転移した先は和室だった。
障子に薄く遮られた光が、弱々しくも確かに部屋を照らし出している。
6畳ほどの空間を見渡した後、俺は眼前に座る少女に今更ながら気が付いた。
「来たか、です」
高いケモ耳をピクリと動かし、いづなはそっと目を開けた。どうやら俺を待っていたらしい。
下手すぎる敬語のことは無視して、俺はいづなに問う。
「なぁ、これは一体どういう状況だ?」
「知らねー、です。ただ空と白に、ジブリールのこと待ってろ、言われた、です」
またあの二人か。いや、最初から首謀者として名を明かしている以上不思議はないが。
「んじゃ、お前に聞けば何か分かるんですかね」
「まさか、私がマスターからの命令外の情報を漏らすと?」
「思ってねぇよ」
つまり、そういうことだ。
現状、俺にはこの意味も目的も不明な連行の理由を知る術がない。じゃあ仕方ないな。諦めよう。
「では、見張りをお願いします」
「どうすりゃいい、です?」
「この部屋からこの男を出さなければ、如何様にも」
「……分かった、です」
短い対話の後、ジブリールは前置きもなく姿を消す。
刺すような冷たい目を俺に向けたまま、その凍えそうな温度だけを残して。
さて、どうするか。
俺の正面には胡座をかき、じっくりと俺を見詰めているいづなが一人だけ。
選択肢は、いくつかあるな。
一つ、逃亡。
二つ、交渉。
三つ、ゲーム。
いや最後のはどうなのよ。遊んでていいのかこれ。
真面目な話をすれば、ゲームは遊びでもなければ現実逃避でもない。というか、これほぼ一択になるつーか、総括してゲームで交渉して逃亡するにならないか?
ちらりといづなを見る。彼女の双眼からは、少なくとも友好的な何かは感じられない。
逃亡はできそうにない。いづなは物理的に俺をどうにかすることはできないだろうが、出口らしき扉から退いてもくれないだろう。
正直な話、さっさと帰りたいのですが……。どこかの忍者学校よろしく、トップの突然の思い付きに付き合わされるのは面倒極まりない。
だが、ジブリールの様子やステフの反応、そしていづなの言葉を鑑みても、ただ遊びたいから呼んだと言うにはあまりにも空達らしくない。
「いづな、本当に何も聞いてないのか? それこそ、今後の予定とか」
「言われてねー、です。空も白も、巫女様も何も言わなかった、です」
「そうか」
この発言が嘘か本当かは置いとくとして。
そもそも、俺は逃げるべきなのだろうか。
ひたすらに意味不明な事態だが、ここで逃走という手にどれだけの意味があるか。……ないな、うん、ない。死ぬだけだわ。
俺に他国、他種族との交流があれば亡命もできただろうに。くっそ、これがぼっちか……。辛すぎるぜ。
因果逆転の槍なんてそうそうない。ので、俺は自分の固有スキルを呪うことにする。
閑話休題。
今打てる手札のことは置いておこう。マジで少なすぎて数えるのも憂鬱になる。
考えるべきことは二つ、今と未来だ。過去は見ても意味がないからな、この場合。
今を考えても、手札不足と情報不足という悲しい現実があるだけだった。ならば、あとは未来に目を向けよう。前を向け、少年。
予測のできそうな範囲なら、なにゆえ俺がここに連れてこられたのか。そしてどんな処遇を受けるのか。まぁ、この辺だろう。
まずWhyだが、空達の思考を読むのは不可能なので諦める。諦め早いな、俺。
次にどうなるか。十中八九ゲームが関係するだろうが、分からん。駄目だな、俺。
分かるのはジブリールが俺の身柄を拘束し、いづなが部屋で俺を監視していること。あとステフには告げられていない内容であることか。
ここから何を読み取れと? 常識外れなゲーマーと常識人の俺では思考が違い過ぎる。思考のトレースも何もない。もう無理じゃん、俺。
だが、まぁ、逆に言えば、常識的に考えなければ答えが出る……か?
