誠に嬉しゅうございます。
アズリールがいなくなってから、俺はまた読書に戻った。
「…………」
……文字が頭に入って来ない。なんなら、今俺の手元にある本が
さっきからずっとこんな調子で、作業的にページをめくっている。
記憶力とは違った面で、こういう部分は制御ができないから面倒だ。
一度思い出してしまったものは、簡単に消えてはくれない。
頭の中で、ずっとあの光景が、あの場所が、あの二人の言葉が終わりが見えぬ程に渦巻いていた。
――これで、良かったのか?
久しぶりに、直接心臓を貫くような感覚が言葉として思考に生まれる。
この世界に来てから息を潜めていた、あの声だった。あの、感情だった。
何に対する問か、何に対する糾弾か。俺は未だにはっきりとした事は分からないまま。
何故この感情は、こうもしつこく、こうも卑屈に問うだけなのだろうか……。
……俺は、後悔しているのだろうか。
あの世界を捨てたこと、あるいは、この世界で『やり直し』を望んだことに。
確かに、ボタン一つでリセットしてしまうことに、思うことがなかったわけではない。
ただ、それ以上に俺は望んだのだ。
この名の無い感情の、掛けられ続ける問いの答えを――。
ならば俺は、何故、何を気にしている。
「ルールを、守ろうとした」
ルールは守らなければならない。小学生の頃から、洗脳の如く刷り込まれた常識。
だが間違っていない。そも守られなければ、それはルールにすらならないのだ。
それ自体には何もない。ならば、何が気になっているのか。
……思えば、俺は今まで何を成して来たというのか。
奉仕部に入れられてなお、俺の性根は変わっていない。人がそう簡単に変わることはないのだし、それは仕方がないが。
それでも、依頼には応えてきた。例え模範解答でなくとも、間違っていたとしても、奉仕部の
――それで、何を得た?
何もない。それが奉仕、ボランティアというものだろう。
――なら、あの時間は無駄だったのか?
無駄だった、無かった方がよかった。依頼なんて、無い方がよかった。
……いや、そうじゃない。
そんな理想論はどうでもいいことだ。
あの部屋に、あの空間に、あの時間には、意味はなくとも価値はあった。
そうでなければ、俺は、俺たちは今まで何をして来たというのだろうか。
「先輩は既に帰ったようですね」
背後からの声で、俺は意識を現実に接続する。
めっちゃびっくりすんだけど。なに、
「……お前の姉ならさっき帰ったぞ。先輩は知らんが」
「先輩は既に帰ったようですね」
「いや、だから先輩は知らんって」
「先輩は既に帰ったようですね」
マニュアル対応かよ。今どきコンビニバイトでももう少し語彙力あるぞ。
「……えっと、アズリールって」
「先♥輩は既に帰ったようですね」
「あぁ、そうだな」
絶対に俺は悪くない。こいつが不機嫌なのは絶対俺の責任じゃない。裁判じゃ俺は何も認めないぞ。
「では、今まであなたは正真正銘、独りぼっちだったと」
「その誰も救われない事実確認必要だったか?」
「いえ、単に都合がいい、というだけにございます」
「色々と聞きたいことが増えたぞおい」
俺一人に対し、こいつがしたがりそうなことと言えば……解剖、暴力、セッ――なんでもないっす。
つか
「前にここでしたゲームを覚えておいででしょうか?」
割と真剣な話らしく、ジブリールは静かな声で問う。まぁ、こいつと真剣じゃない話ってそんなにしないけど。
「ゲーム……」
あぁ、あれか。少し間は空いたが、すぐにに思い出した。
この世界に来て初めて俺がやったゲーム。それがジブリールとのチェスだった。
「その結果と賞品は――」
「追加で質問、だったか」
「はい。そこで、保留だった私の権限を使わせて頂きます」
「なん、だと……」
てっきり無かったことになったと思っていた。というかそんなことしたな~、ってくらいに忘れてた。
わざわざ『偽ることを禁止』してまで、俺に何を聞こうというのか。
こいつが聞きそうなことに心当たりが無さ過ぎて覚悟が決められない。
そんな俺のことなどお構いなしに、ジブリールは問う。
「あなたの言った『ルール』とはなんでしょうか?詳細な説明を」
「…………」
想定も想像も完璧に超えられた。驚きすぎて声も出ない。
なぜ彼女がそんなことを聞く……?
