シュテルと出会ってから一週間。シュウは毎日のようにシュテルと会って話をしていた。
どうでもいいような学校の話や、最近発売された小説の話。他愛のない話題ばかりだったが、それだけでとても楽しく思えていた。
一日だけシュテルが来なかった日がありその時は嫌われたのかと怖くなったものだが、翌日にはいつも通り現れて謝罪までされたものだ。お詫びにともらったクッキーはとてもおいしかった。料理はそれなりにと答えていたことがあったが、普通に上手だと思う。
ただそのクッキーよりも、それと一緒に渡された紙切れの方がシュウにとっては嬉しかった。
「お互いに連絡が取れないのは不便でしょう」
そんなことを言って差し出された小さな紙切れには、携帯電話の電話番号が書かれていた。当然シュテルの電話番号で、思わず、いいの?と聞き返してしまったほどだ。
それからは、帰宅後の夜も電話で話をしていたりする。
「……そんな冗談ばっかり言う先生でね」
この日もシュウは夜に電話をしていた。相手はもちろんシュテルだ。電話の向こう側から水と食器の音が聞こえてくるので、洗い物をしながら相手をしてくれているのだろう。
『おもしろい先生ですね。私も一度会ってみたいものです』
「授業はおもしろいけど、私生活はかなりずぼららしいけどね。シュテルとは気が合わないと思うなあ」
『そうでしょうか』
かちゃり、と食器と食器の当たる音がして、水の音が止まった。洗い物は終わったらしい。
「洗い物、してたんだよね。邪魔だったかな?」
『いえ、お気になさらずに。私も貴方との会話はなかなか楽しいので』
「そう言ってもらえると素直に嬉しいよ」
笑いながら言って、だがその後の言葉はなかった。
シュウが怪訝そうに眉をひそめる。シュテル?と問いかけてみるが、返事はない。来客でもあったのだろうかと電話を切らずに待っていると、
『すみません、シュウ。急用が入りました。切りますね』
「あ、うん。いってらっしゃい……って、もう切れてる」
最後に聞こえた声は、シュテルにしては珍しくどこか焦りを含んだ声音だった。普段から感情の起伏に乏しいシュテルだが、よくよく観察してみるとかすかな変化は見受けられている。今回も分かりにくかったが、シュテルの焦燥はしっかりと伝わってきた。
「何かあったのかな? ……姉妹だけで暮らしてるって話だったけど……」
以前にも一度同じことがあった。いつもの待ち合わせ場所に来なかった日の前日だ。ベンチで座って話していると、突然シュテルが無言になり、そして急に立ち上がったかと思うと今回と同じ言葉を発して走って立ち去ったのだ。
その時は自分が何か怒らせるようなことを言ってしまったのだろうと思っていたのだが、もしかすると違うらしい。
「……ちょっと行ってみようかな」
シュウはそうつぶやくと、自宅を後にした。
シュテルの様子を見るために家を出たのはいいが、当然のごとくシュウはシュテルの家を知らない。マンションだとは聞いているが、あまりにも情報が少なすぎる。仕方なくシュウは、とりあえずはいつもの公園へと向かった。
いつものベンチに座り、小さくため息をつく。携帯電話を取り出して、だがすぐにしまうという行動を何度も繰り返す。電話をかけてみればいいとは思いつつも、もし手が離せない用事なら迷惑になるだろう。
「それにしても、ここは相変わらず人がいないなあ」
普段から人気のない場所だ。気にすることはないと思いつつも、確かな違和感を覚える。どうしてかと首を傾げて、すぐに理由に思い至った。
音が、ない。
普段なら、かすかにだが車の音が聞こえてくる。この場所は人が少ないといっても、ここの近くの道は人が通ったりもする。だが、今晩はそれらが一切ない。ただただ無音。静寂の支配する世界。
「……なんで?」
さすがに異常事態だとは思うが、理由は分からない。何かしらの避難命令でもあったのだとしても、警官の姿は見るはずだ。
「…………」
さすがに不安になって立ち上がったところで、
「……?」
目の前の池の中央が、かすかに光っていることに気がついた。何だろうと思って池に近づくと、ゆっくりと光の球体が浮かび上がってくる。淡い光を放ちながら、それは上空へと上ってゆき……。
突然、球体が軌道を変えた。先ほどまでと違い、すさまじい速度でシュウの方向へ飛んでくる。
「……へ?」
何が起こったのか分からず間抜けな声を出す。あまりのことに身動きがとれない。
