ノーゲーム・俺ガイル   作:江波界司

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それでも彼は知っている

 向かい合う二人と、それを見守る一人。

 交渉の場は、想定内の対応と、想定外の観客の参加で整った。

「最初に、一つ聞いていいか?」

「それも踏まえての交渉じゃないのかにゃ?」

 警戒を解かないアズリールにそうだなと応え、俺は下準備を開始する。

「お前、俺のこと、どう思ってる?」

 日常生活で言ったら完全に自意識過剰で引かれかねないセリフだ。あ、普通に引かれかけてる。

 こいつ何言ってんの?みたいな表情を隠すことなく、彼女は言った。

「まさか、うちに好かれてると思ってるにゃ?」

「まさか過ぎるな」

 もちろんそんなことは全く思っていない。

 むしろ逆と言える。

「ちゃんと嫌ってるか。その確認だ」

 それが前提条件で、俺が彼女に要求するための必須条件だ。

 一切感情を見せないジブリールと対照的に、溌剌とした笑顔でアズリールは答える。

「当然にゃ」

「理由は?」

 躊躇いなく嫌いだと答えたアズリールに俺はそう追及した。

「一つじゃなかったのかにゃ」

「これがそれだ。さっきのは確認だって言ったろ」

 人を好きになるのに理由は要らないと言う。なら逆もまた然り、人を嫌うのにも理由は要らないだろう。

 しかし、残念ながら俺はこいつに嫌われる理由が明確に存在する。

 理由が有るのと無いの、どっちが残念かは判断が迷うけどな。

「ジブちゃんを不幸にするから、にゃ」

 アズリールの答えはひどく分かりやすい。

 俺がジブリール(彼女)にしたことを思えば、想像には難くない模範的な回答と言える。

「不幸か。それは、俺が今日やったことを言ってるんだろ?」

 そうだにゃと肯定したことに、俺はうっかりこぼれないように笑みを引っ込める。

「お前は全く、ジブリールを理解していないのにか?」

 挑発なんて意図は微塵もないことだが、瞬きほどの静寂を生む。

 そして、場面は一変する。

 今日だけでも数回体験した天翼種(フリューゲル)の敵意。絶対零度の瞳は、俺の心理を探ろうと怪しく光っていた。

「⋯⋯どういう、意味にゃ」

 答えによっては覚悟しろ。そう言わんばかりのアズリールに、俺は平然と、そう見えるように返した。

「お前はジブリールにとってのマスター(あいつら)がどんな存在か、全く分かってねぇだろ」

 実際には、俺も分からない。

 個人の価値観を、まして彼女のそれを俺が知っているはずはないのだ。

 だが、それはアズリールもまた同じ。

「さっき、と言っても一時間半も前だけど。お前の後ろにいた天翼種(フリューゲル)達がお前に言ったことの重要性を、お前は知らないだろ」

 当然、俺も知らない。

 彼女らが申告したのは、おそらく俺がゲームでジブリールの全権を奪ったところまで。それ以上は、説明していてもアズリールには理解できなかったはずだ。

 最弱種(イマニティ)に仕える上位種(フリューゲル)の不可解な行動の発露を、彼女が想像しうるとは思えない。

 ちなみに俺も無理。分かんない。

「さっきから、何が言いたいのか分かんないにゃ」

 やや怒気交じりの声で切り返したアズリール。

 思った通りのシスコンだなと、内心不覚にも笑ってしまう。

「お前は、俺がジブリールにしたことを、本当の意味では理解できてないってことだ」

 さっきアズリールに、ジブリールがここにいることがなぜ嫌なのか聞かれたが、うん。

 こんなことを、他でもない本人の前で言わなければならないとか。それなんて拷問?

