名前:西崎 秀一
愛称:シュウ
なのはたちのクラスメイト。諸々の事情で一人暮らし。ド貧乏。
本人の知らぬところでちょっと特殊な出自を抱えています。
では駄文で申し訳ありませんが、少しでもお楽しみいただければ幸いです。
第一話 出会い(前編)
もしこの世界に魔法があるのなら。そんな非科学的なことを想像しない子供はいないだろう。誰もがそんな夢を見て、胸を躍らせる。夢を、希望を溢れさせた瞳で。
――くだらない。
海鳴市の裏道にある小さな書店で、少年は小さな声で毒づいた。初めて見る雑誌のその文章を読んで、鼻で笑う。
短い黒髪に黒目という、典型的な日本人の男の子だ。私立聖祥大学付属小学校に通う四年生。放課後にこの書店に立ち寄るのが少年の日課になっている。
名前は西崎秀一。親しい友人からはシュウと呼ばれている。
シュウは雑誌を閉じると、丁寧に本棚にしまった。何かおもしろい本がないかと、店の奥へと入っていく。
本棚が壁一面、それと店内に三列しかない小さな書店だ。だが地下に倉庫のようなものがあるらしく、週に一回は全ての本が何かしらの本と入れ替わっている。ほとんどが少し古い本だが、暇つぶしにはちょうどいい場所だ。
端の本棚を隅から隅までゆっくり見て、一度最奥のカウンターにたどり着く。店主の老人と目が合い、会釈する。老人は朗らかに笑うと、小さく手を振ってきた。あまり本を買うことがないのに、なぜかここの店主には気に入られている。
店主から視線を外し、次の本棚へ。しかし、シュウの視線が本棚にいくことはなかった。
「……あれ?」
どこかで見覚えのある少女がそこにいた。黒を基調とした服を着て、本棚を難しい顔をして眺めている。どこで見たかなと首を傾げて、すぐに思い当たった。
クラスメイトの高町なのはだ。だが確かに顔はうり二つだが、髪型が違う。今日学校が終わってから髪を切ったという可能性もあるが、今更短くするとは思えない。
少年の知る高町なのはは、小さなツインテールのような髪型だ。対する目の前の少女は、ショートヘア。顔は同じでも別人と見た方がいいだろう。
――双子かな? 聞いたことないけど。
別段親しいわけでもないので気にする必要はないのだが、なぜか声をかけてみたくなった。とりあえず確かめてみよう、そう思って少女に近づき、口を開く。
「高町さん?」
返事はない。反応すらない。眉すらぴくりとも動かさず、ただただ本棚を睨み続けている。
「なのはさん?」
呼び方を変えてみると、反応があった。少女が顔をシュウに向け、しばらくシュウのことを観察する。やがて少女の口から出た言葉は、
「人違いです」
そんな短い言葉だった。だが、声色はなのはとよく似ている。もっとも、なのはの声もあまり聞いたことはないのだが。
「やっぱり違うんだね。よく似ているね。双子?」
少女が小さく首を振る。再び本棚へと視線を戻しながら、
「違います。知り合いではありますが、ナノハと血縁関係はありません」
「へえ……。じゃあやっぱり、なのはのことは知ってるんだね」
「…………。はい」
少女の表情が少しだけ渋いものになった。シュウの質問が答えを誘導したものだと察したらしい。
「それにしても、よく似てるね」
「…………」
返答はなし。反応すらしなくなった。どうやら警戒されてしまったらしい。シュウは苦笑すると、少女が見ている本棚へと視線を送る。ミステリー小説が並んでいるコーナーだ。
「何か探してるの? よければ手伝うけど」
少女はシュウの顔を一瞥して、わずかに顔を伏せる。何かを考えていたのだろうが、すぐに顔を上げると、ではお願いしますという答えが返ってきた。
「何の本?」
「少し古い小説らしいのですが……」
そう前置きして少女が答えたタイトルは、確かに古いものだった。十年ほど前に出版されたものだ。つい先週にそのタイトルを見て、シュウ自身もここで読みふけった記憶がある。
一週間前。つまりは、すでに入れ替えられている可能性の方が高い。
「おもしろいと聞いて探していたのですが、どこの書店にもなくて。ここで見かけたという話を聞いたので、探しに来たのです」
「なるほど。でも、多分探しても見つからないと思うよ」
「そうですか。売れてしまったのなら仕方ありません。他を探します」
