翠屋のテーブルで、シュウはシュテル作のケーキに舌鼓を打っていた。アースラから戻った翌日にシュテルにケーキをもう一度食べたいと言うと、驚いたことに一時間後には翠屋と話をつけてしまっていた。申し訳ない気持ちが強いのだが、気にしないようにと何度も言われている。
ケーキを切り分け、口に運ぶ。ほどよい甘さでシュウの好みの味だ。シュウの向かい側では、シュテルがその様子を静かに見守っている。
「あの、シュウ君……」
自分を呼ぶ声に振り返ると、なのはがそこにいた。視線を落とし、何度も口を開けては閉じるを繰り返している。それを見れば、なのはが何を言いたいのか察することができた。
「シュテルから聞いた?」
なのはが驚いて目を丸くする。反対に、シュテルの反応は少し視線を上げた程度だ。
「えっと……。うん。あの、それで……」
「そんなわけで、僕はあと一週間しかいられません。いやあ、短いね!」
おどけた調子でそう言う。なのはが戸惑っている間に、シュウはケーキを大急ぎで食べてしまう。ごちそうさま、と立ち上がると、素早く出入り口へと歩き出す。
「あ、シュウ君……!」
なのはの呼ぶ声は聞かなかったことにして、シュウは翠屋を後にした。
少し歩いたところで立ち止まる。すぐにシュテルが追ってきた。一言も発さないシュウの手を取り、シュテルが歩き出す。
「さて、次はどこに行きましょうか」
「……ん。じゃあ次は……」
手を繋いだ二人は街の喧騒の中へと消えていった。
Side:Nanoha
「それ、本当なの?」
八神家のリビング。なのはからの話に、フェイトとはやてが思わず聞き返していた。シュウとシュテルが帰った後、なのははシュテルから念話で聞いた話をフェイトとはやてに話しているところだ。この二人に話すことはシュテルからも許可をもらっている。
「うん。シュテルから聞いた話だから間違いないと思う」
「そんな……。せっかくあの子たちとも仲良くなっていたのに……」
あの四人が現在最も信を置いている人間は、間違いなくシュウだろう。だがそのシュウはあと一週間でいなくなってしまう。管理局の封印によって。管理局の判断は組織としては正しいのだろうが、あの四人から見ればどう映るだろうか。
「どうにかならんのかな……」
そうつぶやいたのははやてだ。だが、今回ばかりは自分たちではどうしようもないだろう。リンディやクロノ、ユーノ、それにシュウの両親が解決策を必死に探したらしいのだが、手がかりすら見つからなかったのだ。そういった知識のない自分たちが見つけられるはずもない。
三人はしばらく重苦しい空気を共有し、そして同時に、長々とため息をついた。せめてあと一週間、あの子たちの邪魔はしないでおこう。そう心に誓って。
Side:Hero
楽しい時間ほどあっという間に過ぎていくものだ。
一週間。シュウはその期間を思う存分楽しんだ。シュテルと図書館や買い物に出かけたり、レヴィやユーリも連れてヒーローショーを見に行き、ディアーチェを交えて夕食の準備などをする。そんな毎日を過ごし、さらにはこの間行ったばかりだというのに、また温泉旅行に出かけもした。
シュテルを始め、皆がシュウのために動いてくれる。いつもの四人だけでなく、要望さえ出せば、管理局やなのはたちも協力してくれる。なのはたちの家に遊びに行った時など、事情を知っているだろうに何も言わずに普段通り接してくれたのは、とてもありがたかった。
約束の日の前日は、シュテルたちのマンションで静かに過ごす。リビングで、トランプや雑談に花を咲かせる。普段と同じように。そして夜は、この日はシュテルのマンションに泊まることになった。
リビングのソファに横になるシュウ。シュテルからは自分の部屋とベッドを提供すると言われていたが、さすがに断っている。シュテルの部屋には興味があったが。
シュウの傍らでは、シュテルが本を読んでいる。寝ないのかと聞くと、まだ起きていますとの答え。
シュウは毛布にくるまり、目を閉じる。今日で終わりだと思うと、恐怖が一気にこみ上げてくる。知らず知らずのうちに体を震わせていると、手に温かいものが触れた。見ると、シュテルが手を握ってくれていた。
「シュウ。もう何度も聞きましたが……」
シュウが目を閉じたまま苦笑する。この一週間、一日に最低でも一回は、四人の誰かから聞かれたことだ。
「貴方が望んでくれるなら、私たちは貴方を連れてどこにでも行きましょう。その意思は……ないのでしょうか」