なんだこれ。何が起こってるの。どうすればいいの。
思考は一瞬。しかし肝心の行動に関することは何一つない。
球体がシュウに迫り、ぶつかる、と思った時、
「じっとしていてください」
聞き慣れた声。そして目の前に立つのは黒い少女。
少女は持っている杖を目の前に出すと、光の壁のようなものが出現した。球体はその壁に衝突に、勢いそのままに反対方向へと吹き飛ばされる。
「ナノハ、行きましたよ」
少女の声。聞き慣れた声。
「うん! 任せて、シュテル!」
上空から聞こえてくるのは、先ほどと似通った声だ。こちらは昼間によく聞く声。
そう思った直後、目映い光の柱が球体を直撃した。そして球体は光を失い、地面へと落下する。池の反対側だ。
「ロストロギア、封印完了! シュテル、お疲れ様! そっちの子は大丈夫そう?」
反対側で、目の前の少女と色違いの衣服を着た少女が叫んでくる。目の前の少女は、待ってくださいと短く答えると、振り返った。
「すみません、巻き込んでしまいました。大丈夫でした……か……」
少女の声が尻すぼみに小さくなる。その目が大きく見開かれる。
――ああ、こんな表情もするんだな。
そんなことを思う。先ほどの異常事態よりもそちらの感想の方が強い。
「……えっと。こんばんは、シュテル」
「…………」
シュテルはゆっくりと目を閉じて、小さくため息をついた。
この世界の他にも多くの世界がある。
それらの世界には魔法と呼ばれる技術が存在している。
今回、君が巻き込まれたのはこちらのミス。申し訳ない。
そんな内容のことを聞いた気がする。半分以上聞き流したのではっきりとは覚えていないが。
現在、シュウがいるのは小さな部屋。中央に四角形のテーブルがあり、四方にいすがそれぞれ置かれている。アースラという名の船の一室らしい。
正直よく分からないが、巻き込まれただけらしい。とりあえず命は無事なので、怒るつもりもない。腹がふくれたから良しとする。
目の前のテーブルには盆に載せられた料理があった。今は空だが、なかなかに美味だった。
あの後、シュウはシュテルとなのはに連れられて、アースラと呼ばれる船に入った。船らしいが、その全体を見てはいないので実感がわかない。入ってすぐに少し年上かと思われる少年が出てきて、この部屋へと通された。
「巻き込んでしまって、すまない。しっかりと説明するから……」
という言葉をかき消したのは、シュウの腹の音。少年はしばらくぽかんと呆けた後、苦笑して言った。
「何が食事でも持ってこさせよう」
そして食べながらの説明が始まる。シュウの意識は八割方が食事に割かれていたので、話の内容はおぼろげにしか理解していない。
それでも、食事の後に始まったなのはたちの話はしっかりと聞いていた。
ジュエルシード事件。闇の書事件。闇の欠片事件。砕け得ぬ闇事件。全てを聞き終える頃には、すでに夜も遅い時間になっていた。途中で少年が別の機会にしようかと持ちかけてきたが、大丈夫だからと一度に聞かせてもらった。
「これでこの世界に関わる事件は一通り話したことになる。ただ、くれぐれも他言は……」
「大丈夫、分かってる。無理言って教えてもらったしね」
本来ならここまで詳細なことを教えてもらうことはできないらしい。だが事前に魔法の関係者、それもシュテルと面識があったために話してくれたようだ。彼女のことを教えるためには、その前提として知っておくべきことだとして。
話し終えた少年は、テーブルに置かれていたコップを手に取った。中に満たされているのはただの水だ。それを一気に飲み干し、言う。
「さて、と。もう遅い時間になっているから、今日は泊まっていくといい。ちゃんと明日の学校に間に合うように送ろう」
「いやあ、それはいいや。よく分からない場所で寝られるほど神経図太くないから」
思わず少年が苦笑する。それもそうか、と。
「それよりもさ」
「ん?」
「シュテルとちょっとお話したい」
「…………」
少年が渋い表情を浮かべる。腕を組んでしばらく考え込む。シュウは少年の言葉を、ただじっと待った。
「……少し、相談してきても?」
「うん」
少年は立ち上がると、部屋を後にした。
一人残されたシュウは今までの出来事を振り返る。どうにも現実味がない。まるで夢を見ているような、そんな感覚だ。
――でも……夢じゃない。
目の前で起きたことを思い出し、そしてシュテルの姿を思い出し、
――格好良かったなあ……。