少女が無表情で答え、出口へときびすを返す。シュウはそれを慌てて呼び止めると、振り返った少女に笑いかける。
「大丈夫。多分在庫はあるから。ちょっと来て」
怪訝そうに眉をひそめる少女を連れて、シュウは店主の方へと向かう。すぐに二人に気づいた店主が、シュウと少女を見て目を丸くした。
「なんだ、知り合いだったのか。女の子の方はあまり見ない子だったから知らなかったよ」
「知り合いというか……。知り合いによく似た子ってだけなんだけど」
ふむ、と店主はシュウと少女を交互に見る。だがすぐにまあいいかと笑い飛ばした。
「で? 何か探してるのかい?」
「うん。こっちの女の子がね。ちょっと昔の本なんだけど……」
そう言ってシュウがタイトルを告げると、ああそれかと店主は得心したようにうなずいた。待っていなさいと言ってカウンター奥の扉へと消えていく。
「……不用心ですね。盗まれたらどうするつもりでしょうか」
「さあ……。まあ僕たちを信用してくれてるってことだろうね」
そんな会話を交わしている間に、店主が戻ってきた。手には一冊の分厚い本。ハードカバーの本だ。
「ほら、嬢ちゃん。これだろう?」
店主が手渡してきた本を、しかし少女は受け取らずに表紙だけを確認する。すぐに少女はうなずいて、言った。
「はい。間違いありません。おいくらでしょうか?」
「値段? ああ、値段か……。いくらにしよう」
店主がつぶやいた言葉に、少女が小さく首を傾げた。
少女は知らないことだろうが、ここの本の値段は店主の気まぐれによって変動する。定価より高くなることはないが、店主に気に入られればかなり安く売ってくれるのだ。その代わり、取り寄せなどのサービスはなくあくまで在庫限りの販売だが。
店主から聞いた話では、この店は道楽のようなものらしい。だから別に利益を上げるつもりはないのだとか。
「よし、決めた。ただでいい」
「……は?」
店主の言葉に、少女が意味が分からないといった様子でそんな声を出した。店主は柔和な笑みを浮かべて、言う。
「こんな裏道の寂れた書店に来るってことは、他じゃ見つからなかったんだろう? それでも探し続けて、ここに来た。嬢ちゃんなら大事にしてくれそうだからな。ただで持って行っていいよ」
それを聞きながら、シュウは苦笑した。この後に続く言葉も知っている。シュウも一度言われたことがある言葉だ。
「その代わり、たまにでいいから顔を見せてくれな。本の話でもしようじゃないか」
店主はこうやって話し相手を見つけている。本当に道楽の店なんだとよく分かる。
「……ありがとうございます。ではお言葉に甘えさせていただきます」
「うん。またいつでも来てくれ。おすすめの本とかも教えてやるからな」
笑いながら手を振る店主に見送られ、二人は書店を後にした。紙袋に包まれた本を大事そうに抱え、少女はどこか満足そうだ。もっとも、表情の変化がほとんどないため、何となくそう感じるだけなのだが。
しばらく歩いて大きな道に出たところで、少女はシュウに小さく頭を下げた。
「ありがとうございます。あなたのおかげです。私でできることであれば、何かお礼をしたいのですが……」
「いや、いいよ。気まぐれみたいなものだし」
「そういうわけには……」
少女はうつむいてしばらく考える。その様子を見て、律儀だなと苦笑する。
「じゃあ……。僕はいつも放課後あの書店にいるから、たまにでいいから寄ってよ。その本の感想とかも聞きたいから」
顔を上げた少女はまだ何か言いたそうにしていたが、やがて諦めたように小さく首を振った。
「分かりました。読み終えたら、必ず」
「うん。そうだ、僕は西崎秀一。友達からはシュウって呼ばれてる。君は?」
「名前、ですか? シュテルです」
外人さんかな、とシュウは少し驚いた。なのはと同じ顔なため日本人だろうと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。
「それじゃあシュテル。また、いずれ」
「はい。ありがとうございました、シュウ」
少女は頭を下げると、シュウに背を向けて歩いて行く。シュウはそれを見送りながら、
「……僕もあっち方向なんだけど。今更言えないなあ」
そんな情けないことをつぶやいて、仕方ない時間をつぶそうと書店へと戻っていった。
