どうしても区切り良くしたかったので。
よく晴れた日。天気に反比例するかのように下がる俺の気持ちは文字通りにブルーだ。
本来お呼びじゃないであろう俺は高らかに宣言された戦争へと同行する事になっている。それはもう否定も拒否もできないところまで来ているから、まぁ諦めるとして。
……なぜ反感に燃える国民の波を正面突破する。空にも考えがあるのだろうが、これ一国の王としてどうなんだよ。
そんな至って一般な意見が届くはずもなく、エルキア陣営を乗せた馬車はゲーム会場へと向かった。
目的地にてステフを含む俺たち五人を迎えたのは、ゲームの結末を望むエルキア全国民と東部連合の代表であるところの初瀬いのと彼の孫娘、初瀬いづなだった。
案内された部屋には五台のメカニカルなイスがあり、これがゲームマシンなのだと直ぐに理解できる。
そして空達ひいては俺たちを睨みつける視線が二対――いのといづなのそれだ。
「よ〜う、いづなたん。久しぶり」
「……ゲーム、しよ……?」
「――負けねぇぞ、です」
軽い兄妹とは釣り合わぬいづなの目には、明らかな敵意と覚悟が伺える。その事が、やけに気に障る。いや単に気になるだけかもしれない。
誰にでも事情があり、義務や責任がある。だから時として誰かと敵対すること、あるいは集団から孤立することは決して間違っていないと俺は思う。そしてそのどちらにも、大小はあれど覚悟がいる。覚悟があればいいと言えるほどの極論は言わないが、それでも覚悟した故の選択を俺は否定しようとは思わない。
しかしだ。今目の前にいる彼女に、その覚悟は必要なものなのだろうか。
そんなどうしようもなく意味のない仮定が頭を過ぎり、通った足跡がじんわりと残って離れない。
「どうかしたので?」
「……いや、なんでもない」
一歩分空達が前に出たことで、形の上で隣合っていたジブリールの声に俺は思考の渦から一度帰還する。だがやはり、飲み込めない何かが残った感触はあった。
我に返って視界に意識を向けると、いづなの睨みつけるような眼光が俺に向いていることを知る。
「あぁ、紹介とかしてなかったな。いづなたん、あいつは八。今日ゲームする相手の一人な?」
「……はち、です?」
名前っぽくないからだろうか、それとも偽名のようだからか。いづなは目力をそのままに小首を傾げる。
というか、その紹介ってどうだよ。
「八?八って俺の事?俺には比企谷八幡という名前があってだな」
「マスターの希望です。いっそ改名されては?ハエさん」
「頭文字しか合ってねぇし、どうせならハチだろ」
いや蜂も嫌だけどね。そして酷くねジブリールたん。うわ、似合わねぇ。
「どうでもいいのでさっさと準備されてはどうでしょうか、アリさん」
「ついに母音しか原型がない。というか原型もねぇよ」
そろそろ名前覚えてくれてもいいと思うんですが、どんだけ興味ないんだよ。
「ひき……はちまん、です……?」
「長いだろ?だから、八」
「いや、ジブリールと比企谷って文字数変わんねぇと思うんだけど」
なんなら長音含めたら俺の方が文字数少ないまである。フルネームなら圧倒的に負けるけど。
「あー、よろしくな。えっと、いづな?」
「…………」
小さいな世論はとっくに結論を出しているため、俺は比企谷八幡の呼び名論争を諦めていづなに向かった。歳下とはいえ失礼がないように接したつもりだが、帰ってきた視線は冷たい。俺なんか悪いことしましたか?
