ギフテッド   作:龍翠

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ちょっと急いで書き上げました。変な箇所があるかもしれません。
……後日こっそり修正するかも……。


第三話 食事

 

 シュテルに見送られて学校に到着した頃には、すでに二時限目が終わろうとしている時間だった。校門をくぐった時に警備員がかなり驚いた顔をして声をかけてきたものだ。

「どうしたんだ、西崎君。いつもはかなり朝早いのに……」

「いろいろありまして……」

 苦笑してそう答えると、そうかがんばれ、ととても心配そうな表情をしていた。何か勘違いされているような気がするが、説明することもできないので気にせず校舎へ向かう。教室にたどり着いたのは、二時限目が終わるチャイムが鳴ってからだった。

 教師がすでに退室していることを確認して、シュウは教室の扉を開けた。何人かがシュウに気づき、驚いた顔をしながらも挨拶をしてくる。それに一つ一つ丁寧に返し、シュウは窓際にある自分の席に向かった。

 席について、ふう、と一息。何人かの友人から声をかけられたが、シュウは校門と同じようにいろいろあって、で全て済ませた。疲れているのを感じ取ったのか、友人たちはすぐに離れていく。

 ――三限目まで寝よう……。

 ソファで寝てしまったためか、体の節々が痛い。疲れが取れていない。少しでも休もうと思って机に突っ伏したところで、

「西崎君」

 声を、かけられた。

 朝に聞いていた声だが、雰囲気の違う声。顔を上げると、高町なのはがそこにいた。今までほとんど会話らしい会話をしたことがなかったのに、どうしたのだろう。

 ――ああ、考えるまでもなかった。

 昨日のことだと容易に想像できる。

「あの、昨日は大丈夫だった? ごめんね、巻き込んじゃって」

「いやいや、気にしてないよ。だから高町さんも気にしないで」

「うん……」

 うなずいたものの、未だになのはの表情は晴れない。どうしたものかと考え、助けを求めてなのはの席にいるであろうなのはの友人たちを見ようとして。

 周囲が静かになっていることに気がついた。視線が自分たちに注がれている。当然なのはの友人たちも自分たちを驚いたように見ていた。

「……えっと……」

 ほとんど会話したことがない組み合わせ、しかもなのはが自分に申し訳なさそうに謝るというおまけ付き。頭の中で警鐘が響く。これはまずい。

 事態を打開するために口を開こうとしたところで、

「ちょっと、なのはに何をしたのよ!」

 なのはの友人、アリサの怒声でシュウの頭は真っ白になる。

 ――だめだ、もういろいろだめだ。帰りたい、今すぐ帰りたい。

 アリサを先頭にしてなのはの友人たちが集まってくる。ほとんど会話をしたことがないのだが、名前は覚えている。フェイト、すずか、はやてだ。

「アリサ、落ち着いて。事情はあとでちゃんと話すから」

 そう言ったのはフェイトだ。この言葉からフェイトも魔法の関係者だったことを思い出す。

「そうだよ、アリサちゃん。ここで騒ぐと西崎君の迷惑にもなるから、ね?」

「ほら、みんな見てるよ? とりあえず戻るで?」

 すずかとはやて。どうやら全員が魔法の関係者、もしくは魔法を知っていると判断していいのだろう。

「ああ、もう、分かったわよ! とりあえずこいつもお昼一緒にさせるから、二人は納得いく説明をしなさい!」

「う、うん」

 なのはが戸惑いつつもうなずく。つもりこれは、自分も一緒になのはたちと昼食を取れということなのだろう。本来なら光栄だと思うところだが、事情が事情だ。

 ――……帰りたい……。

 心の底からそう思いつつ、

「返事は!」

「はい……了解……」

 ここで嫌だと言える勇気はさすがになく、シュウは渋々うなずいた。

 

「なるほど、事情は分かったわ」

 昼休み、校舎の屋上。そこでシュウはなのはたちと昼食をとっていた。なのはたちの昼食風景を眺めながら、自分は何をやっているんだろうと考えてしまう。

 今はなのはとフェイトからアリサとすずかに事情を説明してもらっているところだ。シュウ自身は巻き込まれた自覚はあってもロストロギアなどに関してはほとんど知識がないため、二人に完全に任せてしまっている。

