忙しかったんです。
というか忙しingなんです。
言い訳ですはい。
思いついて、すぐに否定した。
だがもう一度考えて、この方法しか思いつかなかった。
きっと
そして、使うことを許さない手だ。
だからこそ俺は今こうしてここにいる。正攻法を全く無視して、攻略法を完全に度外視して、ここにいる。
そんな邪道を行く俺は、ふと思う。
あの神様は、あの心底ゲーム脳な負けず嫌いの少年は、こんな展開を予想しているのだろうか、と。
あいつは俺を呼んだ。
それは奴自身が望む結末のため。異分子であるぼっちが、あの神様ですら想像だにしない未来を彼自身に見せるためだ。
重すぎる期待だし、過大評価もいいところだとしか言えない。
だがそんな扱いは、テトがどこまで本気なのかを示している。
あいつはどこまでも本気で、俺が世界を変えるとかマジで思っているのだ。
そこまでいくと洒落が効き過ぎて、逆に笑えない。堕落の王様になりそう。
――俺は今、この期に及んでまだ、あいつの手の上ではないか。
いや、だとしても、後に引く気はない。
俺の帰る場所なんてもう、この世界にありはしないのだから。
「君、本気で言ってるのかにゃ?」
俺を見上げる形で言うアズリールは握った拳を引き、だがそれ以上は動かさない。というより動かせないのだ。
こいつに殴られたら、疑う余地なくご臨終だろう。
現在、俺の足は地についていない。宙ぶらりんで持ち上げられ、心底てるてる坊主とは可哀想な存在だと思える。
胸倉を掴まれ成す術のない俺は、目の前にいる激高真っ最中の
解放され、息を整えた俺にアズリールは猜疑心を隠すことなく聞く。
「行動と発言が合ってないにゃ」
それはそうだ。
『殺させてやる』
物騒ここに極まれるセリフを言った俺に対して即時行動に出たアズリールの拳は、しかし盟約によって阻まれた。
この世界は、暴力も強奪も殺戮も許されない。裏をかけば、“同意の上”ならそれらは盟約の禁止事項に触れない。
だが“許可”を得たにも関わらず、アズリールは俺を殺せなかった。おかしいですよね?
矛盾過ぎるこの状況を、俺は端的に述べることにした。
「話は最後まで聞けよ」
暗にまだ提示していない項目があるのだと告げ、アズリールは空中で胡坐を掻きながら言葉を待つ。
「ある場所、ある方法でのみ、お前が俺に手を下せる許可をやる」
よくある「死に場所くらいは選ばせてやる」「死に方くらいは選ばせてやる」のハイブリットである。
図々しさの凄まじい要求を、彼女は俺からの譲歩と受け取ったようだ。
アズリールは短い黙考を終え、鋭い目を向けなおす。
「それは君の自殺に手を貸せってことかにゃ」
「俺の要求が通ってお前は恨みを晴らせる。winwinだろ?」
これなんて意識高い系なフレーズで攻め込む。
しかしこれ、客観的に見たらどんな風に映るのか。
自殺志願者と殺戮天使か。あるいは馬鹿と暴君。うん、どっちにしてもまともじゃねぇな。
分かるはずもない俺の思考を読もうと押し黙るアズリールの返事を、俺はただひたすらに待つ。
決断にはもう少し掛かるだろう。
いつの間にか薄まった気迫に気付いて、思わず息を吐いた。一段落、にはまぁ少し早いが一区切りといったところだ。
思えば、今ここにはもう一人いる。
強引に参加したジブリールに俺はそっと視線を移す。
本格的な交渉が始まって以降口を開かぬ彼女は、今も沈黙を保ちながら俺の隣で目の前の姉(自称)を見つめていた。
お前マジで何しに来たの?と聞きたい衝動をどうにか飲み込んだ。多分聞いたらまたキレられる。
改めて考えても、やはりこいつの目的が分からない。
一度はアズリールが関係しているかとも思ったが、ならば彼女にこの交渉を促したことに説明がつかない。
あれか、俺にさっさと死んでほしかったとかか?いや、ありそうだけどあの時点ではこいつ俺の狙い知らねぇし。
例えば『 』からの命令。うん、ないな。仮にそんな命令をされていたとしても、今の彼女がそれを守る理由はない。
一体俺からしたら空白の一時間半で何があったのか。
分からぬことをいくら考えても仕方がない。
頭を切り替えて前を向くと、こちらに真っ直ぐ視線を向けたアズリールと目が合った。
どうやら答えが出たようで、彼女はゆっくりとこちらに近付いて来る。
「話はきくにゃ。それで、とりあえず――」
