とあるキッチン。ジブリールの転移によって移動した先で、俺はやや温まってしまった肉を捌く。
「これで良かったので?」
本来は送ってもらうだけで良かったのだが、何故かジブリールが俺の後ろ隣にいる。人の料理に興味でもあるのだろうか。
ちなみに彼女が聞いているのは、ジブリール自身がここにいることについてではない。
ついさっき、彼らとのゲームを断ったことだろう。
「俺に勝てると思うか?」
「確率という概念すら疑う程に、不可能でしょう」
確率論飛び越えちゃったか。
そりゃそうだ、無理だ。俺が勝つことはできない。
「ですが、様子見くらいは出来たはず」
何故しなかった、か。理由はいくつかある。
まず彼らを調べる必要がないこと。『 』は最強ゲーマー兄妹。それが分かっている以上、そこから追求する理由がない。
次にリスク、俺が負けたらどうなるかだ。負けは確定してるんだけどな。
負けた場合、俺はもう一度彼らとゲームをする事になる。つまり、2ゲーム目は拒否権のない強引な試合となるのだ。
これが何を意味するかといえば、例えばジブリールのような『負けたら奴隷』みたいな要求をされても、俺は断れない。ここでゲーム内容や割に合わない程の条件を出しても、勝てないのであればどうしようもないのだ。
あの時、最初のゲームの提案の瞬間でしか、俺は断れなかった。その先は彼らの思うがままだったということになる。
それに……。
「試されたのは、俺の方だろうな」
意味が分からなかったのか、ジブリールは小首を傾げる。
理由は俺も知らないが、空は俺のような存在を待ち侘びていた、あるいは探していた節がある。
俺は彼らと違って称号もなければ自己証明の手段もない。それこそ、ジブリールやステフよりはるかに怪しく読めない存在なのだ。
だからこそ、彼らは俺を試した。
もし俺があそこでゲームを受ければ、失望したと嘲笑うか、盟約を使って役に立てる程度のコマにしただろう。
まぁしかし、ここまでの全ては俺の推測なのだが。
「アイツらの方が、俺より何枚も
「当然です」
場を流す適当な言葉を投げながら、適当に切った肉をフライパンに入れて油と共に火を通す。
「そういや……俺の事、どこまで話したんだ?」
空たちに、という修飾はなくても伝わるだろう。
目を向けていないため表情は読めないが、多分通常時と変わらぬ態度でジブリールは返した。
「異界の者が一人、この図書館を出入りしていること、くらいでしょうか。マスターと繋がりがない者でしたので、それ以上言うこともありませんでしたし」
「俺への興味無さすぎだろ」
ここ一週間俺を調べるために泊めてたんじゃなかったのかよ。それとも特筆することが何も無かったってか?どんだけ俺普通なの?
「ご生憎、自分より弱い者に興味はございませんので」
「興味なかったら俺を泊める理由はなくないか?」
「はて、『者』だと?」
「誰が『物』だ。俺の存在価値、お前からしたらマウス以下かよ」
「マウスを『者』にカウントできるものなのでしょうか、モルモットさん?」
「名前、言ったはずなんだけど……」
俺は火を止め、こんがりと焼かれた肉を皿へと移す。いつぶりだろうか、文化的な食事は。
見ると、何故かジブリールは方角的に図書館があるのだろう方向を向いていた。
「はい、かしこまりました」
「何かあったのか?」
「マスターがエルキア城に戻るとのことなので、ついでにあなたもお送りします。それと……」
「……なんだ?」
なんだろう、この言い表せない嫌な予感は。
ジブリールの顔が見た事のない変人そのものな表情へと変わる。
「マスターが私も含めて入浴するとのことなので!いかがです?御一緒致しますか?」
「しねぇよ!」
おい待て、色々と待て。
まずジブリールが空達と混浴?うん、百歩譲ってそれはいい。いいのだが、それって空と白も混浴ってことか?