「ジブリール本人が言った。マスターなら答えを示してくれるってな」

 アズリールが僅かに強張ったことを直感で見止める。

 やはり天翼種(フリューゲル)はと、持った疑念は確信に変わった。

「そんな存在から、俺はこいつの全権を奪うって方法で遠ざけた。俺自身の目的のために、な」

 俺が今すべきは、自分がどれだけ最低なことをしたかという証明だ。

 前に、数学の証明の問題でこう答えたことがある。

『証明するまでもなく、この結果でなければ問題が成り立たないから』

 膨大な空欄を一行で埋めた俺の証明(アンサー)は、一点たりとも部分点を貰うことなく上下反転のへの字で赤線が引かれた。

 何が言いたいかといえば、証明の答えは既に出ている、ということだ。

 ただあったことを話せばいい、至って簡単な紹介文である。俺、自己紹介苦手だけど。

 問題文は差し詰め、自分がどれだけ最低か証明せよ、である。

「四百以上の年月、探しても見つからなかった答え。今ようやく見つけたそのヒント。俺はそれに近づく機会を奪った。それがどれだけ重いのかと、ここまで言えば分かるか?」

 イメージする詐欺師を最大限に再現しながら俺はそう言った。

 どうやら分かったらしい。

 向けられていた彼女の敵意は殺意へと変わり、相対する俺は耐え難いほどの恐怖を全身に感じている。

 普段向けられている視線、ジブリールや雪ノ下からのそれらが比べることも敵わない。悪魔なんてのが存在するなら、きっとこんな冷たい目をしている。、

 頬を滴る一筋の汗がやけに熱く感じられのは、この氷河期と錯覚するような空気のせいだろうか。

「そこまで懇切丁寧に説明してくれたのは、死にたいからかにゃ?」

 必死に八つ裂きにしたい衝動を抑える様にしながら彼女はそう告げた。

 いや、もう我慢すらできていないのかもしれない。盟約の縛りが現在進行形で発動しているの可能性もある。

 そこまでいくと、シスコンも病気だな。

 歯ぎしりするほど噛み締めた口では、そんな軽口すら発せられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―other side―

 

 

 東部連合・首都『巫鳫(かんながり)』。

「はあぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 かつて二人と独りが激闘を繰り広げた部屋では、聞きなれた絶叫が大きくこだました。

「ハチがいなくなったですのっ!?一体何がどうなったらそうなるんですのよぉぉぉ!?」

 事情を聴いた側であるステフは混乱交じりに問う。

 定位置である兄の膝でゲームをする白はノーリアクション。白と同様にDSPを手にした空が、ゲームの手を止めず怪訝そうに応える。

「ゲームした」

「それで伝わったら獣人種(ワービースト)の第六感信じてますわっ!」

 残念ながら人類種(イマニティ)にも第六感はないのだ。

 未だ収まらぬ興奮は、彼女の体験を思えば理解できなくもない。

 ここしばらくの間身を粉にして働き、不眠不休で貴族たちとゲームをし続けた彼女。そんな中、唐突に「愛してる」と異性に告げられ、挙句自分が眠ってないと知ると書類仕事を深夜まで手を貸してもらった。