ならまず常識とは何かについて考える必要があるな。
常識とは多数決によって決められた固定観念であり、一個人の主義主張その他アイデンティティは一切関与されない。
ならば誰かの考えを読もうとした際、それらを常識に当てはめようということ自体が間違いということになる。
なるほど。だから分からないのか。
やり方が分かれば問題ない。まず常識という概念を捨てて、誰かを拘束するとしたらどんな理由があるかを考えよう。
……それ、どんな特殊性癖?
それ以外無くないか。いや、あるにあるんだろうけどさ。
「常識的に考えて、何も無しに誰かを捕まえたりしねぇよな」
「そりゃそう、です。それに何かあっても、ゲームすりゃいいだけだろ、です」
俺の独り言に、いづなが言葉を返す。そういや、いづなもいたわ。かなり真面目に忘れてた。
「だ、だよな、この世界って俺の常識の範囲外だもんな」
「八は、ちげーのか、です?」
「ほら、俺らって異世界人なわけだし」
何かを納得したような、それでいて悩ましいような表情を浮かべるいづな。どうかしたんでせうか?
「……八。今のうち聞いときてー、です」
「なんだよ」
やや俯きながら、彼女はそっと呟いた。
「八は、空と白に勝てるか、です?」
質問の意図が分からない。というかなんでそんなことを今のうちに聞こうと思ったのか。
いづなの言動に困惑しながら、俺は確かな真実だけを告げることにした。
「無理だな」
断言されたいづなは、驚きが混じった様子でこちらを見た。
「ぜってー、無理か、です?」
「どうやっても無理だな。俺じゃアイツらに勝てない」
そもそものスペックが、格が、戦力そのものが違いすぎる。俺と彼らは多分、戦える世界にすらいないのだ。
前にチェスで引き分けたなんて話もあるが、それは白の油断と空の油断が絶望的かつ奇跡的に重なりできた運命上の偶然でしかない。
この世界に運は存在しないというが、あれはもう幸運とか豪運とかそういったカテゴリからも外されるほどのアクシデントだったのだろう。
だから、俺が彼らに勝つことはない。
「じゃあ、なんで八は、ここにいるん、です……?」
問いかけではない。心に収まりきらなかった独白がぽつりと聞こえた。
「いや、ジブリールに連れてこられたんだけど」
「……なんでもねー、です」
「そうか」
それきりいづなは黙り込む。熟考しているのか、何かを我慢しているのか。その沈黙はやけに人工的な気がした。
俺はいづなに背中を向け、この静けさから意識を遠ざけた。
やがて、目の前の空気が目に見えて歪み、その裂け目から見知った顔の少女が現れた。
「これよりある場所へ移動して頂きます」
「そりゃ、ご苦労なことで」
わざわざジブリールの転移で送り迎えとは、中々の待遇だ。これはひょっとしたらエルキアの社畜から食客へジョブチェンジも夢じゃないかも知れない。
なんて、現実逃避しながら立ち上がる。こいつの冷たい目を見る限り、暖かい幸せな何かが待っている気がしない。
ジブリールの正面に立った際、背後からいづなに呼び止めらた。
振り向いて見た彼女の顔は、いつになく真剣で、悲しそうだった。
「気ぃつけろよ、です」
「なんだよ急に」
「空から、嫌いな匂いした、です」
「匂い?」
いづなは黙る。続きは聞けそうにないな。
「そうか」
何も分かっちゃいないが、俺はそう言い残す事にした。
また、景色が変わる。
転移した先は和室だった。
広さは6畳を優に超え、内装も先程の部屋よりはるかに華やかだ。
その煌びやかな大部屋の床の間を背負う一人の女史。彼女は東部連合全権代理者にして
目の前で優雅に座る彼女に、俺は挨拶代わりに問う。
「週末って何してます? 暇なら助けてもらえません?」
「生憎と暇はないなぁ。というか、あっても助けひんやろけど」
「あ、そうですか」
どうやら俺のヘルプについてくれる人ではないようだ。改めて友達いねぇな俺。
「んで、今度はなんの用だよ王様女王様」
ジト目を横に向け、本日俺を呼び付けた主役達を右に見据える。
盟約上のエルキア国王、空と女王の白。
二人は一つの座布団に座り、待っていたと言わんばかりの笑みを浮かべる。魔王かよ。
「なぁに。ただ、ちょっと決めとかないといけねーことがあってな」
「それ、俺必要?」
「……もち、……だから、呼んだ……」
相変わらずの息ぴったりな返答で。
ため息が隠せなかった。厄介事だと覚悟はしていても、嫌なものはいやなのだ。
俺に逃げる気がさらさらないことを察したのだろう。空は俺から視線を外す。
「よし、ジブリール。さっさとやりたいから、残りのセッティング済ませちゃってちょ」
「了解しました」
空間転移で姿を消すジブリール。もう今日だけで何回見たかねこの光景。
「さて、と」
白が立ち上がり、空もその隣に並ぶ。そろそろ聞かせてもらえません? これから何するのん?
