誠に長らくお待たせしました。
江波界司、ようやくハーメルン戦線に復帰です。
戦わないけど。
追記。不注意で更新ミスしました。申し訳ないです。
時間が解決することもある。……とか、よくそんな言い訳を耳にする。
けれどそんなことはない。時間は何かを成すことはなく、ただ流れるだけだ。
それはただの保留であり、時効と言う免罪符を得るために覚悟のない者が作り上げた形のない、ただの逃げ道なのだ。変化という選択を放棄した敵前逃亡だ。
俺はそんな言い訳も、逃げ道も否定する。そうやって作った偽物は、過去と現在を否定するものだから。
それに、なにより。
時間をいくらかけようと、
もう、戻ることはできないのだから……。
東部連合との完全決着から約半月が経過した。
エルキアは今、この世界で革命を起こそうとしている。
史上初の異種族統合。正確を期せば密接な関係を持つ連合国の建設ではあるが、然したる違いはないだろう。
異例の取り組みには困難が待っている。
中でも問題なのは文化や化学力、そして物価や価値観と言った両種族の大きな違いのすり合わせだ。それも、ただでさえ面倒極まりない工程を、少し前まで大戦の中にあった国同士という前提条件で行わなければならない。何かの嫌がらせかよ。
そして嫌がらせ張りの仕事と責任を一挙に押し付けられたのは、我らがエルキアの公爵にして実質的な最高立法権力者、ステファニー・ドーラである。
今も王城で、東部連合から助力に来た初瀬いのと共に奮闘していることだろう。
一方その頃の俺はと言えば、もちろん怠惰に日常を過ごしている。
責められる云われはない。ただの現役男子高校生に国の存亡がかかった仕事ができるはずないのだから、俺が大人しく読書に勤しむことはむしろ正しい判断だ。
「……いや、もう少し何かに貢献しなさいよ」
責められました。
目の前で腕を組みため息交じりに俺の行いを責めるクラミーは、何故か顔色が優れない。
時刻は正午過ぎ。
湖を中心に広がる森の中で、俺はクラミーとフィールの二人に会っていた。
「めっちゃ貢献してんだろ。これ以上手間が掛からないようにじっとしてるんだよ」
「胸を張って言うセリフじゃないのですよ~」
「まぁ、私の気にするようなことじゃないんでしょうけど……。今報告すべきものはこんなところかしら?」
「おう」
二人との接触の主な理由は定期報告だ。いや定期ではないな。今回で初だし、今後の予定もないし。
主な、というにはもちろん他の理由もあった。前にフィーが言っていた置手紙が機能するのを確かめておきたかったのだ。返事には本当に一週間くらい掛かることが分かった。
「そう。そっちから聞きたいことは無いの? 深くまで答える気はないけれど」
「予防線張るなよ。聞く気も聞く事もない」
彼女らは空との交渉の延長で動いている。ならば空達が俺に伏せている内容については聞き出せないだろう。
もともと気にしてもいないしな。この世界の攻略は空達がやればいい。俺には他に優先すべき課題があるのだ。
「なら~さっさと戻るのですよ~、クラミー」
「そうね。それじゃ」
「おう。呼びつけて悪かったな」
「別にいいわ。そっち側の動きも把握しておいて損はないから」
「そか」
踵を返すクラミーに続くように、フィーも歩き出す。
俺も帰ろうと足を浮かせたのとほぼ同時、フィーの瞳が俺に向いていることに気付いた。
「……やっぱり~、似てないと思うのですよ~?」
「…………」
聞かせるために言った言葉ではなかったのだろう。だが俺は微かな彼女の言葉を耳にした。
何のことかと考え、ふと思い出したのは巫女さんとの会話。あの時、巫女さんは俺と彼女自身の共通点について語った。
しかし、と思い直す。
あの会話は二人だけで行ったもので、他の者が知る類の話ではないはずだ。
では、何のことだ。
いや考えても仕方がない。俺が彼女らのことを知らないように、彼女らが俺の何を知っているというのか。どうせ益体のない話だろう。
自分なりの結論を得、コミルの実が入った袋を片手に俺は今度こそ来た道を戻る。
孤独には慣れている。
むしろ好きなくらいだ。静かな場所に穏やかな時間、どちらも心地いい。
故に、こうしてソウルドリンク片手に分厚い本を読むだけの時間も悪くない。
空いた窓から入る柔らかい風邪が髪を微かに揺らし、続く物語の先を促すようにパタパタとページを鳴らす。
ふと前を向く。目線の先には入口の扉がある。俺以外は録に開くことのない、そんな扉。
本に意識を戻そうとした時、三度扉を叩く音がした。それは珍しい来客の知らせだった。
「鍵は掛かってないぞ」
「……失礼、致しますわ」
聞こえるようにやや大きめの声で応えると、扉から赤毛の少女が顔を見せた。
「ステフか。……なんか久しぶりだな」
「ええ、そうですわね。ちゃんと話すのは一週間ぶりになりますわ」
ここ最近はこっちで寝泊まりしてたからな。
ステフの顔色は悪くないが少し疲れが見える。余程仕事を頑張ったのだと分かってしまうので、心優しい俺は心から労いの言葉をかける。心の中で。
「お前がここに来るってのは、何か調べものか?」
「いいえ、ようやく一段落着いたので、ちょっと休憩に」
なんでわざわざ図書館に……?
