そしてやはりシリアスです。そしてさらに、過去最長です。
暗い暗い夢の中、シュウは静かにそれを見つめていた。
終わっていく世界。世界が崩れ、消えていく光景。そして自分の隣には、見知らぬ人影。
――お前のせいじゃないよ……。
人影が言う。姿をよく見ようとしても、真っ黒な影で分からない。
――さあ、おいで。あたしのかわいいギフテッド。
人影に連れられて、シュウはその場から姿を消した。
Side:Stern
泣き疲れたのか、シュウはソファで眠っている。その様子を見つめ、シュテルは一人ため息をついた。どうしたものかと考えるが、自分ではどうすることもできないと分かっている。またため息をつき、シュテルは立ち上がった。毛布を持ってきてそれをシュウにかけてやる。おそらくこのまま朝まで目を覚まさないだろう。
シュテルは部屋の電気を消し、ソファに座り直した。暗い室内の中で考える。
できれば、シュウを助けたい。それが本音だ。だがシュウを助けるためには、その根本の問題を解決しなければならない。シュウを連れて逃げる、という選択肢は、シュウが受け付けないことだろう。故に見つけるべきは、ギフテッドに魔力を与える方法だ。
「考えていても仕方がありませんね」
シュウを落胆させることになるだろう。今はそれでも構わない。彼を助けるために彼に嫌われる道を選ぼう。シュテルは寂しげにうなずくと、そのまま目を閉じて眠りに落ちた。
翌日。シュテルは朝食の準備を済ませ、シュウの起床を待つ。目を覚ますのはまだまだ先だろうと思っていたが、意外と早くに目を覚ました。目をこすり、シュテルを見つめてくる。
「……おはよう、シュテル」
「おはようございます、シュウ」
挨拶を交わし、朝食を用意する。バターを塗ったトーストにコーンスープと簡単に食べられるものだ。シュウは出された朝食を、のんびりと食べていく。
「ディアーチェたちは?」
「まだ部屋にいます。もう起きてはいると思いますよ」
実は念話でしばらく話をさせてほしいと頼んである。快諾してくれているので、王たちがリビングに来るのはもう少し後だろう。
「そっか。さて、と……。今日はどうしようかな……」
ぐっと伸びをして笑うシュウ。そのシュウへ。シュテルは真剣な面持ちで切り出した。
「シュウ。お願いがあります」
「ん? なに?」
「貴方の一週間を、使わせてください」
意味が理解できずに首を傾げるシュウ。シュテルはそれ以上は言わず、じっとシュウを見つめる。やがて少しずつ意味を理解してきたのか、シュウの表情は悲しげなものになっていった。それを見ると胸が締め付けられるようだが、こちらも譲れない。
「何をするの?」
「貴方を助ける方法を探します」
それを聞いたシュウは、力なく微笑んだ。どうにも反応に困っているようだ。
「別に、いいよ? それよりも僕は……」
「お願いします、シュウ」
頭を下げるシュテル。シュウは驚いたように目を瞠り、やがて苦笑した。
「分かった。ありがとう、シュテル」
「いえ……。こちらこそ、ありがとうございます。シュウ」
その日の昼頃、シュウの見送りを受けつつ、シュテルはアースラへと転移した。
「よろしくお願いします、師匠」
「いやだから師匠はやめて……」
管理局の無限書庫。シュテルはそこに来て、ユーノと会っていた。無限書庫を移動しながらの会話で、ユーノは引きつった笑みを浮かべている。
「ナノハの師匠なのですから、私の師匠でもあります」
「どういう理屈なの、それ! いやもういいけど……」
諦めたようにため息をつきつつも移動は続ける。シュテルもそれを追い続ける。
ユーノに案内してもらったのは小さな部屋だ。テーブルといすが一つずつ、そして大量の書物が床に山積みされている。ユーノはシュテルを部屋に入れると、しっかりと扉を閉めた。
「管理局の人たちが調べていた本はあそこの一角。ギフテッドに関する記述が明確にあるものだよ。あっち側が今日集めてきたもので、ロストロギア全般の資料。これでいいかい?」
「はい。ありがとうございます」
「うん。なのはにも協力してあげてほしいって頼まれてるしね。何かあったらいつでも呼んでほしい。あと食事とかも簡単なもので良ければ持ってくるから」
「すみません。助かります」
言いながら、シュテルは早速本を三冊ほど選び出す。それを宙に浮かせて同時に読み始める。その上でさらに、他の資料を探して部屋を歩き回り始めた。
「……がんばって」