「……答える前にこっちが一つ、聞いていいか?」
「はて、なにか?」
「なんでそんなことを俺に問う?」
そもそもこいつには縁も関係もないことだ。
先の東部連合とのゲームで、俺が言った『ルール』は奉仕部に関すること。それを説明して、こいつに何の得が生まれる?
俺と会った当初ならいざ知らず、こいつは今空達の従者だ。ならこんなところで、こんな質問に権限を使うことに違和感しかない。
「マスターのため――。それ以上の説明は必要でしょうか?」
「………………」
言葉は使わず、俺は静かに首肯する。もし聞けるなら聞いておきたい。
ダメ元での返しだったが、どうやら一方的な尋問ではなく、会話の意思があるのだと分かった。
「これから先、あなたはよくも悪くもマスターのゲームに関わることになることでしょう。ならば、一刻も早く不明瞭な部分を把握することこそ、今私がすべきこと――」
「俺が、あいつらを嵌めるって言いたいのか」
「その可能性も含め、あなたに問うのです。――『ルール』とは?」
「……」
迂闊だった、と言うべきだろうか。
俺は今、自分の本心に手を伸ばされている。そしてジブリールが、比企谷八幡の芯に迫ろうとしている。
彼女が指したルールとは、俺が動いた理由であり、俺の行動理念にも似た存在だ。
なぜ、何を根拠にしてジブリールがこれに近しい仮説を得たのかは分からない。
彼女は俺に何を思っているのか。それともなぜ、今なのか。
いや、そもそも俺はなんと答えるべきだ――?
盟約によって偽ることは許されない。真実だけを語って誤魔化すか?……何をだ?
ジブリールは何も口にしない。俺が答える時をただ待っている。
「…………」
少し考えて、今までのことを整理する。
自分が何を悩んでいるのかも分からなくなって来たが、彼女が何故この場面でこの問いを持って来たのかは理解できた。
ジブリールにとって、そして『 』にとって、正体不明な俺の行動理念を知ることは重大な要素だ。
だが迂闊に権限で聞くことはできない。抽象的な問いでははぐらかされる可能性があるのだ。
だからジブリールは、俺に『ルール』というキーワードを突き付けた。これが俺の根幹に関わると察したから。
ならば、何と答える。
盟約がどこまで俺に真実を強要するか分からない。手探りで話すのはむしろ悪手か。
……いや、何か悩むことがあるだろうか。
なんか読み合いとか駆け引きが当たり前みたいな世界なせいで、要らんことまで考えてしまってる気がする。
確かに、確かにちょっと死にたくなるくらい恥ずかしい話をすることにはなるが、それを聞かれてマイナスになることはないはずだ。
むしろ下手にはぐらかすよりも、ここで裏切りの意志はないと証明しておいた方がいいまである。
心のどこかで拒絶していた話を、俺は理性的に語り出す。
「この世界に来る前、俺は奉仕部って部活に入ってた。……というか入れられてた」
そこは普段何もしないような所だったが、依頼人の訪問によって活動が始まる。
部員は俺以外に二人、優秀な負けず嫌いさんと劣化版ステフ(一部を除く)なアホの子。
名の通り、その部活動は奉仕、依頼人と助ける部活だ。正確には手伝うだけだが。
「その奉仕部の理念、つまりルールが、『飢えた者に魚を与えるのではなく、魚の取り方を教える』ってものなんだ」
自立を促し、依頼の達成を手助けする。それが奉仕部であり、俺たちがしてきたことだ。
……そのはずだ。
「なるほど――」
俺の説明を全面的に受け取ったらしく、ジブリールは腕を組んで片手を顎に当てる。
そして――。
「つまりあなたは、そちらの世界で言うところの『リアじゅ……」
「お前実は俺の話全く聞いてないだろ」
確かに傍目で見れば両手に華なのかもしれんが、片方は薔薇の棘と言うより猛毒持ちだし、もう片方はちゃんとリアルが充実してる系の相手だぞ。そもそも俺とセットで語ること自体がおかしいレベルの奴らだ。
まぁ、そんな裏設定まで話す気はないため、俺はいつも通りの口調を意識して口を開く。
「……で、俺は信頼に足る人物か?」
「はて?信頼する必要はないと言ったのはどこの馬の骨でしょうか」
「言葉の綾だろ。あと一々罵倒しないと気が済まねぇのかよ」
「罵倒される方に問題があるのでは?」
「なんだそのいじめられる方にも責任がある理論」