まぁいづなの向ける敵意の理由のおよそ全てが空達の所為なので、俺は睨まれたことを抗議するように空へと視線を移す。空はそれを軽々スルー。
初瀬いのと向かい合った兄妹はお互いの要求――大陸領土と『種のコマ』をかけることを確認し合い、いのの指示で機械的な椅子へと腰を降ろした。俺とジブリールもそれに続く。
「それでは、始めさせて頂きますかな」
「お〜けぇ」
ステフも空気を読んで部屋を出ている。今はホールのどこかでモニターの見える位置にいるだろう。そして恐らくクラミーたちも。
椅子に座った五人は示し合わせもなく片手を上げる。これがこの世界、ゲームする為のルールだ。
「【盟約に誓って】」
重なる声が絶対的なルールへの同意を確認し、いのはTVゲーム機を操作する。
駆動音が今いる座席の裏から響き始め、これからいよいよ幕が開けるのだと自覚させられる。ほんと、帰りたい。
一応俺の行動にも三桁超えの人類の存亡が掛かっている。……一介の男子高校生には少々荷が重いんですけど。
だからではないが、何となく俺は視線を隣に向けて四人を見た。
一つ隣のジブリールは、ただ目を閉じて時を待つ。
その先にいる白と空は、互いに伸ばした手を結びながら、空がいづなに何かを告げているようだ。
そして俺から最も遠い位置のいづなは、何を見るでもなく瞳を曇らせながら、ただ彼の言葉を聞いていた。
彼らの間でどんなやり取りがあったのかは分からない。だが、いづなの浮かばぬ表情からそれが決して彼女にとって軽々しい何かではないことだけは察せられた。
問うたのか、あるいは答えたのか。どちらにせよ、空の言葉を聞いたいづなの心境を俺に知る術はない。それでも問題ない。
俺が今すべきことは、与えられた役割を果たすことだ。空という脚本家のシナリオに従い、全てを支配せん程に読み尽くした彼のビジョンを現実にする。それが結果的に、勝利へと繋がるはずだ。
俺が誰かに従って動くなど、現世にいた俺を知る者に言ったらどんな反応をするだろうか。多分信じないだろうな。
それ程までに、今俺がしようとしていることは俺らしくない。その自覚はある。
らしくない事をするとロクなことがないと言うが、今回は仕方ないだろう。と、俺は何より自分に対しての言い訳を用意する。
負ければ人類が実質滅亡。空達の権威が無くなれば俺の今後も怪しい。いくら
だから、自分可愛さに俺は俺の信念を曲げよう。別に大したプライドも持っているわけでもないからな。
拘ることに拘り過ぎない。このゲームに勝てるなら他の勝負に負けてもいい。そうすることがたとえ消去法だろうと妥協できる選択ならば、俺は喜んで負けてやる。
「負けた。……人類は今、終わった……」
絶望を絵に描いて、更にコピペして100枚印刷したレベルで空は嘆いた。
ゲームとは本当にゲームの中に意識を投影するものらしく、さながらVR世界の体現だった。ルールはデスゲームかな?だとしたら救いがない。週末には少し早いが誰か救ってください。
本当に救いがない、というか救いようがないのが現状だ。
意識だけが転送された擬似世界はさながら東京。都心特有の高層ビルと舗装された道路。アイドルや有名店らしき広告が液晶を流れる、日本人がよく知る日常のような風景だ。差す陽の光には見覚えすらあるのではないかと思えてしまう。
だがその眩しさに、ニート兄妹は早々に打ちひしがれる。
「どうすんだよこれ」
「ごめんなさいまさか東京がステージとか想定してませんでした俺のミスですというかもう勝ち目もないっス人類終わりましたごめんなさいごめんなさい――」
「……にぃ、どこぉ……?ひとり、に……しない……で?」
兄も妹も完全に戦意喪失通り越して意気消沈。土下座を繰り返す我らが王様は、もういっそ哀れだ。ステフやクラミーたちも画面の前で絶望していることだろう。
こうなってしまってはもう現実にいたときの余裕はない。実質俺とジブリールだけで『血壊』持ちのいづなを倒すことが必須になってしまった。しかも、ジブリールは一度タイマンで負けている。
「マジで無理ゲー」
「それでもやる以外の――いえ、勝つ以外の選択肢はございません」
「え、本気で言ってる?」
不甲斐ないマスターの惨状を見て尚、ジブリールの意思は変わらならしい。むしろ更に強固になった節もある。
「
これはもう下僕の域を超えている気がする。それ程までに、彼女は彼らに対して思うことがあるのだろう。確かに、今までの常識を全部ぶっ壊したような存在だからな。神の如く崇拝しても不思議はないか。
これから始めるゲームの詳細はまだ分からないが、空達が戦闘不能になってもやはりすべき事は変わらないらしい。もう逃げられないし、ジブリールに何されるか分かったもんじゃないからな。
俺は俺らしく、らしくない勝利を目指す。
―other side―
ゲーム画面を見つめる獣人――初瀬いの。
説明のために用意されたルールブックへと手を伸ばす彼に、部下の一人が声を掛けた。
「いの様。至急これをと、
手渡されたのは一通の手紙。
そう察したいのは直ぐにそこ便箋を開けて内容を確認する。そこには至ってシンプルかつ重要な内容があった。
『あの腐った目には気ぃ付けな』
やや癖のある話し言葉で書かれているのは、それだけ彼女が急いで伝えようとしていたという事。いのはそれを瞬時に感じ取り、カメラの1フレームに映る孫娘を見つめる。
そして――
『いづな。あのアホ毛の男は警戒しろ』
常人には認識不能の声がいづなに届いた。
いのは巫女からの手紙を再度、彼女だけに聞こえるように読み返す。
返事はなく、ただ銃を低く持ったいづなは静かに首肯した。
それを確認し、いのは騒ぎ始めた
―other side out―
いづな戦開始とか言いましたが、まだ始まらないですね。ごめんなさい。
次こそ本格的にやり合います。
余談、でもないですけど。
本作を読み直して気付いたのですが、『こうして彼の二周目は始まる』にて。
ジブリールと八幡の序盤のチェス対決が『2ゲーム目はジブリールが勝った』となっていました。
一応三戦して引き分けなので、ジブリールの二戦目が勝ちだと話が合いません。なのでその辺、少し修正します。
別段大きく直すわけではないので、気にして読み返さなくても大丈夫だと思われます。
申し訳ありません。
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