ノーゲーム・俺ガイル   作:江波界司

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二人―ペア―

 良いニュースと悪いニュースの二択を迫られたら、人はどちらを先に聞こうとするだろうか。

 俺は悪いニュースから聞く。プラスマイナスしてマイナスだったら良いニュース聞く意味ないからな。それにガッカリするし。

 ただ、この仮定はあくまでも良し悪しがある程度予想できた上での話だ。故に全く読めない状況下では、俺自身どちらから聞こうとするかは分からない。

 現状、俺たちは追い詰められている。エルキア陣営最大のピンチがほぼ初っ端から訪れたのだ。最初っからクライマックスというやつかな。

 余裕は端から無い。そんな状態で聞かされたのは、取り敢えず朗報――ゲーマー兄妹の復活だ。

 仮想世界であるここはフィードも全て仮想であり偽物。つまりここは東京ではなく、東部連合から見ればSFに近い設定らしい。

 リアルでなければ問題ない。暴論にも聞こえる理論で復活を遂げた空と白。どうにか息をふきかえしたチームエルキアは、ようやく詳細を知らされたゲームに挑む。

 内容は差詰めGGO――ガン・ギャルゲー・オフライン。……もうこれだけで伝わって欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シューティングゲームにギャルゲー要素を設定だけねじ込んだようなゲームに、空たちは嬉嬉として、他からすれば危機として明け暮れる。

 いのから受けた説明は基本的なものだけであり、チュートリアル的なものは各々が本番中に行っていくということで話がついた。

 白の情報では、射速とかは言われても分からないから飛ばすとして、跳弾することが一番の特徴らしい。

 あと理解必須のルールといえば、ジブリールが魔法使用不能ということ。これでエルフから連勝し続けた理由が分かった。

「体力とか身体能力は現実と変わらないみたいだな」

「あぁ。走るのはなるべく避けよう。な、白?」

「……コクっ」

 一応ジブリールの反則的な身体能力は物理限界に設定されているらしい。『血壊』と渡り合うのは、一対一じゃ無理かやっぱり。

 一通り調べ……というか空が主に遊んでルールを把握した。そろそろ本格的に試合に望むべきだろう。

「作戦はあるのか?」

「まぁ、それなりに。八も協力してくれる?」

「必要ならな。つっても、俺にお前や白みたいな射撃センス求めんなよ?」

 俺の動体視力や射撃練度は本当に一般人並みだ。基礎的な体力や筋力は空よりあるだろうけど、テクニック面に関しては精々祭りの射的で当てるくらい。もう少し練習すれば上手くなるかもしれないが、そうも言ってられないだろう。

「おーけー。んじゃ八は白に同行な。弾除けくらいにはなる、だろ?」

「任せろ」

「本来頼りになるはずのセリフを、何故こうまで卑屈に言えるのでしょうか」

「ジブリールは、取り敢えずフリーで」

「御意に」

 自由とは言ったが、ひとまずは空と行動を共にするようだ。ツーマンセルで二組に別れる形か。

 このゲームは東部連合のホームであり、フィード内やルール内にどれだけ反則が仕込まれているかは分からない。少なくとも、俺達の声は丸聞こえだと覚悟しておいた方がいいだろう。作戦も話せば筒抜けだ。

「じゃあ、白。そっちは任せた」

「……んっ……分かった」

 それは空達も十分に理解しているらしい。何一つ具体的な話はなかったが、これから何がすることだけが無言で通達された。

 一瞬だけ外した空の視線は直ぐに正面を向き直し、俺たちは二組に散開する。隣の白も無言だが、何か聞くのは愚策だろう。

 今は彼らに委ねる方が得策だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天頂を過ぎた日は傾きながらもその輝きを弱めることはない。時間的には午後の始まりといったところか。

 ビル群の間を、俺と白は急ぐことなく歩いている。隣合ってはいるが、ルートは白が決めているので俺は歩幅を意識的に小さくしていた。

「……ここ」

「ん?」

 ふと立ち止まった白は俺のいる右側を向き、だが目線はその先を捉えている。

 大きめのビルだ。具体的な長さは分からないが、雪ノ下が住んでいるホテルくらいあるか?