表情が緩む。同時に、少し情けなくもなる。魔法のことなど何一つ知らないので守ってもらうことになったのは当然なのだろうが、それでもわずかにでもある男のプライドは見事に砕け散ってしまった。
どんどんと自己嫌悪が激しくなっていく。うあー、と意味不明なうめき声を漏らしたところで、
「すまない、待たせた。……ん?」
「……あ、いや、何でもないです」
頭を抱えてもだえているところを見事に目撃されてしまった。恥ずかしさで顔が真っ赤になる。
少年は何となく察しがついているのだろう、苦笑するだけで何も言わずに席に座ると、メモ用紙を一枚差し出してきた。書かれているのは、どこかの住所。
「なにこれ?」
「シュテルたちが今暮らしている場所だ。心配しなくても、本人たちに許可を取っている。どこで調べたかと疑われることはない」
「……それは、どうも」
個人的には驚かせてみたかったというのもあったので、それはそれで残念に思う。
とにかく、善は急げだ。シュウはメモ用紙を受け取ると、すぐに席を立った。
「お話ありがとう! とりあえずシュテルに会ってくるよ!」
「え? あ、ああ……。地上まで送ろう」
シュウの突然の行動に驚きつつも、少年はうなずく。すぐに少年も立ち上がって、シュウの先導を始めた。
閑静な住宅街にある、大きくも小さくもないごく普通のマンション。シュテルたちが住んでいるのはそんなマンションだった。周囲には同じような建物がいくつか並んでいる。
シュウはマンションの玄関に向かう。側の機会でクロノから聞いていた暗証番号を入力。すぐに自動ドアが開く。
ドアの奥は、少し広めのエントランスだった。目の前にエレベーターが二基あり、そのさらに横には階段がある。シュウはエレベーターに乗り込むと、住所に従って階数ボタンを押す。
すぐに目的の階に到着し、エレベーターから出てまっすぐの廊下を進む。すぐに左右に延びる長い廊下に出た。目の前は街の景色が広がっている。
廊下をさらに進み、突き当たりの部屋へ。表札を見ると、名前は何も書かれていない。
「ここで……合ってるよね……」
シュウは一度大きく深呼吸すると、震える指先でインターホンを押そうとして、
「……挙動不審ですよ、シュウ」
背後からの声に、跳び上がるほど驚いた。振り向いた先にいたのはシュテルだ。左手には近くのコンビニのレジ袋。何か買い物をしに行っていたらしい。
「管理局から話は聞いています。そろそろ来る頃だろうと思っていました」
「あ、えっと……。うん」
しどろもどろになっているシュウにシュテルは首を傾げる。だが何も言わずにシュウの横を通ると、右手でドアを開けた。
「どうぞ。話は中でしましょう」
通されたのは、リビングらしき部屋。中央にテーブル、その三辺にソファが置かれ、もう一辺の奥にはテレビが設置されている。壁際にはいくつかの本棚など。
シュウはシュテルに促されるまま、ソファに腰掛けた。ふかふかのソファは高級感がある。
「コーヒーとココア、どちらがいいですか?」
リビングの隣の部屋、キッチンになっている部屋からシュテルの声。
「え? えっと……」
「オレンジジュースやミルクなどもありますが。もちろん麦茶も。あとは紅茶や……」
「ま、待って待って! ……ずいぶんとたくさんあるんだね」
「そうですか? ……そうかもしれませんね」
それなりに来客は多いので、とシュテルは淡々とつぶやいた。それはつまり管理局の人が来るということだろうか。
「じゃあ、シュテルと同じもので。来客って、管理局の人とか?」
「ではもう夜遅い時間でもありますし、ホットミルクにしておきます。来客は管理局もそうですが、ナノハたちの方が多いでしょうね」
レンジの軽い音が聞こえてすぐに、シュテルは湯気の立つマグカップを二つ持ってきた。その一つをシュウの目の前に置き、もう一つを持ったままシュウの対面に座る。シュウは、いただきますと言ってからマグカップに口をつけた。
「ふう……。落ち着く……」
「いろいろと疲れたでしょう。巻き込んでしまってすみませんでした」
シュテルが深々と頭を下げる。突然のことにシュウは反応できない。シュウの沈黙を謝罪を受け取ったと勘違いしたのか、シュテルが続ける。
「管理局から私たちの事情も聞いているかと思います。この先、私と関わることで先ほどよりも危険な目にあわせるかもしません」
すぐに理解する。シュテルが何を言おうとしているのかを。自分が聞きたくない言葉を言おうとしているのを。
