カポーン。
何故そんな音が鳴るのか分からないが、俺たちが今いる浴場に銭湯のような効果音が谺響する。
王様に頼んで丁度いい湯加減にして貰った大浴場のお湯は心地よく、特に疲れてもいないのに「あぁ〜」と思わず声が漏れる。
まぁ、このあぁ〜は別の意味もあるが……。
「ほい、王手」
何でできているのかは知らないが防水加工された将棋の駒と盤。ジブリールが用意したそれを浴槽の縁に置き、俺と空は何も賭けることなくゲームに勤しんでいた。
「つか、ゲーム案は却下したはずだろ」
「いいだろ暇だし。それに比企谷とはまだまともにやったことなかったからな、ゲーム」
「いや、一回だけあるぞ?チェスで」
「……は?」
かなり前の話だが、なんとなく覚えている。ネットゲームで俺は一度、『 』というプレイヤーと勝負したことがあった。
結果は引き分け。といっても俺が防戦一方でのスリーフォールド・レピティション、つまり千日手でドローに持ち込んだだけの泥試合だ。
だがその事実とは裏腹に、空は立ち上がる程に驚いた。
「じゃあ何かっ!?お前があの――」
「――『ハチ』……?」
「どぉうわっと白っ!こっち向くな、両目クローズ!へいジブリールっ!」
「御意にっ」
先程まで俺達がいた柵から顔を出そうとした白は、別次元の穴的な所から出てきたジブリールによって視界を奪われる。空曰く、白の前で18禁展開はご法度らしい。いくら風呂とはいえ、男二人が裸の付き合いはいかがわしい……か?むしろボーイズのラブった話っぽくて、それはそれでアウトですね。
白が読んだ『ハチ』とは俺のプレイヤーネームだ。あのとき『 』と戦った時のことを、彼らも覚えているらしい。
「まぁ座れよ」
「お、おう。いやしかし、まさかとは思ってたが……」
「まさかって、名前以外の情報あったのか?」
空の口ぶりから察するに、空は俺がハチであると最初から予想していたように聞こえる。だが2年以上前に一度だけ戦ったプレイヤーのことをわざわざ当て嵌めるだろうか?
「テトが呼んだ。それ以上のヒントもねぇだろ」
「あぁ……」
なるほど、ゲーマーだからか。
前に世間話程度に聞いたのだが、テトは負けて悔しいから空達を呼んだらしい。その件と合わせれば、他に転移者がいる場合そいつは自分達と同じくテトを負かすだけの実力があるゲーマーだと予測が立つ。もっとも、俺は違うのだが。
「しっかしそうなると、心強いな」
「何の話だ」
「空白と同等の奴がいるとか、いづなたんが可哀想って話だよ」
いづなとは、確か東部連合のゲームプレイヤー(幼女)だったな。幼女に国の一大勝負任せるとか、あっちのお偉いさんはどんな神経してるんだろうか。
「いや、同等でも互角でもねぇだろ。さっきの将棋とかボロ負けだぞ」
「まぁそうだろな。比企谷と白は相性が悪かったってのもあるだろうし。んでも、テトがお前を呼んだってことは、何かしらあるってことだろ?」
「それがイコールで強いとは限らねぇだろ」
「違いないな」
テトが俺を呼んだ理由は、面白くなるから。だがこれは明確化されていない内容だ。何がどうなって面白いのかは、まだ分からない。
空白が打倒テトを目指してゲームをしている現在。俺はテトとの一戦、その決着の為だけに動いている。俺と彼らの利害は一致している。
しかし……。
「なぁ、一ついいか?」
「ん?」
「なんで俺をゲームに参加させようとする?」
しかし空達は俺の事情を、俺の目標を知らない。いやそれを差し引いても、エルキア陣営に俺を東部連合とのゲームに参加させるメリットは少ない。
「そりゃあ、勝つ為だろ」
「だとしたら、なんで四人なんだよ」
そう、そもそもがおかしい。
勝つ為なら一手分でも駒が多い方がいいのは理解できる。だがそれなら、ステフを含む五人で受けるはずなのだ。東部連合との交渉の際の話を聞く限り、その要求を通すことも可能だったはず。
