ようやく色んなことが一段落したので更新します。
「さて――」
大きく吐き出した息を吸い直して、俺は胡座をかいて座る目の前の少年と顔を見合わせる。
テトはニヤニヤともニコニコともいえる中途半端なのに整った笑顔をしていた。
「何から聞きたい?」
そんな余裕を感じさせる表情を崩したくて、あえて語り手から聞いてみる。
「そうだね。ひとまず、君が言うゲストプレイっていう意味を聞こうかな?」
こんな小細工で崩せるはずもないか。まぁ最初から分かってたし。
「お前は俺をゲストとして呼んだんだろ?つまりそういうことだ」
「確かに僕は君をゲストとして呼んだ。でも、それと今ここでこうしていることは関係がない。というか繋がりがないでしょ?」
「そうでもないさ。お前、俺と……いや、俺らとした約束は覚えてるよな?」
「もちろん」
――『次に会った時はゲームをする』
『 』と、あるいは俺と交わしたテトの約束。それはルールと言い換えてもいいかもしれない。
「お前はルールを
決めたことを貫く。神様でなくとも、一人のゲーマーならきっと誰でもそうなのだ。彼らがそうであってように。
「勘違いしていないかい?僕がした約束は、“会いに来たら”だ」
正確には会いに来れたら相手をしてやるだったか。まぁどうでもいい。俺はその条件も満たしているからな。
「会いに来たろ?ちゃんとあ〜そ〜ぼ〜まで言ったし。俺そういうの苦手なんだから察してくれても良くね?」
昔から言うの苦手でしたよ。「い〜れ〜て〜」とかも。
「分かってないのかな?もしも僕が君の投身自殺を止めに“来て”なかったら、間違いなく死んでたよ」
「分かってねぇのはお前だろ。家の前でインターホン押して誰かが出て“来て”も、遊びに“来た”のは俺の方だ」
だってそうだろ。わざわざクーラーの効いた涼しい部屋から出て、蒸し暑い夏の道を他人様の家まで歩いてんだから。だからさ、なんで「え、なんで来たの?」みたいな出迎え方すんだよ。せめて「来てくれてありがとう。でもごめんね?今ちょっと他の奴と遊んでるから」くらいのフォローはしろよ。あ、それも嫌だわ。
ちょ〜っと誕生日だから誰かしらが何かしら用意してくれてると思っていた純粋な頃の黒歴史がフラッシュバックしたが、気にしない。だって気にしてないし。マジで。ほんとにホント。
「……もしかして、そんな屁理屈全開の謎理論を信じて、君は身を投げたのかい?」
さっきよりもやや低めの声で彼は聞いてきた。
テトの表情は依然として笑顔だが、その目には僅かに暗い感情が覗ける。
こいつが俺をよく思わないのは無理もない。何せ、こいつの中では、あるいはこの世界では、俺のとった行動は
「そう怒るなって。悪かったよ。お前の作った優しさを踏みにじるようなことしてさ」
「え、ごめん。何が言いたいのか分からないんだけど」
一瞬で目の中の闇が消えた。本気でポカーンとしているらしい。
「お前、もしかして自分で何してるか分からないただのガキなのか?見た目通り」
やれやれと言いながら、俺はわざと大きなリアクションをとる。テトが何故かムッとした表情をしてるが、マジで子どもじゃねぇだろうなおい。
「この世界、超優しいだろ?」
現実は、真実は厳しい。ならきっと嘘は、ゲームは優しいはずだ。
ここは盤上の世界、ゲームの世界だ。優しくないわけがない。
何もかもがゲームで決まる。地位も、名誉も、富も、国境線や人の命。果ては神の座さえも。全てが、だ。
つまり、この世界は守られている。盟約という絶対的で強制的な
「ここじゃ、失うものは何も無いんだよ」
では聞こう。失われない物に、何の価値があるのかと。
確かに無くならない物は恐ろしく、高価に見える。だが今一度考えて欲しい。ずっとそこにあり続けるものに、真に価値はあるのかと。
道端にある石ころは、誰に見られるでもなく生えている雑草は、出現と消失を繰り返しながらも存在する雲は。
