ノーゲーム・俺ガイル   作:江波界司

58 / 105
見えるものだけをただ彼は見据えている

 これは夢だ。

 自覚がある。自我がある。これが夢だと言い切れる自信がある。

 なぜなら、目の前には彼女らがいるのだから。

『ゆきのん、どうするの?』

『私は……私のやり方で依頼を受けるわ』

 ああ、そうだ。

 彼女は、彼女らはそうするだろう。

 だから俺も、俺のやり方で。

 どれだけ最低でも、どれだけ最悪でも。それで救えるものがあるなら――。

 間違えているなんて知っている。正解でないことは理解している。

 俺が選ぶ道はいつも間違えていて、続く道は正解には繋がっていなくて、それでも進むしかなくて。

 なら進むしかない。

 ――まだ迷ってるのかよ。

 突如風景は変化し、目の前には目の腐ったアホ毛の男が立っている。

 幾度と繰り返した自問自答。導き出した答えは確かにあって、だが、まだ俺はどこかで足踏みしている。

 ――迷わないために、今ここにいるんだろ。

 俺はあいつらと一緒にはいれない。それを察したからたった一人、俺はここにいる。

 分かっている。

 応えた俺に、目の前の男は問う。

 ――なら、なんで後ろを見ねぇ。

 ……。

 なに?何を言ってる?そして何を言いたいんだ?

 迷わないから、迷う必要がないから、見る必要もないんだろ。

 ――そう思うなら、まず振り返れよ。

 それにどんな意味がある。

 ――自分が選んだ結果を、自分の目で見ろって言ってんだ。

 まだ結果なんて出ていない。まだ終わってねぇんだよ。

 ――じゃあ、それでもいい。

 けど、と目の前の男は続ける。

 ――逃げんなよ。

 逃げねぇよ。なにせもう、逃げる道は自分で潰している。

 黒い闇だけの空間。光もないのに見える男は、いつの間にか消えていた。

 この何もない世界は途方もなく寂しく感じる。

 目に映る深い黒は、果たして何を表すのか。

 これは夢だ。

 自覚も、自我も、夢だと言い切る自信もある。

 これは思い一つで覚めてしまう、作り物の幻想だ。

 だから、これでお終いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お願いする立場の態度じゃないにゃ、これ」

 敵意よりも呆れが多く含まれた呟きに、俺は重い瞼を開けた。

「交換条件だから立場は同等だろ」

「条件の内容考えてもその対応はやっぱりおかしいと思うしかないにゃ」

 目に見える逆さの世界で、アズリールは両手の平を上に向けてやれやれといった風な反応を見せた。てか、なんでこいつ逆さ?

 まぁ天翼種(フリューゲル)が上下の方向を気にするほど小さい奴らではないことは知っている。大した混乱もなく俺は体を起こした。

 あ、単に俺の見方の問題か。

「てかそのポジション。俺の知ってるやつじゃないんだけど」

 アズリールが分かるはずもなく、彼女はハテナ?と首を傾げた。

 そりゃそうだ。前に経験した二回は、どっちもこいつは見てないだろうからな。

 一度固まった体を解すために伸びたついでに、深呼吸で取り入れた酸素で頭を覚醒させる。

「もう時間か?」

「まだ余裕はあるにゃ。うちは答えが出たから来たんだにゃ」

 答えか。さて、協力してくれると助かるが。

 薄々想像ができているそれを、俺は振り向いて促す。

「どうするんだ?」

 はは、と微笑しながらアズリールは宙をゆっくりと移動し、俺の目の前に位置取りする。

 そして――

 

「君を、殺してあげるにゃ」

 