「細かいとこは追々、説明するとして」
「……巫女さん……準備、いい……?」
「心のだけはしとるよ。何するんかあてにも説明ないんから、他にしようもないやろて」
「そりゃあ上々。サプライズを提供する側としちゃあ喜ばしいこったな」
こんな不安しかないサプライズはいらねぇよ。
悪態をつくことは我慢して、無言で空に説明を求める。
「まぁ、大凡は言っとかないとめんどくさい。つーわけで言わせてもらうが、八」
「なんだよ」
ニヤリという悪役じみた笑顔で、空はそれを指さした。
「お前、敵だろ?」
なんの説明もないままに、俺は……というより俺達はまたもや転移による移動を体験した。
場所は大広間。さっきまでいた部屋とはまた別の意味で広い。生活感のない広さ、というべきか。
そんな淡泊な広間の中心で、俺は用意された椅子に座っている。孤独感が凄いな。端よりも孤独とか、もうこれトップ・オブ・ぼっちじゃねぇの?
俺の真正面に一段上がった席があり、それぞれに三人が控えている。
いづなと巫女さんが両端に座り、その二人の間にジブリールという並び。何か意味があるのだろうか。
「よーし役者も揃ったところで、さっさと本題にいきましょか」
俺の右側より、これまた一段上がった所から空が宣言する。なんの選手宣誓?
その宣言に、ジブリールが立ち上がることで応える。
「では、これより罪人への断罪を開始します」
「おい待てジブリール。俺を見ながら断罪宣言した理由があるなら聞こうじゃねぇか」
「申し訳ありません。手順をいくつか省略してしまいました」
「それ、俺が罪人であることが決定事項になってるんだが」
わざわざカンペまで用意されてるのになんでそんなミスした?
気を取り直すように、コホンと咳払いした彼女はカンペを読み直す。
「では、これより被告の処遇を決定する公平な裁判を開始します」
「え、は?」
ここ最近聞くことのなかった単語が聞こえ、俺は割とマジで、こいつ何言ってんの? 的な声を出してしまった。
「裁判、というものについてはあなたにも理解があるのでは?」
「そりゃそうだが、……どういうことだよ」
被告が明らかに俺を指していることすら無視して、俺は彼女の言葉の真意を読み取ろうとする。が、分からねぇ。
答えを求め、空と白に目を向ける。
「ジブリールの言った通り、裁判をする」
「お前、この世界のルール忘れてないよな」
「まさか。これからやるのは列記としたゲームだ」
「もう既に異議があるんだが」
黙殺された。
結局のところ、また彼らの思いつきで呼ばれたということだろう。
裁判でゲームとか、逆転できるんですかね。
「つか、俺被告なのかよ」
「そりゃそうだろ。裁判ってのは厳密には原告と被告の勝負であって、検事と弁護士の戦いじゃない」
確かに、検事はともかく弁護士に関しては代理人だからな。
「で、ゲームなら当然本気でやる。それが『 』のポリシーだ。つーわけで付き合って貰うぜ、八」
「なんで俺が……」
めちゃくちゃ帰りたいが、そうもいかない。物理的にも、論理的にも。逃げたら餓死だからな。
「安心しろよ。これで最後だ」
「あ、そう」
観念して、俺は司会進行を請け負ったジブリールに向き直す。
「さあ、ゲームを始めよう」
原作に欠片も存在しないゲームが始まります。
感想ありがとうございます。読んで頂けると思うと創作意欲が湧きます。
番外編 エルキア王国奉仕部ラジオは必要ですか?
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