ないよ、と短く答えると、シュテルは小さくため息をついた。
自分が望めば、きっとシュテルたちは本当に自分を連れて逃げてくれるのだろう。ただその先に何が待っているのか分からない。シュテルたちの生活を、自分の都合で奪いたくはない。それが正直な気持ちだ。それに、自分が行く先で、自分が呼び寄せた何かに巻き込まれる人を見たくはない、というのもある。
シュテルの手に少しだけ力が込められる。シュテルを見てみるが、特に変化はない。シュウはシュテルの手をしっかりと握り返し、眠りへと落ちた。
「ここでいいの?」
リンディの問いかけに、シュウは静かにうなずいた。
約束の日。シュウはアースラに出向き、最後は自分の部屋でと願うと、すんなりと希望が通ってしまった。現在いるのは、あのアパートのシュウの部屋だ。読みかけの本がちゃぶ台にある。そう言えば読み終えていなかったと今頃になって気がついた。
部屋にいるのはシュウとシュテルたち、リンディとクロノ、なのは、フェイト、はやて、そしてシュウの両親だ。ヴォルケンリッターや他の管理局の人間は結界の展開などの雑務を行っている。
「できればもう一つお願いが」
リンディに向かって言うと、リンディが首を傾げてどうぞと言ってくれる。
「できれば……。シュテルたちに封印してもらいたいと」
管理局の面々が目を丸くする。ただシュテルたちは予想ができていたのか、何も言わずにデバイスを展開した。その様子を見ていたリンディが、仕方ないわね、と苦笑する。
シュウが部屋の中央に立ち、シュテルたち四人がその周りに立つ。その間、誰も何も言わない。静かに魔方陣が展開されていく。
「さて、いつでも始められるが……。シュウ、今からでも考え直さんか?」
「ボクたちには気を遣わなくてもいいんだよ?」
「私たちはみんなシュウのことが大好きです。シュウを守るためなら……」
手を上げて、言葉を遮る。シュウが首を振ると、三人は悲しげに顔を伏せた。
「……始め、ますか?」
シュテルの声。その声はどこか震えているようにも聞こえる。シュウが一つうなずくと、淡い光がシュウを包み始める。
「みんな、元気でね」
シュウが思い出したように、自分たちを見守っている面々に声をかける。それに対する反応は様々だ。リンディとクロノは頭を下げ、なのはたちは泣きそうになりながら手を振ってくれる。両親は何かを言おうとしているようだが、結局何も言えずにうつむいてしまっていた。
次にシュウは側にいる四人を見る。静かに封印魔法を展開していく四人。
「レヴィ。あまりシュテルやディアーチェに迷惑かけちゃだめだよ?」
レヴィは返事をせずにうつむいた。嗚咽のようなものが聞こえてくる。ごめんねと小さく謝ると、次にユーリを見た。
「ユーリは……。もう少しわがままを言えるようになろうね」
「はい……」
涙を堪えながらうなずくユーリ。次に見るのはディアーチェだ。
「ディアーチェ。みんなのこと、よろしく」
「分かっておる」
そう答えるディアーチェの表情は、ない。無表情の仮面を被り、シュウを静かに見送ろうとしてくれている。後のことは心配するな、言外に言われている気がして思わず苦笑してしまった。
最後に、シュテルを見る。無表情のシュテルと視線が合い、どうしようかと少し考える。最も長い時間を共有したので、今更言うことも何もない。
――……いや。
言わずにおこうと思っていたことがある。ただ、これは呪いだ。言えば相手を縛り続ける呪いの言葉だ。だが、それでも、シュウは口にした。消える間際になって、欲が生まれたのだろう。
「シュテル。一つ、頼んでいいかな?」
「何でしょうか?」
「僕のこと、忘れないでね」
シュテルが息を呑む。シュウは照れたように笑うだけだ。
「たまにでいいから、思い出してほしいかな。僕のこと」
シュテルはしばらく押し黙っていたが、やがてしっかりとうなずいた。
「もちろんです。絶対に忘れませんよ」
ごめんね、と小さく謝ると、何がですかと返される。シュテルらしいなと思ってしまう。
「今までありがとう、シュテル。楽しかったよ」
「こちらこそ。とても楽しかったですよ、シュウ」
静かに言葉を交わす。いつもの会話。こんな時だというのに、それがとても心地いい。
そして、ゆっくりとシュウの体が光の粒子となって崩れていく。レヴィとユーリが何かを叫んでいるようだが、音はもうほとんど聞こえない。少しだけ恐怖心を持ちながらも、シュウが柔らかい笑顔を浮かべた。
