現世から異世界へと俺の日常は変化した。超常現象を前にして異常でない事はありえず、俺の見る景色もまた異様である。
まぁそれでも、人間の順応性を駆使して今ある状況を日常と呼べるまでに回復したのは事実だ。いや、慣れたと言うべきだろうか。ここ最近では、変化の少ない穏やかな日々はある種貴重なのだと感じる。やだ、その内指先で爆弾作っちゃいそう。
だが、こうして得た日常は再び非日常へと変換される。
その最たる理由が、ある者との出会い。正確には、者達か。
彼らは
現世に名を轟かせた噂の存在、都市伝説の天才ゲーマー。常勝不敗の彼らは、その身勝手に付けられた称号に後れを取ることなく、今なお世界に挑もうとしている。
そんな彼らに関する情報や考察はいくらでも現世で聞いた、あるいは目にした事がある。だがどれも信憑性は低く、必然的に真実には到達し得なかった。
なぜ分かるのかといえば、今俺の目の前にいるのがその彼らだからだ。
「さて、ジブリールくん――」
一人は空。ボサボサの黒髪に目の下のクマ、I♥人類のTシャツを着こなすエルキア新国王の一人。
彼は手を組み、机についた肘を浮かせることなく告げる。
「俺に征服される
シリアスという言葉を少しでも信じた俺の気持ちを返して欲しい。
そんな彼の隣。ジブリールを向くことなくひたすらに書物に向かう白髪の少女、白。空の妹であり、エルキア新国王の一人だ。
そして彼らこそ、二人で一人の天才ゲーマー『 』である。
場所はジブリールの図書館。時間は夜も大分深けている。
現代世界最強のゲーマーであり、エルキアを治めた王は新たなる目標を立てたらしい。
それが打倒東部連合。世界第三位の大国との全面戦争だ。
もう人類はおしまいだと、俺の隣で項垂れるステフを余所に、ジブリールを含めた三人の作戦会議は続いている。
なぜ俺がこの場にいるのかといえば、事は昨日に遡る。
夕日は三日月状に欠け、着実に夜へと空が変化してきている。
そんな日暮れ前の日が差す図書館の中央で、俺は彼らと面していた。
彼ら、とは空と白。一応もう一人、赤毛の
それにしてもだが、目の前の男は……なんとも変人である。
「フハハハ!来たぞこの展開!見ろステフ、最高のショーだとは思わんかねっ!」
俺がゴミのようだってか。違うよね?
空は高らかに笑い、彼の隣にいる白も空に同意するかのように僅かな笑顔を浮かべている。
「ど、どういうことですの?」
ステフはそんなテンションにも状況にも着いて行けず、申し訳なさそうに問うた。
それに対し空は、ガッカリだと言わんばかりの表情で返す。
「いいか、ステフ。これはもうお約束と言って間違いない」
「お、お約束⋯⋯?」
「ゲームするなら楽しい方がいい、
「……ちょー強い……超、強敵」
「そう!それはもう戦闘力が桁違いな上に変身をあと二段階ほど残してるくらいに!」
注釈を入れるが、俺は宇宙の帝王ではない。
「⋯⋯相手に、とって⋯⋯不足無し」
「どころか!掛かって行くから覚悟しやがれっ!」
白と空の声が館内に木霊し、俺とステフは完璧に聞き取れたのに反応できなかった。
困惑は沈黙を生む。十秒にも満たない静けさの後、空達を称えるような拍手が背後から聞こえた。⋯⋯なぜ背後?誰もいなかったはずなのに?
俺の後ろには、まぁ順当にジブリールがいた。
「あぁ、流石はマスター。先程、文字通り死力を尽くして戦ったばかりにも関わらず尽きないその闘志と闘争心。称賛に値します♪」
えっと、ごめん。どっからツッコめば?
「
「はて。全身全霊、一言一句、語尾の一文字に至るまで漏れなく偽りない本心ですが?」
はて、はこっちのセリフなのだが。
まぁジョークでないならまず間違いなくこいつは嘘をついていない。なら、今のは本音ってことか。
⋯⋯こいつが人類に敬意を払う、だと?
それこそありえない。好奇心の亡者であるところのジブリールは、たとえ異世界人相手でも好奇心以上の感情は向けないはずだ。ソースは俺。
にも関わらず、恐らくは今日始めて会った人類をマスターと崇めるというのは、違和感しかない。
「⋯⋯なにがあったんだ?」
「私が負け、空様と白様が私の主になったと。それだけのことにございます」
「……そうか」
多分、彼女は答えない。ジブリールが何を思いどんな理念を元に彼らに付き従うのかを、俺は知らない。そしてそれを推測しようとも、あるいは彼女に直接聞こうとも、俺が真に理解することは無いだろう。
例外なく、人と人とは相容れない。人同士ですら、なのだ。人外が相手では尚更だろう。
俺は頭を切り替えて、再び彼らを正面に見る。
「いくつか聞きたいんだが」
「一つだけ答えてやるよ」
一つだけか、少し迷うな。
本当に少し迷った後、俺は取り敢えず現状の整理を優先することにした。
「生ける伝説の天才ゲーマー、エルキア新国王様が俺に何の用だ?」
今日ここに来たのは恐らくジブリールに会うためだろう。
だが、俺に用がないなら、俺はこの図書館に入れない。彼らの許可がないからだ。入れたということは、少なからず用がある。
「決まってるだろ」
まぁ俺も薄々勘づいていはいる。さっきあれだけ盛大に宣戦布告されたし?こいつらの正体も間接的に知ってるし?