 とびっきりのあざとさ満点スマイルで、シスコン(アネリール)は指差し宣告した。

「そりゃどうも」

「なんか変な会話だにゃ」

 加害者側の台詞じゃねぇだろそれ。いや、加害者は俺か。

「おや。もう来ていましたか、先輩」

 突如現れた存在は、アズリールを見つけ少々驚いている様だった。

 それ以上に俺が驚いてるんだが。

「ジブリール……」

「ジブちゃん。どこに行ってたにゃ?」

「答える義理はありません」

 死海レベルの濃度の塩対応で視線を切ると、ジブリールは俺を正面に捉える。

「これを」

 彼女が差し出したのは何かの本。呆気に取られ反応が遅れた俺は、題名もない分厚いそれを反射行動で受け取った。

「なんだこれ?」

「私からあなたへの冥土の土産です。ありがたく頂戴してください」

 すごくいい笑顔だったが、彼女にして珍しく、どこかにぎこちなさが見え隠れしていた。こいつ、なにか仕掛けたな。

 まぁ気にすることでもない。この本が何であろうと、この先は変わらないはずだ。

 それよりも、俺にはしておくべき事がある。

「ジブリール。約束、覚えてるか?」

 俺はまず、そう静かに切り出した。

 えぇ、もちろんと返すジブリールと困惑気味のアズリール。片方を無視して続ける。

「俺の目標は大体達成した。だから、ここまでお前を利用した事に関しては謝らない」

「問題ありません」

 彼女と交わした約束。

『互いの目標の為に、俺たちは互いに利用し合う』

 盟約にすら誓っていない口だけのそれを、俺は律儀に守ってきた。そして、それは彼女も同じらしい。

 そうでなくて、俺が良いように扱ったことを彼女が責めないはずがない。いや、少し前に責められた気もするが。

 ともかく。謝罪をしないと言った俺を許容したジブリールには、言わねばならないのだ。

 

「……悪い」

 

 謝罪の言葉を。

 ジブリールは一瞬の驚きをすぐに押し殺し、至って冷静に言う。

「それは、何に対するものですか?」

 当然の問いに、俺は何とも身勝手な答えしか用意できない。

「俺は、その約束を破棄する」

「何故でしょうか?」

 理由も告げずに、は行かないだろうな、そりゃ。最初から覚悟していた俺は詰まることなく言葉を紡ぐ。

「俺はお前の答えを探す手伝いは……」

「あ、いえ。そういう意味ではございません」

「……え?」

 多分、俺は相当間抜けな顔をしているだろう。

 ジブリールはそんな俺の顔には一切触れず、触るどころかリアクションもせずに言った。

「私が聞いたのは、何故謝るのか、にございます」

 なぜ?

 正味、理解出来なかった。

 それは彼女が約束の破棄を許すことよりも、そのセリフの方がある意味衝撃だったからでもある。

「あなたはあなたの答えを見つけた。であるなら、そもそもあの約束をこれ以上守る理由はありません」

「それは……そうか……」

 言われてから、確かにそうかもしれないと思う。だが納得といえるほど、まだ俺の中では消化できていない。

「それに、私の『答え』はもう出ていますから」

 そんな消化不良の異物は、流し込まれたセリフによって溶かされ。どころか胃酸が逆流しかねない暴言だった。

「は?……ってか、いつから?」

「そうですね。東部連合を倒した時には、もう既に」

 俺は頭を抱えることになった。

 いや、彼女が気にしていないのなら、大した問題ではないのだが。それでも俺の中ではちょっとした天変地異だ。

 つまりあれか。俺は勝手に約束を盾にしてこいつを自分勝手に利用してたってことか。なにそれ性格陰険すぎ。

「えっと……その、悪かった」

 さっきとは違い、利用した事に関して謝った俺に、ジブリールは平然と返した。

「それも含め、問題ないと言った次第です」

 その辺含めて言ってたのかよ。ここまで来るとこいつ本当は良い奴なんじゃね?とか思い始めてきそうだ。

 だが、そうはならない。

「さて、先輩。そろそろ時間でしょうし、早くこの男を殺されては?」

 明らかに許していないジブリールのセリフに何度となく思った感想を飲み込む。

 ――こいつ、ブレねぇな。

 彼女の提案に対し、アズリールは笑顔で親指を立てた。

「激しく同意するにゃ。じゃあ、覚悟はいいかにゃ?」

 そのままジブリールに向けた手を俺に差し出し、彼女は処刑人らしい確認をとる。

「覚悟ならとっくに決まってる。むしろ気が変わる前にして欲しいくらいだ」

 覚悟は出来ている。男なら、一度は言ってみたいセリフだろう。まぁ、その後に俺らしい卑屈さが滲み出ちゃってるけど。

「そうかにゃ?それじゃ……出発にゃ〜」

 既に準備をしていたのだろう。言い切るのとほぼ同時、視界は切り替わる。

 

