ギフテッド   作:龍翠

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今回はシュテルメインです。
ほのぼのと砂糖を少し増量。


第十六話 五月雨

 

 しとしとと雨が降る。冷たい雨が周りの地面を濡らしていく。シュウはその様子をぼんやりと眺めている。今いる場所はシュテルとよく来る公園で、大きな木の下にいる。目の前には晴れていたなら二人でよく座るベンチがあり、さらにその奥には池。草地の上にレジャーシートを広げ、シュウはそこに座っていた。

 隣にいるのはシュテルだ。黙々と本を読んでいる。シュウも先ほどまで本を読んでいたのだが、少し休憩して周囲の様子を眺めていた。

 休日の朝にシュウの住居へとシュテルが訪ねてきた。少し出ませんか、と。すでに梅雨入りしており空模様も悪かったが、そんな日に出歩くのも悪くないかなと了承した。そして二人でのんびりと歩いていたところで案の定雨が降り始め、今に至る。

 レジャーシートや本を数冊持ってきていたことから、シュテルはこうなることは予想していたらしい。最初からどちらかの家にいればいいのにと一度は思ったが、こうして雨の音を聞きながら本を読むのも悪くはないと思えてきた。それに、隣にはシュテルもいる。

 しとしとと雨が降る。周囲を濡らしていく。全てに水を与えていく。

「ふあぁ……」

 大きな欠伸をして、シュウは腕を伸ばして伸びをする。目をこすりながら隣を見ると、こちらを見ているシュテルと目が合った。

「疲れましたか?」

 シュテルが聞いて、シュウが首を振る。

「大丈夫。気にせず読んでてね」

「はい」

 シュテルが再び本に視線を落とす。シュウはそれを見て微笑むと、自分も本を手にとって続きを読み始める。昼までに一冊読み終えしまおうと、なぜかそんなことを思ってしまった。

 そしてしばらくして、シュウは顔を上げる。灰色の雲ごしにかすかに見える太陽の光が、ほぼ真上へとさしかかっている。もうお昼だ。シュテルを見ると、また目が合った。思わず苦笑すると、シュテルがそっと包みを差し出してくる。首を傾げて受け取って、包みをほどいて中を見る。弁当箱だ。

「お昼にしましょうか」

「うん。そうだね」

 二段重ねの弁当箱を開けると、上段には小さめのサンドイッチが並んでいた。下段には海苔のおにぎり。全てが片手で食べられるものだ。本を読みながら、ということを想定していたのだろうか。

 いただきます、と手を合わせ、シュウはサンドイッチを手に取った。具材はハムとレタスだ。シンプルながら、それ故に食べやすい。それを口に入れて、うなずく。

「うん。おいしい。さすがシュテル」

 素直にそう言うと、シュテルが小さく頭を下げた。

「光栄です」

 そしてまた食べ始める。ゆっくり降り続ける雨の中、のんびりと食べていく。とても静かな時間だ。

 やがて全て食べ終えて、弁当箱を包み直す。二人は食事を終えると、また読書へと戻ろうとして、

「…………」

 シュウはちらりとシュテルを見る。食事の名残か、器用に片手で本を読んでいる。シュテルの顔とその手を交互に見て、シュウは逡巡して、しかしすぐに口を開いた。

「ねえ、シュテル」

「はい」

 すぐに返事が返ってくる。視線は本に落とされたままだが。

「手、繋いでいい?」

「……はい?」

 シュテルが顔を上げる。怪訝そうに眉をひそめ、どうしたのかと言いたげにシュウを見る。その視線を受けて自分が口走った言葉の意味を理解して、少し恥ずかしくなって顔を背けた。

「いや、ただ何となくだったから……。気にしないで」

「構いません」

「……へ?」

 今度はシュウが間の抜けた声を漏らした。どういう意味か分からずに首を傾げていると、シュテルは黙ってシュウの手を掴む。びくりとシュウが体を震わせ、しどろもどろになって狼狽してしまった。

「あ、えっと、シュテル……」

「これでいいですか?」

「あ、うん……」

 こともなげに言うシュテルを見て、シュウは内心で少し気落ちした。やはり自分はそれほど意識はされていないらしい。ただ、それでも手を繋いでくれるということは嫌われていないということでもある。そう考え、それでいいかとシュウは納得した。

 シュテルの手は温かい。なぜか妙に安心してしまう。片手でシュテルの体温を感じながら、シュウはまた視線を本に落とした。

 

 

 Side:Stern

 シュテルは視線だけをシュウへと向ける。少しだけ嬉しそうにしているシュウは、また読書へと戻っている。片手はシュテルの手を握ったままだ。そんなシュウを見て、内心で首を傾げた。なぜ、手を繋ぎたいと言ってきたのだろう。

 少し考えたが、本人の心の内のことなので理解できるはずもない。シュテルは早々に思考を打ち切ると、また視線を本へと戻す。

 ただ、少しだけ。少しだけ恥ずかしいと感じてしまうのはなぜだろうか。

 シュウの手は少し冷たい。この雨で冷えてしまったのかもしれない。まだ寒さが残る季節だ。簡単な防寒具ぐらいは誘った側である自分が持ってきておくべきだったか。そう思ったが、今から取りに行くことはできなかった。今の時間をもう少し一緒に過ごしたい。そう思ったからだ。

 さらに時間が流れ、雨足が遠くなってきた。今日は夕方から少し天気が回復すると聞いている。雨が上がれば帰って温かいココアでも入れよう。そんなことを考えていると、不意に肩が少し重たくなった。何が、と思ってそちらに視線を向ける。シュウの頭がそこにあった。

「……シュウ?」

 呼びかけてみると、整った寝息が返ってくる。シュテルは一瞬唖然とした後、仕方のない方ですね、と我知らず微笑んでいた。

 