ダメだろさすがに。多分空は俺より年上。仮に18歳だとして……完璧ポリスメンのワーキングだろそれ。
いや、俺は知らない。エルキア新国王がロリコンだとか、最強ゲーマーは変人だとか、俺は知らない。
「俺はコレ食いたいし、遠慮するわ」
「左様ですか。それでは」
わざわざ指パッチンなんて洒落たアクションをするジブリール。それがスイッチだったかのように、俺の視界は一瞬にして変化した。
……。
「……おい」
「どうした?」
うん、言いたいことは色々ある。
特に俺の隣でもぐもぐと口の中のものを咀嚼している空にはな。あとどっかのドS天使もどきにもいくつか小言を言いたい。
取り敢えず……。
「なんで風呂場で俺の肉を空が食ってんだ?」
状況を確認しよう。俺は今柵を一つ隔てた浴場にいる。背中合わせの向こう側では、恐らく俺の知ってる三人が入浴していることだろう。
それは、いや、それもどうかと思うが。
ともかく、何故か俺はここにいるのだ。何故だ。
犯人はジブリールしかいない。
どうやら空達は先に風呂場へと送っていたらしく、ついでに送るとはジブリール自身のついでだったらしい。
そしてついで故に、俺は夕食諸共ここへと送られた。
「これうめぇな。味付けがまた絶妙だわ〜」
「褒めてもこれ以上はやらん」
貴重なタンパク源なんだよ。
ついさっき知ったことだが、空と白は離れられないらしい。だから風呂も一緒にいなきゃならないが、流石に混浴は18禁だとか。
そんで、今はステフとジブリールが風呂嫌いの白の面倒を見ている図、らしい。だって、図って言われても見てないし。
「俺、出てもいいか?」
よくよく考えたらここにバミられる理由がない。
「ん?別にいいぞ?」
俺の肉を強奪するのは諦めた空はスマホを取り出し、俺に目を向けることなく返した。何してんだか。
これ以上この空間にいるのは気が引けるため、俺は早々に空いた皿を持って出口を目指す。
扉を開く直前、聞きたいことができて振り返った。本音で答えてくれるとは思わないが。
「空」
「なんだ?」
彼らの次の目標は
「お前らのゴールはどこだ?」
所謂最終目標を、俺は彼に問うた。
彼はスマホから視線を外すと、真っ直ぐに俺を見る。その目は偽りのない本心を語るようだった。
「取り敢えず、
そうか、とだけ返して俺は風呂場を出た。
その日はやけによく眠れた。久しぶりに美味いものを食えたからもあるが、ステフから与えて貰った部屋とベッドで眠れたから、というのも大きい。
……そういえば、ステフ。あいつ、
風呂上がりの時、獣耳がどっか行ってたのは割とマジで驚いた。
次の日である。
計画者の空を初めとし、エルキア陣営は打倒東部連合に向けて調べ物及び作戦会議を開始した。
そこまでは良かったのだが、事はそう単純ではない。
まず、東部連合は難攻不落の要塞。魔法を得意とする
ここで問題なのが、敗者はゲームに関する記憶を消されているということ。
これにより対抗策や突破口を見つけることが一層難しくなる。
ここまででも俺のモチベーションはマイナス値なのだが……更にガッカリな情報は続く。
なんとその無敵大国を相手に、我らが前国王は八度も挑み全敗。国土の半分を明け渡す結果に終わっていた。
これは俺も知っていた事実ではあるが、流石にステフに対して「お前の爺さんバカか?」と真正面から言うのは気が引ける。
「本は賭けるわ、無謀な攻めを繰り返すわ……なぁ、ステフ。お前の爺さんってアル中だったのか?」
そんなデリカシーは捨てて来ているようで、空はどストレートに言っていたが。
当然言われた方は怒る。ステフは気を悪くして図書館を後にした。そんな彼女の瞳から涙が零れていたように思う。
まぁしかし、空の言い分も分からなくもない。
先代の愚王を酔ってました以上に好意的に見るのは、難しい。
「俺は休憩する」
出口へと向かう俺に、空は資料から目を離すことなく手を振って応えた。
俺は図書館を出て、少しばかり外の空気を吸いに辺りを散歩する。気分転換も含んでいる。かれこれ半日は本を読み漁っているからな。
図書館からしばらく歩き、月明かりが葉の影を鮮明に地面へと移す森の中。俺は人気のない木々の中心で辺りを見渡す。
静かな場所は嫌いではないのだが、今ここにある静けさには落ち着かない。自然な割には不自然で、ともすれば人為的な何かを感じるからだろうか。
「こんなに早く、機会が来るとは思わなかったわ」
違和感のある静寂を割いたのは、冷たく突き放すような女の声だった。
声の主の方法を向くと、そこには黒地の服を着た少女がいる。
多分、
「初めまして、で合ってるか?」
「えぇ、初対面よ。私はクラミー・ツェル。名前くらいは聞いたことはあるかしら?」