 そんなイケメン(目以外は)に感謝しながらぐっすりと眠った今日。

 起きてみればいきなりいづな、いのと共にジブリールの転移でここに連れて来られ、ハチがいなくなったと告げられた。

「わたくしが寝ている間になにがあったんですのぉぉぉ!」

 詰め込み過ぎなスケジュールを送ったステフのキャパシティは、とうに限界突破でサバイバルであった。

 はたしてそんな彼女を、一体誰が攻めるというのか。

「ギャーギャーギャーギャーやかましいんだよ。発情期ですかコノヤロー」

「⋯⋯ステフ、黙る⋯⋯アル」

 他でもなく、彼らである。

 発情という単語の連鎖で彼から言われたセリフが頭の中でリピート再生。頬を染めたステフは逆に羞恥で落ち着きを取り戻した。

「てか、なんでここにいるんだよ」

 一段落ついたゲーム機を置き、空はいのの方を向きながらそう問うた。

「ジブリールがついでに連れて来た、です」

 なぜか答えたのはいづな。そこに疑問は持たず、空は違うことへと思考のリソースを割いていた。

 今朝、いづなが起きると八幡がいなくなっていることを知り、彼女はいのに居場所を尋ねた。

 巫鳫(かんながり)だと聞くと、移動手段がないことに気付く。ある分にはあったが時間がかかってしまう上、いのに止められたのだ。

 仕方なく午前を過ごしたところに、ジブリールが現れた。たまたま近くにいたいのとステフもついでにと彼女はすぐにここへ送った、ということである。

「いづなたんはなんで八を追って来たんだ?」

「嫌なにおいがした、です。いつもはしねぇ、嘘つきのにおいだった、です」

「あの、そういえばジブリールはどうしたんですの?」

 冷静になり周りを見たステフは、今いないもう一人に気付く。

「比企谷が連れてったんよ」

「えっ!」

「ミスったかもしれねぇな、こりゃ」

 声を上げたステフを気にすることなく、空は誰にも向けていない言葉を零した。

「にぃ⋯⋯?」

 信じる兄の弱音にも似たそれを聞き、白は頭の上にある彼の顔を覗き込む。

「大丈夫だ白。決着は着いてねぇ」

 具体的なことは何も語らない。だが、それだけで十分だと、白は顔を前に向けなおす。

「なるほど、そんなことが」

「本当に八、いなくなったのか、です⋯⋯」

「なんでこんなことしたんですの⋯⋯」

 改めて事実を聞かされた三人は三様に肩を落とした。

 いづなやステフだけでなく、彼を常識人だと評価していたいのもまた、貴重な人材がいなくなったのだと残念に感じている。

「空、ミスゆうんは、一体なんやの?」

 一通りの説明を終わらせた巫女がそう聞いた。『  』を除けば、状況を一番理解している彼女が空の声に反応するのは当然といえる。

 言うか否かで迷った空は少しの間の後、語ることを選んだ。

「俺らが異世界から来たってのは言ったよな?」

「あぁ。そんで?」

「そのとき一緒に八も来たんだが、八はゲストだって言ってたんだよ」

 呼んだ本人であるテト以外では三人しか知らぬ事実を空は開示する。

「よく分からないですけど、それがどうしたんですの?」

「ゲストって、おかしくねぇか?ここはゲームの世界だぜ?」

 空の問いに答えを出せる者はなく、それを見て彼は続ける。

「普通は“別のプレイヤー”だろ」

 ゲームの世界に呼ばれた現代の最強ゲーマー『  』(くうはく)は、間違いなくクリアを目指す挑戦者(プレイヤー)だ。

 では、比企谷八幡は――?