だからこうすることにした。
「次のお前のセリフは……」
「「ゲームしようぜ」――だ」
タイミングを合わせ、ドヤ顔混じりに言い放った。
空はわざとらしく「ハッ!」とか言ってる。うん、伝わるよなやっぱり。
「結構ノリノリじゃねぇか?比企谷」
「今まで伝わりそうな奴と会ったことがなくてな」
厳密には会った事はあるけどやりたくなかった。そもそもオタクとか厨二相手にそういうネタ使うのってなんか、ね?てか話そうとも思わないし。
それはいいとして。俺が読んだ通り空はゲームを仕掛けてきた。
ジブリールや空達の会話から推測するに、今日ついさっき、空達はジブリールを倒して服従させた。
この世界はゲームで全てが決まる。賭けるものによっては奴隷もつくれるってことだ。
「何を賭けるんだ?」
最重要事項を確認すべく、俺は口を開く。
「何でもいいぜぇ?ちなみに俺たちが勝ったらもう一戦、ゲームして貰うつもりだ」
なるほどな。
「つまり、俺は実質ノーリスクで賭け金とゲームを選べってことか」
「あぁ。どうする?」
「このゲーム、俺にはメリットしかないな」
相手はエルキア新国王だ。立場を奪えばそのまま王に。権利を奪えば服従させられ、知識を奪えば俺が最強ゲーマーになれるかもしれない。
これだけの好条件。悩むまでもなく答えは決まっている。
「だが断る」
考えてもみてほしい。
相手は現代世界最強ゲーマー『 』だ。都市伝説のような、というか体現者だ。
そんな相手に、俺がどう勝つというのか。
つまり、彼らは最初から負ける気などない。負けることもない。負けないのであれば、俺がどんな無茶な要求をしようとも無駄だということだ。
よってこのゲームで真にノーリスクなのは彼らの方。当然その勝利者特権にも何かしらの理由があると見える。
要求は『もう一戦ゲームする』。一見すれば何の変哲もないごく普通のゲーマーらしい要求だ。
だが、彼らは魔法を使えるあの
そんな彼らが、あたかも裏のないゲームを仕掛けてくれば、それを疑うのは自然の理。この要求にも必ず裏がある。
「へぇ〜ダメ?」
「生憎、俺はお前らと違ってゲーマーじゃないからな」
俺の答えに、空は表情を崩すことなく微笑を浮かべている。まるで俺の答えが予想通りだったかのように。
「そっか、まぁいいや。んじゃ比企谷。俺らはこれから
空はパチンと手を打つと、人が変わったように軽い声を掛けてきた。
また随分と変わった誘い方だ。いや、これは脅迫に近いのかもしれない。
何せ、俺はこの誘いを断ったら行く宛がない。
「多分、役に立たないぞ?」
少々捻くれた返し方はまずかったか。
それが邪推だったと分かったのは、満面の笑みで親指を立てる空と白がいたからだ。
「問題ねぇよ。勝つことも大事だけど、ゲームは楽しまねぇとなぁ?」
どうやら、俺はエルキア新国王に気に入られたらしい。
― other side ―
「ソ、ソラ!どういうことですの!?」
八幡とジブリールがいなくなった図書館で、ステフは駆け寄った。
「ん、何が?」
「えっと、さっきのヒキ、ガヤさん?が味方になった、ということでいいんですの?」
「さぁ?」
「さ、さぁ?って……」
展開に着いて行けず、更にはぐらかされたステフは不安を顔に浮かべる。
そんな彼女に気にすることなく、ただ空は言った。
「味方か敵かは知らん。それでいい。その方が――面白いだろ?」
「面白い……」
彼らにとってはそれすら
ステフには理解できない。それでもいいと、空は、白は思っている。
ただ二人、
「よーやく揃ったってわけだ――」
空は、そして白も続いて天井を見上げ、その遥か先にいる誰かに向かって言い放つ。
「――さぁ、ゲームを始めよう」
「だぁぁぁっ!ちっくしょぉぉぉ」
「急になんなんですのっ!?」
風呂場へと向かう途中、突然頭を掻きむしり始めた変人兄妹を前にステフは叫び返した。
「……セリフ……言わ、れた」
「は?」
「一度ならず二度までもぉ〜!ちょっとした敗北感まで感じてきたぁ〜」
「あ、あの……」
奇妙な冒険など知らないステフには到底分からぬ悔しさを、一度は言ってみたいセリフを短時間に二つ言われたゲーマー兄妹は必ず倍返し、もとい八つ当たりしてやると誓ったのだった。
……そんなことを、ぼっちは知る由もない。
― other side out ―
更新遅くてすみません。
なにぶん忙しくて……。
言い訳ですね。
あとタイトル、誤字じゃないです。
番外編 エルキア王国奉仕部ラジオは必要ですか?
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