 ――頼りになるなあ。

 そう思うと同時に、昨日から女の子に頼りっぱなしだという事実に少しばかり落ち込んでしまう。どうにかしなければならない。どうにもならないが。

「あたしたちも魔法のことを知ったきっかけは巻き込まれたことだけど……。あんたも災難ね、西崎。そうそう滅多にないことらしいのに」

「まあそのおかげで、シュテルたちのことをよく知ることができたし、僕にとっては良いことだったよ」

「シュテル……って、なのはちゃんによく似た子だっけ?」

 そう聞いたのはすずかだ。なのはがうなずく。

「うん。西崎君はシュテルと知り合いだったみたいで……。お互いにすごく驚いた顔をしてたよね。私もびっくりしちゃったけど」

「いやあ、あれは衝撃的だったね。魔法って。友達が魔法少女って。何のアニメだ」

「あんたの言いたいことはよく分かるわ……」

 苦笑しつつアリサがうなずく。当人であるなのはとフェイト、はやては複雑そうな表情だ。

「シュテルとはまた会う約束とかもしてるし、また魔法関係で何かあったらよろしくね。……女の子に頼るのは男として情けないけど」

「それは諦めるしかないな。リンディさんとかに聞いて、魔法の資質でも調べてもろたら? もしかしたらあるかもしれへんで」

「ないってさ」

「確認済みやったか」

 アースラに行った時に最初に確認されたことだ。以前民間人を巻き込んだこともあり、少し特殊なシステムを組み込んだ結界だったそうで魔力を持っていない人間は入れないはずだったとか。だが調べてみてもやはり魔力など見つからなかったため、結界の方に不備があったのだろうということになっていた。

 あの時はなすがままの状態だったので言われていることも理解できていなかったが、今にして思えば本当に悔しいとも思う。少しでもあればシュテルを手伝えるかもしれなかったのに。

「ないもんは仕方ないなあ……」

「そうだね……。まあ、今後ともよろしく、ということで」

 苦笑しつつなのはたちに言う。なのは、フェイト、はやての三人は笑顔でうなずいてくれた。

「魔法のことだとあたしたちはちょっと手伝えないけど、なのはたちに言いにくいことがあったら言いなさいよ。力になってあげるから」

「うん。もう友達だしね」

 アリサとすずかも笑顔で言う。どうにも一人だけの秘密だと苦しい気持ちも少しはあったので、魔法関係以外の人と話せることができるというのはなかなか大きい。シュウは心から感謝して、よろしくとうなずいた。

「ところで……」

 話が一段落したところで、なのはが口を開く。なのはの視線はシュウの手元に注がれている。

「お昼ご飯は……それだけ……?」

 シュウの手には、ビニール袋に入ったパンの耳。当然ジャムやマーガリンといったものもない。揚げパンというわけでもなく、本当にただの食パンの耳だ。

「うん。知り合いのパン屋さんからもらったんだ。タダで」

 シュウの自宅の側にある商店街では、なぜかシュウは有名になっている。いつの間にかなので自分でもよく分からないが。だがこうして貴重な食料を確保できるのはありがたい。

「お弁当は……? 作ってもらえないの?」

「あー……。できれば触れてほしくないかな?」

 泣き笑いのような表情を浮かべるシュウ。それを見たなのはは、ただ黙ってうなずくだけだった。

 

 放課後。シュウは学校を出て、さてどうしようかと途方に暮れた。シュテルから夕食に誘われはしたが、いつどのようにして落ち合うのか決めていない。かといって自分からシュテルの家に訪ねるのも、なんだか催促しているようで気が引けてしまう。シュテルがその程度のことを気にしないとは思いつつも、もし嫌われたらと思うと怖くて行動できない。

 とりあえずシュウはまっすぐに自宅に帰る。うるさい階段を上り、自宅の扉を開けようとしたところで、

「おかえりなさい、シュウ」

 廊下の奥から声をかけられ、跳び上がるほど驚いた。慌ててそちらへと視線を向けると、文庫本を片手に持ったシュテルが立っていた。シュウの姿を確認したシュテルは、文庫本を閉じてこちらへと歩いてくる。

