ノーゲーム・俺ガイル   作:江波界司

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お久しぶりです。
某アニメを見てたら遅くなりました。
今回、影響を受けまくりです。


それでも彼は捨てられない

 希望的観測に賭けた一縷の望みは所詮希望でしかなく、現実に有りはしない机上の空論と変わりない。

 空は完璧なヘッドショットで撃ち抜かれ、白もまたいづなの攻撃に倒れた。その瞬間をしっかりと見ていたジブリールの発言に嘘はないだろう。

 俺とジブリール、二人だけのここは静かだ。

 だから冷静になれる。頭がゆっくりと冷めていくのが感じられる。どうしようもない現状から、逃げることすら諦めそうな程に。

 お互い無言のまま時間が過ぎる。

 いづなが攻めてこないのは恐らくジブリールを警戒してだろう。無理な特攻は空達の奪還に繋がるからな。

「……いつまでそうしているおつもりで?」

 ジブリールが何も言わないのは俺を待っているからか。いや、そんなことはないだろう。彼女も彼女で精神的にダメージを受けているはずだ。

「いつまでも何も、できることないだろ」

「ならばここに残りますか?私はそろそろ動きますが」

 動く?一人でやる気か?

 それは愚策だ。彼女自身、分からないはずはない。

 そもそもジブリールは一度いづなに負けている。その理由もさっき目の当たりにした。

 ――『血壊』。尋常ならざる程の速度で現れたあの赤い光は、間違いなく物理限界すら凌駕した力だ。

 現状、ステータスを物理限界に設定された彼女がまともに敵うはずはない。まして相手は『  』を含む三人。どこに勝機があるのか。

「負ける気か?」

「勝つ気のないあなたが問うのですか。……私の答えは変わりません」

 勝つ以外の選択肢はない、か。それは……俺の知る彼女らしくない。

 たとえ無謀だと分かっていても、マスターのためなら彼女は進むのだろう。確かにそれは俺が知っているジブリールと重なる。

 だが決して無策で挑むような馬鹿じゃない。そんな意味のない特攻をする奴じゃない。

 ……なんて、語る程に彼女を理解しているわけではないが。しかしそれでも違和感は拭えない。

「策でもあるのか?」

「否定はしません」

 それは答えになってない。どうにか意味を合わせるとしたら、肯定もしないと言ったところか。

 俺も思い付きのやり方ならある。

 基本ステータスは勝っているのだ。なら『血壊』を発動される前にいづなを倒せばいい。ほぼ確実に成功しないが。

「いづなだけならともかく、相手はお前のマスターだぞ」

「十二分に理解していますが?」

 理解している。勝率は無に等しいと分かっている。

 その上で彼女は一人でやるのか。それしかないとしても、やり方も何もない状態で死地に向かう気なのか。

「一応聞くが、俺は行かなくていいんだな?」

「勝つ気がないのでしたらそこで黙っていた方がマシにごさいます」

 足でまといは要らないか。いづな相手に何もできなかったし、力不足は否定できんな。

 俺の非難は言っても言い足りないのか、ジブリールはそれにと続ける。

「あなたは一度、我がマスターの為に力を貸すことを拒んでいます。今更頼んでも無駄でしょう」

「…………」

 ……あぁ、だからか。だから彼女は、一人でやるのか。――俺には頼めないから。

 あの時、クラミー達とのゲームの際、俺はジブリールからの依頼を断った。マスターを手助けして欲しいという願いを俺は拒否したのだ。

 今なら何となく分かる。

 恐らくあの時、ジブリールは相当な覚悟を持って俺に頼んだのだろう。らしくもなく、無力な俺にすら縋った。

 なら俺は、そのジブリールの覚悟すら無視したのか。無視して、見なかった事にして、自分勝手に拒絶したのだろうか。

 いや、違う。あの時俺は、確固たる信念を持って依頼を蹴った。

 ……それはなんだ?何故、俺は拒否したんだ?

