ここ最近、ロクな起こされ方をされていない気がする。いや、自分で起きろって話なんだが。
「早々に起床か部屋ごとの永眠を選択下さい。三秒は待ちますので」
「ちょっジブリール!それはやめて頂きたいですわっ!?」
せっかく貪っていた惰眠を強奪したのは、例によってジブリールの目覚まし、もとい脅しだった。てかなんでステフもいるんでしょうね。
「起床する。だから振り上げた拳をどうにかしてくれ」
「賢明な判断です」
覚醒しきっていない体に鞭打ちながら、俺はベッドから降りる。
どうやら何かあったらしい。まぁ、ジブリールが慌てるとなれば原因は限られる。
白に何かあったのだろう。
どうやら俺の予想通り、ステフも含めて事態を飲み込めないのは白に原因があった。
王室で白が立て篭もった。もとより引き籠もり気質なところから見るとあまり緊急性を感じないが、白の様子が普段通りではないらしい。
ステフが言うには、白は“ソラ”という人物を探している。もちろんステフやジブリールに心当たりはなく、調査の結果、城や城下の者も知らないということのようだ。
「そんで、白は面会拒絶か」
「はい。先程、私の入室も禁じられました」
ジブリールは白の命令に逆らえないからな。一度禁じられれば白の復活までは部屋に入ることはできないだろう。
しかし、白が“ソラ”という人物を探すことがそんなにおかしい事なのだろうか。白は俺と同じく異世界転移者だ。あちらの世界にいたはずの人間を思い出している可能性もなくはないだろう。
「そもそもそんなに慌てる事態なのか?単に白が疲れてるだけって可能性もあるだろ」
「白に限ってそんなことは、想像できないですわ」
「疲れてるだけ、というのはありえないでしょう。マスターの精神状況は既にかなり危険な所まで来ています。それこそ眠れないほどに」
白はあれでも小学生、子供だ。過度な不安やストレスは確かに精神衛生上悪過ぎるな。
だが、だからといって俺たちに何かできるわけでもない。白がこうなった原因も理由も分からないのでは手のつけようがないのだ。
それは彼女らも理解しているらしく、歯噛みするように口を紡いでいる。
「やはり、原因は東部連合でしょうか?」
「わたくしは、白が負けるとは思えませんわ」
「まぁな。それに、既に追い詰めている相手の反撃を受けるなんてこと、白に限らずどんなゲーマーでもしない愚策だろ」
それ以上続ける者はいない。続けられないのだ。
これで推測も振り出し、候補もなければ手掛かりもない。
唯一あるとすれば、白の探す“ソラ”なる存在。しかしそれも、誰も知らぬいるかも分からぬ幻のような手掛かりだ。
現実的な問題として、俺に限らずステフも、そしてジブリールも、ただ立ち尽くす以外の選択肢は無かった。
東部連合との決戦まで、まだ詳しい日程の通達は届いていない。
いつになるのかわからないが、それまでに白が復活できるか。それ以前に精神的に大事はないのか。
山積みとは行かないまでも重なりゆく問題に、対処も対応も追い付かない。
こんな時にとも思うが、俺は残り少ない材料でMAXコーヒー(仮)を錬成する。目的は勿論飲むためだ。
実際問題、現状俺ができることはない。
白があの部屋に引きこもったならば、文字通り他の者は蚊帳の外だ。ジブリールもステフも踏み入れられず、どうにかするのは白自身しかいない。
今更ながら、十一歳に求めるのはあまりにも重く苦しい選択と解決を、さも当然のようにしてしまっている。
白が“ソラ”を諦めれば、白はこの先立ち上がることはできないだろう。だが今の精神状態からこの理解の追い付かない状況を打破しろというのは、たとえ超人的な頭脳をもってしても苦行に他ならない。
誰かが支えようにも、今彼女の隣に立てる存在は居合わせない。ジブリールもステフも俺も、手を貸すには力不足だ。
