少女の意志に関わらず、
運命の歯車は回り続ける。
その行く先は光か闇か。
『残滓』
「こんにちは」
「……!!」
それはあまりに突然だった。
日課となった立ち読みの最中、シュウに話しかけてきたのは、なのはだ。
どこか照れたような笑顔で、シュウのことを見つめている。
その笑顔を受け止めたシュウの心臓が跳ね馬のように暴れ出す。
さっと視線を動かし、連れの姿を探した。
通路の最奥、本棚の影に黒衣の少女の姿があった。
少女もなのはに気づいたのだろう、本を持ったまま唖然としている。
だが、シュウと視線が合うとすぐに平静を取り戻し、キャップを目深に被った。
そのまま本棚の影へと消えていく。
とりあえず安堵のため息をつくと、シュウはなのはへと向き直った。
「こ、こんにちは、なのは」
「……シュウ君、どうかした?」
「え、いや! 何でもないよ!」
我ながら挙動不審すぎるとは思うが、なのはに言うわけにもいかない。
あるいはなのはなら大丈夫かとも思うが、少しでも可能性があるなら潰しておきたい。
だが、そんなシュウの思惑は、無駄に終わった。
悪い意味で、それもあまりに突然だった。
「私と、会わなかった?」
何言ってるの? どういうこと? そう返すべきだった。
何も知らなければ、そんな反応になったはずだ。
だが、シュウは言葉に詰まってしまった。
なのはに問われ、頭が真っ白になってしまった。
それが明確な答えになっているというのに。
「やっぱり……。近所の人が、私と歩いてるシュウ君を見かけたって言ってたから」
「いや、それはその……」
言い訳を続けようとしたシュウだったが、それも続かなかった。
黒衣の少女が、静かになのはの真後ろに立ち、
ゆっくりと人差し指をなのはの首に突きつけた。
「どなたかをお探しですか?」
「……やっぱり、いたんだね」
少女の声に、なのはは苦笑。
シュウの目の前で、二人は完全に沈黙したまま突っ立っていた。
どうするべきかと悩んでみるが、シュウにできることはない。
二人の様子を固唾を呑んで見守っていると、やがて少女が指を下ろした。
「お久しぶりですね、高町なのは。私のベースとなった方」
「うん、久しぶり、だね。喜んで良いのかは分からないけど」
なのはが笑顔で振り返る。
黒衣の少女の表情は、冷たい仮面に覆われていた。
公園の池の側で、シュウは立ち尽くしていた。
目の前には、向かい合うようになのはと黒衣の少女が立っている。
あれからとりあえず場所を移動してみたが、状況はいいとは言えない。
むしろ最悪とも言える。
なのはに見つかっているのなら、管理局にも知られている可能性が高い。
「私のことは、もう管理局に報告済みですか?」
少女も気になっていたのだろう、開口一番そう聞いた。
なのははその問いに、小さく首を振る。
「まだ、言ってないよ。ちゃんと確認したわけでもなかったし……」
「念話などは?」
「してない。大丈夫、まだ私以外は、誰も知らないよ」
それを聞いて、シュウは大きく息を吐いた。
だが少女の方はその答えでは満足していないらしい。
今まで以上の警戒心をあらわにして、なのはを睨みつけている。
「なぜ、報告しないんですか? あなたは管理局側の人間でしょう」
「それは……その……」
なのはは言葉を探すように、少女から視線をそらした。
指をあごに当てて、しばらく考える。
「今も、最初に会った時みたいな破壊衝動というか……。そういうのはあるの?」
「いえ……。それは、ありませんが……」
「だったら、いいの」
嬉しそうな満面の笑顔を浮かべるなのは。
思わずどきりとしてしまった。
「クロノ君やリンディさんには黙ってるって約束する。
だから……。友達に、なろうよ」
そう言って、そっと手を差し出した。
「……いいのですか?」
「うん」
「…………」
少女はゆっくりとなのはに近づき、その手を握った。
満面の笑顔のなのはと、相変わらずの無表情のなのはと同じ顔。
シュウはその様子を見つめ、嬉しそうに笑っていた。
「よかったね」
自宅に帰ってきて、すぐにそう言った。
スーパーの袋を二つ持ったまま、少女は意味が分からないようできょとんとしていた。
それからすぐに言葉の意味を察したらしい。
帰り際に寄ったスーパーの袋を床に置いて、少女は一度だけうなずいた。
「はい。まだ管理局には伝わっていないようで、よかったです」
「いや、そうじゃなくて……」
シュウが苦笑すると、少女は怪訝そうに眉をひそめた。
どうやら本当に分かっていないらしい。
「なのはと仲直りできて、だよ」
「…………」
少女の表情が、笑顔になった。
だがそれは本当に一瞬で、次の瞬間にはいつもの無表情。
見間違えたのかと思ってしまうほどだ。
「よかったのかは分かりませんが……。
また敵対することにならなくてよかったとは思います」
「そっか」
それ以上は何も言わず、シュウは静かに微笑んだ。
――管理局とも、なのはと同じように和解できたらいいのに。
どうにかすれば可能なのではないだろうか。
そんな淡い期待を胸に抱いた。
だが、それは結局は儚い願望だった。
なのはと出会って一週間後。
夕暮れの淡い光が室内を照らしていた。
シュウと少女は、自宅でのんびりと読書をしている。
ふと、少女が顔を上げた。
「……闇が……」
「へ……?」
シュウも顔を上げ、今まで見せたことのない少女の表情を見て驚いた。
こめかみにしわを寄せ、険のある顔をしている。
不機嫌そう、というのではなく、何かに強く警戒しているようだ。
「シュウ……。最初に言っておきます」
少女がそっと立ち上がって杖を持った。
その仕草に思わずシュウの体が固くなる。
そんなシュウの反応も今の少女にとってはどうでもいいようで、言葉を続ける。
「なのはが口外したわけではありません」
「え? それってどういう……」
「この街に、闇の断片が再び現れ始めました。
今はまだ意志を持たない小さなものですが、管理局はその掃討を始めています。
今回こそ漏れのないように徹底的に索敵して……」
ノブを回す小さな音がして、シュウは驚いて跳び上がった。
シュウはとまどいの目で、少女は睨みつけるように、ドアを見る。
ゆっくりと開かれていく。
そこにいたのは、クロノ・ハラオウンだった。
「故に、自然と見つかってしまいました」
淡々と、少女は締めくくった。
どこかで雷が鳴った。
そんな、気がした。
超絶に短いですね。終わりに向かい始めました。
……このファイルのあとがきにこれから就職と書いていました。
懐かしすぎて涙が出そう。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。