買い物に付き合ってください。
休日。昼前にシュテルたちのマンションに訪れると、シュテルからちょうどいいとばかりに誘われた。普段世話になってばかりいるのだから荷物持ちぐらいはしよう、そう思って二つ返事で了承したのが一時間ほど前。スーパーの特売コーナーから脱出して、店前にあるベンチに腰掛けている。
「この世界の人の底力には驚かされます」
「うん。否定しない」
スーパーの広告があり、安売りされる卵などを購入するために訪れた。二人はビニール袋を持っていて、シュテルの袋には十個入りの卵と豚肉が三パック。シュウの袋にも十個入りの卵があり、あとは菓子類がいくつかだ。
卵がかなり安く売られていたために真っ先にそちらへ向かったのだが、すでに主婦の軍団があった。二人も負けじとその中に突入して何とか一個ずつ確保することはできたが、さすがのシュテルにも疲労が見える。無理もないとは思う。
「少し休憩して帰りましょう」
というシュテルの言葉に賛成して、今はここで休憩中というわけだ。缶ジュースを少しずつ飲んでいる。
「この後はどうするの? まっすぐ帰る?」
「一応そのつもりですが……」
どこか行きたいところでも? とシュテルが視線で問うてくる。シュウは少し考え、特にないかなと首を振ろうとしたところで、
「あ! シュテル! シュウ君!」
二人を呼ぶ声。そちらを見ると、なのはが笑顔で手を振っているところだった。そのままこちらへと駆け寄ってくる。
「ああ、ナノハ」
シュテルが立ち上がり、なのはを出迎える。走ってきたなのはは躊躇いもなくシュテルの手を取って嬉しそうな笑顔を見せる。
「こんなところで会うなんて思わなかった!」
「そうですね」
シュテルは相変わらずの無表情だが、どこか柔らかいものを感じる。なのはに握られた手もふりほどこうとはしない。やはりこの二人は仲が良いらしい。
「ナノハはどうしてここに?」
そうシュテルが聞くと、なのはがポケットからチラシを取り出した。今朝シュテルのマンションにも配られたチラシだ。
「お買い物、だよ。シュテルたちは?」
「見ての通りです」
シュテルがベンチに置いてある袋を示すと、そっか、となのははまた笑う。本当によく笑う子だな、と最近改めて思うようになった。
「じゃあシュウ君は……えっと……。荷物持ち?」
今度は遠慮がちに、おずおずといった様子で聞いてくる。
「うん。卵しか買えなかったけどね」
「やっぱり中は……」
「行くのなら相応の覚悟を」
「う……」
シュテルの忠告になのはは思い切り顔をしかめた。スーパーの入り口を見て、どうしようかと悩んでいるようだ。
「……私たちならもう少しここにいます」
シュテルがそう告げると、なのはは顔を輝かせた。すぐに行ってくるから! と店内へと駆け出す。どうやら、買い物をしなければという使命感とせっかく会えたのにという感情がせめぎ合っていたらしい。よく分かるな、とシュウは密かに感心した。
「この後の予定ですが」
そう言いながら、シュテルがベンチに座る。
「喫茶店にでも寄りましょうか」
「いいけど……。どこの?」
シュウが首を傾げて聞くと、シュテルはスーパーの方を、なのはが入っていった方を指さした。
「翠屋です」
買い物を終えたなのはに翠屋に行くことを告げると、一瞬驚いた後とても喜んでいた。なのはに先導してもらい、シュウとシュテルはその後に続く。出発する前になのはが、私が案内していいの? とシュテルに聞いていたが、シュテルはなぜ聞くのですかと首を傾げていた。
ここから翠屋までは結構距離がある。三人はその間のんびりと話をしながら歩き続ける。道行く人はなのはとシュテルを見ると、驚いたように振り返っていた。
「やはり少々目立ちますね」
シュテルがつぶやいて、なのはは苦笑する。
「私たち、そっくりだもんね」
時折周囲の視線を受けながら、しかし二人はさほど気にしない。なのはは楽しげに、シュテルはどこか柔らかい無表情で会話をしている。シュテルと自然に話をしているなのはを見て、少しだけ羨ましいと思ってしまった。