ユーノは小さな声でそうつぶやき、静かに退室していった。
三日後。シュテルは今も小さな部屋に閉じこもったまま、資料を読み続けている。食事や仮眠以外で休むことはせず、ひたすらに読む。今日も仮眠から起きてからはずっと読んでいたが、突然の来客にシュテルは顔を上げた。
「シュテル、大丈夫?」
なのはが心配そうに顔をのぞかせ、部屋に入ってくる。手には食事の載った盆があり、それをテーブルに置いてくれる。
「ナノハ……。どうしたのですか?」
「ユーノ君とクロノ君に、シュテルがずっと部屋に閉じこもって調べ物してるって聞いて……。せめて何かしっかり食べてほしいなって」
盆を見ると、普段差し入れでもらっているものとは違うメニューだった。どうやらなのはが作ってくれたらしい。少し嬉しくなり、頬がわずかに緩む。
「すみません、ありがとうございます」
「ううん。こんなことしかできなくて、ごめんね……」
「得手不得手がありますから、お気になさらずに」
シュテルは読み進めている本の半分ほどを一度床に下ろし、手を合わせて食事を始める。それでも残り半分は自動的にページが捲られていき、読み進めていく。なのはは感心したようなため息をつき、すごい、と言葉を漏らしていた。
「じゃあ、邪魔をしないうちに戻るね。シュテル、がんばってね」
なのはが手を振り、シュテルも手を振り返す。笑顔を浮かべたなのはは、そのまま退室していった。
さらに数日が経過し、約束の日の前日。すでに真夜中。時間はもう、あまりない。
「……ここまで、ですか」
シュテルは最後の一冊を閉じて、本の山の頂にそっと載せる。これでこの部屋にあるもの、連日運ばれてきた追加の資料、それら全てを読み終えた。そして導き出された結論は、管理局と同じもの。打つ手がない。だが、一つだけ、不確実ながらも試す価値があることを見つけた。ただしかなりの危険が伴うことでもある。
資料を読み進めていくうちに分かったことは、ギフテッドには意思があるということだ。願いを叶える前に会話を交わした、という記述もあった。魔力を拒絶しているのはギフテッドの意思かもしれない。そうであるなら、その意思に接触さえできれば、可能性はあるだろう。
問題は、どうやってギフテッドの意思に接触するかだ。これも方法はあるにはあるが、シュウにとっても自分にとっても危険なものだ。
――しかし、やらなければ結局は同じ、ですね。
シュテルはうなずくと、部屋を出てアースラに向かった。
アースラにたどり着いて、シュテルはすぐにリンディを呼び出した。まだ日も昇っていない時間だったので眠っているかと思ったが、どうやら起きていたらしい。シュテルがリンディの部屋に入ると、コーヒーを出してくれた。
「こちらも今まで調べていたのだけど……。私たちではどうしようもないわね」
リンディがお茶を飲みながら言う。そうですか、とシュテルもコーヒーを飲み始めた。
「シュテルさんの方は?」
「…………」
シュテルは無言。少しだけ考える素振りを見せ、そしてリンディに頭を下げた。お願いします、と。
「半日ほど待っていただけますか? 試しておきたいことがあります」
そして顔を上げたシュテルの目を見て、リンディは何かを察したのか薄く微笑んだ。分かりました、と小さくうなずく。
「何か協力できることはある?」
「ではシュウの家の周辺に結界をお願いします。私は魔法を使うことができなくなりますので」
その言葉に怪訝そうに眉をひそめたが、シュテルはそれ以上は何も言わずにゆっくりとコーヒーロー飲み終えた。
昼前になり、シュウが自宅へと戻ってくる。シュテルは部屋の中央に立ち、静かに待ち続けていた。シュウはシュテルを見て、嬉しそうな笑顔を見せてくれる。シュウに続いて入ってくるのはディアーチェたちだ。朝方に全員を呼び出したのだが、その時はシュウの家だと聞いてとても驚いているようだった。
シュウがシュテルの前まで歩いてくる。ディアーチェたちは部屋の入り口で、その様子をじっと見守っている。
「シュテル。何をするの?」
シュウの言葉に、シュテルはうなずいた。
「調べて分かったことですが、ギフテッドには意思があるそうです」
「そう、なの?」
「はい。ギフテッドの意思に接触をしてみようかと思います」
シュウが、どうやってと首を傾げる。シュテルはそれには応えずに、ユーリに目を向けた。見られたユーリが居住まいを正す。
「ユーリ。一つお願いがあります」