 

 

 

 

 

 

 ―other side―

 

 

「もう、よろしいでしょうか……」

 立方体の上に立ち尽くす一人の影は、儚くもあり、美しくもあった。

 ジブリールが呟く声を聞き入れる者はおらず、ただ自分にだけ向けられている。

「別れの言葉すら、ございませんでしたか……」

 それは自分もだろうと、自虐的な思考は言葉にもならない。

 今の彼女なら理解出来る。何故あの時、クラミーがゲームを挑んだのかを。

 ――彼女は察したのだろう。この、どうしようもない別れを。

 もちろん、ジブリールは知っていた。彼が近いうち、『  』(マスター)と離別することは。

 しかし、それは永遠ではない。

 真に永遠を生きる自分と違い、彼らには限られた命があり、時間がある。

 そして向かうべき同じ目標を見据えるならば、遠くない未来、再び相入れることもあるだろうと。

 そう、彼女は考えていた。

 だが実際はどうだ。

 彼はいなくなる。もう追うことすら叶わぬ所へと。

 この世界でたった一人、自分を見つけてくれた者が、消える。

「それ……でも」

 後悔することは、できない。そんな資格は自分にはない。

 ――止めようとしなかった。

 何故?

 分からなかったから。

 理由は至極簡単なことだった。

 彼女は知らなかった。彼女が持つ感情と、その扱い方を。

 未知を既知に変える。天翼種(フリューゲル)が繰り返した歴史。

 既知を未知に変える。『  』(マスター)が起こした革命。

 では、彼は?

 それすらも、ジブリールには分からない。

「もう、いいんですね」

 だからこそ、こうして彼女は見栄を張った。

 知らぬ存ぜぬで通せるそれを、たとえ分からずとも、伝える為に。

 不安もある。彼が気付かない可能性、それは否定できない。

 そんな彼女こそ、気付いていない。

 自分の頬を濡らすのが何なのかを。

 

 

 ―other side out―

 

 

 

 

 

 

 

 空と宇宙の境は、思いの他現実的だ。

 大気圏なんてものがこの世界に存在するかは危ういが、それでも今いる空間はギリギリ引力が働いている。らしい。

「アズリール。なんか寒いんだけど」

「知らないにゃ〜」

 自分で言うのもなんだが、ここでの気温は氷点下。むしろ凍死していないのが驚きの状況である。そこはアズリールがどうにかしてくれてるんだろう。空気とかもそうみたいだし。

 さて、俺が彼女に提示した条件は大きく三つ。

 死に場所。

 死に方。

 そして死ぬ前に一つだけ言い残したい、とこれだけ。

 まずは場所。

 とある座標のとある高度。おおよそではあるが、まぁここで問題ない。

 死に方は、後でいいか。まだ死ぬ気はないし。

 俺何回死ぬって言うんだろ。

「アズリール」

「今度はなんだにゃ。早くやることやって欲しいだけどにゃ〜」

 凍える俺の横で悠々とした態度をとっている彼女。さっさと終わらせて帰りたいことだけがひしひしと伝わってくる。が、もう少しだけ付き合ってもらう。

 ……別に変な意味とかないからな?

「じゃあ一言だけ言っておく」

「はいはい。さっさと言うにゃ」

 全く興味を示さないアズリールは、しかし一瞬で態度を変えることになる。

 

「ジブリールは、とっくに自由だぞ」

 