翌日の放課後。シュウはいつも通りに書店へと向かい、
「あ」
店主と会話を交わしているシュテルを発見した。シュテルは無表情で会話を続けているが、店主の方は楽しそうに笑っている。
すぐに店主と目が合い、店主が手を振ってきたことによってシュテルも気がついた。シュウを見て、小さく会釈をする。
シュウが二人のもとへと近づくと、シュテルが無表情のまま言った。
「お待ちしていました、シュウ」
「あ、うん……。え? もしかして、もう読み終えたの?」
驚いてつい聞いてしまう。シュウはあの本を読み終えるのに一週間近くかかった。もちろん立ち読みなので一日二時間ほどが限界だったのだが、それにしても早すぎる。
「とてもおもしろかったので……。つい」
「すごいね……。読むの、早いんだね。うらやましい」
本心からそう言うと、シュテルは、そうですかと首を傾げただけだった。
「えっと……。立ち話もなんだし、どこか行く?」
「ナンパか」
店主が笑いをかみ殺しながらそんなことを言う。シュウは慌てて、違う違うと勢いよく首を振った。
「ここで話をしていたらさすがに邪魔かと思って……」
「別に構わないけどな。まあ君自身が気を遣いそうだ」
またいつでも来なさい、と笑顔で手を振る店主に見送られ、二人は店の外へ出た。
――さて、どうしよう。
計画があったわけではない。ゆっくり話をするなら無難に喫茶店などにでも行くべきだろうが、手持ちのお金はあまり多くない。だがシュテルが側にいるため、あまり考える時間もない。
やばいまずいどうしよう。本格的に焦り始めたところで、シュテルが言った。
「どこか公園にでも行きましょうか」
「え? あ、うん」
では、と先を歩き始めたシュテルを慌てて追う。まさか女の子に先導してもらうことになるとは思わず、助かったやら情けないやらで意気消沈してしまった。
しばらく歩き続け、たどり着いたのは池のある公園だった。大きめの池の周囲にはベンチが点在している。ただ遊具などがないためか、ひどく閑散としていた。
シュテルはベンチに腰掛ける。シュウもその隣に、少し距離をおいて座った。
――うわ、二人きりだ……。
まさか誰もいない場所に来るとは思わなかった。妙に心臓の音が高鳴ってくる。なぜか緊張してしまう。何もないはずなのに、だ。
「シュウはよく本を読むのですか?」
しばらくして、シュテルが口を開いた。それなのに、
「う、うん」
それだけしか返答できなかった。そうですか、とシュテルは黙ってしまう。
――何か、何か喋らないと!
わざわざ足を運んでくれたシュテルに申し訳ない。せっかく友達になれそうだと思っていただけに、余計に慌ててしまう。しかし何を話せばいいのだろうか。
頭を抱えているシュウの隣では、シュテルが膝の上に何かを載せて手を動かしていた。それが視界に入り、シュウは首を傾げる。
――……猫?
いつの間にか黒猫がシュテルの膝の上で丸くなり、眠っていた。シュテルはその猫を優しく撫でている。表情はいつもの無表情だが、どこか柔らかいものを感じた。
「飼い猫? シュテルを迎えに来たとか?」
自然とそんな言葉が出てきた。シュテルは首を振って否定する。
「おそらく野良猫でしょう。どうも猫に懐かれるようでして」
困ったものです、と言った言葉とは対照的に、言葉に棘がない。一人と一匹の様子を見ているだけで、心が和んでしまう。
「かわいいね。撫ででも大丈夫かな?」
「おそらくは」
そっと猫を撫でる。毛がふわふわとしており、とてもさわり心地がいい。もしかするとどこかの飼い猫かもしれない。
「いいなあ、動物に懐かれるって。僕はどうしてか動物に懐かれることが少なくて」
「そうですか。私自身はなぜ懐かれるのかよく分からないのですが……」
「動物は人の本質を見るらしいから……。きっとシュテルはいい子だからだよ」
いい子ですか、とシュテルは小さな声でつぶやいた。なぜか自嘲するような言い方だった気もする。
猫を通してほどよく緊張がほぐれたシュウは、いつの間にか自然と言葉が出るようになっていた。
他愛のない話を続けて、何となくだがシュテルの家族構成を理解できた。
家族は四人家族で、理由は分からないが親はいないらしい。近くのマンションに部屋を借りて、姉妹四人で暮らしているそうだ。もっぱら本を読んだりなどして日々を過ごしているらしい。学校のことを聞くと、それははぐらかされた。