――大切だが、高価ではない。
森羅万象、形無くとも希少な物こそ高価なのだ。
「例えば、命とかな?」
それもまた、形無くとも失う危険があり、一つしかない希少で貴重な誰にでもあるもの。
もう一度言おう。ここはゲームの世界だ。
持っているものは全てがチップ。賭けるものも、得られるものも自由。何を賭けようが、何を取って何を取られようが全ては自己責任。
そう、ゲームなのだ。優しく、単純で、楽しいものなのだ。
――そのはずだった。
「残念なことに、全世界がゲームでも、全知的生命はゲーマーじゃない。そこで考え方の違いが出ちまう」
この世界のある文献では、瞬間的に世界は突然変化した。
つまり環境が一瞬にして変わった。ゆっくりと変わっていくはずの生物全てを置き去りにして。
「今まで現実を生きてた奴らが、いきなりゲームで生きろなんて。設定だけ見たらただの無理ゲーかクソゲーだわ」
それでもこの世界の生物は頑張った。今持っているものを最大限利用して、ゲームで勝ち、生き残る術を身につけた。
――固定観念だけを残して。
人は本質的に変われない。変わるのは外見や外面だけ。それも速ければ速いほど薄いところからだ。
「世界が変わってんのに、自分の中の常識が変わんないのは仕方がないが……どうしようもないよな」
例えば、殺すことが当たり前の種族。奪うのが当たり前の種族。襲うのが、やり返すのが、君臨するのが当たり前の種族。
皆、変えるべきところを変えずに今までを、そしてこれからを生きていくのだろう。
「で、結果としてはどうなったよ?神様。お前の作った優しい、楽しいはずの世界は、形を変えても本質は変わってないよな?」
世界は人だ。
無造作に集まった有象無象が作るのが世界という大きな括り。少し小さくすれば国ともいえる。
集まった者が違えば、国や世界も違う。
争うことを考えている奴らの世界は、きっと争いで満ちることだろう。
たとえその世界“だけ”を、優しい者の手で変えたとしても。
「お前がゲーム以外の方法を盟約で禁止したのは、ゲームをしてもらう――楽しんで貰うためだ。あぁ、自分含めてな」
――ゲームは楽しむもんだろ?
どっかのシスコン拗らせたロリコン性悪変態鬼畜ゲーマーもそう言ってる。
この世界は基本自由だから、そういうルールだからテトは動かないが、この世界で命の奪い合いは御法度だ。だって楽しくないし。
だがこの世界に生きる古い奴らはそれを理解していない。できない。だから平気で賭けて、奪って。で、楽しくない。
「そりゃ退屈もするだろうさ。誰もお前の真意なんか知らないし、なんなら興味もないだろうからな」
ゲームの世界なら、と。ゲーマーなら誰でも分かることを一般人は理解できない。
ゲームはクリアするべきもの、という簡単なことにすら。
「あの盟約、お前の真意は『かかってこい。ゲームで相手をしてやる』だ」
ジャンルはRPG、ルールはゲームで勝負。ライバルは全
「だから、来てやったぜ?」
「……」
沈黙を続けるテト。結構喋ったつもりだったが、どうやら聞きたいことはまだあるらしい。
「で、お前が言いたいのは資格の話だよな。俺にはゲームを挑む資格がないと」
そんな資格なんてそもそもないんだけど。
ここで単にテトとの約束と言えば解決するか。否だ、絶対にテトは認めない。
何せ、あの約束はラスボスとのラストバトルをするという意味なのだから。明言していなくとも、それくらいは分かる。
ラスボスへの挑戦権は十六種族全ての種のコマを集めること。なんと手間のかかることをとしか言えないな。
「さっきも言ったが、俺にはとっくに挑戦権がある」
「まさか、既に種のコマを集め終わってる、なんて言わないよね?」
「当たり前だ。というか、そもそも種のコマが要らねぇ」
「根拠は?」
テトの問に、普通に答える。
「約束したろ?
