何も聞こえない。何も聞かせてくれない。俺はそんな感覚に捕らわれていた。
白の為にしてやれることはないと、俺は自室に戻ったはず。そこで扉を開けて、入って、閉めた瞬間だ。
俺の見ている、五感で感じている世界から現実味だけが隔離された。
色が、音が、感触が無であるかのようになくなっているのだ。そんな体験をしたことはない。
……いや、一度だけある。
この世界に来た時だ。
あれは確かに体験した現実で、ならば今もそれと同じ状況だろう。
ならば……。
「何か用か?――テト」
姿が見えないとかならどうしようもないが、俺は当てずっぽうでベッドの上へと視線を向ける。
「やぁ、久しぶり」
運がいいのか悪いのか。そこにはこの現象の張本人がいた。
「お前、一応神様だろ?暇なのかよ」
「ちゃんと神様だよ。そして残念なことに暇なんだ」
やれやれだよねと、テトは胡座を掻きながら両手の平を天井に向ける。
俺は別に神様の日常を知りたい訳でも、四コマ漫画で出版したい訳でもない。
それを感じ取ったのか、テトは怪しさの伺える笑顔をつくる。
「この世界はどうだい?」
「さぁな。まぁ、面白いとは思うぞ」
「それは良かった。……でも、僕が良くないんだよなぁ」
テトは体を後ろに反らせ、そのまま倒れ込む。背丈の分、ギリギリ顔は見えるが、視線は完全に天井を向いている。
「君達を呼んだのは、きっと面白くなるから。現に今も彼らは面白いことをしてると思うよ」
「ならいいじゃねぇか」
「うん、でもね?一人だけダイスを振らないんじゃ、面白くないだろう?」
ダイス、サイコロ。
何が言いたいのかは何となく分かった。
この世界は盤上、すなわちボード。であるなら、テトはゴールでありラスボス。そこに向かうまでの道のりはゲームのマスであり、進む者はプレイヤー。
例えるならこんなものだろう。それに当てはめるなら――。
最短ルートを行く二人と、ダイスを振ることすらしないぼっちか。
テトは楽しむために呼んだのに、何もしない俺がひどくつまらないと。
「勝手だろ」
「そうだね。僕は勝手だったし、君の勝手だ」
だから――と。
テトはくるりと立ち上がり、否、物理的に飛び上がり。空中に漂いながら言う。
「ゲームをしよう。――今、ここで」
無言、というか唖然としてしまった。何こいつ、暗殺一家の生まれ?
いや、驚くなという方が無理だろう。何せ目の前に現れたラスボスは、いきなり勝負を挑んで来たのだ。RPGなら即クソゲー認定なシナリオだろう。
あっちはバケモノ、こっちは初期装備。うん、どうしろと?
依然うんともすんとも言えない俺に、テトは笑いながら続ける。
「もちろんいきなり最終決戦じゃないよ。あくまでも個人的なものさ。神様としてではなく、一個人として、ね」
「いや、注釈されても意味わかんねぇから」
第一勝てる訳がないだろう。空達にも言ったが、俺はゲーマーと名乗ることすら恥ずかしい凡人だ。それと遊戯神の対決?封印されし者でも呼んでこいよ。
「断るに決まってんだろ」
「話だけでも聞いてよ。悪い内容じゃないはずだよ?お互いに」
「既に黒塗り全身タイツの犯人くらい怪しいんだが」
誰か名探偵を連れて来てくれ。そして難事件を、具体的にはこの状況を打破するヒントをくれ。無理ですよね、知ってます。
「まぁまぁ。コホン。先に賭け金を言っておくよ。僕が負けたら、――君の問の答えを教えてあげよう」
「…………」
多分、これは悪癖だろう。言葉の裏を取ろうとする、俺の思考は。
だが今その癖を何よりも宛にしている。
こいつの言い方には違和感しかない。普通に「問いに答えよう」でいいはずだ。
なのにそう言わないのは、そうする理由があるから。
……。まさか、な。
「……俺が負けたら?」
「君は僕の前では嘘をつかないと約束して貰う」
「ヘビィだな」
「そうかな?」
そうだろう。
つまり俺は、二度とテトにゲームで勝つ機会が来ない。ブラフ無しでどうしろというのか。そんなの空でも無理だろう。
まぁしかし、俺がテトに挑まなければノーリスクと変わらない。究極的には意味がないし、なんならテトにマイナスがある。
ならば何故、そこまでしてテトは勝負したがるのか。理由は、聞くべきだろう。
「何お前、そんなに暇なの?」
「生憎とね。それで、ゲーム内容は受け側に決定権があるけど、提案くらいはさせてもらうよ」
俺は提案だけを了承する。恐らく狙いの本質はこのゲーム自体にあるのだろうと考えたからだ。
「ゲームは『宝探し』。君にはある物を探してもらう」
「あるもの?」
「『君が欲しているもの』さ」
「…………」
「ちなみに範囲はこの世界全体」
俺は思考する。テトが現れた時点で頭を働かせていたが、もっと意識的に思考する。
この宝探しは、意味が通らない。というか勝負にならない。
俺が欲しいものが宝。だとしたら、例えば俺が「時計が欲しい」と言って時計を渡せば俺の勝ちになる。これではゲーム性すら疑ってしまう。
「その宝の証明はどうするんだ?」
「僕にそれを見せてくれればいい。それだけで正しいか否か分かるからね」
「俺の欲しいもの、なのにか?」
「そうだよ」
なんの迷いもなくテトは頷き、断言する。
嘘をついているかなんてものを俺は完璧に推察することはできない。だが、少なくともこんなゲームを仕掛けるほどテトは馬鹿じゃない。いや、ゲーマーじゃないわけがない。
ならこのゲームにはゲーム性が、勝負の余地がある。
テトの狙いは?動機は?その先に得るものは?