「シュテル……。こんなところで、なにを……?」

「今日のやるべきことは終わったので、シュウを迎えに来ました。自宅を教えてもらったことですし」

 ――いや、そういう意味じゃ……。

 なおも口を開こうとして、しかしシュウは苦笑とともにため息をついた。せっかく来てくれているのに、それを責めることなどできるはずもない。

「まだ急がないよね?」

「はい」

「じゃあ良ければどうぞ」

 シュウはそう言って、自宅の扉を開けた。

 

 ちゃぶ台に麦茶が満たされたコップが二つ。一つはシュテルの前に置き、もう一つは自分の前に置く。シュテルは、いただきますと言うと少しずつ麦茶を飲んでいく。

「ごめんね、家にはそれしかなくて」

「いえ、お構いなく」

 そうは言われても、シュテルの家を訪問した時は朝食を出してもらっている。そして今から夕食までご馳走になるのだ。正直申し訳ない気持ちが強いのだが、だからといってどうすることもできない。せめてお茶請けなどでもあればよかったのだが。

 シュテルの対面に座り、シュウはまじまじとシュテルを観察する。ちびちびと麦茶を飲んでいたシュテルはそれにすぐに気がつき、小さく小首を傾げた。

「何か?」

「え? えっと……」

 可愛くて見ていたなんて口が裂けても言えない。言えば確実に呆れられる。ため息をつくシュテルの姿が容易に想像できる。

 シュウはわずかに慌てた後、

「本当に似てるな、て思ってただけだよ」

「……ナノハですか?」

「うん、そう」

「ナノハの姿を借りたのですから当然ですが……」

「いやあ、分かってはいるけど……。今日はちょっとした理由でなのはたちとお昼ご飯を食べたから、余計にね」

 なるほど、とシュテルはまた麦茶を飲む。シュウは冷や汗をかきながら、ごまかせたかなと内心で安堵した。

「ナノハと食べたのですか」

 不意にそんなことをシュテルが言う。シュウは首を傾げながら、そうだよと肯定すると、

「そうですか」

 会話が終わってしまった。ただ、なぜかこれ以上この話題に触れてはいけない気がする。とりあえずは気にせずに、シュウはシュテルの視線から外れて着替えをすることにした。

「……見ないでね?」

「貴方は私をどう思っているのですか」

「あはは、冗談だよ」

 笑いながら、シュウは手早く着替えを済ませる。終わった頃にはシュテルも麦茶を飲み終えていた。

「では行きましょう。ただレヴィが出かけていますので、待ってもらうことになると思います」

「ああ、うん。もちろん大丈夫だよ」

 シュウはシュテルと共に部屋を出ると、しっかりと鍵を閉めてシュテルの家へと向かう。シュテルが隣を歩くが、お互いが無言。どうにも奇妙な沈黙だが、不快な沈黙でもない。

 シュテルたちが暮らすマンションにたどり着く。エレベーターで上の階へと上り、すぐにシュテルたちが暮らす部屋にたどり着いた。

「どうぞ」

「あ、うん……。お邪魔します」

 シュテルに通されて、部屋の中に。前回と同じくリビングへと案内される。そこには読書をしている者とテレビを見ている者の二人がいた。ディアーチェとユーリだ。

「む……」

 先にディアーチェがシュウに気づき、視線を送ってくる。シュウがわずかに緊張した面持ちで、こんにちはと言うと、ディアーチェはわずかに苦笑してみせた。

「よく来た。……なぜ緊張している? 朝に会ったばかりであろうが」

「まあ、うん。確かにその通りなんだけど……。なんでかな?」

 我が知るか、とディアーチェは苦笑のまま言って、本を閉じて席を立った。テーブルに本を置き、キッチンへと向かう。

「何を飲む」

「え? あ、いや、お構いなく……」

「何を飲む」

 全く同じ言葉で再度聞かれた。これは答えなければ同じことを繰り返されるのだろう。シュウは少し考え、

「じゃあ、麦茶で」

「……貴様が良いのなら構わぬが」

 どこか納得のいっていない表情でキッチンへと消える。シュウは頬を指先でかきながら、怒らせたかなと少し不安になった。

「大丈夫ですよ、シュウ。とりあえずは座ってください」

「あ、うん」

 シュウの心の内を察してシュテルがそう言ってくれる。シュテルがそう言うならきっと大丈夫なのだろう。シュウは促されるままソファに座る。

「あ……」

 そこでようやく、ユーリがシュウの存在に気がついた。ユーリはしばらく唖然とした後、慌てて立ち上がってキッチンの方へと消える。顔を真っ赤にしていたが、大丈夫だろうか。

