話そう」
俺の狙いは文字通り話し合いだが、あちらはゲームすると取るだろう。
「いいにゃ。うちが勝ったら、ジブちゃんを返して貰うにゃ」
「あぁ」
肯定とも否定ともない返事のあと、アズリールは宙に浮く。
「あなたは、一体何をお考えで?」
一歩前に踏み出したと同時、後からジブリールがそう問うて来た。俺は顔を向けず応える。
「聞かないんじゃなかったのか?」
「⋯⋯どうせ、教えては頂けないのでしょう」
あまり聞いた記憶のない声、だった。
「とりあえず、アズリールと二人で話してくる。そっちはそっちで、まぁなんだ、あれだ」
「⋯⋯そう、ですか」
かなり曖昧な言葉に躊躇いがちに頷いた彼女は、それ以上は続けない。
「もういいかにゃ?」
「あぁ」
わざわざ待ってくれていたアズリールの問いに、今度は肯定の意で答える。
体験のある転移の感覚は、どうやら個体差のある技ではないのだと考察できた。視界が切り替わり、目の前に高台から見える特有の高度の空が映る。
「ゲームなら、挑まれた方に決定権があるんだよな?」
俺はひとまず、彼女を試すためにそう質問した。
「ならもちろん全力で勝てるゲームを選択するにゃ」
「いやいや、仕掛けたのお前だよ」
とぼけたようにあれ?と首を傾げる様は子供のように無邪気で、そんな彼女に少し嫌気がさす。
「ハァ⋯⋯」
小さく零したため息の後、再び顔を上げて視界に入れた彼女の顔は、ふむ、どうやらさっきまでのは本気ではないらしい。ジブリールを返してもらうと言ったところは、半分本気だっただろうけどな。
彼女の対応の変化には、驚きよりも安堵が大きかった。俺の読み通りでよかったと。
「で、ホントのところは、どういうつもりにゃ」
一筋縄では行かない、そう自らに緊張を強制する。油断するなと戒めながら。
ようやく俺たちは話し合いのスタート地点に立った。
「つまり小町が最高で至高だ」
「ふん、所詮はただの妹。ジブちゃんには敵わないにゃ」
「誰が超シスター人だよ。妹というカテゴリにおいて小町に勝る存在はいない。異論は認めん」
「異論じゃなくて正論にゃ。ジブちゃんの挙げた功績は永遠に語られるほどのものなのにゃ」
「はっ、良さだけで価値を認めさせようなんざ、シスコンの名が泣くな。小町を舐めるなよ。いいか?あいつはアホなんだぞ。なのに、いやそれを踏まえてかわいいんだ」
「君こそジブちゃんを舐めてるにゃ。あれで、結構ジブちゃんには不器用なところがあるんだにゃ。そんなところがまた――」
「今更ドジっ子属性とか知らねぇよ。それにあいつ、ヤンデレ云々以前に口わ⋯⋯」
「私が如何しましたか?」
あれ、なにこれ?ハチマン、ワカンナイ。
目の前には妹について熱く語り合ったアズリール。そして俺の背後には⋯⋯
「わ⋯⋯ることないくらいマスターに尽くせる頑固者だよな~」
「それ、褒め切れてないにゃ」
マジギレのジブリールがいた。
それはもう怒ってらっしゃる。説明も台詞もいらないくらい伝わってきてます。謝るからその殺意100%の目、やめていただけません?
「一時間半」
「へ?」
突然彼女に告げられた言葉に反応できなかった俺は悪くないだろう。なにせ説明力ゼロだし、およそ怒った奴から聞こえる言葉ではない。
あ、あったは前例。あれだ、整列待つ教師とかだ。「静かになるまでに何分かかりました~」的な奴だ。
「なんの時間かお分かりで?」
「⋯⋯レム睡眠とノンレム睡眠の切り替わる時間?」
「今すぐノンライフ睡眠致しますか?」
「待て、冗談じゃない。ほんとにわからん」
結構真面目の答えて永眠させられたら敵わない。
やれやれと呟くように首を振ったジブリールは、目を軽蔑タイプに換装して言った。
「私とあなたが別れてから経った時間です」
まさか先生説が正解だとは。あと、その言い方は少々誤解を生むだろ。もうちょっと考えてしゃべれ。
ん?いや、待て。ってことはなにか?俺はこいつと一時間半も語り合って、なにも話進んでないのか?
