ようやく色んなことが一段落したので更新です。
遅くなりました。ごめんなさい。
確か、この辺りだったはずだ。
クラミー・ツェル。空達に敗れ、それでも野望のために一矢報いようと俺に接触してきた
彼女と初めて会い、次の返事を待つと告げられた場所へと、俺はひたすらに森を進んでいた。
「来たわね」
少しだけ開けた場所に出て、聞き覚えのある声に俺は振り向く。やはり、そこにはクラミーの姿があった。
それと、理由も名前も知らないがもう一人。クラミーの隣に立つ金髪美女が俺から目を離さずにそこにいる。見られているというのは自意識過剰ではなく、むしろ詮索や懐疑に近い目だ。見た目から察するに
「答えは出た、ということでいいかしら」
「あぁ」
数日前、ここで提案された共闘の誘い。内容を加味すれば、共闘と言うより利用し合いだが、まぁ大筋は外れていない。
俺は、彼らを形式上裏切る代わりに、彼女らに対してある要求ができる。これは盟約によって結ばれた絶対遵守の契約ではないが、俺もあちらも、互いをメリットのある存在だと認識している内は破らないだろう。
打算的な信頼。本来なら卑下する類の浅ましい関係だが、この場合はありがたい。下手な友情や愛情よりも、余程信頼に値する。
「一応聞いておくが、ゲームはしなくていいのか?」
「えぇ、いいわ。何かと不便だし」
不便、か。それはつまり、どこかのタイミングで解約できるようにしておきたいということだろう。
「分かった」
「じゃあ、聞こうかしら。――あなたの要求を」
覚悟の目と言おうか。鋭く研ぎ澄まされた瞳に、俺は彼女の覚悟を見た。
そして、どんな手段も厭わぬという意志を感じさせるクラミーへと、俺は告げる。
俺は要求する。彼らの情報に相応しい対価を。
鍵の一件から一晩開けた今日。
ステフの鍵によって開かれた扉により、エルキア陣営は本格的な行動へと向かうことになる。
無論、今までがお遊びの類だったわけではなく、こうした明確な手掛かりの発見は直接的に東部連合攻略に影響するのだ。
ここまで来れば、残るは倒すだけか。当然ゲームを仕掛けることになるため、戦況は不利な部分も多いはずだ。
だが、そんなことを聞いて燃えないゲーマーはおらず、彼らもまた例に漏れることなく楽しみにすらしているだろう。
……だからではないが、これはどうだろうか。
「なんで寝てんだよ」
いや、別にいいんだけどね?誰がいつどこでゲームしようが自由だし。
恐らく完璧な攻略法を見つけたであろう最強ゲーマー『 』は現在、つまり真昼にも関わらず就寝中である。ほんと自由だなこいつら。
一応だが、仮にもこいつらは王様だ。国政とかどうなるんだよ。
それが気になってジブリールに聞いてみたところ、どうやらエルキアの政治はステフに一任されているらしく、今尚フル稼働の真っ最中なのだと。ステフ、哀れだ。
「それで眠りの邪魔するやつがいないってことか」
「仮にいるとしても、私が全力を持って阻止しますが」
「……それ、物理的にじゃねぇだろうな」
だとしたら邪魔するやつが永眠しかねない。どんなミイラ取りなの?ピラミッドになっちゃうのかしら。
空達が行動しなければ、別段俺がするべきこともない。もちろん、彼らが動くからといって俺が動くかは別問題だが。それ、どうしても動かないな。
ステフが死に物狂いで働いているのを知ってこんな事を言うのも何だが、暇だ。することが何もない。
ならばジブリールの、現在は空達の図書館で時間を潰そうかとも思ったが、ここ最近の疲れがどうしても脳に来ている気がする。あんまり頭使いたくないな。
こんな時は糖分を取るなどして回復したい。けれど城のキッチンを無断で使うのは気が引ける。わざわざ森に入って木の実を探すのも手間だ。どうしようか。
俺は脳内で手短 糖分 摂取と検索をかけ、真っ先に出てきた案について思考する。
甘い物を食べるor飲む。確かに手短だ。
だが先に言った通り、森まで行くのは面倒くさい。城のキッチンも使うのは避けたいので料理も除外だ。
となると、あとは飲み物か。ジュースという概念がこの世界にあるのかは疑問だが、あったとしても無一文の俺では手に入れることは出来ないだろう。
……というか、俺は重大なことに気が付いてしまった。
今更なのは、多分少し前までは生きることが精一杯だった為に趣向品まで頭が回らなかったからだろう。餓死寸前とか、まじで余裕なかったからな。
ごく当たり前なことに、俺は飲めないそれを思って息を呑む。
――この世界には、マッ缶が無い。
そこからの行動は早かった。それはもう、どっかの暗殺教室の担任くらい早かった。