思い返せば不自然だ。何故テトは俺と空たちに会いに来た後、もう一度俺と接触したのか。
その時こいつが言ったのは、俺を呼んだ理由だ。
「お前は俺に
才能の定義にもよるが、概ね才能とは自分が持っている特出した何かだろう。
凡人よりちょっと優秀でぼっちの俺が、この世界に呼ばれた時点で何かを持っているはずもない。ならば、あの時にテトから何かしらの才能を受け取ったと考えるのが妥当。
「お前が言う俺の
あの約束は、普通に考えれば空たちと一緒に交わせばよかったもの。
それをわざわざ別の日、俺が一人の時に交わしたのに理由があるとすれば何か。空たちに知られることなく、尚且つ内容が微妙に違うことを悟らせないため。
「俺との約束には、会いに来たらっていう条件がそもそもないんだよ。会う方法がなかったからスカイダイビングしたけど」
「君の仮説を信じるとして、それで僕がゲームを受けない可能性も、君を助けない可能性もあった。なのに、よくもまぁ身投げなんてできたね」
「いや、確信こそなかったけど十中八九こうなるっては思ってたぞ。」
「なぜだい?」
わざと惚けている気がする。それがまるで何かから気を逸らさせるためのように見える。
「だから言ってるだろ?お前は
この世界で死は
だからこいつは俺を死なせず、ここへ呼んで約束を守るしかない。
「僕が君を他のところに送る可能性もあったよ?」
神様なんだし、それくらいは出来るんだろう。
「俺は死なない限り何度でもこうするって言ったからな。そんなつまんねぇ展開は望まないだろうってな」
それに、と少しだけ吹き出しそうになって堪える。
「それに、なにかな?」
一方のテトは少し不機嫌そうな声を出す。
「あぁすまん。俺がここにいるってことは、俺の落下の時の言葉を聞いたってことだろ?」
テトのことだし、ずっと俺を見てる、ってほど自意識過剰なセリフは言えないが、少なくともあの時の言葉はすべて聞いているはず。
「つまりお前はあのやっすい挑発に乗ったってことだ」
こいつは負けて悔しいから『 』を呼んだ。ゲーマーとして負けるのは性にあわないんだろうな。
それで傷口を岩塩で磨かれるような事されれば乗ってくるだろうと思っていたが、まさかほんとに来るとは。
「やっぱお前、相当ガキだろ」
この挑発には乗らないらしく、茶化すようにテトは言う。
「あの挑発に乗ったつもりはないんだけど……こう言うとますます負け惜しみみたいだね」
「だな」
そこまで聞くと、テトは立ち上がってパンパンとお尻の埃を落とす。いや埃とか付くのかこの空間。
真っ白な地面に立ち、テトは微笑む。
「そう言えば。ここに来れた経緯、というか理由は聞けたけど、君がここに来た動機は聞いてなかった。なんでわざわざ彼らと離れてまで僕とゲームしに来てくれたのかな?」
どうやら前哨戦はこれで終わりらしい。ここからはいよいよボス戦だ。
「んじゃ、それも賭けてやるか。ゲーム」
「君が勝ったら、僕が君をここに連れてきた理由を言えばいいんだね?」
「いや、違う」
立ち上がることもなく、俺もニヒルな笑みを浮かべながら言った。
「俺が勝ったら、全部貰う」
別に俺が
「掛け金は双方が釣り合うと判断しない限り成り立たない」
「知ってる。だから俺が負けたら、お前の見たいものを見せてやるよ」
俺に寄越した
全くもってできる気はしないが、これくらい賭けなければ勝負にならないだろう。
「どうだ、不満か?」
「十分過ぎるね。君から申し出てくれるなんて思ってなかったよ」
テトは俺が言わなかったら自分で言うつもりだったのだろうな。なんとなくしてやった感があっていいなこれ。
「それじゃあ、何で決めよっか」
「一応、俺が挑んだってことにならないのか?」
「せっかくだしフェアに決めたいと思ってね」
「そうか。なら――これなんてどうだ?」
俺が指し示したものを見て、テトは肯定の意味を込めて笑った。
ご察しだとは思いますが、この作品もうすぐ終わります。
最終話の後に番外編一つだけ出す予定です。
メタい上にどうでもいい話ですけど、全体的にシリアスばっかりの時があったのでギャグパート代わりに番外編書いてました。
感想お待ちしております。
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