「ああ、そうだ……。最後に一つだけ……」
ぴたり、と周りの喧噪が止まる。か細くなっているシュウの言葉を聞き逃さないために。
「僕は……」
いたずらっぽく笑う。楽しげに笑う。
「シュテルのことが、好きだったよ……」
シュテルが大きく目を見開くのをぼんやりとした視界の中でもしっかりと捉え、シュウは満足そうに口の端を持ち上げ。
そして、静かな闇の中へと意識を沈めた。
Side:Stern
シュウが消えてしまった場所に残されたのは、淡く光る小さな宝石。これがギフテッドなのだろう。シュテルはその宝石をそっと手に取り、胸元に抱き寄せる。
「ずるいですよ、シュウ……」
温かい雫がシュテルの頬を伝い、宝石に落ちて消えていった。
Side:Gifted
暗い、とても暗い闇の中、シュウは意識を取り戻した。周りには何もない。光もなければ音もない。本当に何もない空間だ。
なんだろう、これ、と首を傾げていると、唐突に目の前がまぶしくなった。手で目を覆おうとするが、今の自分に手が、体がないことに気づいただけだった。
光がゆっくりと収まり、人の形を取る。長めの金髪に褐色の瞳をした女だった。年は二十代半ば頃だろうか。白衣を着て、不適に笑ってこちらを見ている。
「やあ、ギフテッド。いや、シュウと呼んだ方がいいかな? 気分はどうかな?」
――誰?
声を出そうとするが、出なかった。そのことに申し訳なく思うが、女はすぐにからからと笑う。
「ちゃんと聞こえているよ。あたしは……いや、名前なんていいか。ギフテッドを造った者の意識データ、とでも思ってくれればいい」
思わず息を呑む。女は楽しそうに笑っている。
「さてさて、これから完全に封印されるわけだけど……。この空間が閉鎖されるまでまだもう少し時間がある。一緒に暗い闇を楽しもうじゃないか」
何だろうこの人は。けんかを売っているのだろうか。これでも怖くて怖くて仕方がないというのに。そしてその心情を読み取ったのか、女はやはり楽しそうに笑っていた。
「まあ怖いだろうね。今の君は人と意識レベルが同じだから。よければ君に、夢を見せてあげようか?」
――夢?
「ああ、そうとも。恐怖を紛らわすことしかできないけどね。どうかな?」
どうしてそんなことを、と思う。一体何を考えているのかと。女は、ふむ、と腕を組んだ。少し考える素振りを見せ、そして言う。
「ただのご褒美だよ。長い期間、ずっとがんばってくれたからね。最後ぐらいは、安らかに眠ってほしいんだ。ほんとだよ?」
優しげに微笑む女。手を伸ばし、両腕を広げる。おいで、と囁きかけてくる。シュウは少し躊躇いながらも、その腕の中へと飛び込んでいく。
「さあ、子守歌を歌ってあげよう。夢を見るために。ゆっくりとおやすみ、私のかわいいギフテッド」
Side:Hero
シュウはリビングで目を覚ました。ソファから起き上がり、欠伸をする。先ほどまで何か夢を見ていたような気がするのだが、思い出せない。
「シュウ。どうかしましたか?」
隣に座るシュテルが首を傾げて聞いてくる。シュウは少し考え、何でも無いよと首を振った。
「そうですか。ではそろそろ夕食にしましょう」
シュテルがテーブルに広がっている料理を指し示す。カレーや唐揚げ、ハンバーグなど様々な料理が並んでいる。
「早く食べないとシュウの分も食べちゃうぞ!」
レヴィの声。カレーライスを食べている。隣ではユーリがハンバーグを頬張っていた。
「ディアーチェのハンバーグは美味しいです!」
ディアーチェは無言。見ると、少しだけ照れたように頬を染めていた。シュウと目が合い、すぐにそっぽを向いてしまう。
「片付けられんだろう。さっさと食え」
シュウは苦笑すると、いただきますと食事を始める。
いつもの夕食。いつもの会話。平和な日常。なんだかそれが、今はとても大切なものに感じる。
夕食が終わり、それぞれが自由に時間を過ごす。レヴィとユーリはテレビを見て、ディアーチェは読書。シュテルは怪訝そうにシュウを見ていた。
「どうかしたのですか、シュウ。機嫌が良いように見えますが」
そうかな、と笑う。確かに、今はとても気分がいい。幸せだな、と実感できている。
だが、そこで不意に睡魔が襲ってきた。大きな欠伸を一つ、目をこする。それを見たシュテルがかすかに苦笑を浮かべた。
「少し休みますか? 心配せずとも、起こして差し上げます」