 白がここだと言ったのは、目的地に着いたということだろう。そして十中八九、ここにいづながいる。

「一応、聞いといていいか?」

「……な、に?」

「……この作戦、どっちが考えたんだ?」

 俺は咄嗟に、分かり切った質問に切り替えた。今頭に浮かんだ一抹の不安は、声にしてはならないと知っているから。

「……にぃ……だ、よ?」

 白も、知っているはずのことを聞かれて戸惑い気味に答えた。すまない、ちょっと緊張しているらしい。

 そうかとだけ小さく返し、俺は大きく息を吸い込む。

 二人と別れる寸前、空は明らかに意図的に視線を外した。あれは何かを示していたに違いない。

 白とこのビルに着くまでに歩いた道のりは、かなり複雑に右折左折を繰り返した。撹乱と時間稼ぎが狙いだとすれば合点が行く。

 空が見たのはこのビルとその方角。白はそれを読み取り暗記し、ここまで迷いなく辿り着いた。空が作戦を立てたのなら今から始める襲撃にも勝算が、最低でも何らかの狙いがある。

 そこまで考えて、俺は閉じていた目を開いた。

 別に空を信用しているわけではない。これはただの打算から来る確信だ。

 最強ゲーマーなる彼らの考えに俺が及ぶはずがない。だから俺がここであれこれ考えても意味がない。

 喜ばしくはないが、精々手足になって働いてやろう。……いや、働きたくはないんですけどね。

「んじゃ、行くか」

「……んっ」

 小さく首肯した白と俺は、ほぼ同時に一歩目を踏み出す。まるでその動作を待っていたかのように、事態は動いた。

 突如として頭上から鋭い音が鳴り、見上げた先からはガラス片が落ちてくる。

 だが俺と恐らく白も同じく、見つめる先は割れたガラス窓ではない。

 あの小さな窓から、彼女が現れた。

「いづなっ」

 漏らした声は意味を持たず、俺はただその場に立ち尽くした。もはや銃を持ち上げようとも思わない。

 何故なら、彼女は俺たちを狙ってはいないからだ。

 勢いよく飛び出したいづなは、ビル群の屋上を足場にしながらある一点へと一直線に進んで行く。

「……にぃ、の……方角……っ!」

「おいおい……」

 俺の予想した当たって欲しくない不安は、盛大なフラグとなった。それともただ空の事を過大評価してしまったからか。

「いづなは序盤、様子見して来るんじゃねぇのかよ」

 でなければこの強襲作戦は発動すらできない。それこそ今のように。つまり白と俺がビルに攻め込む時点で、いづなの戦法は初手様子見であることが最低条件だった。

 空なら、あの心理誘導のスペシャリストならそのくらい読んで当然だろう。むしろこうして外したことの方が驚きだ。

「……にぃが、読み間違えた……?……ち、がう……多分、そうじゃなくて……」

 微かな声を紡ぎながら自問自答する白。空がミスった理由は、確かに気になる。

 だが今はそれどころじゃない。いづなが動いたのなら、まずはその対応だ。多少予定が狂っても、ゲームオーバーよりマシだろう。

「……多分……にぃの知らない、何か、があった……」

「かもな。んで、どうする?」

「……責めない、の……?」

「時間の無駄だろ。ゲームが終わってから皮肉のひとつでも送っとく」

「……」

 それきり白は黙る。返答を失ったとか、返しに迷ったとかではないだろう。今彼女は、彼女がすべきことを思考しているはずだ。俺もできることはしないとな。

 まずは現状か。いづなは空を狙って移動を開始した。ジブリールもそれを見てるだろうから、今あっちでは実質二対一の構図。つっても、分が悪いだろうな。

 俺たちといえば、これから援軍に向かうとしてどれだけ時間が掛かるか。最短距離を行っても……。空達がやられる前提に動くか?いや、ジブリールがいないと味方を取り返す術が無くなる。基本ステータスが一番高いのはアイツだからな。

「……にぃ、なら……逃げれる」

「えっ?」

 それはもう実写されたギャンブラーか新世界の神くらいの「えっ?」だったと思う。

 俺の隣で、空なら大丈夫だと白はそう確信めいて告げた。

 確かに、空ならやれるかもしれない。白が信じるのも、きっとただの信頼から来るものだけではないだろう。今のは経験とか、性格や考え方を理解しているからこそ言える言葉だ。

 しかし、大丈夫ではないはずだ。

 今彼らが追い込まれているのは間違いない。空の思考に余裕はあっても、少なくとも劣勢なはずだ。ならば、最悪のケースを想定すべきだろう。

「分かった。けど一応俺も加勢に行く。白は取り敢えず隠れててくれ」

「えっ……」

「体力温存だろ?必要だと思った時だけ動けよ」

 言い残すかのように、返事も待たずに俺は駆け出した。白なら止めるだろうからな。

 これは俺の独断で決めたことだ。だからもしこの選択が凶に転んでも、悪いのは俺だ。だから彼女に責任はない。

 それと白には悪いが、空は一度読み間違えている。一つのミスで全てが狂うなんてことはよくある。

 だからまずは、体勢を立て直すべきだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ― other side ―

 

 

 

(にぃなら、大丈夫)

