ノーゲーム・俺ガイル   作:江波界司

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もう初詣なんて行かないなんて言わないよ絶対。
どうも、初詣に行ったせいで風邪気味の江波界司です。
今年の幸先が悪過ぎて笑えてきました。
遅ればせながら、新年明けましておめでとうございます。


誰一人として足掻くことを止めはしない

 頭をフル回転させながら走る一方で、焦りを覚えていた俺の思考は静かに澄んでいく。

 恐らく東部連合に対して俺達の行動や音声、ひいては作戦の全てが筒抜けになっている。であるなら、あの場でいづながプランを変更しても何ら不思議はない。なんならそれすらも空は読んでいた可能性が高いまである。

 となると、俺はかなりの足でまといをしていることになるな。申し訳ない限りだ。

 だが今更引き返す方が非効率だろう。俺は速度を殺さずに銃声の響く地点へと急ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんで、まぁ着いた。うん、なんか軽いか?

 相手が相手なだけに一瞬たりとも気が抜けないだろうと気構えていたのだが、俺は思いの外脱力していた。それも仕方ないだろう。

 ビルの影に背中を預けながら隠れ、そっと顔を出して横目に人類を視認する。

 逆に言うと視認できたのは空だけであり、あとは残像拳使ってんのかと思う程にぶれまくった人影だけ。あれがジブリールといづななのだと思うと、マジで別次元過ぎて逆に落ち着いてしまう。

 さてどうするか。見た限り、空達が優勢には見えない。ジブリールも空をカバーするように動いている、と何となく思う。多分、そんな気がする。

 俺一応助けに来たんだけど、これ何すりゃ良いの?邪魔しかできない気がするんだが。

 わざと派手に登場して気を引いても、速攻撃たれて手駒になりそうだ。それに俺が今ここにいることはいづなに知られているはず。下手な奇襲はできないな。

 ならば援護射撃か。いや、俺より断然プレイセンスのある空ですら今は銃を構えるだけなのだ。俺に空以上のことができるはずない。

 熟考している場合でないことは百も承知だが、何もできそうにないのに何かしなければならないというジレンマが行動を躊躇わせる。

「…………」

 もう一度顔を出して彼らの立ち位置を確認する。

 空が移動した様子はなく、事実上ジブリールといづなの一対一といったところだろうか。今はある種の均衡状態にあるな。

 大きく息を吸い込み、脳に酸素を送る。少しだけ思考に余裕ができた。今すぐにどうにかな訳ではないと分かっただけでも変わるものだな。

「ふぅ……」

 俺が今できることは、なんだ。そしてすべきこと、優先すべきこと。打開策、秘策、奇策。誰の?誰に対する?

 自問自答を繰り返し、感覚的には一時間を超えた三十秒を経て、俺は銃を強く握り直す。

 そして、大通りへと足を踏み入れた。

 わざとらしく響かせた足音に、多分三人の意識がこちらへ向いたはず。

 銃を両手で構え、狙う一点へと向け――ない。

 銃口の先は大まかな地点だけで、狙撃も何もない。

 どうせ俺の読みは読み返される。ならば狙わずに撃てばいい。よくある思考を読む系の強敵対策だ。

 当たるなよ。

 ただそれだけを願いながら引き金を引いた。

 どこを狙うとなく放たれた弾丸は、ただ虚しく通過する。まぁ、だろうな。

 ジブリールが躱せるのならいづなにもできないことはないはずだ。

 そう分かった上で、更に射撃を続ける。やはり俺の一撃が命中することはない。

 ジブリールといづなに俺が加わり、銃撃戦は一層激しさを増していることだろう。

 そんな入り交じる射撃音の中で、一際異質な行動が目に入った。

 空が、ボムを地面に投げつけたのだ。

 爆散する音と煙が彼の周囲を包み、人影すら視認を困難にする。ここがチャンスということだろう。

 俺は射撃を止めず、やや射線を上に傾けながらトリガーを引く。俺に見える見えないは関係ないからな。空にさえ当たらなければ良し。

 桃色の穴が数発分できた瞬間、空が煙の監獄から脱出する。彼はそのまま路地へと疾走した。

 ここでようやく射撃を止め、俺も空と合流するように右手路地に走る。

 体が完全に大通りから外れた頃には既に表の発砲音は止んでいた。いづなが撤退したか、それとも追撃に動いたのかは分からない。

 ビルの隙間を縫うように走りながら、三度目の曲がり角で空と再会した。

「よう。無事か?」

「はぁ、はぁ……。無事に見えるかよ」

「瀕死ではあるな体力的に。んで、どうする?」

 肩で息をしている空に背を向け、辺りを警戒しながら問うた。いづながまだ退いていない可能性は高いからな。

「取り敢えず、白は?」

「別行動中だな。ここまで走ったし」

「そっか。んじゃあ、いづな次第だけど……」

「マスター、あちらは姿を隠しました」

 至極当然のように飛来してきたジブリール。飛べないはずだが、ビルを伝うようにして勢いを殺しながら降りて来たらしい。それ摩擦熱とかどうなるんだ?