俺はジブリールに頼み、これから錬成するための材料。その資料集めを頼んだ。
即断られた。それも超清々しい笑顔で。
曰く、面倒くさいとのこと。
一応、転移で図書館まで送ってくれたのは彼女なりの優しさだろうか。できればそうであって欲しい。面倒くさいから飛ばされたのではないと願いたい。
俺は歩き回りながら目的達成に向けて本を探し、集める。
ジブリールが空達に従ってから、図書館の本の並びが少し変わった。分かりやすい変化としては、人が自力で届く辺りに
ジブリールが几帳面なのかは知らないが、ともかく整理された図書館は使いやすい。早々に目的に合った本を見繕った俺は、エルキア領土とその周辺に関する植物を調べ直した。前に調べた時は食える実ってだけだったが、今回は条件が入る。
甘くて、できれば練乳の代わりになる味。
気が付いたら朝だった。
どうやら寝てしまっていたらしく、体の変なところが痛い。床で寝るからこうなるんだよな。
痛みを和らげるように動くと俺の右手に、あるページに指を入れた状態で閉じられた本があることに気付く。そういや、調べ物してたんだっけか。
固まった体を伸ばすように起き上がる。瞬間、目の前に見知った顔が、というか顔だけが出現した。
タイミング良く現れたジブリールは今日の予定を語る。
簡潔に、空達が東部連合へと赴くらしい。既にアポは取り、今日の昼にも向かうとのこと。
「それに伴い、確認をしに伺いました。マスターがあなたの同行を希望しています」
その言い回しだと、俺が着いて行くことが強制ではないように聞こえる。
「拒否権あるのか?」
「あくまでも本人の意志を尊重しろと仰せつかっていますので」
マジか。てっきり笑顔で、「そんなものが存在するとでも?」とか言われるつもりだったわ。空達、ナイス。
「私としては強制
空達、マジでナイス。敵陣に一時間前からスタンバるとか、攘夷志士でもキツいっての。
「言うまでもないと思うが、行かない」
「では、マスターにそうお伝えします」
要件が終わったら速攻いなくなった。効率的だね。
宛てもなく窓を見ると、まだ日はそう高くない。本当に早朝だな。いつの間に、というかどうやって空達はアポを取ったのか。⋯⋯まぁ、どうでもいいか。
正直、まだ眠い。一応遅くまで調べてたし、用もないなら寝ていいかな。
睡魔に逆らうことなく、俺はもう一度枕に頭を埋めた。
……あれ?俺、枕なんて持って来てたっけ?
次に起きたのは昼頃だった。
ステフを含めた四人は既に東部連合へと赴いている。
当然、俺は待機。誰にも何も言われていない為、やることもすべきこともない。つまり、暇だ。
予定のない半日、何をしようか。
思えば、明確に一人で行動できるのは肉を買いにエルキアを訪れた日以来だ。ぼっちらしくないな。
差し当っては昼食かな。そう思いながら、俺はふと手元を見る。
そこには一冊の本。昨日俺が調べ物に使っていたものだ。
俺の人差し指はページの間に突き刺さっており、栞がなかったからこうしたのだと思い出す。
指を支点にしながら本を開く。
俺が昨日チェックを入れたのだろうページを見て、体に残った眠気を飛ばして起き上がった。
『コミルの木』年間を通して実を作る植物で、養分を多く含む為、その実は甘味が強い。木のような表皮とは裏腹に、実の内部は白く水々しい。
少しばかり時間を飛ばす、あるいは戻すことで話を合わせよう。
現在、俺の目の前には黒地の服を着た少女と、金髪美女の
眼前の少女、クラミーとはある契約について話をする必要がある。
内容は、俺の要求を呑んでもらう代わりに、エルキアの新国王つまりは空達の情報を提供するというもの。やるかやらないかはともかく、期間も規模も決めていないためそこら辺の擦り合わせが必要だ。
「じゃあ、聞こうかしら。――あなたの要求を」
「いや、その前に確認だ」
クラミーは一瞬だけ目を細めた。焦っているのか?それはないな。そもそも焦る理由がない。
俺が断るにしても、そこに彼女らが被るダメージもないしな。
「まず、俺が渡せる情報は俺が知る範囲でのみ、だがそれでもいいのか?」
「えぇ、問題ないわ」
「期間はどうする」
「どちらかが不要と判断した時点で終了、でどうかしら?」
「それだと、例えば俺が要求をした後ですぐに約束をなかったことにする場合もあるぞ」
「こちらも対価についての判断はするわ。前払いの方が良ければそうする、とかね?」
やはりこいつは、こいつらは考え無しに動くタイプじゃない。ならば俺の推測も邪推ではない可能性が高いか。
分かったと伝え、俺は一度視線をクラミーの隣にいる