――いやだ。
「短い間でしたが、貴方と話をしている時間はとても有意義なものでした。ありがとうございます」
――いやだ。
「きっとこれがお互いのためです。もう会わないように……」
「いやだ!」
無意識にテーブルを強く叩いて立ち上がり、叫んでいた。シュテルがわずかに目を見開き驚いているが、知ったことではない。
「僕はシュテルとの話が楽しかった。シュテルと会うのが楽しみになってた。シュテルは、どうだったの?」
「……私も、楽しかったですよ。ですが……」
「なら、それで十分だ。僕はシュテルと会えて本当に嬉しかったんだ。それがこんな、訳のわからないことで終わるなんていやだ」
「ですが、私に関わるということは、こちらの……魔法の世界に関わるということです。今回以上に危険なことも必ず起きます」
「その時はその時だ!」
また叫ぶ。聞いたシュテルはもう驚かない。ただ、少し目を細めてシュウを見つめてくる。
「僕はシュテルと友達になりたい。これが僕の本音。……まあ確かに今夜のことは怖かったけど、シュテルのことをよく知るいい機会になった」
「そういうものですか」
「そういうものです」
胸を張って言うと、シュテルが肩をすくめた。どうやらもう何も言うつもりはないらしい。そう察して、シュウは満足そうにうなずいた。席に座り直し、ホットミルクを一口すする。
「この話をどう切り出そうか考えていたのがばかみたいですね」
対面で同じようにミルクをすすりながらシュテルがつぶやく。バカだね、とシュウが同意すると、はい、とシュテルは小さくうなずいた。
「シュテル。ずっと言おうと思ってて言えなかったことがあるんだけど」
「はい。何でしょうか?」
「僕と、友達になってよ」
満面の笑顔でそう言う。普段なら言おうと思っていても恥ずかしくて言えなかった言葉だが、今日はなぜかすんなり出てきた。そのことにシュウ自身が少なからず驚いている。
シュテルはそんなシュウの様子をしばらく観察して。
そして、薄く微笑んだ。
「物好きな方ですね……」
そうかな、とシュウがはにかみ、そうですよとシュテルが笑う。
シュテルの笑顔を初めて見たシュウは、
――笑っている顔も可愛いなあ。
そんなことを思っていた。
Side:Stern
時間も忘れてシュウと会話をしていると、いつの間にかシュウが船をこぎ始めていた。どうやら長く引き留めすぎてしまったらしい。
「すみません、シュウ。長話が過ぎました」
「……そんなことないよお……」
「……起きていますか?」
「……起きてますよお……」
これはだめだ、とシュテルはため息。静かに立ち上がると、シュウの側へ。軽く体を押すと、シュウの体は抵抗なくごろんとソファに横になった。そのまま整った寝息を立て始める。
「……そう言えば、シュウの自宅を知りませんね」
両親に連絡しなければきっと心配するだろう。だがシュテルはシュウの自宅のことは何一つとして知らない。シュウが寝てしまった今となっては聞くこともできない。
「仕方がありませんね」
シュテルはそっと部屋を出て廊下を歩き、物置から余っている毛布を取り出す。それをリビングへと持って行き、シュウの体へそっとかけた。今晩はもう泊めるしかないだろう。
「おやすみなさい、シュウ」
シュテルは小さな声で言うと、明かりを消してそっとリビングを後にした。
Side:Hero
「おっはよー!」
「ぐえ!」
お腹に強烈な衝撃を受け、シュウは覚醒した。勢いよく体を起こそうとしてソファから転げ落ち、そのままうずくまる。思った以上に痛い。痛すぎる。
「何をしておるか、たわけ! 普通に起こさぬか!」
「ごめーん!」
痛みを堪えながら視線を上げると、二人の少女が何かを話していた。二人とも知っている顔だが、雰囲気が全く違う。シュテルと同じように。
「……フェイト……じゃなくて、レヴィ?」
「お? ボクのこと知ってるの?」
「そっちは……ディアーチェ、だっけ。あ、王様?」
「……ディアーチェでよい」
ディアーチェはシュウを一瞥すると、興味がなさそうに視線を外した。そのまま台所へ行こうとして、すぐに立ち止まる。
「……朝食は米とパン、どちらが良いのだ?」
「え? どっちも好きだけど、米派かな」
「そうか」
そしてそのまま立ち去ってしまった。なぜ今朝食の話を始めたのだろう。
というより、今は何時でどういう状況だ?