翠屋に着いた時には、すでに昼を少し過ぎていた。ほとんど満席状態のようで、かなり繁盛しているようだ。初めてここに訪れたシュウは少し驚いてしまった。喫茶店と聞いていたので、もっとこぢんまりとした静かな場所……村中にあるようなものをイメージしていたのだが。
「ちょっと待っててね」
なのはが店内へと入っていく。どうやら空いている席がないか確認しに行ってくれたのだろう。すぐに戻ってきて、大丈夫みたい、と笑顔で教えてくれた。
なのはに案内されて店内へ。隅の窓際の席が空いていたので二人はそこに向かう。
「ちょっと忙しそうだから手伝ってくるね」
そう言い残し、なのはは店の奥へと消えていった。
「ここって、有名な喫茶店だったりする? イメージと違うんだけど」
「それなりに、とは聞いています。それに今は昼食時ですし。もう少し時間が経てば落ち着くと思いますよ」
シュテルの言った通り、時間が経つにつれて店内の忙しさは少しずつ落ち着いていった。だがそれでも、客が一人もいないという状態にはならなかったが。とりあえずシュウは、もう少し店が落ち着くまではメニューを見て時間を潰すことにする。
「……あ」
間抜けな声を漏らしたシュウに、シュテルが首を傾げる。シュウは財布を取り出すと、中身を確認して頬を引きつらせた。小銭しかない。
「私が出しますので気にしないでください」
「いや、でも……。さすがに出してもらってばかりだし……」
「はい。今更気にしないでください」
「……はい」
女の子にばかりお金を出させているというのはいかがなものなのだろう。確かに自分はまだ働いていないので気にしてはいけない部分かもしれないが、男のプライドというものは理屈では説明できない。あまりにも情けなさすぎる。
「……忘れよう」
シュウは大きなため息をつき、再びメニューに視線を落とした。
少しして、店内も落ち着いていく。そうしたところで、
「お客様。ご注文はお決まりでしょうか?」
「あ、はい。えっと……」
答えようとして、だがすぐに、あ、と声を漏らした。目の前で立っているのは、他でもないなのはだ。先ほどと違い、エプロンを着用している。
「へえ……。かわいいね」
「そ、そうかな? ありがとう」
なのはが照れくさそうな笑顔を浮かべる。動作一つ一つが様になっているのはさすがと言うべきか。シュウとシュテルが注文を告げると、なのははきれいに一礼してカウンターへと向かっていった。ちなみに二人ともナポリタンだ。
少しして、店員がナポリタンを持ってきてくれる。食べている間になのはが戻ってきた。エプロンはすでに着ておらず、その代わりに手にはお盆。そこには皿に載ったショートケーキ。
「これ、お母さんから」
「え? いいの?」
思わずそう聞いてしまうと、
「うん。気にしなくて大丈夫だよ」
そう言ってくれたので、遠慮無く食べることにした。とりあえずは先にナポリタンを食べ終えなければならないが。
「そうだ、シュテル。呼んでたよ?」
なのはの言葉にシュウが首を傾げる。ここで誰が、と思ったが、シュテルの方は静かにうなずいただけだった。
「あの方も物好きな方ですね。すみません、シュウ。少し席を外します」
「あ、うん」
シュテルが席を立ち、そして店内の奥へと消えていく。シュウはそれを見送って、不思議そうに首を傾げた。なぜシュテルが奥に、しかも店員と顔見知りのごとく会釈だけで入っていくのだろう。
「シュテルはちょっと前から、ここによく来てるよ」
そう教えてくれたのはなのはだ。シュウが驚いていると、なのはが説明してくれる。
「最初は、この街で暮らすから妙な誤解が生まれる前に顔合わせを、てことで、シュテルたちが挨拶に来てくれたの」
「それは……驚いただろうね」
自分の娘とうり二つの子だ。さらにはその周囲には娘の友達のそっくりさん。きっととても驚いたことだろう。