あれ完全に死体蹴りだよな。理由なんてなくともいじめは起こるのに、それで責任はお前にもあるとかオーバーキルだっての。ソースは俺。
それから、俺たちは読書した。
特殊イベントは何もない。
ただ、いつも通り読書をした。
仕方がない。
何をするにも、用事が済んでるジブリールと、そもそも用事のない俺で何か特別なことをするわけがない。お色気イベントがあるわけがない。隣の奴は常にお色気イベント用みたいな服装だけど。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
一貫して、無言だ。ただし無音ではない。一定の間隔で、紙をめくる音が耳に入る。
静寂ではないが静かだ。けれど、気まずさとか緊張といったものはない。
むしろ、心地いい。
この時間が、この距離感が、この空間が。具体性も何もないこの時間が、意味もなく落ち着く。
……きっと、似ているのだ。
今ここは、この瞬間は、あの教室に似ている。
雪ノ下雪乃と送った短い時間と、由比ヶ浜結衣が詰めてきた距離感と、いつか無くなると理解してしまう空間が。
多分、重なってしまっている。重なって、混ざり合ってしまっている。
現実と記憶が、現在と過去が、今と今までが。本来両極にあるはずの二つは、俺の中で隣合って存在している。
俺は今、ここにいる。
けれど、過去を見ている。
後悔なんてしないと決めておきながら、後になって思い出してしまっている。
俺はあの部屋に、あの世界に、置いて来てしまったものがある。
そしてそれは、俺が捨てたと思っていたものよりも遥かに多く、大きく、重かった。
「――はぁ……」
耐えきれず、口から重いものを出した。溜めに溜めた息を吐き出した。
……やはり俺は、もう一度戻る必要がある。
けれどその為に必要なものが、まだ手元にない。まだ見つかっていない。
『俺がほしいもの』。
問に対する答えが欲しいと思いながらも、心のどこかで俺は別の何かを求めている気がしてしまう。
だから、結局のところ分からない。
俺は一体、何が欲しいのか。
それが何なのか分からないまま、俺はまたページをめくった。
「さっさと起きて頂けますか?」
……いつの間に寝ていたのだろうか。
俺が読んでいた本はとっくに片されたらしく、枕らしいものも何もない。というか体が痛い。どれだけ寝てたんだ俺。
「マスターがあなたを連行しろとのことなので、早々に準備してください」
「連行って、どこに連れて行かれるんだよ」
「東部連合ですが、何か?」
今更?とも思ったが、よくよく考えたら今空達はそこにいるのか。
「そういや、ゲームとか決着は着いたんだよな?」
「えぇ、マスターの勝ち……というより、一人勝ちでしょうか」
「それ同じじゃねぇのか?」
どうやら少しニュアンスが違うらしい。
ジブリール曰く、『 』VS巫女のゲームは引き分けに終わった。
だがその内情は、引き分けこそ『 』の狙いであり、実質的なエルキアの勝利とのこと。引き分けすら勝ちにするとか、マジでバケモンだなあの兄妹。
だが、そうなると俺は何故呼ばれたのか。
仮に事後処理とか、東部連合とエルキア陣営の思想のすり合わせをするにしても、ステフと『 』がいれば問題ないだろうし。
……俺、何もしてないよ?
「空の奴、俺に何させる気だよ」
「マスターと対等のような物言いは寛大な心をもって断罪を先延ばしにするとして」
「そこは許すところじゃないの?」
「あなたの対応次第では、この先寝床に困ることになることは確かかと」
「それ、空の考えじゃなくてお前の考えだろ。断罪執行しちゃってるぞ」
すごく腑に落ちないのだが、こいつの俺に対する当たりが前よりも厳しい気がする。だから、俺何もしてないよ?
まぁ、これは今に始まったことじゃないし、別に頭を抱えるようなことでもないからいいけど。いいのかよ。
そしてこちらも今に始まったことではなく、拒否権のない呼び出しに俺は従うことになった。
俺ガイルだけでなく、リゼロ、ワンパンマンも二期決定。劇場版にはこのすばや冴えカノが……。
ノゲノラ二期、待ってます。
番外編 エルキア王国奉仕部ラジオは必要ですか?
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