「あれ? もしかして僕、嫌われてる?」

「いえ、ユーリは人見知りするだけですよ」

「それなら……いいんだけど……」

 ユーリとも朝に会っているので人見知りをするとは何となく分かってはいたが、ここまではっきりと避けられると少々傷ついてしまう。本当に何かしてしまったのではと考えてしまうが、シュテルの様子を見るにそれはなさそうだ。いつものことだとばかりに、無表情でテーブルの上を片付けている。

 程なくしてディアーチェが戻ってきた。手にはお盆を持っており、麦茶の入ったコップと湯気の立つコーヒーカップが四つ。そのディアーチェの後ろには、その背に隠れてこちらをうかがい見るユーリの姿。

「ほれ、受け取れ」

「あ、ありがとう」

 ディアーチェからコップを渡され、すぐに受け取る。ディアーチェはその後にテーブルにカップを並べていく。その一つはシュウの前にも置かれた。

「え? あ、あの……」

「いらぬなら残せ。その時はレヴィが飲むであろうよ」

「いや、さすがに残り物を飲ませるわけには……。いただきます」

 麦茶のコップを置き、温かいカップを手に取る。満たされているのはカフェオレらしい。他の三人のものを見ると、ユーリがシュウと同じカフェオレで、ディアーチェとシュテルはブラックコーヒーのようだ。

「レヴィと連絡が取れました。あと一時間ほどで戻るそうです」

「そうか。ではこれを飲み終えたら準備を始めるとしよう」

「はい。ああ、シュウはゆっくりしておいてください」

 微妙に腰を浮かせたシュウの機先を制してシュテルが言う。シュウは、いやでも、と首を振って、

「ご馳走になる立場だし、手伝えることがあれば……」

「お誘いしたのは私です。貴方はお客様の立場ですよ。のんびりしていてください」

 そう言いながら、カップを傾けるシュテル。シュウはまだ納得できずに複雑な表情でカフェオレを飲む。ほどよい甘さがシュウの好みだ。カフェオレのおいしさに思わず頬が緩むが、それでも納得できない気持ちに変わりはない。

 それを察したのだろう、シュテルが小さな声で、仕方がありませんね、とつぶやいた。それはシュウには聞こえなかったのだが。

「そう言えば、王。明日の買い出しがまだでしたね」

 突然そんなことを言うシュテル。ディアーチェはわずかに怪訝な表情を見せたが、それは一瞬のことだった。すぐにシュテルの意図していることを察して、ああ、とうなずく。

「そうであったな。明日は我ら全員用事がある。故に買い出しをしておかなければならなかったのだが……。さて、どうするか」

 ディアーチェがちらりと視線をユーリによこす。ユーリもすぐに意図を察したが、不安そうな表情を見せるだけだった。

『ユーリ。シュウなら大丈夫です。私が保証します』

『……シュテルがそう言うなら』

 瞬時に交わされる念話。シュウは不思議そうな表情で三人の様子をうかがうが、当然念話は聞こえない。

「じゃあ、わたしが買い出しに行きます。でも何を買えばいいのでしょう?」

 ユーリのそんな言葉。シュテルは念話で礼を言いつつ、そうですねと考える仕草をする。

「今から決めるのも時間がかかりますし……。すみませんがシュウ。お願いできますか?」

「……へ?」

 まさかここで自分に話しが振られるとは思っておらず、間抜けな声を出してしまう。

「すみませんが明日の夕食の買い出しをお願いします。メニューはそうですね……。せっかくなのでシュウが決めてください。貴方の好きなもので構いませんよ」

「僕の好きなもの?」

「はい。明日の夕食までに貴方の家に届けに行きます」

 シュウにとってはとてもありがたい申し出だった。そう思うが、そこまで好意に甘えていいのかとも思ってしまう。

「今から何を作るかを考えて買い物をすると間に合わないだけです。貴方がメニューを提供する代わりに私が夕食を提供する。今日の夕食をご馳走する代わりに買い出しに行ってもらう。これでどうでしょうか?」