この世界のルールがルールなだけに、魔法というのはどんな効果をどれだけの範囲で使えるのかは分からない。今この場では俺の頭の中を読んでくるなんてことはしていないだろうが、この先それを使われない保証は出来ないだろう。
ある意味、これは賭けだ。この先の展開がここから大きく変わると言ってもいい。
まぁ、そんなことは未来視でも出来ない限り分からないが。
「んじゃ、要求させてもらう」
「どうぞ?」
彼らの情報を得るのに対して、彼女らがどこまで譲歩してくれるかは分からない。
だが、確信を持って言える。これは成功する、と。
決める覚悟もないため、至ってすんなりと俺は言葉を紡ぐ。
「コミルの実をくれ。定期的に」
しっかりと聞き取れたはずだ。
クラミーの覚悟が見え隠れする表情は一度固まり、だがすぐに懐疑の目を持ち直した。
クラミーは顎に手をやり、目線だけで隣の
内容はもちろん俺の真意について、のはずだ。普通に考えたら割に合わない取引だろうからな。
ちなみに、俺は前からコミルの実については調べている。食い物が必要だった時のことだから今まで忘れていたが。
ジブリールに聞いた時は確か、「かなり甘い実ではありますが、そもそも中身のほとんどが水分の為、空腹を満たすには適さないかと」とか言われてたと思う。だから無意識に候補から外してたんだろうな。
コミルの実が練乳の代用になるか確たる保証はないけれど、練乳具合が足りない時は牛乳を入れるなどして調整するつもりだ。それだけでもただのミルクコーヒーよりはMAXコーヒーに近付けるはずだからな。
「いくつか、聞いていいかしら?」
「おう」
しばらくの間を置いて口を開いたクラミー。やはり疑う視線は変わっていない。
「定期的にってことは、この契約もしばらく続けることを前提にしているのよね?」
「そのつもりだが、何か不満か?」
「いいえ。ただ、割に合わないと思うだけよ」
そりゃそうだ。形の上では、俺は空達を裏切ることになる。クラミーは堂々と彼らの敵だと自らの立ち位置を示しているし、空達に言うことなく情報を漏らすのはただのスパイだ。当然、リスクもデカい。主に寝床とか。
そう考えれば、スパイの代償が甘いだけの木の実ではつり合わない。天秤の片方が凄まじく重い。いや逆か、木の実が軽すぎる。クラミー達が疑うのは当然だ。二重スパイの可能性もあるわけだしな。
だから、俺は答えを示す。
彼女らは頭がいい。疑うことを知っていて、考えることを疎かにしないだろう。そういう奴らは、総じて論理的だ。
論理的思考には、必ず仮定と答えが存在する。今の仮定は、俺がどういう立ち位置かという曖昧な部分の推察だ。それは仮定である以上、怪しいから先の答えは出ない。
ならば、俺が答えを決めてしまえばいい。彼女らの仮定に反証しない、だが嘘でもない、求められる『答え』を。
「俺は元からあいつらの仲間じゃないからな。どうなろうと知ったことじゃない」
嘘はない。今も前も、一度たりとも、俺が明確に彼らの仲間になった描写はないのだ。強いて言えば、今の関係は利用し合っているだけの他人同士だ。
俺の返答に、クラミーはトーンを変えずにそう、とだけ返す。表情や声を意識的に抑えたように見えた。
「で、そっちの答えは?」
「もちろん、交渉成立よ」
な?成功したろ?
なんとなく、クラミーは俺の知る誰かに似ている気がした。明確に誰だとは言えないが、その性格と思考回路は読みやすい。
ともかく、こうして俺達は秘密裏に共同戦線を張ることになった。
俺は空達が東部連合攻略へと動いていること。実際に今日、ゲームをするための交渉に出ていることをクラミー達に話した。
相談の結果、早朝にこの場所でコミルの実の受け渡しをすることが決定した。空達の行動パターンを鑑みるに、朝っぱらの俺の行動を気にする事はないだろう。
要件も終わり、俺は図書館へ帰るべく踵を返す。
そんな俺の背中に、クラミーは告げる。
「一応言っておくわ。あの
ジブリールか。そこは最初から警戒している。あいつに暗躍がバレたら
「あぁ、そのつもりだ」
振り返ることなく返し、俺は歩む足を止めない。早く帰りたいのだ。
なんでって……俺、今日まだ何も食ってないよ?
お馴染みのマックスコーヒーの巻― マッ巻 ―です。タイトルで察した人、いるかもしれませんね。
期間が大分空いたので全体のプロット自体はそれなりに出来てきました。
ただ、落とし所というか終わり所が未だに定まらないのが悩みです。
また週1〜2話で更新していこうと思います。
感想頂けると嬉しいです。
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