 転移でも使ったのかと錯覚するほどの速度で、彼女は接触ギリギリまで俺に顔を近付けた。

「どういう意味にゃ」

 今までで最も温度の感じる問い方。それはジブリール、妹を思っての感情故か。

「一言の権限は終わったからな」

「ここからは死体蹴りにゃ。うちの中で君は死んだから、約束なんて無視して好きに話すにゃ」

 相当必死らしい。どうやら彼女は最初からジブリールのことだけを気にしていたようだ。

 だからこそ、俺も話す気になったんだけどな。

「じゃ、お言葉に甘えて。実は今日お前と会う前に、既にジブリールにはあいつ自身の全権を全て返してある」

 これが俺がジブリールに言ったものの正体。

 俺はあの時点で彼女からマスターとして扱われる全ての理由を破棄していたってことだ。

「なら、なんでジブちゃんをあそこに呼んだんだにゃ」

「それは言っただろ?あそこにジブリールがいることは予定外だったって」

 アズリールの中では、ジブリールが交渉の場に来たのは自分を説得するためだと思っていたらしい。確かにその面で助かったのは事実だが、それは俺の作戦じゃない。

「ジブちゃんの全権をあの人類種(イマニティ)から奪ったのは、なんでにゃ?」

「ここに来るためってのが一番だ。けど……」

 その先を言うべきかは、まだ迷う。しかし、同じシスコンの好だ。

 俺はまた言い訳を挟む。

「ただのエゴだ」

「エゴ?」

 そう……ジブリールの全権を取って、返してと訳の分からないこの行動は、全て俺の自己満足だ。

「あいつはまだ『答え』を探してる。あの時点ではそう思ってたからな。だから……」

 無意味だとは分かっていても、俺は彼女をエルキアへ戻れるようにした。

 わざわざ奪っておいてというのもあるが、強いて言うなら借りただけ。ちゃんと返しただろ?

「なら……」

 声にならなかった部分を察したのか。アズリールはゆっくりと口を開く。

「なら、“ここにいるのは”ジブちゃんでも良かったはずにゃ」

「――」

 ここにいる者。すなわち、俺を殺す者。

 今アズリールがいる場所に彼女がいて、俺を殺すのが彼女だったら。

 確かに、全権を奪っている時なら可能だ。命令は絶対。その手でマスターを殺せと言われれば、彼女は迷わないだろう。

「どうして、そうしなかったにゃ」

 なのに、わざわざ遠回りして、ジブリールに全権を返し、アズリールに交渉し、ここに来た。

 何故か。

 それもまた、俺のエゴだとは分かる。

「そこまでは、頼めないからだ」

「なんでにゃ」

 自分と対話するより遥かに鋭い言葉。重く、硬く、受け流すことすら困難なそれは、彼女の意思が乗っているからだろう。

「あくまで俺の予定だったが。ジブリールとは約束の破棄を話した上でここに来るつもりだった。そこで約束がなくなれば、俺が彼女を利用する理由はなくなるんだよ」

 表情を変えないアズリールに、俺は補足とばかりに付け足した。

「あいつも俺を嫌ってるだろうが、それ以上の適任もいたしな」

 俺を殺すなら、当然憎んでる相手がベストだろう。

 転移魔法が使える天翼種(フリューゲル)で、俺を憎んでいて、エルキアの陣営に入っていない。

 ここまで条件が揃うのは、彼女だけだ。

「……ま、いいにゃ」

 納得してくれたみたいだな。

 アズリールはまた興味を失った顔をして俺から離れた。

「じゃあ今度こそ殺すけど、いいかにゃ?」

「ああ」

 男らしい即答。よろしくアズリール。

 と、ここで彼女の姿が消える。

 いや、消えたように見える程の超速移動が起こった。

 体を支えていた謎の力が消え、重力に従って俺は地上へと向かう。

 速度はどのくらいか。白でもないし、数学の苦手な俺では数値なんてもの分かるわけもないな。

 俺が選んだ死に方。それは。

 ――上空からの落下死。

 巨大なチェス駒の傍らで、俺は人生最後のダイビングを開始した。

 

 

 

 

 

 




一週間って土曜日までですよね。ギリギリの投稿です。
すいません。今週本当に忙しくて……
まだまだ理解し難い話が続きますが、どうか暖かい目で読んで頂ければと思います。
感情、誤字報告お待ちしております。

番外編 エルキア王国奉仕部ラジオは必要ですか?

  • もっと見たい
  • 別にいらない

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。