「いや、知らん」
有名な奴なのだろうか。少なくとも彼女は人類で間違いないだろう。そうでなければ、例外を除いて他種族から名前を知られるというのはまず無いはずだからな。
「そう」
「何の用だ?」
知っている前提で聞かれた質問に否定で答えたが、クラミーに気にした様子はない。それ程重要視していたことではないらしい。
「あなたと、取り引きがしたいのよ」
「……取り引き?」
正直、怪しい。こんな夜更けに女の子が一人で待ち伏せていたこともそうだが、俺を一方的に知った上で提案して来ている。
どこまで調べられているのか。この世界に比企谷八幡という一人の人間の情報はそこまで無いはずだが。
辺りを見渡すが、人の気配がまるでない。俺はジブリールみたいな戦闘種族じゃないからそこまで敏感な勘は持ち合わせていないが、ともかく近くには誰もいないし、声も聞こえない。
「安心して。ここには私だけよ。それに、音は魔法で遮断してるわ」
魔法、か。
ここで感じた違和感はそれか。もっとも、人為的という表情は俺の中で確信めいて言い表したものではない、あくまでも漠然としたイメージだったが。
それに、だとすればおかしい。
ならば、彼女には他種族の協力者がいる。
「それで、どう?」
「内容によるな」
相手の素性も事情も分からないなら迂闊に頷くことはできない。
それは彼女も十分に理解しているようだ。
「それもそうね」
言うと、クラミーは彼女自身の事について語りだした。
クラミー・ツェル。先のエルキア国王選定戦であと一歩の所まで王に迫った者。逆に言えば、あと一歩のところで負けた。
その相手が彼ら、『 』。現エルキアの王と女王だ。
そして、クラミーは
相手が、彼らでなければ。
そこまで聞いて、俺は一度目を閉じる。
話を聞けば、クラミーの目的は空達に関係する何かだと推測が立つ。だからこそ彼らとの繋がりがある俺に接触を持って来たのも自然といえば自然だ。
「で、あんたらは俺に何をさせる気なんだ?」
さしあたっては、俺が彼女らにどう利用されるかが問題だ。骨折り損は勘弁願いたいし、あいつらを陥れたとなればジブリールが怖い。まじで解剖されそうだ。
「そこまで大きな動きを頼むつもりは無いわ。ただ、アイツらの動向を教えてくれればそれでいいのよ」
隠密のスパイ活動か。ステルススキルが高い俺は確かに適役だ。
だが、情報は武器だ。それを彼らの知らぬところに流すのは妨害工作以外の何でもない。それこそ、ジブリールに見つかればただじゃ済まない。
「リスクがデカすぎる」
「そうね。だからこちらも譲歩するわ。あなたの出す条件、それをこちらも呑めば文句はないはずよ?」
本気で言ってるのだろうか。
仮に俺が『空達に関わるな』と言えば、彼女らの目的は達成不能だろう。あるいは『俺に近付くな』とする事もできる。
いや、それらに意味はないか。
ならば、一先ず撤退だ。焦る必要もないし。
「考える時間をくれ」
「えぇ、いいわよ。返事は早めにね?ここで待つわ」
クラミーは踵を返し、森の深い所へと姿を消した。その数秒後、夜鳥の声が耳に届く。魔法も解除していったらしい。
俺が答えを渋るのはあちらの想定内か。だとしても、いささか潔が良すぎる気がする。
やはり、俺の予想通りなのかもしれない。
「……取り敢えず帰るか」
散歩に加えて少し長話をしたのだ。少し肌寒い。
俺も元来た道を辿って図書館を目指す。闇は薄暗く、月明かりだけがやけに際立っている。帰り道に迷うことはなさそうだ。
クラミー・ツェルに協力者の
この先、彼らは勝ち続けるのかもしれない。
だが、勝利が必ずしも正解でないことを俺は知っている。あるいは俺が負けしか経験がないからだろうか。だとしても、勝つことが全てではない事くらいは分かる。
それでも俺は、何が正しいかを知らない。何が正解なのかを理解していない。
いや、本当は何も知らないのかもしれない。
人の感情も、涙の訳も、俺が一人で動く理由も本当の意味では理解していない。
できないと言えばそれまでだろう。
――けど、違うだろう。
あぁ、そうだ。違う。
それでは、『本物』ではない。
分かり合おうとか、気を遣うとか。そういった馴れ合いの先に、心地良いだけのぬるま湯の先にそれは無い。
何処にあるかなんて知らないし、あるかも分からない。
けれど、それでも俺は、『本物』が欲しい。
徐々に2周目らしくなって来ました。
1部で語った所はこんな感じでちょっとずつ省略していく予定です。
番外編 エルキア王国奉仕部ラジオは必要ですか?
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