「退いた、ってわけじゃなさそうだな」

「恐らくまだ狙っているかと」

「初手様子見っていうお前の見立てはどうなるんだよ」

「最初からこの選択肢もあったさ。まぁそう選ばないとは思ってたが」

 後からならいくらでも言えるだろうとも思う。が、こいつなら本当に読んでそうだから否定はしないでおく。

 優先すべきは今だ。優劣は、どちらに傾いているだろうか。

 ……いや、それ以前に。

「つか、このままだと白が危なくねぇか?」

 いづなが散開した所を狙って来たのは間違いない。戦力的にそれが有利だと確実に言えるのは事実だからな。

 白は今一人だ。こうなると狙われる可能性で言えば合流した俺達よりも白の方が余程危険のはず。

「狙われるかって言えば、まぁそうなる可能性は高い。つーわけでジブリール。監視よろしく」

「了解しました」

 ジブリールがマスターの言いつけを破るはずもなく、彼女は人類では到底できないレベルの垂直跳びで屋上を飛び抜いた。

「いや軽くね?」

「ん?あぁ、単に白は心配ないってだけだ」

 ここまで凄まじい信頼だと、関心以上に嫉妬が生まれそうだ。そこまで無条件に信じられる相手がいるというだけで、彼らは十分に勝ち組な気がする。リア充とはまた違うだろうが。

「根拠はあるんだよな?」

「空白はお互いに引き分け続きだって前に話したろ?けど、ガンゲーに関しては白の分野だ。って言えば分かるか?」

「納得だ」

 いや本当に納得したわけではないんだけどな。ただ白が強いってことは伝わったし、ここであれこれ聞いても仕方ない。だから納得したことにする。

「つーわけで、俺はちょっと休ませて貰うわ」

 額の汗を拭うように腕を振った空はゆっくりと歩き出す。

「おい参謀。俺はどうすんだよ」

「ん?ジブリールに着いて行けばそれで大丈夫。あとは白に従ってくれ」

「……分かった」

 空がジブリールに対して出した命令は見張りだったと思うが、多分それは必要なら臨機応変に対応しろという意味を含んでいるのだろう。あいつのバケモノ性能の五感なら俺より遥かに状況把握には適してるしな。ジブリールを追えってのは、まぁそういうことか。

 必要以上の言葉を交わす必要はマジでないので、既に踵を返している空に背を向け路地を出る。

 視線を上げて向かいのビルの屋上にジブリールを見つけた。まだいづなに動きはないらしい。

 空の指示に、今回は従うと決めたのだ。だから、仕方ない。

 自動ステルス機能付きぼっちの俺を見つけたジブリールは、自由落下で地面に降りた。うん、え、自殺?

「初めてリアルに屋上から飛び降りる図を見たわ」

 いやリアルじゃないんだけどねここ。確か天翼種(ジブリール)なら高高度の地点から落ちてもタンコブで済むんだったか。この高さはなんて事ないんだろうな。

「凄まじく馬鹿にされた気がしましたが、今はいいでしょう。それで、マスターは何と?」

「あぁ」

 見張りに全神経を集中してたのか、空と俺の会話は聞いていないような口振りだ。聞いてても関係ないか。

「取り敢えず白と合流したい。今狙われやすいのはあいつだからな」

「では、先に向かいます」

 琥珀色の瞳が微かに揺らめき、俺は確信を持って頷く。

「俺もすぐに追い付く……ようにする」

「それくらいは断言して頂きたいものですが……」

 文句をそこそこにジブリールは地面を蹴ってまたビルを飛び越える。彼女は俺と白が向かった先を把握している。ならば今の地点と元の目的地を結んだルートのどこかに白がいると推理できるはずだ。

 俺も及ばすながら、ジブリールの向かう所を目指して走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ― other side ―

 

 

 

 

 

 日は夕焼けに色を変える寸前まで来ている。

 そんな日差しが遮られ薄暗い印象を与える狭い路地で、空は一人背を壁に預けて息を潜めていた。既に走った事による鼓動の乱れはなく、吸い込む空気は寧ろ冷たく感じる程に感覚が研ぎ澄まされている。