収まったはずの寒気は一層の冷気とともに再起。鼻先が触れるのではないかと思えるほどの距離で、アズリールは威嚇としか言いようのないセリフを吐いた。
「今すぐジブちゃんから離れるにゃ」
怖い。とにかく怖いアネリールさん、マジパネェっす。安心してください、吐きそうですよ?恐怖で。
今日、俺は世界の真理を見た。
――シスコンって怖い。
さて、俺が
どうにか正気を取り戻したアズリールとの打ち合わせはおおよそ終わりを迎えた。
「で、この座標に行きたいんだが」
「位置的には少々離れますが、二時間ほど経てばアヴァント・ヘイムのルートにここが重なるので特に問題はないかと」
条件のすり合わせにはなぜか、本当になぜかジブリールが加勢し、想定よりもかなり早くまとまった。
もともと説得も含んでいたため、正直助かる。アズリールの説得のジブリールは適任過ぎだ。
俺が細かな部分を事細かに説明解説し、アズリールは腕を組みながら少しずつ高度を上げる。
「う~ん、むずかしいにゃ」
呟く彼女からは、少なくとも先ほどまでの様な圧力はなくなっている。
「君がしたいことは~、まぁ大体分かったにゃ。でも、君が何を狙っているのかが分からない以上、簡単に頷くのもにゃ~」
やはり言葉には一切の棘が感じられない。それは緊張がないとも言えるかもしれない。
彼女が言ったようにさっきの説明では、俺の目的自体は言わなかった。
俺が提示したのは、『俺を殺せる条件』だけ。
目的不明な状態で聞いたのだから、怪しむのがむしろ当然。今の彼女の対応の方が不自然過ぎて怪しいくらいだ。
「いいのか?簡単に信じて」
「だから簡単にはいかないって言ってるにゃ」
なんて言ってはいるが、そもそも判断を迷っている時点で一部分だけでも信じていることになる。
もちろんそれは俺の聖人過ぎる人格故ではない。
単にこの行動でアズリールと付随する
むしろ、俺をあの世に送れるならアズリールは笑顔で承諾するのではないか。
マイナスというならば俺のこの行動の真意こそそれではないかとも推測が立つだろうが、そこはほら、俺信じられてるし。
真面目なことを言えば、彼女には断る理由がない。ていうか受けることに大きなメリットがある。
と思っているはずだ。アズリールはな。
「一応言っておくが、これは俺からお前への個人的な交渉だ」
とりあえず俺は必要性すら感じない捕捉を付け足した。
未だ迷っているポーズを続けているアズリールはくるくると空中で縦横関係なく回転している。
「それは分かってるにゃ~」
思った通り彼女は興味なさそうに答える。
俺を殺すメリット。それはアズリールの妹(仮)に関係する。
ひどく簡単なことで、所持した権利は所有者がいなくなれば自動的に放棄される。
仮に相続者がいた場合はそいつに引き継がれるだろう。
よって俺が死ねばジブリールの全権は彼女自身に戻り、晴れて自由の身になるのだ。
「まぁ時間はあるし、前向きに検討してくれ」
「それもそうにゃ」
アズリールは回転をやめ、ゆっくりと高度を上げていく。
「ちょ~っと考えてくるにゃ」
言った彼女は返事を待たず、数秒の後に遥か彼方へと飛んで行った。
元の性格なのかは知らないが、あの軽い対応のアズリールと話したからこそ思う。
最後に見えた彼女の顔が、少しだけ悲しそうに見えたのは俺の気のせいだろうか、と。
「あいつ、どうしたんだ?」
「頭を冷やしに行ったのでは?」
独り言のつもりだったがそれにジブリールが答えた。なんか恥ずかしい気もしてしまう。
それに頭冷やすって、それこそ何があった。
あ、いやさっきまで怒り狂ってたからな。それか。
「さて――」
気配だけで彼女が立ち上がったのを理解した。
あえて浮いていないのはなにか理由があるのでしょうか。ジブリールはゆっくりと俺の眼前に立ちはだかる。
「では、続きを始めましょうか」
中断した激闘を始めかねない空気で彼女はそう告げた。
それはもうハンターがハンターをハントしちゃう感じ。あれ休み過ぎだよな。
「なに、俺死ぬの?」
「それは二時間後にとっておきましょう」
あぁ、どっち道でした。
いや、再開すること自体は俺も賛成だ。積もる話はないが、聞きたいことはあるわけで。
ただこのテンションのジブリールと話すのは、できれば勘弁してほしい。
「分かったから、落ち着こうな?」
まずは承諾の意を伝える。
うん、分かったから、話すから。
だから、ね?そのにこやか過ぎる笑顔やめて?