 なんだかかなり無理矢理な気もする。明らかにこちらが得ばかりしている。だがこれ以上反論を言っても聞いてもらえる気はしない。シュテルは先の言葉の後にすぐに立ち上がって、財布と買い物袋を用意し始めていたためだ。

 シュテルは手早く準備を終えると、財布と買い物袋をユーリに渡した。

「ではよろしくお願いします。シュウも。お気をつけて」

「いまいち納得はできないけど……。うん。行ってくる」

 実際に口に出してみてもシュテルは素知らぬ顔だ。自分の席に戻り、コーヒーを飲み始める。

 シュウは大人しくシュテルたちの好意に甘えることにして、ユーリに促されてその場を後にした。

 

 シュテルたちの住まうマンションから一番近いスーパーにシュウは来ていた。先導するのはユーリだ。シュウはこの辺りの土地勘はあまりないため、ユーリだけが頼りになる。

 スーパーに入って、シュウはすぐに買い物かごを手に取った。のんびりしているとユーリが全ての荷物を持ってしまいそうだ。シュウの意図を察したのか、ユーリは笑顔で礼を言った。

「では、何を買いましょうか?」

「どうしようか。僕の好物でいいって言われても、好き嫌いってあまりないからなあ……」

 正確に言えば、引っ越してきてから贅沢なことは一切していないだけだ。食事もそれに含まれるため、いつの間にか自分の好き嫌いですら分からなくなっている。確か、以前はハンバーグやカレーが好きだったような……。だが、この二つはシュテルとの今までの会話で、マテリアルズの誰かの好物でもあることは知っている。誰のかまでは聞いていないが。

 この二つを除くとなると、と首をひねる。やがて出てきた答えは、

「唐揚げ、かな……」

「唐揚げ! いいですね」

「お味噌汁やおにぎりとかもおいしいよね」

「……シュウ?」

「煮魚とかも捨てがたいし、味噌煮もいいなあ。お好み焼きとかも好きだ」

 思い出していくとどんどん出てくる。料理のイメージを浮かべるだけで、よだれが出てきそうだ。どれもが最近食べていない。味噌汁やおにぎりはともかく。

「まあ、最初に思い出したもので唐揚げでいこう」

「ですね」

 どことなく安堵の表情を浮かべるユーリ。二人は必要なものはと意見を交わしながら、スーパーの奥へと入っていった。

 

 唐揚げの材料とその他諸々の食材を買い終えたシュウとユーリは、そのまま寄り道せずにマンションへと戻る。のんびりしていたつもりはないのだが、マンションを出てからもう一時間が経とうとしている。

「もうレヴィは帰ってるかな?」

「どうでしょう。レヴィはいつも連絡された時間から三十分前後しますから」

「じゃあかなり待たせてしまっている可能性もあるのか」

 一時間までに帰ってこられたことに安堵していたが、もしそうなら急いだ方がいいかもしれない。もっともあとは一直線の廊下だけなので今更のことではあるが。とりあえず少しでもと走ろうとしたところで、

「あれ、シュウにユーリ! ただいまー! じゃなくて、もしかしておかえりー?」

 背後からの声に振り返ると、何とも目のやり場に困る衣服を着たレヴィが笑顔で立っていた。ところどころに擦り傷などあるのが少し気になる。

「おかえりです、レヴィ。わたしたちも買い出しから帰ってきたところです」

「買い出し! ボクも行きたかった!」

「そうですね。今度一緒に行きましょう!」

「おー!」

 なにやら二人で盛り上がっている。シュウは一人蚊帳の外だ。いきなりこんなところで買い物の計画を練り始めた二人に苦笑し、シュウは一人きびすを返す。そして、

「今のうちにご飯にしてしまおう」

 ぼそりと一言。走る。

「え! それひどい! ちょっと待ってよ!」

 それをしっかりと聞き取ったレヴィが慌ててシュウの後を追いかけ、ユーリも楽しそうに笑いながらその後に続いた。

 