「はい! 何でしょう?」
「駆体を一時放棄します。後ほど戻ってくる時にご助力をお願いします」
「はい。わかりまし……え?」
ユーリが絶句して、レヴィも驚きで目を丸くしている。だがディアーチェだけはシュテルの意図を察したのか、少し驚きはしたもののすぐになるほどとうなずいていた。紫天の書を取り出し、ページを捲っていく。
「我も準備をしておこう。十分に気をつけろ」
「はい……。ありがとうございます、王」
察しながらも引き留めようとはしない王に、シュテルは心から感謝した。さすがは自分たちの王だとも思う。少しだけ笑みを浮かべると、改めてシュウへと向き直った。
「えっと……?」
「貴方は気にしなくて大丈夫です。手を出して、目をつぶってください」
指示を出すと、シュウはおずおずといった様子で手を差し出してくる。どこか不安そうに瞳を揺らしながらも、しっかりと目を閉じた。シュテルは満足そうにうなずき、シュウの手を握る。驚いたのかシュウの体がびくりと震えたが、今は気にしないことにする。
シュテルはそっと目を閉じると、駆体の放棄を開始する。本来なら一度データなどを闇に戻すところだが、シュテルは闇に戻らずに、シュウの中に眠るギフテッドへと潜っていった。
Side:Dearche
「……行ったか」
ディアーチェはシュウだけになった部屋を見て、小さくため息をついた。シュウのためとはいえ、無茶をするものだと思う。シュテルは自身の駆体を放棄して、データだけの存在となってシュウの中へと潜っていった。現在、シュウからシュテルの魔力を感じるという奇妙なことになっている。
「始まったのかしら」
入り口からの声に振り返ると、リンディがいた。クロノとなのはも一緒だ。その三人へとディアーチェはうなずく。
「シュテルは?」
なのはの問いに答えたのはユーリだ。
「会いに行きました。シュウの中の、ギフテッドに」
Side:Stern
気づけば、シュテルは真っ白な小さい部屋にいた。家具も道具も何一つない、白いだけの部屋。すぐに放棄したはずの体があることに気がつくが、だがこれは幻のようなものだろうとも自覚する。
――さて……。どうするべきでしょうか。
中に入る、という発想は人間にはないだろう。そのためここに来たのもおそらく自分が最初だ。当然事前の知識などあるはずもなく、ここから素早くギフテッドの意思を探さなければならない。
とりあえずは周囲の壁を調べてみようと移動しようとしたところで、
「やあ、やはり君が来たね、シュテル」
驚きつつも声のした方向、先ほど見ていたはずの正面の壁を見る。すると、いつの間にか人の姿があった。長い金髪に褐色の瞳の女だ。資料を含め、自分は一度も見たことがない。
「ああ、そんな警戒しないでいいよ。ただの過去の亡霊だから。そうだね、パストとでも名乗っておこうか」
そう言うと、パストと名乗った女はからからと楽しげに笑う。シュテルはそんなパストの動作をしっかりと見る。動きを見逃すまいと観察を続けながら、
「貴方が、ギフテッドの意思、ですか?」
シュテルの問いかけに、パストの笑顔の質が変わる。楽しそうなものから、困ったようなものへと。そして小さく首を振った。
「ではギフテッドの意思まで案内していただけませんか?」
「いやいや、それは無理な相談だよ」
「何故ですか?」
シュテルが相手を睨むように目を細める。パストが肩をすくめ、怖いなあと楽しそうに続ける。
「だって、ここにはいないから」
「……は?」
「君たちが会ってるじゃないか、ギフテッドの意思には」
どういうことですか、とは聞かない。意味を理解したシュテルは、小さくため息をついた。
「さすがだね。そうさ、ギフテッドの意思は、西崎秀一という人間だ」
パスト曰く。ギフテッドは無から有を生み出すことはできない。それは人の意識なども例外ではないため、人間となる時にギフテッドは自分の記憶を封印して、その上で人として生まれた、ということだ。つまりは、最初からシュテルはギフテッドの意思に出会っていたということになる。
「……残念です」
「何が?」
「私では……シュウを救うことができなかった……」
ギフテッドの意思は、魔力の拒絶とは関与していない。ならば自分が取れる手段はもうない。そのことに落胆してしまう。こうなってしまうなら、最後の一週間はシュウと共に過ごすべきだった。
だがそれを聞いたパストは笑顔をさらに深くした。にやにやと小馬鹿にするようなそんな笑みだ。思わずシュテルが睨むがパストは動じない。