めっちゃ怖えから。
この世界、怖い奴多過ぎな件。
怒れる
眼前に広がるキューブの散らばりを眺めながら、目も顔も向け合うことすらなく、ただ並び立つ。もとい、並び座る。
こうして座ることに懐かしさを感じたのは、彼女と会った頃の距離感と似ているからかもしれない。
あの自家用の図書館で感じた空気と過ごした時間が、記憶を蓄える海馬とは別の器官で覚えているからかもしれない。
なんて、似合わないことを思うのは現実逃避だろうか。それとも……。
ふと浮かんだ勘違いを払拭するために俺は口を開く。
「で、ほんとのところはどうなんだ?」
「それは、一体何を指した質問で?」
顔も合わせずに言葉を交わすことには特に何も感じない。
「なんでここにいるんだ、ってことだよ」
「一度説明したはずですが」
「いや、あれは建前みたいなもんだろ。お前がわざわざ待つ必要も、ここにいる理由もないんだし」
ジブリールは少しだけ躊躇ったように間を開けた。
「⋯⋯まぁ、察しろという方が無茶でしょうか。あなたの場合は」
「は?」
「いえ、なんでも」
こいつ、なにを言おうと、てか言ったんだ?
聞こえなかったんじゃなくて、純粋に意味が分からなかった。
ほったらかしにされた俺を回収することもなくジブリールは続ける。
「待っていたのもここにいる理由も、言った通りにございます」
「言った通りって⋯⋯。てか、よくよく考えたら話すらしてないだろ」
あの時はただ曖昧な言い方をしたってだけで、もはや会話にすらなっていなかったはずだ。
まぁその曖昧なところが気になってるんだろうけど。
「ならば改めて聞きましょう。あれはどういった意味で?」
改まっちゃったか。
“あれ”とは俺がアヴァント・ヘイムに来てから彼女に言ったことのはずだ。
どういう意味かと聞かれたら、答えてやるのが世の情け。
「世界の平和を守るため⋯⋯」
「世界の破壊は防げても、たった一人の破壊は防げないようで」
「なにその逆サイヤ人」
それ俺死んじゃってるし。何回滅んじゃうんだよ俺。
ジブリールは何かを待っているように黙っている。
あぁ、どうやら誤魔化せないらしい。
覚悟を決め、口を開く。
「好きに解釈しろよ」
思いの外、冷たい言い方になってしまったかもしれない。
怒りも焦りもなかった。なのになぜ?
ただ、心のどこかで突き放したから。そんな気がする。
自分のことを語っているのになんとも曖昧だ。
自分のことは自分が一番よく知っている。確かにそうだ。そうだが、そんな揺るがない事実は、しかしどこか違う。
俺が知っている自分は確かに自分で、知っている量も、質も、恐らく誰よりも多く高い。まさしく一番。
だが、それはあくまで暫定だ。
例えば魔法で俺の全てを読み、客観的な視点から分析すればどうか。
当然、観測者は俺の深層心理まで読み取り、無意識下の感情思考概念をも把握する。暫定一位の俺よりはるかに多く正確に俺を知っていることになるわけだ。
さて暫定一位の俺は、今まさに自分の知らない部分を感じ取っている。
理解不能な自分とは、また厄介だな。
俺はこちらを向いたジブリールを視界の端に捉えた。
「好きに、とは⋯⋯」
「そのままの意味だ」
意趣返しでもなんでもなく、俺はただ事実だけを伝える。
また、低い声だった。
二回目の声で、少しだけ分かった。部分的にだが確信した。
俺は突き放すつもりなのだ。
俺は彼女との関係を、この距離を、距離感を、自ら壊そうとしている。
心地いいとすら思ったそれを⋯⋯。
「思えば⋯⋯第一印象は最悪でしたね」
俺が自己嫌悪に陥っている中、ジブリールは呟く。
呆気にとられててから約数秒。思考ついでに心臓まで止まってたかも。
「会って第一声が
「ミジンコより微小に刻むのかよ」
条件反射でツッコんだが、おかげで少しだけ思考能力が戻った。
ツッコミの動作で視界に入ったジブリールは、どこともなく虚空へと目を向けている。
俺は再び前方へと目線を戻す。さっきまで見ていたように、変わらずそこにはキューブが散乱している。
「そういや、会ってからまだ二ヵ月くらいだったな。俺ら」
彼女が語った時間での出来事に関して、俺は共有された記憶がある。
だから、思い出す。
「勝手に入って来たかと思えば、今度は本を貸せと」
「今思うとかなりうぜぇな、俺」
「ええ、全く」
本当に何してんだろ俺。
この世界来てから少しおかしくなってないか?