 

 Side:Hero

 シュウはゆっくりと目を開ける。いつの間にか眠ってしまったようで、頭が少しぼんやりとしている。だから、目を開けてすぐにシュテルの顔を見た時は、まだ冷静に物事を考えられなかった。

「おはようございます、シュウ」

 シュテルのどこか優しげな声。シュウは少しだけ笑顔になって、

「おはよう、シュテル」

 答えたところで、思考が一気に戻ってくる。いつの間にか横になっている体、目の前にあるシュテルの顔。そして、頭の下にある何か柔らかいもの……。

 膝枕。

「うわあ!」

 その結論が出た瞬間、シュウは慌てて飛び起きた。シュテルが少しだけ目を丸くする。

「どうかしましたか?」

 きょとんとした様子でそう尋ねてくるシュテル。シュウは慌てながらもその場で頭を下げる。

「ご、ごめん!」

 謝罪の言葉を口にすると、対するシュテルは意味が分からないといった様子で首を傾げるだけだ。シュテルは少し考えて、寝てしまったことなら構いませんと少し違うことを許してくれる。それもあるが、それではない。

「いや、そうじゃなくて、いつの間にかシュテルの膝を枕にしてしまったみたいで……」

「それも別に構いませんが……」

 むしろどうしてそんなに狼狽えているのか、と聞きたげなシュテルに、シュウは余計に言葉を詰まらせた。謝罪の必要はないと言われたようなものだが、それでも納得はできない。

「本当にごめん……」

 もう一度心から謝罪すると、シュテルの方が納得していない様子だったが、まあいいでしょうと会話を打ち切った。

「私としては問題なかったのですが」

「いやそこはちょっと気にしてほしいなあ……」

「そうですか? 貴方が気持ちよさそうに眠っていただけで十分なのですけど」

「……え?」

 口を開けて呆けるシュウを置いて、シュテルは片付けをする。最後にレジャーシートを片付けるだけというところまできて、シュテルは忘れ物やゴミが残されていないか確認する。全てが終わって改めてシュウは視線を向けられたが、シュウは固まったままだった。

「シュウ。そろそろ帰りましょう」

 シュテルの言葉にシュウが我に返った。慌ててレジャーシートから離れ、畳むのを手伝う。顔が真っ赤になっているのだが、シュテルに何も言われないだろうか。

「では行きましょう」

 シュテルが手を差し出してくる。シュウはその手をしばらく見つめ、逡巡してしまう。シュテルがなかなか手を引っ込めないので、シュウは遠慮がちにその手を取った。

 先を歩くシュテル。それを追いかけるシュウ。そして繋がれた手。

 シュテルの手はやはり温かく、そして柔らかかった。それを意識するとすぐにまた顔が赤くなる。マンションに着くまでに落ち着かなければならない。

 そんなシュウの考えなど知るよしもなく、シュテルは帰路を歩いて行く。その表情はいつもより柔らかい。どこか機嫌が良さそうなものだ。もちろん後ろを歩くシュウはそのことに気がつかないのだが。

 雨足はすでに遠のき、二人はお互いの手を握って淡々と歩く。濡れた地面の上をゆっくりと、時折水たまりを避けながら。雨の後の世界をのんびり歩く。

「ねえ、シュテル」

 前を歩くシュテルに声をかける。何でしょうか、と声だけが返ってくる。

「今日はどうしたの? こんな雨の日に」

 自分でも今更それを聞くのかと思ってしまうが、ずっと気になっていたことだ。するとシュテルは足を止めて振り返り、いつもの無表情で言う。

「特に理由はありません。たまにはこういうものも悪くはないかと思っただけです」

「そう?」

「はい。無理に付き合わせてしまい、すみません」

 そう言って頭を下げるシュテル。シュウはまさか謝られるとは思っておらず、途端にしどろもどろになってしまう。

「い、いや! そんなことないから! 僕も雨は嫌いじゃないし……!」

 ならいいのですが、とシュテルは言って、また歩き始めた。安堵のため息をついて、シュウはすぐにその後を追う。今もまだ手は繋がれたままだ。

 雨は嫌いじゃないと言ったが、好きでもない。雨の日は空の暗さのせいもあるのか、少し昔のことを思い出してしまう。すぐに気が滅入ってしまう。

 ――でも……。

 目の前のシュテルを見る。初めて会った魔法使い。明日からの雨はこの子と過ごした今日という日を思い出せることだろう。それならもう少し、雨が好きになれるかもしれない。そこまで考えて、シュウはふと思う。自分はいつまでシュテルたちと一緒にいられるのだろう。

 そんな答えのない考えを始めると、自然と歩みが遅くなった。シュテルが怪訝そうに振り返り、

「どうかしましたか?」

「……いや、何でもない。気にしないで」

 そう笑顔で答える。シュテルは、そうですかと言った後もしばらくシュウの表情を見ていたが、やがて前に向き直ると歩き始めた。

 ――今は……いいか。気にしなくても。

 自分の側にシュテルがいる。シュテルの手を握っている。それだけで今は十分だ。そう自分に言い聞かせ、シュウはシュテルの隣に並んだ。遠慮がちに話しかけると、シュテルがいつも通りに返事をしてくれる。そう、今はこれだけで十分。

 

 しとしとと雨の降った街。通り過ぎた雨。濡れた道を歩く二人。先ほどまでは人がいないかのような静かな世界だったが、ようやく楽しげな二人の声が聞こえてきた。

 




普段よりもほのぼのしています。
そして砂糖を五割増しです。……ちゃんと増やせているでしょうか。
雨でも通行人とかぐらいいるだろうという突っ込みはごもっともです。
……できれば、スルーしてほしい、です。はい。

誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。
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