疑問に思ったが敢えて聞かなかった。彼女なりに休みたいからリラックスできる場所を探した故の結果なのだろうと、俺は勝手に結論付けた。
「そうか。んじゃコーヒーでもどうだ?」
「その甘ったるい飲み物以外ならありがたく頂きますわ」
「マックスコーヒーを否定するなよ。疲れた時は甘い物が効くぞ? 俺のことは嫌いになってもいいがマックスコーヒーのことは嫌いになるな」
「なんでそんなに必死なんですの……」
渋々カップを取ったステフは、そのまま俺の隣に腰を下ろした。
なんでとも思うが、ここには椅子がない。わざわざ離れるのも意味がないし、ステフにそれ以上の理由はないだろう。
ステフはカップに口を付けると少しだけ嫌そうな顔をしたが、その後は特に反応を示すことなくマックスコーヒーを味わう。
俺も今度こそ本に目を戻し、文字を追う。……少しだけ違和感を抱きながら。
違和感──いや、もっと単純にいつもと違う気がするのだと思う。
ここにある静かな場所も穏やかな時間も、何かが違うのだ。もちろん隣にいるのがステフなのだからいつも通りではないのだが、それだけではなく……。
「あの、ハチ?」
「ん、え? あ、お、おう」
「どうかしたんですの?」
「いや、何でもない」
気が付くとステフが俺の顔を覗き込んでいた。てか近い。いろんな意味でビビるからやめてくれ。
こいつ、普通に顔整ってんだよな。こっちの世界に来て顔面偏差値が爆上がりしてたから感覚おかしいわ。ちなみにアニメやマンガで美少女しか居ないのは、単にカメラがその方向しか向いていないだけである。勘違いしないように。
そして勘違いしたくないからそういう天然みたいな行動は辞めようぜステフさんよ。
俺は体を引き気味にステフから視線を逸らす。
「なんだよ」
「いえ、その……。聞きたいことが、あるんですの」
見ると、ステフも俺から視線を外していた。僅かに頬を染めた顔を俯かせ、彼女は恥ずかしそうに俺の返答を待っている。
全く、気遣いができるのも考えものだ。別に拘る事でもないだろうに。
まぁしかし、ステフの気持ちも分からなくもない。
「安心しろ。俺はそんなに強情じゃねぇよ」
「そ、そうですの? それじゃ……」
「
「違いますわっ!」
大声を浴びせられ、俺はポットに伸ばした手を反射的に引っ込めた。
「なんだよ。てっきりマックスコーヒーが思いの外美味くてもっと欲しいのかと」
「ハチの中でわたくしはどんなレベルで甘党なんですの! いえ、そう言うことを言いたいのではなくて」
「んじゃ聞きたいことってなんだよ」
「え、えっと……その」
また口ごもるか。マックスコーヒーが俺の好物だからおかわりを頼みにくかったということかと思ってたんだが、どうやら違うらしい。
彼女なりに、聞く事にそれなりの覚悟がいることなのだろうと、俺は静かにその時が来るのを待った。
「……ハチは、どうして助けてくれるんですの?」
「は?」
ようやくその時は訪れたのだが、なんだそれは。今俺は相当ひどい顔をしていることだろう。
「どういう意味だよそれ」
「そのままですわ。ハチは東部連合との試合にも、その後のすり合わせにも助力してくれましたわ」
その後のすり合わせというのは、ステフといのさんが空達に丸投げされた政治政策のことだ。
エルキアに帰った俺も最初の一週間くらいは城の方で生活し、多少なりともステフの手伝いをしていた。とは言っても俺に専門的な仕事はできなかったので、やったのは記録雑務とステフの相談相手くらいなのだが。ああ、あと適当にアドバイス?