「見当外れではないよ、シュテル。君がここに来たことは正解だ」
「どういうことですか」
「あたしが、魔力を拒絶している張本人だからね」
シュテルが目を丸くする。パストの言葉の意味を理解するのと同時に、シュテルはすぐに思考を回転させる。この女を説得しなければならない、と。
「魔力の拒絶をやめていただけませんか。その結果がどうなるか、お分かりでしょう」
ゆっくりと語りかける。パストは、分かっているさと理解を示してくれるが、しかし首を縦には振ってくれない。
「封印となるなら仕方がないね。大人しく封印されよう」
「何故、ですか?」
「ん? 簡単さ。人間が信用できないからだ」
その言葉を発した瞬間に、パストの表情は真剣なものになっていた。敵意にも似た感情をシュテルへと向けてくる。思わず怯みそうになってしまうが、シュテルはしっかりと相手を睨み返した。すると、パストの視線が少しだけ逸らされた。どこか嬉しそうにも見える。
「さすがだね……。ああ、続きだけどね。ギフテッドは願いを叶えることができる。ただ十分な魔力さえあれば、シュウは無意識に人の願いを叶えてしまう。それはとても危険なものだ」
「ギフテッドはそれほど力の強いロストロギアではないと聞いていますが」
パストが顔の前で舌を鳴らしながら指を振る。外れだ、というパストの表情は、何かを自慢したくてたまらないといった子供のような表情だ。
「ギフテッドはね、ロストロギアと呼ばれているものの中でも凶悪な部類に入ると思うよ。なんせ、無から有は生み出せない、だけで他に制限がないからね」
シュテルが訝しげに眉をひそめると、パストは小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「ギフテッドの力が弱いんじゃない。与えられる魔力が少ないだけだ。ギフテッドは、与えられる魔力に応じて願いを叶える。魔力さえあれば、世界を滅ぼすことすらできるよ」
「……ずいぶんと詳しいのですね」
「まああたしが作ったものだし」
シュテルが大きく目を見開いた。その様子がおかしいのか、パストが忍び笑いを漏らす。シュテルはすぐに表情を引き締め、パストへと言葉を投げかける。
「貴方の言い分は理解しました。そしてその通りだとも思います。確かに人間には信用できない者が多いでしょう」
「そうだろう? だから……」
「それでも、お願いします。シュウを利用するものがいるなら、私が排除します。ですから、どうか……」
深々と頭を下げるシュテル。パストは先ほどまでの嘲笑に近い笑みを引っ込めると、どこか寂しげに眉尻を下げた。いい子に出会えたものだ、と小さな声が聞こえてくる。やがてパストは、仕方がないねと苦笑した。
「では聞くが、君はシュウを守るという。ではそんな君は、シュウを、ギフテッドを利用しないと誓えるかい? あんたほどの魔力があれば、叶えられる願いも大きなものになる」
「先のことは分かりませんが、今は利用するつもりはありません」
「……正直だね」
呆れたようにため息をつき、だがパストはどこか楽しそうだ。
「君は危険を冒してまでここに来たんだ。無事に帰れる保証もないのに。そんな君に敬意を表して、君の魔力だけは受け付けてあげよう。それ以上の譲歩はしない」
シュテルが顔を上げる。パストは優しい瞳でシュテルを見つめていた。シュテルは安堵のため息をつき、もう一度頭を下げる。
「ありがとうございます」
「はいはい。じゃあさっさと帰れ。駆体の方もサービスしてやるから」
ひらひらと手を振ってくる。どこか名残惜しそうにも見えるその仕草に、シュテルは少しだけ首を傾げた。そしてふと疑問に思うことがある。
パストがギフテッドを造ったという。ならば、その理由は何なのだろう、と。理由もなく造るとは思えないものだ。そのシュテルの思考を察したのか、パストはシュテルからそっぽを向いて、しかし教えてくれる。
「あたしには子供がいたんだ。でもまだ赤ん坊の時に、殺されちゃった」
当時は戦争中だったから仕方がないけど、と笑うパストは、しかしとても悲しそうに表情を歪めていた。黙って聞いているシュテルへと、パストは続けて教えてくれる。
「ギフテッドを造った理由は単純なものだよ。子供を蘇らせたかったんだ。幸い、あたしの世界では魂の保存なんてことができたからね。ギフテッドを造り、魂を与え、願いによって人の姿を取ってもらった。願いを叶える、ていうのは付随効果に過ぎないんだよ」