 ジブリールがらしくないことをしたからか。まるで誰かのように、気高く何かを成し得ようとする彼女が折れたように思えたからか。

 ――違う。

『  』のゲームには関与しないと決めていたからか。エルキア陣営ではない俺には彼らに手を貸す理由がなかったからか。

 ――違う。確かにそう感じてはいたが、それは真に思ったことではない。

 なら、何故。

 自分に問うては自分で作った答えを聞く。そんな今まで幾度となく繰り返してきた自問自答に、俺はただ思考を委ねた。

 記憶や感情。考えられる全ての要素や条件に、俺は理由を探す。

 その結果思い浮かんだのは――あの部屋だった。

「あれは、ルール違反だったからな」

 ――飢えた人に魚を与えるのではなく、魚を捕る方法を教える。

 それがあの部屋のルールだった。

 あの時ジブリールがした依頼はルールに則っていない。だからは俺は拒否したのだ。

 全く、馬鹿げた話だ。

 あれ程簡単に切り捨てたと思っていたのに、俺はまだあの部屋とあの時間に拘っていて、記憶の奥底に封印したと思い込んでいた思い出は、まだ見えない形としてそこにある。

「……どういう意味でしょうか」

 声に出すつもりはなかったが、どうやら自然と口にしていたらしい。あいつにとっては全く意味の分からない返しだろう。

 俺にはまだすべき事がある。俺は大した人間じゃないが、それでも自分の責任は自分でとると決めているのだ。

「別に、頼らなくてもいいだろってことだ」

 だから俺は、話をすり替える。

 ジブリールがまだ諦めていないのはありがたい。現状の打破にはやはり彼女の戦力は必要不可欠だ。

 だが彼女の覚悟はその意をなさない方向に向いている。

 解決策があるとすれば、彼女の目指す方向を変えてやることだろう。

 ジブリールは一人でやることに拘っている。ならばその拘る理由をなくせば、あるいは拘ることを捨てる免罪符をつくってやればいい。

「…………」

 ジブリールはただ無言で続きを待つ。

「お前は空達を勝たせたい。そして俺もあいつらが負けるのは都合が悪い」

「……つまりは、お互いを信用しろと?」

 そう、信じて頼る必要はない。

 もとより俺たちの間には、信じ合える喜びも傷つけ合う悲しみも何もないのだ。今更遠慮することはないだろう。

「信じるかどうかまでは知らんが、少なくとも俺とお前の目的は一致してるってだけの話だ」

「理解はしました」

 これで彼女が一人でやる理由はなくなった。わざわざ死地に向かうことはない。

 ジブリールが俺のような奴に救いを求めることは、彼女にとって屈辱以外の何でもないはずだ。だが利用し合う、協力ではなく同盟に近い条件ならプライドも守られる。

 では……と、ジブリールは銃の持ち手とは逆の手を差し出す。

「私の下で働く気はありませんか?」

 どんな口説き文句が飛び出すのかと身構えたら、なんで帝王なんだよ。お前はむしろ働いてる身だろ。

「ねぇよ。俺は絶対に働かない」

「左様ですか。ならば精々役に立って下さい。マスターの為に」

「俺は俺の為にやってるだけだ」

 それ、どっち道働いてるんですけどね。

 微笑で応えたジブリールはこちらに背中を向け、公園の方向を見据える。いづな達がまだその辺にいるのかは知らんが警戒態勢なのだろう。

 この場において話し合いは無意味。それを理解しているからこそ、彼女は俺から視線を外した。

 まぁ仕方ない。彼女はこういう事には向かないだろうからな。

 圧倒的に不利な条件で戦う、弱者でいることには。

「…………」

 大丈夫だ。次は、今回はルール違反じゃない。

 ジブリールはただ方法を知りたいだけなのだ。今、彼女が求める中に無条件な救済はない。ならばこれはあの部屋の、奉仕部の理念に則って行動できる依頼だ。

 ――俺は奉仕部として、この依頼を受ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自慢じゃないが、俺は今まで負け続けてきた。