「…………」
テトの言った言葉を全て鵜呑みにして、その上で仮説を建てるとするなら――。
「お前は、何を知ってるんだ?」
こいつは神様、超越者だ。
「さぁね」
「…………」
もしも、こいつは人の思考を読めたり、過去や未来を行き来できるようなぶっ飛んだ存在だとして。
だとしたら、ゲームを楽しめるのか?いや、きっとつまらないはずだ。結果も過程も分かり切ったゲームなど、ただのアニメーションと変わらない。
ならば、テトの狙いは?
ダメだ分からん。それを推察できるほど、俺はこいつを知らない。
「テト」
「なんだい?」
「お前は、俺の欲しいものが何かを知っているんだな?」
「その理解で問題ないよ」
「そうか」
聞いてもやはり答えは出ないか。
……しかし、ずっと気になることがある。
テトが言った勝利条件と敗北した時の賞品。そのどちらも、俺から見た言い回しになっている。
このゲームは俺が欲しいものを見つけ、俺の問いのテトが答えを教えてくれる。
問い、答え、宝。共通点は、どれも俺を基準としたもの。
このゲームのメリットは?俺には、とりあえず何かしらの問題が解決する。ならばテトは。
ゲームができること?暇つぶし?
それらしいが、推測の域を出ないのが痛い。
神様とやるのだ。警戒しない訳には行かない。
ゲーム内容の決定権がこちらにある以上、他のゲームでもいいだろうとも考えた。だが、それならテトは申し出を下げるだろう。
テトの動機も不明だ。ならば――。
「悪いが、このゲームを受ける理由がない」
それが結論。リスクどころかメリットすら微妙なところだ。やはり受けるべきではない。
「そう。それは残念だね。ところで、君は何故この世界に来たんだい?」
「お前が呼んだからだろ」
「いや、確かに僕は君を呼んだけれど、君は一度それを断っている。断って、それから自分の意思でここに来た」
「……」
「それは何故だい?」
何故、か。確かに理由があった。まさか、今の今まで忘れていたとは。
……いや、忘れてはいない。
俺はずっと覚えていた。その上で、どこか頭の片隅に追いやっていた。
我ながらアホらしい。未だに覚悟みたいなものが足りていなかった。直視することを、恐れていたのだろう。
これでは、ここに来た意味がない。
そう思い出せば、忘れようとすらしていたものが思い浮かぶ。
あの部屋、彼女らの声、顔。恩師の言葉、妹の存在。関わった依頼人。
俺はその全てを捨ててここに来た。それだけの覚悟を持っていたはずなのに。
申し訳なくなる。だから、すべき事をしよう。
どうせ償いにもならないだろうが、それでも俺は考える。
テトの思考を読むなんて離れ業はできない。だから推測できるだけの、確たる材料だけで判断する。
そして――。
……俺がすべき事は。
「テト、条件変更だ」
「条件?」
テトの動機はこの際どうでもいい。だが目的は分かった。
ならばこの賞品設定に、テトは拘らない。
「俺が勝ったら、ある場所に連れて行って欲しい」
「……そんなことでいいのかい?」
「残念なことに、人類の足で行ける範囲ってのは狭いんだよ」
「そう。じゃあ、やるんだね?」
「ああ。期限は?」
「特にない。君がこれだと思うものを見せてくれればいいよ。ただし、チャンスは一度だけだ」
「おーけー」
俺とテトは示し合わせもなく、自らの右手を肩くらいまで挙げる。
何度かこうしてゲームをしたが、ここまでの緊張感を持ってするのは初めてだろう。
「「【盟約に誓って】」」
たった一人の最終決戦が、割と早い段階で始まった。負けたらマジで最終決戦だったことになる。
俺がテトに挑む機会は、二度と来ないからな。
意識が戻ったというよりは、意識を認識したという方が感覚に近い。
目の前にいたはずの神様の姿はなく、俺の周囲の風景も現実味を取り戻している。
実はさっきまでのは全て夢でした、なんてオチはないよな?流石に立ちながら寝れるほど器用じゃないし。
テトとのゲーム。俺はこれから逃げる訳にはいかない。
退路は自ら絶った。負けたら終わり。ギャンブルの様な、勝負にもならない勝負だな、これは。
テトの目的は、俺に何かを探させることだ。それを彼は俺が欲しているものと表現したが、その真意までは読み取り兼ねる。
だが、テトがしたいのは俺との勝負ではなく、ゲーム。これで終わらせるつもりはないはずだ。何せこのゲームにはゲーム性が、いわゆる読み合いや駆け引きが存在しない。
もしかすれば、俺はただテトの手の上で踊らされているだけかもしれない。
俺はそれも覚悟でこのゲームを受けた。
理由は?……諦めが着くから。
負ければ俺がテトに勝つことはなくなる。俺が勝てば、色々なものに区切りがつく。どちらにせよ、デメリットは少ない。
だから、まぁ。勝っても負けても、後悔はないだろう。
「「「―――!」」」
突如として、城中に泣き声が轟いた。三人分くらいの合唱みたいになっている。
よく分からないが、恐らく決着が着いたのだろう。
俺はその足で、空達の元へ向かった。
次こそ早めに出します。
感想頂けるとありがたいです。
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