「ねえ、レヴィ」
シュウに構わずにテレビをつけるレヴィに声をかけると、リモコンを持ったまま顔をこちらに向けてきた。
「今は……何時?」
「六時三十分! もうすぐ朝ご飯!」
「……そっか、ありがと」
完全に朝だ。雀も元気よく鳴くわけだ。いつの間にか太陽が昇るわけだ。女の子の家に一泊。何をしているんだろう、自分は。
「情けない……」
つぶやき、うなだれる。そんなシュウへと、お茶の入ったコップが置かれた。
「ど、どうぞ……」
今までの三人とは違い、見たことのない女の子が立っていた。三人よりも少し小柄で、おどおどと緊張しているようだ。
「ありがとう。えっと……。ユーリ、かな?」
「あ、は、はい……! えと、その……。失礼しました!」
大慌てて台所へと逃げていく。守ってあげたくなるかわいさだ。
「……ユーリに手を出したら王様に怒られちゃうぞー」
「いや、そんなつもりはないんだけど」
思わず苦笑する。ユーリから受け取ったお茶を飲み、ほっと一息。今更後悔したところでどうすることもできない。とりあえずこのまま流れに任せよう。
とりあえずはそう決めて、シュウはレヴィと一緒にテレビを見ることにした。
七時になってリビングのテーブルに朝食が並ぶ。白ご飯にお味噌汁、焼き魚と和風なメニューだ。並べていくのはシュテル。
「おはようございます、シュウ」
「あ、うん。おはよう。ごめんね、泊まっちゃって……」
「いえ、お気になさらずに。学校には間に合いますか?」
「まあ……。多少は遅刻しちゃうけど、大丈夫」
それを聞いたシュテルは、申し訳なさそうに顔を伏せた。慌ててシュウが手を振って言う。
「いや別にシュテルが悪いわけじゃないから! 夜遅くに押しかけた僕が悪いんだし! 本当に気にしないで!」
そう言っても、シュテルの表情は晴れない。少し重たい空気になってしまい、巻き込んでしまった他の三人にも申し訳ない。そう思っていたのだが、
「レヴィ、そこの醤油を取れ」
「ふぁい」
「口を空にせぬか」
「あ、ディアーチェ。私も使いたいです」
「うむ。では先に使うといい」
おそらくいつも通りなのだろう。何とも思わないのかと三人を眺めていると、
『うぬらの問題だ。うぬらで解決せい』
頭の中でディアーチェの声が響いた。これが念話というやつなのだろう。便利なものだ。
「シュウ」
「あ、はい」
シュテルに呼ばれ、背筋を正す。なぜかひどく緊張してしまう。
「お詫びにはなりませんが……。せめてご自宅までお送りします。貴方の家族には私から説明しますので。魔法のことは伏せさせてもらいますが……」
「いや、大丈夫だよ。必要ない」
「そういうわけにはいきません」
――これは納得しそうにないな。
内心で苦笑。本当に来てもらう必要性はないのだが、これを断ってもまた別の償いを探し始めるのだろう。だったら一緒に来てもらうのもいいかもしれない。自分だけがシュテルの家を知っているというのも不公平だと感じてもいる。ちょうどいいだろう。
「じゃあ……お願いします」
「はい」
そこでやっとシュテルは顔を上げた。
昼食後、二人は早速シュウの家へ向かう。学校の方はすでに諦めているので急ぐこともしない。しばらく歩き続け、さらに細い道を通り、その建物は見えてきた。
「あれ」
「……あれ、ですか?」
シュテルの声に困惑の色が混ざる。それも当然だとシュウは思う。
二階建ての小さなアパート。しかも老朽化が進み、人が住んでいることすら疑ってしまうほどだ。事実、このアパートには現在シュウともう一組しか住んでいない。
シュウはシュテルを連れて外壁の古びた階段を上がる。一歩歩くごとに甲高い金属音が小さく響く。そして上りきって廊下に入ってすぐの部屋、二○一号室がシュウの部屋だ。鍵を開けて、中に入る。
「何もないけどどうぞ」
「お邪魔します」