 友達も仲間もなく、信じられるのは自分と愛する妹だけ。ずっと一人で、ただ一度の勝利も無く、不様に、だがそれでも折れないように生きて来た。

 そんな俺だからできることもある。――最底辺にいるからこそ見えるものもある。

 弱者は強者によって蹂躙され、強者は更なる強者によって弱者とされる。

 なら、真の強者を倒すものはそれすら超える強者か。――否だ。

 いつだって負けを知らぬ者を倒すのは、敗北のエキスパート。蹂躙され、支配され、されど従属することを拒んだ誇り高き弱者だった。

 故に、連戦無敗の東部連合に勝つなら弱者であるべきだ。

 ……と、空達の言葉を借りてはみたが、なんの足しにもならないな。

 いくらモチベーションやテンションを上げようと、できないことができるようになる訳ではない。起死回生とかできるのか、これ。

 今俺にある手札は思考することだけ。ジブリールやいづなに匹敵する戦力も、空や白のような超人的センスはないのだから。

 ――考えろ。

 目的は?いづなを倒すこと。

 手段は?いづなと相対できるのはジブリールだけ。ただしまともにやれば勝ち目はない。

 戦力は?空と白だけでも厄介だ。白は恐らくミリ単位での正確射撃ができるだろうし、空に騙し撃ちは通用しないはず。

 作戦は?意思疎通の手段が極端に少ない現状、細かなやり取りは不可能だ。ジブリールとの打ち合わせができるとして、方針を決める程度の最小限でなければならない。

 勝算は?……ほぼ皆無。

「…………」

 ダメだ。考えれば考える程に負けるビジョンしか浮かんでこない。それほどまでに今の状況は危機的なのだ。

 ならばどうする。

 打てる手は限られているどころかほとんど無い。あっても愚策か自滅の先取り程度。勝つ為に、負ける事に長けた人間が考えること自体失敗か……。

 だが、それでもやるしかない。一度、たとえ言葉にしなくとも依頼を受けると決めたのならそれはやり遂げなければならない。……彼女なら、彼女らならきっとそうするから。

 俺は一度、一色からの依頼を投げ出した。投げ出して逃げ出して、無かったことにして今ここにいる。それはあの部屋に、なにより彼女らに対する侮辱でしかない。

 初めは強制された意味も意義もない戦いだったとしても、それでも俺は……。

「――はぁ……」

 ネックになっているのはやはりいづなの『血壊』と『  』の二人だ。何かをしようにも、まずはこの三人を分断しないことには始まらない。

 しかし、仮にそこまで成功しても戦力差は変わらない。トータルにしようと個々を比べようとこちらが劣るのは事実だ。

 なら、今できる、今打てる最善でなくとも不可能ではない一手は――。

「……無理だ」

 俺は立ち上がりながら、彼女に聞こえるようにそう言い放つ。

「はて、何か言いましたか?」

「だから、無理だって言ったんだ」

 振り返ったジブリールは、睨むという言葉すら優しく聞こえるほどの視線を俺に向けた。

「今更、諦めるおつもりで?」

「今更も何も、もう手段がない」

「たとえ無くとも、私達に勝つ以外の選択肢はないと言ったはず――」

「達?勝手にお前の考えを押し付けんなよ」

 食い気味に、彼女が言い切る前に俺は言葉を挟み込む。ここからは、言い訳すら言わせる気はない。

「逆に、言わせてもらうがなぁ?俺とお前が束になってもあの三人には勝てねぇだろ。そもそもまともにやったら、お前一人じゃいづな単体にも勝てなかったんだろうが」

 これは事実だ。まともにやって、それで彼女は負けている。

 だから彼女は、否定できない。

「空と白も、いづなの従者として全力で掛かって来るならこっちは防戦一方がいいところだ。一発当てるのも弾数の限られたこの銃じゃ足りない」

 そう言いながら、もはや用済みになりつつあるそれを床に放る。

「奇襲にしたって作戦は筒抜けだ。そうでなくとも空の裏をかくとか、俺もお前もできないだろ」

 あのバケモノ相手にこちらの用意した心理戦が通じる気がしない。白にしたって、計算力をコンピューター並って仮定するだけでも脅威だ。

「で、残るは相打ち覚悟の特攻か。そんなの作戦でもなければ博打でもない。ただの自滅だ」

「…………」

 反論はない。もとより彼女の中ではわかり切った結果だったのだ。今の自分では、この状況は打破できないと。

 なら、せめて分かってくれ。……もう、これくらいしかできないのだと。

 俺は踵を返し、下へと続く階段へ向かう。

「……どこへ行くつもりでしょうか?」

「いづなのところだ。お前の見てた方角が変わってないって事は、まだ公園付近にいるんだろ?」

「目的は……」

「白旗揚げに行くんだよ」

「……降参すると?」

「少なくとも、俺じゃいづなは倒せないからな」

 返す言葉を、きっと彼女は持たない。もうジブリール一人ではどうにもならないと俺ですら分かってしまっている。

 だから、背中越しに俺は言い残す。

「そんなに勝ちたいなら、お前が倒せ」

 ドアを閉めた後にも先にも、ジブリールの声が聞こえることはなかった。

 俺はただ階段を下る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ― other side ―

 

 

 