多分空達の所為だ。俺は悪くない。
「しかも魔法で王様宣言VTRも見せてもらったな」
「挙句、たかがコーヒーもどき一つのために騙されました。今あなたとこうしていることが不思議でなりません」
コーヒーもどき言うな。
不思議か。確かにな、同意する。
「そんで、それを謝るためにゲームして」
「一応、あれは私の負けでしたね。形の上では、でしたが」
「マッ缶の良さが伝わったからだろ?」
「はて?」
おっと、どうやら違うみたいだ。
「それ以降空様と白様の従僕になってから、なぜかあなたに使われる破目になり⋯⋯」
「人聞き悪いな」
「散々私を
めっちゃ笑顔でこっち見て来た。うん、顔逸らすしかない。
巫女さんとの交渉の時のことだろうが、楽だったろうし良くない?ダメですか、そうですか。
髪の擦れる僅かな音が聞こえ、彼女が向き直したことを知る。
「先日には再びゲームに負かされました」
負けた方が悪い。
思いっきり言ってやりたかったが、それより先に彼女は続ける。
「そして今日。またもや移動用の便利種族扱い」
あれ、俺こいつの前で便利種族って言ってないよね?大丈夫だよね?
ゲームに関していえば、クラミーらとの一戦。あれはかなり助けられた。
「あー、えっと、昨日は助かりました」
「昨日は?」
「ずっと助けて頂きありがとうございます」
ザ・平謝り。感謝って、謝ってるんだな。
しっかりと下げた頭を上げると、こちらに目を向けるジブリールの横顔が目の前に来る。
「やはり、残念な方にございすね」
言った彼女の浮かべた笑顔は、よく見せるそれとは違うように思えた。
何が言いたいかは全然分からないが、まぁ褒めてはないな。
ぼっちはこういった遠回しな暴言には慣れている。
「残念って、自覚はあるが皆まで言うなよ」
「ここまで言われてそう返せるあなたは、本当に残念です」
「そんなに大事か?二回言う程か?」
俺の思考含めて言われた気がしてならねぇ。
ジブリールは返答することなくゆっくりと立ち上がる。
あー無視か。そりゃ嫌われてるしな。てか、あれだけ言われて分からん奴いないだろ。
「どこか行くのか?」
歩き出した彼女は、背を向けながら答える。
「ええ、急用ができましたので」
それ絶対ない奴だろ。
「ちなみに、それは何か聞いてもいいのか?」
「言ってもあなたには分からないでしょう」
「そうか」
なら
いや、知らん。
分からないと言われている以上推測も無駄だと察し、俺は思考の渦から意識を戻す。
前を向くと見飽きそうな景色。俺は思い出したようにさっきまで彼女がいた後ろを振り向く。
そして誰もいなかった。
「ハァ⋯⋯」
壁がないので両腕で脱力した体を支える。
高高度のキューブから周りを見渡す。
高い⋯⋯バベルの塔かよここ。アズリールも当分来ないだろし、俺ここから動けねぇな。
――疲れたな。
会話は頭を使うものだなと改めて思う今日この頃。仕事でもないのに働き過ぎだわ俺。
この世界に来てから、より深く癖になったことがある。
今彼女と話したこと、さっきアズリールと交渉したこと、『 』とゲームしたこと。
今日起きた起こしたことが頭の中で、再現できる最大画質高音質で再生される。
『 』とも、ジブリールとも、俺は縁を切った。それも自主的に。
後悔はない。後悔する権利がない。
自分で選んだ道だ。例えそれしかなかったとしても、実際に実行して実現させたのは、俺だ。
――なら、あいつと話したのは?
あぁ、それは、なぜだったか。
俺は遠ざけたのではなかったか?それなのになぜ、俺はあいつと話した。
罪悪感?罪滅ぼし?それとも他の感情か?
ダメだ、分からん。分からないが、もういい。
「⋯⋯寝るか」
どうせ暇だ。予定はあるが現在は進行形で暇だ。
支えを外して仰向けに寝転ぶ。
疲れたな、本当に⋯⋯。
大空を映す視界がブラックアウトするのに、そう時間はかからなかった。
できる限り早い更新心掛けますので今後ともよろしくお願いします。
感想、誤字報告お待ちしてます。
番外編 エルキア王国奉仕部ラジオは必要ですか?
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