ギフテッドがあの夫婦の願いを叶えたかったのは、その最初の願いの影響だろうねと寂しげに言った。
話は終わりだ、とパストが腕を振る。その瞬間、白い部屋が崩れ去った。同時にシュテルの幻の体も消え、魔力とデータだけの存在になる。パストだけが暗い闇に残され、こちらを優しげに見つめている。やがて、わずかな浮遊感とともにパストがゆっくりと遠ざかっていく。
「それじゃあね。あんたと話ができて良かったよ。私のかわいいギフテッドを……。私の息子をよろしくね」
息子、と聞いてシュテルは少し驚く。だがすぐに、なるほどと得心した。ギフテッドの意思はパストの息子のものであり、その意思が今の西崎秀一なら、パストの息子ともいえるものなのだろう。だからこそ、息子を利用されたくないがために、魔力を拒絶していたのかもしれない。それが封印される理由になろうとも。悪意の願いによって重い十字架を背負わされる前に。
不器用な人だ、と思うと同時に、シュテルは意識を失った。
Side:Past
パストはシュテルを見送り、満足そうに微笑んだ。あの子になら息子を任せられる、と判断した。その自分の判断に間違いはないという自信もある。もっとも、ここまでくる度胸がなければ、任せる気にはなれなかったが。
パストは、過去の亡霊は思い出す。ギフテッドが叶えた最初の願いと結末を。
願いは叶えられ、確かに息子は蘇った。だが願いを叶える魔導具を、戦争中の国が欲しがらないわけがない。結果、自分たち親子は味方であるはずの国そのものに裏切られ、自宅を襲撃され、二人とも命を落とした。
そしてその時にパストが願ったこと。願ってしまったこと。
――こんなくそったれな世界、消えてしまえばいいのに。
その時は、ギフテッドには大量の魔力が蓄えられていた。それ故に、その願いは叶えられた。叶えられてしまった。次元震など生やさしいものではない。世界がゆっくりと消滅していく。崩壊していく。多くの人々に恐怖と絶望を与えながら、老若男女問わず、善悪問わず、全ての人間を巻き込んで世界は消滅した。後に残されたのは、暗い無の世界。
その時になって、パストは自分が造りだしたものの危険性を理解した。だが理解した時にはすでに自分の体は失われていた。
――ギフテッド。あんたに最後の命令だ。
だからパストはギフテッドに、親として命令を下す。これからのために。
――これからみんなの願いを叶えにいこう。小さな願いを叶えにいこう。二度とこんなことが起こらないように。あんたはあたしの命令によって願いを叶え続けていくんだ。
だから。
――だからこれは、お前のせいじゃないよ。
さあおいで、とギフテッドを次なる世界へと導く。世界のあった場所を名残惜しそうに見つめながらも、次の世界へと旅立っていく。
――振り返らずに。さあ、おいで。あたしのかわいいギフテッド。
やがて次の世界に着く頃には、パストはギフテッドの中で眠りについていた。
はるか昔の出来事。一人の科学者と魔導具の、終わりと始まりの、誰にも知られることのなかった世界の話。
Side:Stern
シュテルが目を開けると、最初に見たものはシュウの心配そうな顔だった。その周囲にはディアーチェやユーリ、レヴィがいる。
「おかえり、シュテル。ちゃんと帰ってきてくれてよかったよ」
泣き笑いのような表情でシュウが言う。シュテルはそんなシュウの手を静かに握った。困惑するシュウをよそに、シュテルは自分の魔力を分け与える。魔力光が揺らめき、シュウの中へと、ギフテッドへと取り込まれていく。その光景に、その場にいる全員が唖然とした。
「シュウ……。貴方の母親にお会いしてきましたよ……」
シュウが首を傾げる。だがシュテルはそれに気づかず、用件のみを伝えていく。
「魔力をもらっていただけるように、話をつけてきました……。ただ、一つ、勝手に約束したこともあります……」
「約束?」
「はい。私以外の魔力は、受け付けるつもりがないそうです……。そのため、貴方は私と共にいなければなりません。勝手なことをしてしまってすみませんが、それしか方法がなく……」
声がどんどんと弱々しくなっていく。激しい睡魔が襲ってくる。今までろくに眠りもしていなかったのが今になって、安心したためが響いてきているらしい。シュテルの言葉を聞いたシュウは驚きを露わにしつつも、やがて満面の笑顔を浮かべた。