「なるほど、唐揚げですか」

 帰宅後、シュテルはシュウから買い物袋を受け取り、中身を冷蔵庫など適切な保管場所に素早く入れていく。その動作が早すぎて手伝うこともできない。仕方なくシュウはそのシュテルの行動を見ながら、うなずいて答えた。

「うん。だめだったかな?」

「いえ、問題ありませんよ。……唐揚げなら大丈夫でしょう」

 シュウが首を傾げる。シュテルはそれにすぐに気がつき、こちらの話ですと手を振った。

「では夕食の準備をします」

「分かった。手伝うことは?」

「いえ、あとは盛りつけるだけなので……。そんな悲しそうな顔をしないでください。では盛りつけ終えたものから運んでもらえますか?」

「了解!」

 ようやく仕事をもらえたことに安堵しつつも、この程度しかないのかとため息も同時に出てしまう。シュテルたちは気にするなと言うが、これでは本当に申し訳ない。

 とりあえず今はそれよりも、とシュウは思考を中断して、ようやく与えてもらえた仕事を始めた。

 ……それもすぐに終わったが。

 

「いただきます!」

 部屋で元気な声が響く。声の主はレヴィで、言った直後にスプーンを鷲づかみ、カレーを朽ちに運ぶ。その様子が幼く見えて少し可愛いと思える。

 自分を含む他四人は手を合わせて落ち着いた様子でいただきますと言った後、シュウもカレーを口に運ぶ。だが口に入れる前に、

「んーー!」

 声にならない悲鳴が聞こえてきて、思わずシュウは手を止めた。声のした方向を見ると、レヴィが口とのどを抑えて苦しそうにしている。そのあまりの様子にシュウは青ざめてしまうが、

「やはりだめか」

「言わなければと思ったのですが」

 シュテルとディアーチェ、ユーリは落ち着いていた。シュテルがあらかじめ手元に置いてあった冷たい水が満たされたコップをレヴィに渡し、ディアーチェはその間にレヴィのカレーの側に蜂蜜を置く。それだけで何となく理由は察することができた。

「ちょ、ちょっと! 辛いよこのカレー!」

「カレーですから」

「カレーだからな」

「カレーですもの」

 シュテル、ディアーチェ、ユーリがさらりと受け流す。それは分かってるけどとまだ何かを言おうとしていたが、ディアーチェに蜂蜜をたっぷり入れてもらうことで納得したらしい。

「うん! おいしい!」

 嬉しそうなレヴィの表情。ディアーチェは苦笑して、

「……明日のレヴィの夕食は蜂蜜ご飯だ」

 そんなことを小声でつぶやいていた。さすがに本当にしないとは思うが。

「すみません、シュウ。お騒がせしました」

 シュテルがシュウに頭を下げてくる。シュウはいやいやと手を振って、

「見ていて楽しいよ。賑やかな晩ご飯は久しぶりだから、特に」

「ん? シュウの家はそうじゃないの……むぐ」

『たわけ。シュテルから聞いているだろう。黙っておいてやれ』

『あー、そうだった。ごめん』

 そんな念話が交わされていたが、もちろんシュウには分からない。ディアーチェがレヴィの口を手で塞いでいるだけのように見える。その後に手をどかし、レヴィのカレーで汚れた手を見てため息をこぼしていた。

 賑やかだな、と何となく自分も楽しい気分になりながら、シュウはカレーを口へと運ぶ。シュテルがこちらをじっと見ているのは気のせいだろう

「……ん。おいしい!」

 シュウが勢いよく食べ始めると、シュテルは、お口に合って良かったですと薄く微笑んだ。

 その後もレヴィの笑い声、ユーリの忍び笑い、シュウとディアーチェの呆れ声などが混ざり合い、賑やかな夕食の時間になっていた。シュウも時折会話に混ざりながら、久しぶりの賑やかな食事に自然と頬が緩み、笑顔になっていた。

 