……なんだ、俺異世界に来てもやってること変わらねぇな。
ともかく、そのことをステフは気にしているらしい。
「流石に手伝いくらいするだろ。ゲームに関しては仕方ないところがあるし、お前らが徹夜で仕事してる中何もしないのは気が引ける」
自分で言ってて思うのだが、なんだこの社畜は。あの文化祭で俺はエリートぼっちからエリート社畜ぼっちの進化したようだ。それ進化か?
「けどそれは、ハチらしくない気がするんですの」
ほら見ろ、ステフにすら言われてしまった。
「誰かに頼まれてやってるってか?」
「頼まれてやっているんですの?」
「いや頼まれてないけど」
「……わたくしは、ただ知りたいんですの。ソラやシロも、何を考えているか全くわからない時もありますわ。けれど、それ以上にハチはもっと分からないんですの」
知りたいと、半月前に違う人にも言われた。俺の行動はそんなに謎なのだろうか。
思い返してみると、うん。行動以前に存在がもう謎だったわ。空達もよくこんな事を聞かれるのだろうか。
「まぁアイツらの場合、行動理念はほとんど楽しみたいっつー私欲だろうからな」
「ええ、それには良くも悪くも迷惑してるんですのよ……」
「つか、俺らしくないとかお前俺を何だと思ってんだよ。俺が人助けすることがそんなに意外か」
「少なくとも理由も無しに何かをする人だとは思いませんわ」
否定できねぇ。
いや、そもそも理由も無しに動く人間がいるかよ。誰かを助けるのに理由はいらないとかどこの主人公ですか?
……聞かれたからには答えるべきだろうか。
生憎と俺は人のポケットからモンスターを盗む趣味はないのだ。答える義務も義理も理由も有りはしない。
というか、そもそも俺自身理解できていない。
俺がこの世界でやってきた行動の大半は、俺らしからぬものだった。巫女さんにも答えたが、まだ俺はその理由を得ていない。つまり答えようがないのだが、どうしましょうよこれ。
「これは俺の知り合いが言ってたことなんだが」
「なんですの急に」
「変わらないと事態は変わらないし、誰も救われないらしい」
「どういう意味ですの?」
「さぁ、知らん。そいつ、世界を変えるとか言っちゃうくらいによく分からん奴だったし」
ステフを見ると呆れ顔でため息をついていた……なんてことはなく、むしろ考え込んでいた。ほわぁい?
「ハチは……変わりたいんですの?」
「いや、そういうことはないけど」
「じゃあどうしてそんな話を?」
「さっきのを逆説的に言えば、事態が変わったら誰かが変わってるってことだ」
よく分からないと、ステフは首を傾げる。彼女は秀才だし国を一人で動かせるほど頭がいい。伝わらなかったのは俺の言い方のせいだろう。
「あー、つまりだな。何か起きた時は決まって、誰かが変わった事をしてるってことだ」
意外性のない所に変化は起きない。想定外で予想外で、意識外の所からしか現状の崩壊は訪れない。
エルキアが、東部連合が、この世界が変わろうとしているのは、変わった奴らの登場の所為だ。
そんな変な奴らの中には、残念な事に俺も含まれる。
「別に大したことじゃない。単に俺らとお前らの常識が違うだけだ」
ステフは俺らしくないと言ったが、あくまでもその感覚はステフ自身の主観があってのものだ。
俺は特別じゃない。ステフにとって俺という異分子がスペシャルな存在であったとしても、それはあくまでこの世界での話だ。
あの世界で俺は、どこにでもいる普通の男子高校生なのだから。
「ハチの言うその知り合いは、どのような方なんですの?」
「え、そこ聞く?」
それ君が聞きたいことと関係なくないですかね。
「だって、ハチが誰かの話をするのは珍しいですわ。どんな方なのか興味がありますの」
「それは俺が語るほども知り合いがいない程のぼっちだと言いたいのか」
「そこまでは言ってないですわよ……」
まぁぼっちなのも誰かを語らないのも事実だからどうしようもないんだけどな。普通、自分語りもそんなにしないのに他人語りしないだろ。
「そうだな。まぁあれだ、同じ組織で上司に当たる奴だ」
「上司をそんな風には言うんですのね」
「上司つっても同い年だし。それにそこまで大仰な上下関係もないからな」
「ハチは元いた世界でも何か組織に属してまで人助けをしてたんですの?」
「え、なんでわかるの?」
さすがに驚いた。
いくらステフが空から心理学のあれこれをゲームで負ける度に皮肉と罵声のアンハッピーセットで聞いていたとはいえ。
ここまで的確に言い当てるとか、ついに人間辞めたかステフさん。
「ハチが自ら組織入ることがそもそもおかしいですわ。それこそらしくないですの」