 自己暗示にも似た思考を、彼は間接的に否定した。

 今空が大丈夫であるかを論理的に証明する術は、白にはない。あるのは今までの膨大なデータと信頼だけ。故に、不安もある。

 その不安を見通したかのように、彼は駆け出した。助けに行くと。

 止めることは出来た。後頭部に弾丸を当てるなど造作もない。

 ……けれど、しなかった。

 ここでの判断は、空から白に任されている。その白は、八幡の判断に乗った。

 大丈夫だと信じていても、分かっていても、不安はある。

 あの空がミスをした。どんな不確定要素があったのかは分からないが、その事実は否定できない。

 だから――。

「……にぃを、助けなきゃ……」

 遅れながらに白も、ゆっくりと歩み出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっそッ……」

 桃色の弾丸が交差する、とあるビルの屋上で空は悪態をつく。

 それはいづなの動向を読み違えたことに対してではない。単純に、このパワーバランスが歯痒かったのだ。

「分かってはいたが、ここまで違ぇのかっ」

「マスター、後ろです!」

 ジブリールの声にギリギリのところで反応し、空は半身になった背中で通過する弾丸の気配を捉える。

 天翼種(フリューゲル)獣人種(ワービースト)。人類では足元にも及ばない超上級の戦闘の中で一人、空は紙一重の足掻きを見せていた。

 狭い路地では人数の強みが活かせない。徒歩での逃走を諦めた空は広い表通りに出る。

 とはいえ、ここから逆転の策があるわけではなかった。

 ジブリールといづなのタイマンなら、まだいい勝負ができたかもしれない。だが、前者は空を庇いながら戦っている。基本スペックで勝ろうとも、一手一手の合間にできる判断の余白がその差を埋めてしまう。

 かといって、空がいづなから純粋な足の速さで逃げられるはずもない。

「これは、きついな」

 思わず弱音が漏れる。これは精神的支柱の一つである白が傍にいないことも少なくない。

「……ここで殺る、です」

「これはこれは。小さいがために的の絞れぬだけが利点の小娘がよく吠えますね」

「負け惜しみか、です」

「はて、負ける気など毛頭ありませんが?」

 空といづなを結ぶ線を切るように立つジブリール。空の状態を鑑みた上で、彼女は時間稼ぎにシフトを変えた。

 だが、そう長く続くほどいづなは甘くはない。

「こっちだって、負けねぇ、ですっ!」

 低い体勢から地面を蹴り、ジブリールの横を最小限の動きで抜き去るいづな。ジブリールはそれをいち早く察知し、先読みしたルートへとトリガーを引く。

 耳に届いた司令塔の声に反射的に応え、いづなはそれを回避。弾は虚しく地面で跳ねた。

 この間、約2秒。肉眼でギリギリの残像を捉えた空は着いていた膝を地面から離し、再度臨戦態勢を取る。

「小賢しい限りで」

「……それだけなら余っ程楽だな」

 空の体力は限界が近い。にも関わらずまだいづなは切り札を残している。

 まさしく絶体絶命というものだろう。

 背中合わせに銃を構える二人は、一度身を潜めたいづなの影を探る。そう長くは続かないはずだ。声に出さずとも、二人はそう確信していた。

 あちらは残る二人が来る前に仕留めたいと考えている。だからこそ、必ずもう一波来る。

 緊張と疲労から額を濡らす汗が空の頬を伝い、やがて地面に落ちる。ここまで連続してダッシュ運動を繰り返したのだ。人なら誰でも呼吸が乱れるだろう。

 少しずつ、確実に酸素を取り込む息のリズムが休符を増やしながら続く。ゆっくりとした肩の上下は収まり始め、グリップを握りしめる手には力が入って来た。

 ――そういった休息にも近い時間の最中には、心の隙ができる。

 地面を蹴り、ジブリールと空の間を割るようにして位置どった彼女が飛び出す。

「だからこそ、来るよな?」

「二度もマスターの虚を突けるとお思いで?」

 だが、いづなを待っていたのは二発の弾丸である。

 常人ならざる反応と予測によって、空とジブリールは強襲を回避した。

 辛うじて難を逃れたいづなは、左右に揺さぶりを掛けながら的を散らす。ジブリールが撃ち落とさんと引き金を引くが、空は何かを待つように辺りを見ている。

「無駄弾撃たせるのが狙いだ」

「ご心配なく。ここに来るまでにNPCを何体かヤっていますので」

 並ぶ二人の周囲を小刻みに地面と接触しながら移動するいづなは、ここ一番の攻め手に悩んでいた。流石にジブリールの裏をかくのは至難の技といえる。

 逆に空達にも余裕はない。ジブリールのセリフから残りの残弾をカモフラージュさせてはいるが、長くは持たないだろう。この拮抗した状態が終われば、いよいよ撤退の機会は薄れてくる。

 互いに焦りを覚え始めた均衡状態の中、いづなの元に届いた知らせが天秤を大きく揺らす。

「来る、です」

 激しい銃撃戦に身を投じるいづなは、最も警戒すべき男の接近を知った。

 

 

 

 ―other side out ―

 

 

 

 

 

 




いづな戦、ようやく始まりました。
年末年始にちょくちょく書いていけると思います。

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