シュウに続いて入ったシュテルが、すぐに絶句した。シュウは苦笑するしかない。
玄関からすぐに短い廊下があり、そこに流し等が備え付けられキッチンを兼ねている。小さな廊下の奥には六畳一間。奥の壁は大きな窓になっていて、一応ベランダがある。部屋の中央にちゃぶ台があり、隅には座布団が積まれている。押し入れもあり、そこには布団とシュウの少ない私物が収納されている。
かなり寂しい部屋だ。テレビもなければ本棚やクローゼットもない。本当に寝て起きてご飯を食べるためだけの部屋。
「書類上はここで親と二人暮らし」
「書類上、ですか?」
「うん。本当は一人暮らし。いろいろあって捨てられたも同然だから」
衝撃的なことを何でもないことのように言う。目を見開いて固まっているシュテルに笑いかけ、気にしないでねと言う。自分自身この生活に慣れているので何とも思っていない。
シュウは押し入れから学校の荷物と制服を取り出すと、そこでシュテルの方を見る。すぐに意図を察してくれたようで、シュテルは扉の方へと向いてくれた。手早く着替えを済ませ、荷物を持つ。
「それじゃあ、行ってくるね。一緒に来てくれてありがとう」
「いえ……」
再びシュテルを伴って自宅を出る。しっかりと鍵を閉める。金属音でうるさい階段を下りて、シュウは笑顔で後ろのシュテルへと振り返った。
「じゃあ、行ってきます! また放課後に」
「はい。お気をつけて」
うん、とシュウは笑顔で走り出す。そしてすぐに、待ってくださいというシュテルの声に引き留められた。
「ん?」
「今日は夕食をカレーにしようと思います。よければシュウも……ご一緒にどうですか?」
シュウは首を傾げる。なぜ誘ってくれるのか分からない。妙な同情でもされてしまったのだろうか。申し訳ない気持ちでいっぱいになるが、
「……シュテルの手作り?」
「……どこにこだわるんですか。まあ、そうですね」
シュテルがうなずくのを確認して、シュウは嬉しそうに破顔した。
「行く! 食べたい!」
「はい。では放課後に」
「うん! 楽しみにしてる!」
そう言って走り出す。新しい楽しみができた。今日は……いや、今日も良い一日になりそうだ。
Side:Stern
「ただいま戻りました」
「シュテるんおかえりー!」
シュテルが帰宅すると、レヴィが笑顔で出迎えてくれた。戦闘衣服を着込んでいる。
「……管理局ですか?」
「うん。今日はボクが行ってくるね!」
どこか嬉しそうに言うレヴィ。この子は相変わらず双方の思惑を一切気にしない。それがいいところでもあるのだが。
「気をつけて。今日はカレーにしますよ」
「ほんとにっ? やったー!」
嬉しそうにはしゃぐレヴィ。そしてそのまま家を出て行った。上機嫌な旗歌が聞こえてくる。
「……ただし、少し辛めのカレーになりますが」
「いやシュテル、それは先に言ってやれ」
一部始終を見ていた王がため息をつく。シュテルは素知らぬ顔で、
「蜂蜜を用意しておきます」
「うむ。ところで、急にどうした?」
王と会話しながらシュテルはキッチンへ。材料の有無の確認をしながら、必要なものをメモ帳に書いていく。
「まあ少し。今日は夕食にシュウも来ますが、構いませんか?」
「む……。まあいいだろう」
仕方ないといった様子だが、王もシュウのことを嫌っていないことは分かっている。でなければ、わざわざ朝食をシュウに合わせるようなことはしないだろう。
「シュテルに友達と聞いて我が耳を疑ったが……。良い変化のようで何よりだ」
王のそんな言葉が小さく聞こえてきたが、シュテルは聞かなかったことにした。
シュテルはシュウの顔を思い浮かべながら、さてどんなカレーにしたものか、と考える。その表情はいつもの無表情ではあったが、どこか楽しげにも見えるものだった。
シュテル攻略中。チョロインにならないように気をつけないと……。