湯気の立つカップを持ちながら進む廊下。俺は目的地もなく徘徊している。正直何をすればいいか分からん。
ふと、背後に風を感じた。窓は開いていない以上、しぜんなものではないだろう。
「……なぁ、人のバック取るの流行ってんの?それとも
「……」
なんだかかなりの回数経験してしまったような気がするジブリールの転移。彼女は何をするでもなく俺の後ろで口を紡いでいる。いや何しに来たんだよ。
「何か用か?」
「……マスターの為に、手を貸しては頂けませんか」
――……。
突然の、そして突拍子もない問いに呼吸すら忘れそうになってしまった。
彼女とは精々二週間程度の付き合いだが、少なくともこんなことを言うタイプではないと思っていた。いや、確かに彼女はマスターに仕える身であるならそれはもう献身的に行動するだろうとは思う。
だが、それでも彼女が、なんの力も知力も持たない俺に助けを乞うなど。明日には槍が降っても驚かない自信がある位に今驚いている。
「悪いが、俺にできることはねぇよ」
「恥ずかしながら、私は人の感情に疎いと我ながら思います。ですから、今のマスターに声を掛けることすら叶いません」
今、本当の意味で追い詰められ極限状態にいる白に掛ける言葉を彼女は持たない。
残念ながらそれは俺も同じだ。恐らく壊れるほど辛い白に、俺が何をしてやれるというのか。
「私の入室は禁じられました。ですが私以外の者の入室は可能です。……それでも、仮に私の
自分以外の入室を禁じていない白の命令を逆手にとる、か。
悪くは無いが……ドラちゃんというのが十中八九ステフの事だとして、ステフや俺が白と話したとしても、どの道結果は変わらない。誰も、誰かの代わりにはなれないのだ。
「お前くらいバケモンな奴にできないことを、俺なんかができるわけないだろ」
スペックや知識の問題でないことは俺も彼女も十分に理解している。だが、だからこそどうしようもないと納得、はできずとも頭で分かってしまうのだ。
「……白は天才だ」
「ですが今のマスターは……」
確かに今の白は危ない状況にいる。
しかし、彼女は現代で最強と謳われた存在だ。ゲームというたった一つの分野で無敗の天才だ。
この世界の理に従って白がゲームによって苦しめられているなら、突破もまた、ゲームで決まるはずだ。
だから――。
「お前のマスターだろ、信じてやれよ。主様を」
ジブリールが姿を消した後、俺はまた行く宛もなく歩く。
今更になるが、俺は現代で名を馳せた都市伝説ゲーマーの実力を知らない。最強と呼ばれるだけの力があるのは分かるが、それがどれだけのものなのかを知らないのだ。
だから多分、俺が信じろと言った言葉には重みがなかっただろう。知らない者が知らないものを語るなど、道化もいいところだ。
もしも何もかも計算し尽くし、俺の行動すら読み切るような存在なら、俺は最強ゲーマー様にいいように使われた事になるか。仮にそんな化け物的存在なら、俺だけの動きだけでなくジブリールやステフの対応も読んでいることだろう。
白が崩れた。エルキア、というか人類の危機と言って差し支えない。
しかし、それこそおかしいと何故誰も思わないのか。
白の機能不全は、少なくとも東部連合が原因ではない。仮にそうなら、今この瞬間にもこの国は終了のお知らせをもっと早くに知らされているはずなのだ。
今この状況は、危機であれど窮地ではない。
白のピンチは、まだ終わりではない。何も決着が着いていない以上、ゲーマーであろう者がクリアを見ずにゲームを諦めるはずはないのだ。
まだ負けていない。負けて失うだけなら、白は最強と名乗るには弱すぎる。
遅くなって、その上短くてすみません。
かなり迷走してきている気がして来て少々難航しています。
それでもできるだけ早い更新頑張ります。
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