ノーゲーム・俺ガイル   作:江波界司

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ちょっと短めです。



こうして彼らは向かい合う

 正方形の並んだ盤上でコマは踊る。

 さも自らが主役であるかのように。あるいは、自分が脇役であることを自負するかのように。

 ――コトリ。

 白い兵が逃げる

 ――コトリ。

 黒い兵が追う。

 ――コトリ。

 白い騎士が動く。

 ――コトリ。

 黒い女王が避ける。

 モノクロの四角い盤上でコマは踊る。

 さも自らが英雄であるかのように。あるいは、自分が犠牲であることを自負するかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 誘い、誘われ、嵌められ、読まれ。

 一定の間を置いて動くコマたちは、さながら曲に合わせたダンスのように盤上を駆け巡る。

 一瞬、目の前の少年を見た。

 笑顔で、それでも真剣にチェス盤を見つめる姿は年相応の幼いゲーマーに思える。

 だが、そんな風に思えるとしても油断、ましてや慢心なんて出来るはずがない。

 それほどに、彼は強い。あの二人ではないかと錯覚するほどに。

 しかし事実、テトは彼らから負けている。

 ――そんな事実がどうした?

 関係ない。過去の結果は過去でしかなく、今戦う相手は他でもない俺。全くもって要らない情報だ。

「このゲーム。僕が勝ったら二つ、聞いてくれるんだよね?」

 唐突に口を開いたテト。彼は黒いルークを左手でつまみ上げ、俺の視線を自らに誘導した。

「『俺がここに来た理由』と、『お前が見たいものを見せる』だろ?」

 これがこのゲームにおいて掛けた俺のチップ。『盟約』に誓った以上、拒否権はない。

 もちろんそれは負けた場合だし、何より後者にはこう条件が続く。

「その為にはお前から力を借りる。破るなよ?」

「もちろん。君が何をする気かは――僕には分からないけど、約束は守る」

 なら当然、俺が勝った場合も守ってくれるな。

『全てを貰う』

 テトの全権、全能力、地位、名声の全てに至るまで、だ。

「神様を引きずり下ろす賭け金にしては、ちょっと少ないか」

「いや?僕が同意した時点でそれらは対等だ」

 ならば、残る要素はゲーム内容。あくまでフェアにやりたいと言ったテトの要望通り、『チェス』で決める。

「でも良かったのかい?わざわざ自分有利に決めるチャンスがあったのに」

「それはこっちのセリフだし、忘れてないか?」

 何を?と問う神様に、俺は意識的に笑いながら言う。

「俺、あいつらに引き分けてるぞ?」

 テトは笑顔を崩さない。余裕か、あるいは別の感情を隠すための仮面か。真意を悟るのは難しい。

 一応、形の上で提案したのは俺だがテトも二つ返事で頷いて決めたゲーム。勝機がなくて挑む俺でも受けるこいつでもない。

 コトリ、と。また一つコマが動く。

「なら、そろそろ本気でやって欲しいね」

「秘密兵器は隠すもんだろ?」

 挑発のお返しに軽口と、布石のルークをぶつける。

 だが、ノータイムでポーンを出すテト。あちらも一切の油断はないようだ。

「これがそれなら、ガッカリだよ?」

「安心しろ。ウォーミングアップ前の起床だ」

「ようやく起きたところなんだ……」

 余程彼は暇をしていたらしく、こんなつまらない会話にも無駄に突っ込むし、笑う。

 根拠はないが、彼にとってはこの会話すらもゲームの一部なのだろうと。そう思う自分がいた。

 一進一退と言えば聞こえはいいが、やはりここは硬直したと表現すべきだろう。更に言えば硬直させた状況。

 動かぬ戦況のまま少しずつ、ゆっくりと、僅かだが確実に、時間とコマはすり減っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間感覚が狂って久しく感じる頃。

 静寂をテトが破った。

「こんな話に興味はないかい?」

「無いな」

「え、即答?まだ何も言ってないのに」

 わざとらしいリアクションを取りながらも、俺もテトもゲームから思考を切ることはない。

 実際、テトがどんな話をしようと興味はない。人生経験のない神様に語れることなど、精々昔話くらいだろうからな。

「君はこの世界がどうやって出来たか知っているかい?」

 ほらな、どうでもいい。これだから後期高齢者は困る。いや、こいつ生まれてからそんなに経ってない可能性もあるが。だって見た目ショタってるし。

「知らんが、まぁ大体想像はつく」

「へぇ〜。是非聞きたいな」

 なんで相手が知っていることを解説、というか仮説しなければならないのか。面倒だし意味がない。

 だが、これでテトの気が紛れるなら話してやるか。今後の為に。

「ゲームの世界はテトが創った。終わり」

「それは誰でも知ってるでしょ。僕が聞いたのは、どうやってかだよ?」

「……俺が調べた文献には、永遠に続くと思われた大戦が終わり、戦いに参加していなかったどっかの神様が消去法ってか、暫定で最高位の権利を得た、って書いてあった」

「まぁ、外れてはいないね」

 その神様がテトなのは間違いない。彼がゲームの神様であるなら、大戦に参加していないのも頷ける。

 問題はなぜ大戦は突如終わり、テトが最高神になれたかだ。

「少なくともテトが大戦を終わらせたわけじゃない。参加していないからな。だとしたら?……まぁ誰でもいいんだけど」

「そこは大事だと思うし、僕が聞きたい話の中に含まれてるんだよなぁ〜」

「知らん。で、テトが最高神になったのは何故か。暫定っても他の神様もいるはずなのに何故か」

 例えば他の神様が全部大戦で死んだとか。仮にそうならほぼ同時に全神様が死ぬような規模の事件が起きて、不参加だったとはいえテトが無事なのはおかしい。だってこの星の原形留めなかった程の衝突らしいし。