 四方をビルに囲まれた空き地のようなスペース。月の光すら弱々しい闇夜の影に、いづなと裏切りの兄妹は息を潜めていた。

 そこに――。

「…………」

「……よお」

 両手を頭位まで上げながら、八幡が現れる。

「本当に降参するのか、です?」

「俺は諦めが早いんだ」

 いづなの向ける銃に反応することも無く、彼はただ目を閉じてその瞬間を待っているようだった。

 ならばと、いづながトリガーに指を掛ける。

「――ならばせめて、どうぞそこで私の弾除けにでもなっていて下さい」

 今戦意を完全に失っている男の後ろから、幾度とその身を削りあった天翼種(バケモノ)の声が鳴る。

「……さっき、お前はなんの反論もしなかっただろ」

「肯定もした覚えはありません。むしろ何度言わせれば気が済むのでしょうか?そこまで覚えが悪いのでしたらメモでも用意して下さい」

「自分で言うのもあれだが、記憶力はいい方だ」

 具体的な内容は無い。だが二人の中で共通された中身を、いづなもまた知っている。だからきっと、裏があるはずだ。

 ――この場において、そう理解しようとリソースを割いたことがそもそものミスである。

「白!」

 突如として、一瞬の狂いもなく、二発の弾丸が左右に展開する様に放たれる。

 それにいち早く反応――否、予測し動いたのは空だった。

 声を聞いてからのコンマ数秒の差で、白が下に向いている銃をそのまま起動させる。

 打ち出された弾丸は地面で跳ね、白へと向かうジブリールの一撃と衝突し相殺。完全に虚をつかれたはずの攻撃を無に期した。

 だがもう一方、白ほどの精密射撃ができる訳ではない空は無防備に弾丸を額で受ける。

 全く反応できなかったいづなは両耳で捉えた発砲音に思考の渦を脱し、すぐさま臨戦態勢に入る。後ろの手札よりも、今は目の前の二枚をどうにかすべき――。

 回避、射撃、そして『血壊』。彼女がその全てを準備しきる僅かな時間の空白に、八幡の打ち付けたボムが地面で砕けて爆散する。

 狭い空間に広がる桃色の煙の中で、いづなは研ぎ澄まされた聴力でジブリールの追撃を察知した。

 壁を蹴りながら、的を散らしながら獣人種(バケモノ)天翼種(バケモノ)は人の踏み入れれぬステージに向かう。ここからは、本当の意味で人智を超えた戦いになる。

 比企谷八幡は、それを理解した上で動く。

 二人を見送ることすらせずに彼は、残る二人の視界が生き返る前にその場を後にしている。

 撃つ相手を完全に見失った白は、横たわる兄を撃った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見通しも風通しもフィールド内で最も良いであろう高台の頂点で、二人は睨み合う。

「ようやく、小さ過ぎる的にも慣れました。次はその顔面に一撃入れて差し上げます」

 わざとらしく向けた銃口の先には、両の下駄を失ったいづなの姿がある。もう彼女に盾となる装備はない。

 それはジブリールも変わらないが、しかしいづなの思考はそんな所へは向いていなかった。

 何故なら――。

「さて、ここからは牽制すら無駄弾だと覚悟して頂きましょうか」

 彼女の手には――二丁の銃が握られているのだから。

 理由は考察するまでもない。片方は八幡の持っていたそれだ。

 だが、なんの示し合わせもなくこの行動に出たというのか。

 もしくは彼女の独断か。どちらにせよ、いづなにとっても東部連合にとっても、想定外の奇策にほかならない。――確かにいのの説明のどこにも、『その銃はその者専用』とは無かった。

 この銃は設定上、撃った者のパワーをエネルギーとして弾丸に生成し穿つ為の道具でしかない。ならば理論上、他者への譲渡もその使用も不可能ではない。

「ひどく単純ではありますが、弾数もリロードもこちらが上――」

 本来一つしか使わないはずのものならば、空いたもう一方でNPCを仕留めることもジブリールの技量ならば可能である。

「始めましょう獣人種。武器の残弾は十分でしょうか?」

「調子にのんな、ですっ」

 しかし、いづなとて引く気はない。彼女の双肩には獣人種(ワービースト)の未来が掛かっている。

 二人は銃を構え、示し合わせたかのようにトリガーを引く

 和音にすらならない放たれた音の重なりがゴングの如く鳴り響いた。

 

 

 ―other side out ―

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、ノーゲーム・俺ガイル。
激突!強者と強者、弱者と弱者。
次もぜってぇ見てくれよな。

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