「あはは。みんなすごく驚いてた。その後いろいろあって、お母さんがシュテルのことを気に入っちゃったみたいで……。養子にならないかって聞いたこともあったみたい」
「へえ……。でも断ったみたいだね」
「うん。自分には王や家族がいますからって」
シュテルならそう答えるだろう。それは容易に想像がつく。常にディアーチェを第一に考えて行動しているような節もあるほどだ。
「今ではたまにお店の手伝いに来てくれるんだよ。……私と一緒にいると今度はお客さんが驚いちゃってるけど……」
「……だろうね……」
それも容易に想像がつく。この二人は髪型や目つきの違いこそあれ、一目見ただけでは区別がつかない。
その後もなのははシュテルのことを教えてくれる。シュテルと出会った経緯や、今では大切な友達の一人ということなど。仲の良さがよく分かる。
そんなことを話していると、シュテルが戻ってきた。手に盆を持って、お待たせしましたと座っていた席に腰掛ける。盆に載せられていたのはショートケーキだ。
「おかえり、シュテル。それは?」
「お待たせしたお詫び、ということで……。どうぞ」
そう言ってシュテルがショートケーキをシュウとなのはの前に配る。自分の前にも一つ置いた。シュウは少し首を傾げながらも、まあいいかとフォークを手にとってケーキを口の中へ。先ほども思っていたが、ここのケーキはおいしい。
「あれ?」
少しだけ違和感を覚える。それはなのはも同じだったようで、少し困惑した表情を浮かべていた。
「お母さんの味とちょっと違うような……?」
「私が作りましたから」
「へえ、そっか。シュテルが……。え!」
思わずなのはと目を見合わせ、次いでシュテルを見る。シュテルは涼しい顔で、自分のケーキを口に運んでいた。呑み込み、ふむ、と感想を口にする。
「やはり桃子さんの味にはほど遠いですね。精進しなければ」
「いや十分美味しいと思うよ? そんなに違いがあるとは思えないんだけど」
シュウが素直な感想としてそう言ったのだが、シュテルは納得していないのか首を振る。まだまだです、と。
「んー……。まあシュテルがそう言うなら、そうなんだろうね。僕は十分美味しいと思うんだけどな」
ふと、シュテルがシュウを見た。目が合って、シュウが首を傾げる。
「美味しい、ですか?」
「うん。すごく」
「……そうですか」
シュテルが薄く微笑んだ。そんな気がした。
Side:Nanoha
シュテルとシュウの二人を見送ってから、なのはも翠屋を後にした。この後はフェイトと買い物に行く約束がある。そろそろ向かった方がいいだろう。
――それにしても……。
シュウが美味しいと言った時、シュテルが一瞬だけ見せた微笑は今まで見た中で一番嬉しそうなものだった。あんな表情もするんだな、という嬉しさと同時に、シュウが少し羨ましいと思う。自分ももっとシュテルと仲良くなりたいのに。
シュテルに自然な笑顔が増えつつある。これは素直に喜ばしいことだ。そう考えるだけで、少し気分が良くなってくるのも事実だ。
ふと携帯電話を見る。約束の時間が迫っている。
「急がないと……!」
なのはは携帯電話をしまうと、慌てて走り出した。
言わずもがな、シュテルと高町家の関係は独自設定です。
海鳴で暮らすことになったら、高町家に挨拶ぐらい行くかな、と。
そうなったら翠屋でお手伝いとかしたり、将来的に働いてたりするんじゃないかなと。
で、時折嘱託として管理局を手伝ったり、とか……?
そんな妄想を日々繰り広げています。
……高町家に挨拶に行った時のこととか書いてみたいですね。
シュテルのオリジナルということで、なのはにも少しスポットを当ててみました。
シュテルとなのははきっとすごく仲が良いはず。
温泉のイラストで手を繋いでいたりしましたし。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。