「てかなんでお前ここにいるんだよ」
「黒より黒く、闇より暗き漆黒――」
「悪かったっ!だから爆裂はやめろ、今すぐやめろっ」
こいつなら疑うまでもなく撃てるだろう。もう爆裂どころか爆絶魔法なんか使うまである。
そもそもだが、さっきの俺の質問に他意はない。本当に不思議で分からなかったから聞いたのだが。
「いや、わりとマジでなんで?」
「ハァ⋯⋯はぐらかされたことを聞くために待たされ、仕方なく様子を見に来てみれば――喧嘩を売っているので?」
どうやらこいつ、人がせっかく有耶無耶にした話を聞き出すためにここに来たらしい。こいつ、どんだけ話掘り返すの?重箱の隅貫くの控えろよ。貫いちゃうのかよ。
「ねぇ、なんでいつもうちが空気扱いなのにゃ」
おっと、エアリールさん完璧放置してた。エアリールって、もはや別モンだわ。てか誰。
話を進めるより先に、まずはこっちか。
「えっと、ジブリールさん?」
「なんでしょうか」
「もう少しだけ⋯⋯待って頂いても?」
恐る恐る振り向き確認した彼女の顔は、清々しいほどいい笑顔だった。
あ~怖え。
「同席させて頂いても?」
「いやそれは⋯⋯」
「同席させて頂かせろ?」
「いやそ⋯⋯命令形?」
はいそうですか、拒否権なしか。どっかりと座った俺の隣に腰を下ろした彼女は静かに待ちの姿勢に入った。やっぱ、このまま進むんですね。
なにが起こったか分からないと声に出しそうなアズリールは空中で小首を傾げている。同感だ、俺も分からん。
今に始まったことじゃないが、こいつは一体なにを考えてんのか。読めるときと読めない時の差がデカすぎる。
「じゃあ、アズリール。決着は置いといて、本題に入っていいか?」
もうだいぶ語り合った気がするけど。
ちなみに手に入った情報は、俺とアズリールはシスコンっていうことだけだな。ん、小町が可愛い?それは当たり前でしょう。
「うん、かかって来いだにゃ」
あ、そういや誤解、解いてなかったっけ。未だにゲームする気満々のアズリールに、まずはこう告げよう。
「俺とお前が“戦う”理由はねぇだろ」
鳩が豆鉄砲を食ったようアズリールの顔は、すぐに疑惑と敵意を孕んだ冷たい表情に変わる。わずかに気温までもが下がったと錯覚するほどに、目の前にいる彼女は絶対的な存在感を漂わせていた。
「君にはないとしても、うちにないとは限らないんじゃないかにゃ?」
「ねぇよ、俺にもお前にも。そもそも俺はゲームしに来たわけじゃない」
アズリールは、今度こそ
いや、
「何しにって質問に答えるなら、答えは変わんねぇ。話し合いだ」
今思えば、巫女さんの時も驚かれた気がする。連想させるにたるリアクションをとる彼女は、一瞬でその表情を元に戻した。
「⋯⋯一つ、いいかにゃ?」
「なんだ?」
目を離さずに思考しても解ききれなかった彼女の疑問は、知ってか知れずか俺の甘さを示すものだった。
「なんでジブちゃんがいることが、君にとって不都合なんだにゃ?」
さっきの対応を見ていれば、まぁすぐに俺の心中は察せられるだろう。
勝負を前に弱みを見せるのは避けたかったのだが、仕方ないか。俺は正直に答えた。
「俺の予定じゃ、そもそもここにジブリールはいないつもりだったんだ。話し合いなんて、俺一人で十分だし」
普通に考えれば
あまり言いたくなかった理由だが、これは俺のプランが最初から狂ってることを指しているわけで。そうなると自然に俺の詰めの甘さも露見してしまうわけで。
当然アズリールの疑問がこの答えで解消されるわけもなく、さらに続けようとする。
が、それを聞く気はない。
「質問には答えた。それで、どうする?」
あるいはこう考えるかもしれない。
ゲームを仕掛けてくるならいざ知らず、するのは話し合い。これは、罠か――と。
「奪い合いでない以上、この話し合いにはリスクはないのでは?先輩」
俺の、あるいはアズリールの考えを読んでの援護射撃は意外な人物であり、意外な展開だった。
どういうつもりだ。
そう問う意思を込めた俺の視線に彼女は答える。
「あくまで私は終わっていない方を解決したいだけにございます。勘違いなさらないように」
さして意外でもなかった。てか援護射撃でもなかった。
これは故意的に誤射される前に終わらせねぇとな。両方を。
⋯⋯故意の誤射って、ただの狙撃じゃね?
「わかったにゃ」
別のことに逸れかけた意識がアズリールの一言で帰宅。
確認も含め、俺は彼女に問いかける。
「交渉の余地ありってことでいいか?」
「もちろんにゃ。君にどんな思惑があっても、それで逃げたなんて言ってられないにゃ」
そりゃそうだ。こいつ、仮にも
どっかの誰かを意識しながら、俺はこう告げた。
「じゃあ、トークを始めよう」
これ、流行んないかな。
「無理ですね」
「さらっと心読むなよ」
あと今のタイミング、話し合いを始めません、みたいに聞こえるからな。
感想、誤字報告、いつもありがとうございます。
今後もどうぞよろしくお願い致します。
番外編 エルキア王国奉仕部ラジオは必要ですか?
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