「断言しちゃったよ」
まぁ実際その通りなんだが。平塚先生からの強制送還が無ければ、俺は奉仕部という存在すら知ることなく総武高を後にしたはずだ。
で、その俺らしからぬ発言と今までの流れからステフは、組織が俺の行動に関わっていると考えたわけだ。なんつーか、凄いコミュ力。
「否定はしないけどな。なんなら俺、組織というカテゴリからも外される存在な訳だし」
「サラッと凄まじく悲しい事を聞いた気がしますの……」
「その組織は奉仕部って言ってな──」
そこから簡単に説明をした。前にジブリールに話したよりも簡単に。
というより、あの時はあっちからしつこく質問されて答えまくった感もあるんだよな。なんで俺はわざわざ律儀に答えたのだろうか。
「──と、俺は困った人を助けることのできる人間として当たり前の存在な訳だ」
「どう好意的に解釈しても嫌々仕方なくやってた様にしか聞こえませんでしたわよ」
今日だけでも何度見たか分からないステフの呆れ顔から目を逸らし、俺はカップに口を着ける。だが望みのものは舌に当たらず、俺はここでようやくそれなりの時間を過ごした事に気が付いた。
「俺の身の上話はそんなとこだ。どうだ、俺の真人間さが分かったろ」
「だからどこをどう読み取ればそうなるんですのよ……。ええ、でも、聞けて良かったですわ」
「そうですか」
よくよく思えば俺の行動理念云々を語った記憶はないが、納得している様子のステフは奉仕部=ヒッキーの指針とでも解釈したのだろうか。それ間違いよ?
しかし誤解でも解は解だ。疑問に対する回答も、問題に対する解答も出たのだからこれ以上は必要がない。
ステフは城に戻るといい、即席のテーブルの上に
「ハチはどうしますの?」
「……たまにはベッドで寝るか」
ステフに続き、俺も図書館を出る。施錠は必要がないので、使った食器を片手に持ちながら扉だけを閉めた。
んじゃ、行くか。──と、そんなセリフを言うことはできなかった。
何となく恥ずかしいからとかそういう事ではなく、もっと咄嗟的に俺は言葉を飲み込んだ。
瞬間移動。
体験ではなく視認でそれを理解する。
見ている景色は変わらず、ただ眼前に今までいなかった存在が突如として現れた。
何でもありの化け物、
だが何かが違う。こいつとは何度も話した事のある程度には知り合いだし、こいつがテレポート可能な人外である事も承知の事実だ。
なのに、なんなのだ。俺は彼女に違和感を覚えずにはいられなかった。
「あの、ジブリール……? どうしたんですの?」
俺より先にステフが問う。だがジブリールはそれに答えず、琥珀色の双眼を俺に向け続けていた。
「──比企谷八幡様」
彼女から発せられた声を聞き、頭より先に体が理解した。
指先が震え、筋肉が硬直し、毛が逆立つ。頬に感じる汗がやけに冷たい。
これは、敵意だ。それも今までに俺が受けてきたそれとは比べ物にならない程に、純粋で強大で凶悪なもの。
喉が口内の水分を欲して上下した。
「マスターの名においてあなたの身柄を拘束致します。どうぞ無駄な抵抗など考えませんよう」
「……盟約で暴力は禁止されてるだろ」
「事実上の死刑をご所望であれば止めはしません。ですが、あれだけ嫌がった餓死をお望みなので?」
辛うじて出した声は、すでにここにはない。張り詰めた空気の中では、俺の些細な反論も無に帰す。
「……分かった。痛いことするなよ」
「誠に残念ならが拷問の類は指示されていませんので」
「っちょ、ジブリールッ!? あなた何を……」
「ドラちゃんには後ほど説明しますのでご安心を」
「説明って、ハチが何を──」
「あーステフ」
長引きそうなので、ジブリールの代わりに俺がセリフを遮った。
「暇な時でいいから、今度料理教えてくれ」
「え……?」
ステフの反応が帰るより先に、俺の目は一変した景色を捉えた。
改めまして。
本当に長い間お待たせして申し訳ないです。
言い訳はしませんがこの三ヶ月、とにかく忙しかったので。
お待たせした分、プロットの方もだいぶできてきました。これから完結に向けてガンガン更新していくつもりです。
とは言ってもブランクもあるのでそれなりに時間はかかると思いますが……。
感想頂けると嬉しいです。モチベーションになります。
更新頻度は作者のテンションに一任されているのでかなり不定期ですが、毎話0時に出していくつもりです(すごく今更)。
番外編 エルキア王国奉仕部ラジオは必要ですか?
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