「逆に、俺はこう考えてみた。テトは大戦の時点ではいなかった。そして大戦が終わったと同時に現れた」

 この説ならテトが無事な事も暫定一位になった事も説明がつく。容姿が子供なのも単に生まれてからそんなに経ってないからだとすればどうか。

「結論、そんなとこだな。どうだ?」

「ふふふ。なら、答え合わせと行こうか」

「いや、いい」

「え、えぇ……」

 だから興味ないんだって。後期高齢者改め、見た目も頭脳もこども天長さん?この天長は天の長さんな。

「今更何を知っても、やることは変わらないだろうからな」

 残念だと表情で伝えるテトから目線を外し、また盤上へ向かう。

 ――そろそろ、いいか?

 これ以上待っても意味はない。テトが何を狙い何を考えているかは分からないが、中盤で止まった戦況を動かすのは俺であるべきだ。

 俺は――キングを前進させた。

「……」

「……」

 テトの笑みが消えた。その表情は、目は、天翼種(フリューゲル)にも劣らぬほど冷たく鋭い。

 何秒か、何分か。重い空気は時間すら捻じ曲げるかのように、一時の静寂を引き延ばす。

 そして、張り詰めた硬直は彼の声によって動き出した。

「これが、秘策かい?」

 いっそ睨んでいるとすら思えるテトの顔。先程までの和気藹々とした雰囲気はなく、ラスボスらしい敵意や悪意が覗ける顔だった。

「さぁな。もしそうなら?」

「つまらないよ。どう考えても――ここから君の勝ちはない」

 ナイトがキングを捉え、チェック。俺は生贄を差し出すか、王を逃がすしかない。

 最短で二手、多くても四手で俺は詰みだ。

 過去最高記録を更新すべく、不敵な笑みで言う。

「そうか。それじゃ……この手は読めたか?」

「……!」

 二択の選択肢から外れた三つ目。ネット版や大会では使えない一手を、迷うことなく打った。

 ――わかり易く、俺は王を売った。

 キングの更なる前進。前ターンで射程を重ねたナイトだけでなく、隅に寄ったクイーン、右翼のルークが王の退路を含めてキングを囲んだ。

「チェックメイトだ」

「……」

 自殺。リザインですらない悪手中の悪手。これはもう、ゲームへの冒涜やゲーマーへの侮辱と言えるかもしれない。

「何が、したいんだい?」

 その質問には答えよう。それも踏まえての、あの条件だ。テトは不機嫌だが気にしない。

 このゲームは、俺の負けだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テトが用意したチェスは盤ごと消え、白いだけの空間に俺と彼はいる。

 たとえつまらなくとも、俺は最初からこうするつもりだったのだ。責められる言われも怒られる言われもない。

 これは、テトと戦うと決めた時点から決めていたことだ。

「俺はどう足掻いてもお前にゲームで勝てない。だから、最初から負けるつもりだった」

 テトは何も言わない。さっきとは打って変わって表情が読みづらい。真顔でもないが、真面目を装った笑顔だろうか。

 気にしないことにして、俺は続ける。

「察してるかもしれないが、俺がここに来たのは帰る為だ。多分それはお前にしか出来ないし、こうするしか方法がない」

 調べても、というか普通に分かるが、テトはこの世界を創った。それは同時に、彼自身がこの世界の法則の一つということになる。

 ジブリールが異世界召喚にはエネルギーが足りないと言っていたが、それが世界の法則なら実現は用意だ。

 なら当然、俺を元の世界に戻す事も出来るはずだ。

「そこまでは僕も理解出来るよ。分からないのは、なんでゲームに負ける方法をとるのか、だよ。これでは君は帰れない」

 テトに勝った時の条件なら、俺は確実に帰れるだろう。テトの全てを手に入れれば、有り体に言って神になればなんでも出来るからな。

 最初から負けるつもりだった。これは嘘ではない。

 もともと仕掛けた側の俺が有利なゲームを決められるはずはなく、テトの気まぐれでフェアなチェスになっても同じことだ。

 それに、俺とテトの戦歴を比べても勝敗は見えている。テトは万全の『  』に引き分けだが、俺は白一人に劣勢。空が加わった時点で引き分けがほぼ確定の半端者。ゲーマーではなくゲストで呼ばれて当たり前の能力値だ。

「帰るよ。可愛い妹が待ってるんだ」

「方法は、もちろん教えてくれるんだよね?」

「あぁ」

 敗者は勝者に従う。俺は盟約を守って果たさねばならない。

 ――『テトの見たいものを見せる』ことを。

「ゲーム始める前に言ったが、協力してもらうからな?」

「そこは問題ないよ」

 なら、と。俺は静かに告げた。

 

「――……、……――」

 

「……」

 無言のテトは、目線ごと下を向く。

「……くっ」

 そのうち彼は右手で口を多い、左手は腹に添えられた。

「ぷくくっ……」

 堪えるが、それでも我慢出来ていない声が漏れている。

「くっ……あはははははは!」

 やがて笑い声は天まで届くほど響いた。ここが天だと思うけど。

 しばらくの間反響した声がおさまる頃に、テトは笑いすぎで零れかけた涙を拭きながら言う。

「やっぱり、君を呼んで正解だった」

 

 




過去最高に意味が分からない回ではないかと思います。
早めに次回も出します。
出来れば感想、誤字報告よろしくお願いします。

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