シュウも自分のことを話す。古いアパートで暮らしていること。学校はなのはと同じ学校だと伝えると、あの学校ですか、と理解を示していた。知り合いとは聞いていたが、どうやらそれなりに親しい間柄ではあるらしい。
そしてふと気がつくと、すっかり太陽は沈んで辺りは暗くなっていた。
「すみません、話しすぎました」
膝の上に載せていた猫を足下に下ろし、シュテルが立ち上がる。シュウも立ち上がって、名残惜しそうに去って行く猫を二人で見送った。
「それでは私は帰るとします。シュウ、よければお送りますが」
「え? あ、いや! いいよ大丈夫!」
さすがに女の子に送られるのは男として立場がない。むしろここは自分が送ると言いたかったのだが、シュテルに言われたことにより自分は言えなくなってしまった。
そうですか、と言ったシュテルは、では、と一度だけ頭を下げて歩き始める。かなりあっさりとした別れ方だ。
「あ、待って! シュテル!」
「何でしょうか?」
「また……会えるかな?」
シュテルはしばらく無言。緊張しながら言葉を待っていると、
「夕方なら、買い物に行っていなければここにいます」
それだけを告げると、足早に去って行った。
――それはつまり……来てもいいってこと、かな?
立ち去っていくシュテルを見送って、シュウも帰路につく。足が軽く感じた。
Side:Stern
「ただいま戻りました」
自宅の扉を開けて中に入る。台所からの良い香りが鼻をくすぐる。きっと今頃レヴィが喜んでいることだろう。
まっすぐに台所に向かうと、鍋をかき混ぜている王と目が合った。
「む、戻ったか。もうすぐ仕上がる。すまぬが食器の準備を頼むぞ」
「はい。分かりました」
うなずき、手洗いを済ませて人数分の食器を取り出していく。カレー用の皿で、この家で最もよく使われる食器だ。取り出すついでに、炊飯器からご飯をよそっていく。
「今日はカレーなのですね。レヴィが喜びます」
「ああ。別にあやつがうるさいからカレーにしたわけではないぞ?」
「……このハンバーグは?」
「ユーリが言ったからではないぞ!」
顔を真っ赤にして叫ぶ王。分かっています、とシュテルがうなずく。
「さあ、手早く済ませてしまいましょう」「
「ぐぬ……。貴様、やはり我を尊敬しておらんな?」
「尊敬していますとも」
王と何度もしたやりとり。事実自分は王のことを心の底から敬愛しているのだが、相手にしっかりと伝わっているかは定かではない。
ハンバーグカレーをリビングのテーブルに持って行くと、テレビを見ていたレヴィとユーリが歓声を上げた。
「わーい! カレーだ! 王様大好き!」
「は、ハンバーグです! ディアーチェ、ありがとうございます!」
「……ふん」
王はそっぽを向いたまま席に座る。その顔は真っ赤だ。シュテルはほんの少しだけ微笑を浮かべると、自分も席に座った。
「それでは、いただきましょう」
「いただきまーす!」
レヴィが真っ先に、元気よく言ってカレーを食べ始める。この子は相変わらず元気だ。
「ところでさ、シュテるん」
カレーで口をいっぱいにしたレヴィが口を開く。シュテルがわずかに睨むと、慌ててカレーを呑み込んだ。
「ずいぶんと機嫌が良さそうだね。何かあったの?」
言われて、少し驚いた。表情に出していたつもりはなかったのだが。
「いえ、別に。友達ができただけですよ」
もっとも、相手がどう思っているかは分からないが。しっかりと会う約束をしたわけでもない。来てくれなければ、それで関係も終わりだろう。別にそれでも構わないのだが、話していて居心地良く感じていたので、それでは少し寂しくもある。
そんなことを考えていると、他の三人が目を丸くしていることに気がついた。
「……何か?」
「い、いや、何でもないぞ」
「うん、そうそう! 何でもない何でもない!」
「何でもありません! 本当に!」
そして三人とも慌てたようにカレーを食べ始める。
シュテルはわずかに首を傾げたが、深くは気にせずに自分も食事を再開した。
後編とまとめようと思ったら無駄に長かったんだぜ。
こんな駄文ですが少しでもお楽しみいただけたのなら幸いです。
誤字脱字があれば教えていただけるとありがたいです。