「シュテルと一緒にいればいいんだよね。僕は別にいいよ。……シュテルのこと、好きだから」
ぽつりと、そんなことを言う。ディアーチェが驚き、ユーリが顔を赤くし、レヴィがおーと意味のなさない声を発している。
「シュテルは……良かったの?」
シュウの声に朦朧とした意識を向ける。薄く微笑んで、言った。
「ええ、私も構いません……。私も貴方のことは好きですから……」
シュウが完全に硬直する。おいしっかりしろとディアーチェがシュウの肩を揺らすが、シュウはフリーズしたままだ。その光景にシュテルは満足そうに一度笑うと、眠りへと落ちていった。
Side:Hero
シュテルから魔力をもらった翌日。管理局からは監視付きではあるが自由を許された。監視の担当になったのは、本人からの申し出から高町なのはだ。彼女が海鳴市にいる間は、彼女が自分たちのことを報告することになる。やがて管理局に正式に入局した後は、また別の誰かが監視に来るのだろう。
だがシュウにとって、そんなことはどうでもいいことだった。これからもシュテルたちと一緒にいられる、それがとても素晴らしい。
そしてシュウは、引っ越しをした。諸々の費用を負担したのは両親だ。一緒に生活するつもりはないとはっきりと言うと、これぐらいはさせてほしいと引っ越すことになった。そして引っ越した先は、
「おっじゃましまーす!」
お隣さんからの客人の、レヴィの声が部屋に響く。
シュウが引っ越してきたのは、シュテルたちの隣の部屋だ。ただ貧乏性が染みついてしまったせいか、広すぎるこのマンションはシュウには合わず、リビングとキッチン以外は扉すら開けていない。
「お邪魔します」
シュテルがリビングへと入ってくる。シュウは顔を真っ赤にしてうつむいてしまうが、シュテルはいたっていつも通りだ。この間のやり取りを覚えていないのか、それとも好きの意味を友人として取ったのか、シュウには分からない。怖くて聞くこともできず、そのままになっている。
「何もないな。家具も買うべきだと思うが」
ディアーチェの言葉にシュウは苦笑。現在、リビングは前の部屋の家具をそのまま移してきただけの状態だ。テレビすらもないので、かなり広々としている。
「でもこれはこれでいいと思いますよ」
ユーリの明るい声。同じ構造だろうに、珍しそうに周囲をきょろきょろと見回している。
「ではシュウ。手を」
唐突なシュテルの言葉。シュウは顔を赤くしながらも手を差し出し、シュテルがその手を優しく握る。暖かな魔力がシュウを満たしてくれる。やがてシュテルが手を離す。
「ありがとう、シュテル」
「いえ。この程度なら」
シュウは、お茶を入れてくるねとキッチンへ向かう。その背にシュテルの小さな言葉。
「さすがに少し照れますね……」
え、とシュウが振り返るが、シュテルはいつも通りの無表情だ。シュウが首を傾げると、何でもありませんよと首を振った。
「これからもよろしくお願いします、シュウ」
「あ、うん……。こちらこそよろしく、シュテル」
笑顔と談笑が溢れる部屋に、今日も朝焼けの光が降り注ぐ。
その光を受ける者は、幸せそうな笑顔を浮かべていた。
第三十話『黄昏』の別ルート、生存ルートの『黎明』でした。
気づけばかなりの長さになりました。どうしてこうなった。
この話を書くことによって、黄昏完結では書けなかった裏設定を書けて満足です。
ギフテッドが造られた理由、本当の能力、なぜケインとさくらの願いにこだわったか等ですね。
あとパストが何者かも書けて満足。シリアス色が余計に強くなりましたけども……!
ちなみに次元震を生やさしいと表現した理由は特にないのですが、あえて言うなれば……。
次元震→起これば一瞬で終わる。
ギフテッド→ゆっくりじっくり恐怖と絶望を与えながら終わらせていく。
私なら前者の方がまだましかなと思えたからです。いや、次元震は複数世界巻き込みますけど。
……どっちも嫌ですけどね!!
今後ですが、このBルートの続きとして書いていきます。
そういう意味では、黄昏の方をifとして黎明を本筋として捉えるべきかもしれませんね……。
次回からは日常ほのぼのに戻ります。かむばっくほのぼの!
ちなみに一応ストーリーっぽいものも用意しようかなと。妹とか完全に丸投げですし……。
……あ、こういうことこそ活動報告で、ですよね。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。