「確か空達を呼んだのは唯一神のテトでしたわよね。それでテトがハチをこの世界に呼んだゲストと言ってもおかしくはないんじゃ」

「それはな、そもそも動機が違うんだ」

「動機、ですの?」

『  』(俺ら)を呼んだのは、ゲームで負けて悔しかったから。けど八は違う。だいたい八はテトとゲームしてねぇはずだし」

「では、なぜ比企谷殿を?」

 ここからはあくまで空自身の推測になる。

「俺ら側かテト側かは分からんが、面白くするための要素だろうな」

 あの神様がただゲームだけして満足するほど、今の暮らしに暇していないわけがない。

 どうせやるならおもしろく、そして勝つのが――ゲーマーだろ。

 神の思考さえ読み切る空は、しかし言ったのだ。ここでミスしたと。

「そこまで考えとって、なにがミスなん?」

「あぁ。テトは八をゲストとして呼んだ。けど――」

 決してゲーマーとは言えない彼は、たとえ多くの条件が重なったとはいえ、あの『  』(くうはく)と引き分けている。

 今までいなかった好敵手(ライバル)と呼べる存在は、『  』として、ゲーマーとして喜ぶべきイベントだ。

 だが、最高の条件、最高のステージ、最高の相手である中で、彼はゲーマーではなかった。

「八には、傍観者(ゲスト)じゃなく好敵手(プレイヤー)としていて欲しかったんだよ」

 空は東部連合とのゲーム、いづなと戦ったゲームの時のことを語る。

「あのとき八をゲームに参加させたのも、半分はそれが目的だったし」

 空はゲストである彼をプレイヤーにするために、負けることのできないゲームに参加させた。

 動く理由がないと動かない――そんな彼の性格を知った上で。

「そして今回のゲームも、理由は同じ」

 八と『  』の一戦。これもまた、エルキアを離れ進む彼がゲーマー(プレイヤー)として進むと踏んでのことだった、と。

「ジブリール取られるのは、ちょっと想定外だったけどな」

 読み切れなかった恥ずかしさからか、苦笑交じりにそう彼は言う。

 一方ここで、ようやく巫女らを含むエルキア陣営は『  』のこのゲームの狙いを知る。

 そして巫女は、空が言った言葉の意味を理解した。

 比企谷八幡が動く。

 それはまさしく、この世界(ゲーム)をプレイするということ。プレイヤーとして、『  』と同じ目標を違う方法で目指すということだ。

「ミスってゆうんは、その読み違いゆうことか」

「いや、違うんだよ」

 半ば納得しかけた巫女の推測を、空は否定した。

 なぜかと問うより先に、彼はステフの方を向いた。

「ステフ。クラミーとゲームする前に、八がなんて言ったか覚えてるか?」

 ゲーム前、空の問いに対して彼がなんと答えたか。

 白はもちろんだが、その場にいたステフもまた覚えている。

「えっと、確か⋯⋯」

 ――見届ける。

 そう、あのとき彼は言った。そして決めたはずなのだ。『  』の行く道を、最後まで見届けると。

 だが、ならばなぜ、今ここに彼はいないのか。

 答えの出せぬステフは空の顔を見直す。

「ソラ⋯⋯どういうことですの⋯⋯」

 彼女の言葉は『  』以外の全員の意を汲んだ質問だった。

 抽象的な文は、それ以上絞り込めないという事実故。不可解で不明瞭なことが多く、彼女らはどう問えばいいかさえも分からない。

 そんな心中を察し、空は呟くように言った。

「このゲーム(・・・)、もう詰みだ」

 あまりにも情報の少なすぎる彼の言葉に頷く者はいない。

 無言で続きを待つステフらを前にしながらも、空の目線は見えない天空に向いていた。

 誰も、ともすれば八幡自身さえ気付いていないそれを、空は淡々と告げる。

 

「あいつは、最初から矛盾してんだよ」

 

 

 ―other side―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凍える瞳と気迫に慣れることはなく、引き伸ばされた感覚的な時間はとうに現実味すら失わせるほど長く続いている。

 いっそ気絶できたらどれほど楽か。

 それでもどうにかしなければならない自分の不運を呪いながら、俺は食いしばった歯を少しずつ離す。

「⋯⋯今回の要件、言っていいか?」

 頭の上下で肯定するアズリールを見てから、俺はため込んだ緊張を吐き出す。

 とはいえ、そんなため息一つでどうにかなるほど、体のどこかにつっかえた重みは軽くなかった。

 今俺がここにいる理由。

 なんとも自分本位で笑えるのだが、今は笑みをつくる空元気すら出ない。

 やるしかない。俺の特権を使うためには、こいつの助力が必要だ。

 ――ここまで来て、俺は誰かを頼るのか?

 内側から聞こえる声に、俺はまた言い訳を言い聞かせる。

 違う、利用するだけだ。

 はたしてどっちが間違った選択肢なのか、それすらもわからないまま俺はアズリールに向かう。

 どれだけ重い覚悟が必要か。

 ――大丈夫だ。

 これは必要なことか。

 ――分かっていることだろ。

 自問自答をやめることなく、俺は口を開く。

 

「俺を――殺させてやる」

 

 言葉にしてしまえば単純で。想像していたよりも簡単に、その言葉は声になった。

 ――嫌な覚悟だな。

 あぁ、そうだ。つくづく、そう思うよ。

 こんな覚悟、すること自体が、間違いだ。

 

 

 

 

 




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