 食後。レヴィは風呂へ、ユーリとディアーチェはリビングで何かしらの相談、そしてシュウとシュテルは二人並んで洗い物をしていた。シュテルが泡を洗い流し、シュウがタオルでそれらを拭いていく。適当とすら思えるほど短い時間で洗い終えているのに、皿は新品のようにきれいになっている。

 きれいになった皿たちを感嘆の表情で眺めていると、隣から呼ばれた気がして振り返った。

「あれ? 呼んだ?」

「はい。呼びましたよ」

 いつの間にかシュテルの担当は終わっていた。あとは全て拭くだけになっている。

「カレーは……どうでしたか?」

 タオルで食器を拭き始めながらシュテルが問うてくる。一見無表情に見えるが、どことなく不安そうにも見える。シュウはどうしてこんな表情をするのだろうと不思議に思いつつも、笑顔で言った。

「おいしかったよ。本当に。今まで食べたカレーの中でも一番おいしかった!」

「そう、ですか。ありがとうございます」

 小さな安堵の吐息。どうやらシュテルは自分のことで結構気を遣っていたらしい。そのことに悪いとは思いつつも、少し嬉しくも思う。

「できればでいいから、また呼んでほしいな」

 そんなことをだめで元々で聞いてみると、シュテルは何でもないことのように、

「あらかじめ連絡さえいただければ、いつでも来ていただいて構いませんよ」

 シュウが驚きに目を丸くする。手から皿を落としそうになり、慌てて支え直した。

「本当に……?」

「はい。シュウさえ良ければ、ですが」

「い、いやいや! 頼むのは僕だし! じゃあ……また連絡、するね」

「お待ちしてます」

 かちゃり、とシュテルが食器を置く。ふと気がつくと、シュテルがほぼ全ての食器を拭いていた。シュウは慌てて手に持っている食器を拭き終える。そして時計を見ると、もう夜八時になろうとしていた。

「もうこんな時間ですね。……家まで送ります」

「いや、大丈夫だよ。気にしないで」

 思わず苦笑。確かに自分よりもずっと頼りになるし強いのだろうが、夜中に女の子に送ってもらうというのは、男としてはとても情けない。

「じゃあ、ディアーチェ、ユーリ。帰るよ。レヴィにもよろしく」

「む。そうか。気をつけてな」

「また来てくださいね」

 隣の部屋から二人が手を振ってくれる。そのことがとても嬉しくて、シュウは破顔しつつ自分も手を振った。

 玄関まで来て扉を開ける。振り返ると、シュテルがいつもの無表情でシュウを見つめていた。

「本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫だって。心配性だね」

「……巻き込んだ前例がありますから」

「あー……」

 まだ気にしているのかと少し驚き、同時に不安になる。今回のこれも、それを気にしてのことだろうか。確かめようとも思ったが、肯定されることが怖いので結局聞けずにため息をついただけになった。

「それじゃあ……。おやすみ、シュテル」

「はい。おやすみなさい、シュウ。また明日」

「……! うん、また明日!」

 シュテルから自然と出たまた明日という言葉にシュウは満面の笑顔を浮かべると、手を大きく振って廊下を走っていった。

 

 

 Side:Stern

 シュウを見送った後、シュテルは再びキッチンに立つと、明日の朝の準備を始める。シュウが買ってきてくれた材料を使っていく。

「ふむ。明日の分か」

 背後から王の声。シュテルは振り返ってうなずいた。

「はい」

「……とりあえず五人分はあるのだな?」

「はい。五人分作りますか?」

「うむ。せっかくだ、明日は散策にでも出かけよう」

 王はそう言うとリビングに戻っていく。シュテルは唐揚げの準備を再開しながら、テーブルに置かれたものを見る。

 少し前から使い始めた自分たちの弁当箱。自分が赤色、王が紫、レヴィが水色、ユーリが白色の弁当箱だ。そしてそれらと一緒にもう一つ。

 新品の黒色の弁当箱が、自分たちのものと一緒に並んでいた。

 




なんだかだんだん長くなっているような……。
次からはかなり短くなって短編連作みたいな形になると思います。
いや、これも本当は今の半分の予定だったのですよー……。

誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。
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