「ステフ、使えると思うか?」
「……身代わりくらいには」
一言で論破されましたマル。
空からすれば、弱すぎる手札は逆効果ってことなのだろう。だとしたら俺も相当弱いと思うんですが。空達は言わずもがな、ジブリールも存在からして化け物。そんな中に一般人入れてどうすんだよ。
「つっても、俺もそんなもんだろうけどな」
「かもな。まぁその辺は参謀に任せとけよ」
めっちゃ笑顔で肯定されたんですけど。
空は言いたいことは全て言ったと言うかのように立ち上がり、浴場の出口へと向かう。
その背中は決して強者が魅せるオーラが漂っているわけではない。もっと純粋な、俺とそう変わらないただの人間のそれだ。
なのに彼は、彼らはきっと――負ける気は毛頭ないのだろう。
語ることすらしなかった空に俺はそんな的外れかもしれない覚悟を感じ、ならばと、後を追うように風呂を後にした。
風呂から上がると、空と最終的な打ち合わせをしたいとクラミーとフィーが王室で待っていた。
空白はまだ調べたいことがあるらしく、白は先に隠し部屋の方へ移動を開始。空も許容範囲内で移動しながらクラミーと話している。
そんな二人を側で見ているフィーと目が合った。
「何か用がありましたかぁ〜?」
「いや、ちょっと気になる事があってな」
クラミーとの口約束は、どちらが不要と感じた時点で終了するという契約があった。
クラミー達が空達に協力すること、ひいては互いの情報を交換することが確定したのであれば、あの約束はもはやクラミーにとって無駄な話でしかない。
その事を話すと、フィーは不思議そうに小首を傾げる。どうやらあちらの中では既に決まっていた話らしい。
「それがどうかしたのですかぁ〜?」
「そうなると俺にコミルの実を届けてくれる存在が無くなるんだよ」
俺はコミルの実がどこに生えているか、その具体的な場所を知らない。つまりクラミーとの約束がなくなると、俺はもうマックスコーヒー(仮)を作れなくなってしまう。イヤだ、絶対。
というわけで契約延長とはいかないまでも、どこかしらでの妥協点が欲しい。
「それなら〜、いつもの待ち合わせの場所から更に北に行った所にあるのですよぉ〜」
「マジか。けどコミルの木って珍しいんだろ?群生するのか?」
「生える場所が珍しいというだけで〜、十分な水があればそれなりに多くできるのですよぉ〜?」
なるほど。本で調べた時は群生と森林なんて記述はなかったが、希少なのは場所が限られているだけか。
「なら良かった。けど、大丈夫か?」
「何のことなのですよぉ〜?」
「多分だけど空の奴、何かしらさせるつもりだろ?」
空は無駄な行動はしない。東部連合とのゲームに種のコマを賭けたのも、一石二鳥な理由があった。
ならば、今回のゲーム。クラミーとの一戦にも不可解な点があり、その事が複数の事象に対応するものに思える。
「お前らを協力させるだけなら、わざわざあんなゲームをする必要がない。なのに危険を犯してまでしたってことは」
「何か狙いがある、ということなのですよ」
詐欺師やメンタリストが本気で誰かに意識を向けたらこんな顔をするだろうか。フィーは騙し合いの駆け引きで、空の罠を見透かしたような笑みを浮かべた。彼女も何かしらを感じ取っていたらしい。
「心配はいらないのですよぉ〜。もしクラミーに何かあったら〜、私が全力で守る。ただそれだけなのですよ」
一方的か相思相愛かは置いておいて、彼女らもまた信じ合い補い合うことで戦って来たのだろう。そして、それは恐らくこれからも。
その事が少しだけ羨ましく感じ、俺は心にもないことを吐き出す。
「けど空達がお前らを罠に嵌めないとも限らねぇからな。もし遠出する事になったら空達の情報も少なくなるだろ」
「それはつまり〜、約束とは関係なしに密告者に興じてくれるってことなのですかぁ?」