シュウは少し悩む。今の幸せを手放したくはないなと。だが睡魔には抗えず、どんどんと眠気が強くなってくる。仕方なくシュウはソファに横になった。そのシュウの手に温かいものが触れる。シュテルの手だ。見ると、少しだけ顔を赤くしながらも、シュテルは笑顔でシュウを見つめていた。
「おやすみなさい、シュウ。良い夢を」
その言葉にシュウも笑顔を浮かべる。そしてそっと目を閉じる。
――おやすみ……シュテル……。
恐怖感など一切ない幸福感に包まれながら、シュウは眠りへと落ちていく。安らぎの中へと。
そして、西崎秀一はいなくなった。
Side:Stern
シュテルは主のいない部屋に一人佇んでいた。この世界を離れる前に、もう一度ここに来ておこうと思ったためだ。
シュウがいなくなってから数ヶ月、桜の舞う季節になっていた。シュウと初めて会った日からちょうど一年だ。まだそれだけの期間しか経っていないことに驚いてしまう。
封印されたギフテッドはリンディたちに預けられた。今頃はもう研究なども終わり、どこかに静かに安置されていることだろう。
シュテルはそっと目を閉じる。一緒に同じ時間を過ごした友人を思い出す。たった数ヶ月の期間だったというのに、自分の中でシュウは大きな存在になっていた。
「おや、また来てくれていたのか」
背後からの声に振り返る。シュウの父親、ケインがいた。優しげな微笑みを浮かべている。最初に会った時とは別人のようだ。
「リンディさんから話は聞いたよ。この世界を出て行くそうだね」
「はい。今日の夜に発ちます」
先日、エルトリアという世界からユーリの力を借りたいという姉妹が訪れた。世界を救うためにエグザミアの力が必要だと。それを聞いたユーリが協力を決め、それに自分たちも同行することになった。
――貴方の示してくれた道ですよ、シュウ。
誰かが自分たちの力を必要としているのなら、それに応えよう。それはシュウから言われたことでもあり、あの後皆で決めたことでもある。だからこそ自分たちは、この世界を離れる選択肢を選んだ。
「これを君に」
ケインの言葉に我に返ると、小さな箱を四箱差し出されていた。箱の表面にはそれぞれに自分たちの名前が書かれている。
「実はシュウに頼まれていたんだ。造ってほしいと。私たちを恨んでいるだろうに頭を下げてね。だからそれは、シュウから君たちへの、最後の贈り物だ」
「……そうですか。わざわざ、ありがとうございます」
シュテルは自分の箱をそっと開けた。中に入っていたのはペンダントだ。星形に成形された小さな宝石がついている。シュテルがそれを着けると、ケインは笑顔でうなずいた。
「うん。似合っているよ」
「ありがとうございます」
素直に礼を言う。ケインは笑うと、それじゃあ、と部屋を出て行ってしまった。
シュテルはもう一度振り返る。部屋をゆっくりと見る。片付けられはしたが、あの頃と同じ雰囲気を持った部屋を。
シュテルはそっと目を閉じると、雫を一滴、畳に落とした。
「私も貴方のことが好きでしたよ、シュウ」
ずっと考えていた自分の気持ちだ。その言葉をこの世界に、この場所に置いていく。新たな旅立ちのために。思い出はそっと胸にしまい込む。
「それでは、さらばです」
シュテルは優しげに微笑み、静かに告げる。きびすを返し、その部屋を後にする。胸元のペンダントが日の光を受けて少しだけ輝いた。
主のいなくなった静かな部屋に、今日も夕焼けの光が降り注ぐ。
その光を受ける者は、誰も居ない。
最初期の宣言通り、三十話は事実上の最終回です。
ちょっと無理矢理な終わらせ方ですけども。
本当は作中で一年経過させてからこの話、の予定でした。
……他のマテリアルズをメインにした話をした結果、こうなりました笑
実は『ギフテッド』はまず終わりを思い浮かべてから書き始めたものでした。
なので本当のところ、この終わり方は私の中では最初からの決定事項だったりします。
……プロトタイプのものもシュテルが消える最後だったなあ……。
マテリアルズに恨みでもあるのでしょうか、私は……。
一応本編はここまでですが。
三十一話『黎明』はこれのifストーリーとなります。主人公を助けます。
その後は助けたあとの話をだらだらとのんびりとまったりと書いていきますよー。
以上! 駄文に最後までお付き合いくださってありがとうございました!
さらなる駄文でもよければ今後ともよろしくお願いいたします。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。