 故に、人の身ながらに捉えた音から、彼は全力で身を引いた。

「来たかっ」

 跳弾の音がビルの間を巡り、三発の桃色の塊が地上で跳ねる。

 撃った主を目視で確認する事すら選択肢から除外した空は、さらに深く入り組んだ路地を選んで走った。

 その後ろ姿を、いづなは睨み付けるように狙いを定め引き金を引く。

 行進間射撃だろうと、獣人種(ワービースト)の身体能力はスコープを覗くスナイパーのように目標を殲滅できる。

だが決定打を未だに打ち込めないのは、やはり空の技量といえるだろう。

 相手の撃つタイミング、狙う箇所、立ち位置などを全て盛り込んだ彼の読みは、いっそ未来視の如くいづなを無力化している。

 しかし、その拮抗も長くは続かない。

 いくら空が人間離れした思考から来る予測を持っていようと、人間が追いつけない程の攻撃には対応できないのだ。それが、いづなのつけ込む空の弱点(ウィークポイント)

 されど優劣の判定が動く理由はそこではない。

 なぜなら追い詰められるは、いづなの方なのだ。

「――っ!」

 瞬間、いづなの耳に祖父の声が鳴り響く。

 警告を知らせる声に、彼女の体は反射的対応を見せた。

 頭上から降り注ぐ弾丸への道を間一髪変更し、ビルの壁に突き刺した指を支点にして体を支える。

 桃色の雨を降らした者――ジブリールは屋上から威嚇的な視線を送るいづなを微笑みながら見つめていた。

「おや?まさかマスターを仕留めるチャンスだとでも考えたのでしょうか。でしたらいっそ哀れなまでに毛玉的思考にございます」

「なんでです……」

 ジブリールは確かに白の所へと向かった。それは監視していたいのが八幡との会話を含めて確認している。ならばなぜ彼女はここにいて、自分を見下ろしているのか。

「簡単な話だよ、いづなたん」

 一見して追い詰められていたはずの男は、軽薄な笑みを敵対する幼女に向ける。

「ここまで全部、俺たちの読み通りってことだ」

「ありえねぇ、です」

「いづな、知ってるか?ありえねぇなんてことはありえない、らしいぞ」

 いづなが吐露した感情に、ジブリールに追い付いた八幡が応える。

 形勢は三対一と圧倒的に不利。しかも狭い路地ではジブリールから逃げ切るルートを確保することも難しい。

 刺し違えるという選択肢はもとより無い。ならば――。

 いづなは過去にない程に思考を重ね、寸でのところで踏みとどまる。

「――まだ、負けてねぇ、です」

 クレーターを創り出すほどの衝撃が音となって耳に届く。空と八幡がそう認識した時には、いづなは屋上へとステージを変えていた。

「一対一なら勝てると?」

 確かに過去にいづなはジブリールに勝っている。だがそれは結果的な話であり、細部には注釈を入れねばならない。

 その事をジブリールは既に理解しており、この状況下になんら不安を感じてはいなかった。

 ――その慢心にも似た心構えが、半歩分だけ反応を遅らせた。

「うるせぇ、です」

 トリガーを引いたジブリールは外れることを即座に確信する。

 いづなは臨戦態勢に入った一瞬の歪みを突き、再度路地に降下。下で待つ二人を狙う。

 ジブリールも後を追うが、次弾を撃つにはリスクが伴うことを理解し断念。いづながジブリールの一手を躱せば、自分の弾はマスターへと向かってしまうのだ。

 無論、空と八幡も迎撃の体勢に入る。が、読み合いを切り捨てた力技になす術はない。

 ――取った、です。

『いづなァァァ!』

「――っ!?」

 絶叫にも似た指示が、三度いづなの動きを変えさせる。

 左へと切った視線の先には、二撃の弾丸が迫っていた。

 誰が?どこから?どうやって?――もはやそんな思考は捨てていた。

 いづなは感覚的に避け切れないことを察し、垂直な地面を蹴る。身長ゆえに大した威力は出ないが、少なくとも射線からは脱出ができた。

 だが、壁を蹴って一打目を避けた自分の頭部を、追撃の一手は正確に狙っている。

 いづなは身を捻り、厚い袖を振って弾丸を叩く。着弾のエフェクトが発生し、衣服とともに四人目の狙撃は無に帰した。

 下から来る迎撃にもすぐさま対応し、いづなは壁を交互に蹴りながら路地を抜ける。

「ジブリールっ」

「お任せを」

 空の声に反応し、ジブリールは撤退するいづなを追った。

 その一方。路地を眺めるビルの上層階に一人、息を切らしながら白は座り込んでいた。

「……はぁ、はぁ……服で、着弾……防げる、んだ……」

 己の誤算を目の当たりにし、彼女はここまで来るのに使った体力以上の疲労を感じた。

 

 

 

 ― other side out ―

 

 

 




本当は去年内に出すつもりだったのですが、色々忙しくて無理でしたごめんなさい。
次回もいつになるか分かりませんが、今年もよろしくお願いします。

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