適当に合わせて会話を終わらせようとしたのだが、思わぬ返しに喉が詰まる。それを悩んだと取ったらしく、フィーは無言でこちらを見た。
……俺ではなく、俺がいる方向である。
「それはつまり、次こそマスターを裏切るということでよろしいのでしょうか?」
冷たく告げる声はいっそ凍える程に寒気を漂わせる。寒すぎて百輪の氷の華が咲きそう。それなんて氷雪系最強。
氷雪系どころかほぼ全属性チートランクの
「いや待て、裏切ってないから。むしろ空達が裏切る可能性があるって話だし」
まぁ空の場合はクラミー達がどう動くかを察した上で何かしらの仕掛けを打つのだろうし、そうなると裏切るというよりは誘導だろうな。
「もし何かあれば〜、さっき言った場所に手紙でも置いておいてくれればいいのですよぉ?偶になら見に行くのですよ〜」
「私の前で公然と密告の話をするとはいい度胸で」
「公然と密告とかいう得体の知れない状況は何だよ」
一応協力関係にあるのだ。フィーもジブリールも正面衝突は避けているように思える。フィーはクラミーに、ジブリールは空達に迷惑をかけないようにと考えてるんだろ。
噂すらしてはいないが、その二人もとい三人の話し合いは終わったらしく、クラミーはフィーの所へと戻って来た。
「もういいのか?」
「えぇ、大体は。あなたも大変ね。ゲームに出るんでしょう?」
「お前ら程じゃないだろ。こっちは戦力過多だから俺くらいの足でまといがいて丁度いい」
「無駄に胸を張って何を言っているのでしょうかこの男は」
ジブリールの蔑んだ視線はスルーさせてもらう。直視したらかなりダメージ来そうだから。
クラミー達は要件も終わっている。二人がこれ以上ここにいる理由はないため、彼女らは王室の出口へと歩き出した。
やがて扉の前に着き、手を掛けた辺りでクラミーが振り返る。
「……ねぇ」
「ん?」
「…………。やっぱり、いいわ」
そうクラミーは目を閉じて視線を切った。
俺に対して遠慮するタイプではないだろうし、こう切られると少し気になる。クラミーは無意味な行動をするやつじゃないこともあるし。
……それに、俺らしくないかもしれないが、なんとなくクラミーが言おうとしていることは聞くべきではないかと思ってしまう。
「何だよ」
「別に、何も言うことは無いわ。……言っても、多分変わらないから」
「変わらない?」
「どうやっても、ね」
完全にはぐらかしに入ったクラミー。それ以上言うつもりはないと分かれば諦めもつく。
俺はそうかとだけ返し、クラミーもまたそうよとだけ言い残して部屋を出た。
彼女に続いたフィーが俺に向けた見定めるような視線は、気付かなかった事にする。
日常とは、常日頃と変わらぬ日だからこそ呼べるものだろう。
唐突に何だと思うだろうが、要は日常足りえないものがここにあるという事だ。
東部連合との一戦はいよいよ明日にまで迫った。役人共が協力し合って東部連合からの通達を遮断するというトラブルもあったが、ジブリールの極めて良心的な交渉と俺の確認により難なくを得たこともしばし。
今更ながら面倒なことが始まると、憂鬱な気分が拭えない。俺は不満を飲み込むようにMAXコーヒー(仮)を流し込む。
俺ができる範囲で調べた上で、やはり気になる点がある。空達はどうやって『血壊』なる荒業もとい裏ワザを攻略するつもりなのか。どう考えても勝てる気がしないんだが。
まぁその辺は、あの読み合いのバケモノの領分だ。恐らく全てを読んだ上で勝ちにいくはず。ならば、やっぱ俺要らなくね?
参加拒否が出来ないことは重々承知の上で、尚も俺は現実逃避に勤しむ。
その思考と比例するかのように、カップは早々に空になった。
次回。対いづな戦、開幕。
また途切れ途切れの更新になると思いますが、どうかご容赦ください。
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